蓮の三 夏休みは頑張ってみた
蓮くん視点です。
あれよあれよという間に、中学生最後の夏休みが来た。
気になるテスト結果だけど、実はあまり劇的な変化はなかった。
そりゃそうだ。だって、テスト勉強を始めたのはテスト一週間前からだったし、勉強ができないからずっとサボってた僕が、効率のいい勉強法なんて知るわけがない。
何となく教科書や問題集を開いてみたはいいものの、何が何やらさっぱりわからん。
僕ができたことと言えば、全教科同じやり方で、雑な丸暗記のみ。
当然、試験本番では覚えたことが寝る度に抜け、穴だらけな状態で挑むわけで。頭の中が沸騰しそうなほど考え抜いて、最後のテストの日に燃え尽きた。
おかげで多少点数が上がったのは嬉しかったけど、テスト終わりから夏休みに入るまでの間、何となく柏木さんに話しかけづらくなっていた。
一応、怖じ気づきながらも何度か果敢に挑戦はしてみた。すると、あの脅し文句(?)をきっかけにして、柏木さんのボキャブラリーが増えていた。
「おはようございます」
「こんにちは」
「では、また」
この三つだ。「おはよう」と「こんにちは」は僕が話しかけた時間によって違うだけだから、実質二つだけ。
僕としては別に不満はない。無視されなくなっただけ、ありがたく思わなければならない。
ただ、忘れてはならない。「用がないなら話しかけるな。そんな暇があったら勉強しろ」という副音声つきのトラウマを。
あの発言から、柏木さんは勉強ができないやつはそもそも時間を割く価値すらない、と思っているだろうことは、想像に難くない。
今まで無視されていたのも、テレビのバラエティー番組中心な馬鹿な話に辟易していたからだろう。
成績が悪いという、余計なカミングアウトがダメ押しになり、あの日、柏木さんは僕に最後通告を出した。
声をかけてもらえる現状があるのは、僕の努力が多少なりとも認められた上にあるだけ。
まだまだ、柏木さんの及第点には至っていないのだ。
というわけで。
「さあ、頑張れ僕。柏木さんと仲良くなるために」
僕は夏休み始まってすぐに机回りの掃除を行い、数日かけて綺麗になったマイデスクに座っている。
いつもは夏休みの宿題なんて、後半の追い込みしかしたことがない僕。
でも、今年になって初めて、夏休み序盤の七月から課題を開いている。
動機は不純だが、僕にも引けない一線がある。
ずっと、クラスから飛ぶ痛い視線に耐えてきたのだ。最低でも友達だと認識してもらわなければ、やってられない。
挨拶をしてくれるようになったんだから、次のステップは会話を成立させること。
そのために、柏木さんの人付き合いの対象となるべく、僕は勉強をするのだ!
「さて、まずは数学から……」
……。
…………。
………………。
……………………わかんない(泣)。
「く、くそ。まさか、初っぱなから躓くなんて……」
予想外もいいところだ。
同じ学校に通う妹は頭良いのに、何で僕はこんなにダメダメなんだろう?
「……そうだ。麗奈に教えてもらおう」
一個下の妹、麗奈。
柏木さんほどではないが、身内贔屓を除いても、とてもかわいらしい顔立ちの女の子だ。
ギャルっぽいところが個人的に近寄りがたいけど、体育を除く成績がとても優秀な妹。
年下に教えを請うのも恥ずかしいが、麗奈なら夏休みまでの二年生の範囲は熟知しているはず。
自慢にならないが、僕は今やっている範囲はおろか、前の学年でやったはずの基礎さえおぼつかない状態だ。
宿題としては遠回りになるけど、急がば回れともいうし、まずはできないところを潰していこう。
コンコン。
「麗奈、いる?」
思い立ったが吉日、というわけで、麗奈の部屋をノックし所在を確かめた。
麗奈は休日はよくお出掛けしていることが多く、アポなしで会おうと思うなら晩御飯の時くらいしかタイミングがない。
夏休みも、友達と出掛ける予定を多く立てているようだったから、確認は必須だ。
「…………なに?」
どうやら、今日は家に居たらしい。
超絶不機嫌な声で出迎えた麗奈は、扉の隙間から僕を睨み付けてきた。
思春期だもんね。邪険にされても仕方ないよ。
「突然で悪いんだけど、僕に勉強を教えてほし……」
バタン! カチャリ。
僕が最後まで言い終わる前に、麗奈は勢いよくドアを閉め、鍵までかけたようだ。
……兄としては、話くらい、聞いてほしかったよ。
「……はぁ。やっぱり、一人でやるか」
とぼとぼと自分の部屋に戻り、沈んだ気持ちで再び課題を開く。
~~・~~・~~・~~・~~
結局、夏休みの課題を終わらせるだけで手一杯で、勉強の内容を理解するところまではいかなかった。
いつもは丸つけ用の答えを丸写しだったから、八月の終わりでも間に合ったけど、真面目にやったら何度も教科書や辞書を引かねばならなかった。
全然遊べなかったよ……。
夏休み、すっごく楽しみにしてたのに……。




