凛の二十 体育祭 ~綱引き~
凛ちゃん視点です。
『騎馬戦』が終了した時点で入場の準備をしていた私は、先程の意外な結果を見せた『玉入れ』に目を丸くしていました。
まず、同じクラスの立川さんは、多分後から怒られるでしょうね。特に長谷部さんからは、強めに怒られることでしょう。
彼女は競技の結果よりも姿勢に目がいく方ですから、やる気のなかった立川さんの態度は、目についたと思われます。
それはいいのですが、問題は赤組、特に相馬さんが所属されている四組の結果でした。
明らかに他のクラスとは違う動きを見せ、短時間ですべての玉をかごへと投げ込まれていました。
少数の人に玉を集め、一気に投げ放っておられました。遠くてよく見えませんでしたが、玉もただ渡すだけではなく、綺麗な形に整えられていたようでした。
明らかに理論だった動きで、あっという間にかごをいっぱいにした四組の方々は、残り時間を雑談に使うほどの余裕がありました。
その中には相馬さんのお姿もあり、ともに勝利を喜んでおられるようでした。
楽しそうな相馬さんも、かわいいです。ちょっと照れ臭そうな顔をしておられるのが、私的にはぐっときてしまいます。
その後の競技では、四組のやり方を見よう見まねで試していた方もおられましたが、四組ほどの効果は得られていませんでした。
簡単にやっているように思われましたが、事前の打ち合わせや動きの確認など、効率のよい動きを練習せねばできない結果だったのでしょう。
だとすると、短い練習期間で相馬さんたちはあのやり方を身につけたのでしょう。すごい努力だと思います。
相馬さんは玉拾いをしておられましたが、補助も立派な役割です。適材適所がありますからね。
相馬さんの頑張っている姿に励まされた私は、改めてやる気を引き出し、次の競技への意欲としました。
『続いての競技は、『綱引き』です。皆さん、こちらからの指示に従って、速やかな移動をお願いします』
相馬さんたち『玉入れ』の選手が退場したタイミングで、新たなアナウンスが流れてきました。
次の競技は『綱引き』であり、全校生徒が参加する一番大がかりな競技です。
大小合わせて九本もの綱が体育委員たちの手によって運ばれ、グラウンドに寝かせられます。桂西高校が所有する大きな三本に加え、周辺の小中学校と交渉し、借り受けたやや短めの綱が六本あります。
以前ご説明致しましたが、『綱引き』は全学年が、男子のみ、女子のみ、男女混合の三回に渡って行う競技です。三学年合計二十七クラスが三回ずつ行いますと、試合数がかなり多くなってしまいます。
なので、綱の数を多くして、一度に試合を消化することで、時間の短縮を図っているようでした。
小中学校から借りた綱は、男子のみ、女子のみの試合で用いられ、桂西高校が所有していた大綱は男女混合の試合で用いられます。そうしないと、選手が綱を持てませんからね。
そうして、やや位置をずらしながら九本の綱が配置され、今度はアナウンスからクラスと対戦方式が読み上げられます。該当する人たちはクラスの待機場所から立ち上がり、指定された綱の位置へと駆け足で向かわれました。
対戦するクラスは事前に体育祭の運営側でくじで決められ、私たち選手には今この場で発表されたことになります。なので、アナウンスの方に呼ばれるまで、私たちはどのクラスと対戦するのかわからない状態です。
『五番、男子、一年三組と一年九組』
すると、早速私たちのクラスが呼ばれました。五番が綱に割り振られた番号で、男子の方が試合を行い、クラスは九組が相手のようです。
ちなみに、クラスによって男女比が異なるため、人数に大きな差が生じた場合は異性のクラスメイトを補充できることになっています。
一年生では特別クラス以外はあまりない弊害ですが、上級生になると文理選択により、クラスの男女比が偏ってしまわれますからね。
九組も特別クラスだからでしょう、ちらほらと女子の姿も見られました。たしか、九組は商業クラスでしたね。今年は女子の方が多かった模様です。
「みんな頑張ってね! 特に立川くん! サボったらあとが怖いから!!」
「へぇ~い、わかってますよ~……」
男子の方が移動される前に、長谷部さんが彼らへ激励を送っていました。ただ、立川さんへの言葉は厳しくなっています。立川さん本人は、あまり気にしておられないようでしたけど。
「頑張ってくださいね、立川さん」
「はいっ! わかりました!!」
私も長谷部さんを見倣って、励ましの言葉を立川さんへ向けました。すると、立川さんはなぜか背筋がぴんと伸び、敬礼を残して走り去ってしまわれました。
よくわかりませんが、やる気が出たようで何よりです。あまりボーッもされておられたら、怪我をなさるかもしれませんからね。
「お、おぉ……。さすが、鶴の一声だね。ありがと、柏木さん」
「いえいえ、立川さんご自身に心境の変化が起こったのでしょう。私は何もしておりませんから」
「そ、そう……(柏木さん、あいつを脅した自覚ないのかな? 男子たちもみんな、結構ビビってんだけど)」
見ますと、立川さんが率先して男子の皆さんへと声をかけられており、気合いの声をあげておられるようでした。
あのやる気のない立川さんが、あそこまで奮起するなんて。体育祭の雰囲気というものは、やはり独特なのでしょうね。
少しだけ、男子の方々からの視線が、一瞬だけ私へ向いたように思えたのは気になりますが、偶然でしょう。
また、長谷部さんが口をモゴモゴしていらっしゃるのも、気にしないでいいでしょう。どうしても伝えたいことなら、長谷部さんの性格ならばはっきり申し上げてくださるはずですから。
『位置について、よーい……』
パァンッ!
しばらくして九組の対戦が読み上げられ、配置についたところで、開始の合図が鳴らされました。
『あああああっ!』
『うおおおおっ!』
皆さん、男子を中心に物凄い声が出ています。競技中の音楽に負けない絶叫がグラウンドを埋めつくし、ピンと張られた綱が左右に移動します。
「がんばれ~!」
「がんばってください!」
男子の方々への応援も、力が入ります。人数は同じくらいとはいえ、相手のクラスは同じ一年生で、かつ女子が混ざっています。負けるのは恥ずかしいですよ!
「っ! お前ら、死ぬ気で引けぇっ!!!」
『おおおおおおおおおおっ!!!!』
すると、私たちの応援が届いたのか、立川さんの先導で一気に形勢が傾きました。
膠着状態だった綱が三組側へと引かれていき、間もなく審判の先生が三組側へと手を上げました。
それが勝敗の合図であり、一定ラインを中心が越えたことを先生が確認されたことを意味します。つまり、立川さんたちが勝利したのです。
「やった! やりましたよ、長谷部さん!」
「え、えぇ、そうね(必死だったなぁ、あいつら。それだけ柏木さんが怖かったんだろうなぁ……)」
何故か長谷部さんの反応が芳しくありませんが、男子の方々が勝利したことを素直に喜びたいです。
「や、やったぞ……」
「あぁ、首の皮一枚、繋がったな……」
「油断すんなよ、お前ら。ボスのスイッチが完全にわかるまで、気は抜けねぇんだからな」
「わかってる。あんな怖い思い、もうしたくねぇし……」
見事一年九組を下した立川さんたちでしたが、何だか様子が変ですね? 待機スペースへと戻ってこられる間、頻りに互いを励まし合っているように見えました。
それって、どちらかと言えば負けたチームがするリアクションではないでしょうか?
「あの、皆さん、どうかされましたか? あまり元気がないように思われるのですが……」
「へあっ!? だ、大丈夫大丈夫!! か、勝ったのはいいけど、次あたり上級生とやるんだよなぁ、って言い合ってたんだよ!!」
あぁ、なるほど。立川さんたちは、もう次のことを考えていらっしゃったのですね。
この『綱引き』ではほとんどのクラスが、一年生、二年生、三年生の一クラスと対戦することになりますからね。男子の方々が一年生と対戦されたならば、残りの対戦は二年生か三年生の可能性が高くなります。
男子の皆さんは、最初に一年生との対戦があったことで、今後の対戦に不安を抱いていたのですね。少し気にしすぎかもしれませんが、慎重な方が多いということなのでしょう。
「確かに、上級生との対戦は不安ですが、もし負けたとしても気落ちしすぎることはないと思いますよ? 身体的にも経験的にも、先輩たちには一日の長があるのですから、胸をお借りする気持ちで挑めばいいと思います」
「そ、そっか。そうだよな! 気楽にいけばいいよな!」
少しでも不安が取り除かれれば、と思って私の意見を進言しましたところ、立川さんは非常に好意的に捉えてくださったようです。
曇っていた表情に笑みが差し、そのまま男子の方々を励ましに行かれました。男の友情、ということですか。微笑ましいですね。
「(朗報だ! ボスは勝敗にこだわっていない! 競技に負けても雷は落ちねぇぞ!)」
「(マジか!? これでハルマゲドンに怯えなくていいんだな!?)」
「(はあぁ~、これで肩の荷がおりたわ~)」
立川さんが声をかけていくと、他の男子の方々も安堵の表情を浮かべておいででした。皆さん、上級生の方々がそんなに怖かったのでしょうか?
私が言えたことではないかもしれませんが、彼らの人間関係が少し心配です。
『二番、女子、一年三組と三年四組』
「あ、次は私たちですね」
「みたいね。んじゃ、行きますか!」
お話ししていると一試合目が全部終わったのでしょう。次の対戦クラスがアナウンスされる中、今度は私たちが呼ばれました。
お相手は三年生のようです。確実に勝てる、とは言えませんが、最善を尽くしましょう。
「では、皆さん。参りましょうか?」
『はいっ!』
女子の皆さんを振り返り、移動を促しますと、とてもいいお返事をいただきました。皆さん、気合い十分ですね。
「お、おぉぅ。まるで極道の姐さんみたい……」
最後尾の長谷部さんが何か仰られたようですが、アナウンスでよく聞こえませんでした。整列の時に聞き直してみたんですけど、何でもないと言われてしまいました。
体育祭もそろそろ半分が過ぎます。お疲れなのかもしれませんね。
「おや? カリンちゃんにハーリーちゃん? 何だ、相手って二人だったの?」
「あ、ミィコ部長! お疲れさまです」
「お疲れさまです」
なんと、私たちの対戦相手はミィコ部長のクラスだったようです。一人クラスの列から抜け出して、気さくに話しかけてくださいました。
「うん、お疲れ~。先輩後輩だからって、手加減しないからね? 全力でやろうよ。その方がお祭りは楽しいからさ」
「わかっております。ミィコ部長のご期待に添えるよう、精一杯やらせていただきます!」
「え、ええっと、程々でいいんじゃない?」
「あっはっは、どっちなの? まあいいや。がんばってね」
そう言うと、ミィコ部長はすぐに列へと戻られました。時間もありませんしね。
「(ねぇ、長谷部さん? この場合、どうしたらいいの?)」
「(大丈夫だから。そんなに怖がらなくても、柏木さんは基本的に優しい子だから。普通でいいからね? みんなにもそう言ってあげな)」
……最近、私以外のクラスメイトがヒソヒソとお話しされることが多くなりました。ちょっとだけ、疎外感を感じてしまいます。
男女間はまだ亀裂がありますが、同性間ではどんどん仲良くなっているようですね。その輪の中に、私が入り切れていない気がして、ちょっと寂しいですけど。
『位置について、よーい……』
おっと、それは後でもいいですね。しゃがんだ状態で綱に触れ、いつでも引っ張れるように構えます。
パァンッ!
空砲の音と同時、私は綱を掴んで思いっきり後ろへ引きます! 三年生の先輩がやや体勢を整えるのが早く、最初からちょっと押され気味になってしまいました。
「うぅ~……っ!」
顔をしかめ、力一杯引っ張りますが、綱の中心がこちらへ移動することがありません。むしろ、時間が過ぎるに従って、ミィコ部長のクラスへと引きずられていきます。
『そぉ、れえっ!!!』
「わ、わわわっ!??」
そんな私たちの抵抗は、すぐに崩されてしまいました。
先輩たちの息のあった声がしたかと思いますと、先輩たちの力が一気に増しました。私たちは踏ん張ることもできず、勢いに負けて前のめりに倒れ込んでしまいました!
「い、いたた……」
「ごめんね~。大丈夫?」
盛大にこけてしまった私たちに、先輩たちは近寄ってきてくれました。私の前にはミィコ部長が手をさしのべてくれています。
見ますと、他の皆さんにも知り合いの方がおられたようで、親しげな様子で支え起こされていました。
「あ、ありがとうございます」
「ん。ま、あたしたちもちょっとやり過ぎちゃったからさ。だって、みんなこけちゃったじゃん?」
「お、お見苦しい姿を見せてしまいました……」
「そう気にしなさんな。あたしたちはあんな感じでやってたから、力が入ってたんだ」
そう言いますと、ミィコ部長はまだ試合が続いている一組へと指されました。
そこには、二年生と三年生らしい先輩方が勝負を続けており、力は拮抗しているように見えました。
「……姿勢が、あんなに倒れているのに、力が出るんでしょうか?」
どちらのクラスも、何だか綱にぶら下がっているような引き方をされていました。上半身を大きく後ろにそらし、膝は直角に曲がっていて、力が入るようには見えません。
「あれでいいんだよ。いくら人が集まったとはいえ、女の子だけじゃ力は弱いだろ? あの引き方は、体重で綱を引っ張れるから、力が弱くても引く力が生まれるんだ。よ、っと!」
「ありがとうございます、ミィコ部長」
私にお話ししてくださる間に、ミィコ部長は長谷部さんにも手をさしのべられました。
ミィコ部長の話を聞き、周りを見ますと同じような引き方をされているクラスがたくさんおられました。ほとんどが上級生のクラスでしたが、ちらほらと同じ一年生でも同じやり方をされていらっしゃるクラスがありました。
「一年生の子は、事前に知ってたか調べたんじゃない? あのやり方が一番強く引っ張れるからね。最後に一回試合があるんだから、試してみたら?」
ミィコ部長はそう提案して、自分のクラスの場所へと戻られました。試合が終わったため、私たちも男子の方々が待つスペースへと戻っていきます。
「あー、お疲れさん?」
「すみません、負けてしまいました……」
「しゃーねぇーって。先輩だったし。次頑張ればいいんじゃね?」
改めて敗けを感じてしまい、ちょっとしょんぼりしてしまいましたが、迎えてくださった立川さんが脱力気味に励ましてくださいました。
「……そうですね。ありがとうございます」
「ん」
「あ、そうだ……。立川さん、少しご相談が」
「ん?」
少し気分が持ち直したところで、先程ミィコ部長に提案されたことをお話ししてみました。実例は目の前にいくつもありますし、真似るだけならできると思いましたので。
「んー、そうだな。やれるだけやってみるか。男子には俺から声かけとくから、柏木さんは女子に頼んでみー?」
「はい」
色好い返事が頂けたので、私は早速女子の方々にご相談しました。皆さんとても優しい方ばかりで、私の突拍子もない提案を快く引き受けてくださいました。
それから私たちは、主に先輩たちの『綱引き』を観察しました。ミィコ部長に言われてはじめて気づきましたが、確かに上級生の方々は皆さん同じ形で『綱引き』に挑んでおられました。
まだ試合が残っていた私たちのクラスはすぐには呼ばれず、観察する時間はたくさんできました。私の思い付きにも関わらず、一年三組の皆さんは真剣なご様子で先輩たちの試合を観察しています。
普段はいがみ合ってしまう彼らですが、今は同じことをやっている。そんな姿がふと目に映り、嬉しくなります。
意識してしまえば、また反目してしまうかもしれませんが、男子と女子がほんの少しでも歩み寄れている気がして、クラスが仲良くなれる日も遠くないと思えましたから。
『七番、男女、一年三組と二年五組』
そして、最後の試合で私たちのクラスが呼ばれました。対戦の回数の問題で、最後に試合を行うのは五組のクラスで、その中の一組が私たちのクラスになります。
「それでは皆さん、ぶっつけ本番で申し訳ありませんが、付け焼き刃なりに、頑張ってみましょうか?」
『おしっ!』
『うんっ!』
一応学級委員長ですから、私が皆さんに声をかけさせていただくと、とても頼もしいお返事をいただけました。
私は皆さんに笑みを向け、最後の試合に向かいます。
『綱引き』の最後は、以前より懸念があった男女混合の試合でしたが、この様子では大丈夫でしょう。皆さん、お互いへの悪感情よりも、目の前の競技に集中しておられるようですから。
「……おや? 凛じゃないか?」
すると、対戦相手である先輩のクラスから、妙に聞き覚えのある声が聞こえました。
「……お兄様? もしかして、お兄様のクラスだったのですか?」
「そうだよ。まさか最後の対戦で一緒になるなんて、偶然だね」
……よくよく思い返せば、二年五組は確かにお兄様のクラスでした。さらっと聞き流してしまっていましたから、すぐに思い出せなかったようです。
「柏木君? この子誰?」
「あぁ、僕の妹ですよ。可愛いでしょう?」
「……うん、そうだね」
すると、お兄様の背後から同級生らしい女子の先輩が話しかけてこられました。お兄様は気づいておられませんが、終始女子の先輩から敵意のこもった視線を頂戴しております。
お兄様が敬語なのは、お相手と距離を取っている時ですから、親しい間柄ではなさそうです。となると、お兄様へ好意を寄せている女性の一人、ということなのでしょう。
身内の目から見ても、お兄様の容姿は整っていますし、表面上は紳士なので、女性がお兄様に惹かれるのは理解できます。
が、私はあくまで家族です。そのような嫉妬を抱かれる筋合いはありませんよ?
「そうだ。昼休みに相談しようと思ってたんだけど、やっぱり『部活対抗リレー』は僕と、」
「そのお話はすでに解決済みです。何度言われようが、私はレンマさんと走りますから」
「…………そうか」
まだお兄様には未練があったのですか。すでに相馬さんとはずっと練習をしてきたのです。今さらパートナーを変えるつもりはありません。
ついでに、個人的な感情と致しましても、お兄様よりも相馬さんの方が精神的に安心できます。相馬さんは私に対し、下心を抱いた様子がない稀有な男性ですから。
……少々、私が女性として見られているのか、気になったりはしますけど。相馬さんが誠実な方なのはわかるのですけど、こうまで異性としての反応がないと、女性としての自信がなくなりそうです……。
「柏木君、そろそろ並ばないと」
「そうですか? 仕方ありませんね。じゃあ、凛。昼食は一緒に食べようか?」
「いえ、クラスの友人と共にしますので、大丈夫ですよ」
さりげなく昼休憩まで押し掛けようとしたお兄様ですが、そうはいきません。私の貴重なプライベートな時間を潰されてはたまりませんから。
そして、お兄様のクラスメイトの皆様。特に女子の方々。私を睨まれても困ります。むしろ私は被害者です。
「なら、僕たちがこの競技で勝ったら、僕と一緒に昼食をとろうね?」
「え? お兄様、それは……」
「じゃあ、楽しみにしてるから」
最後に言いたいことだけを残し、お兄様は無駄に爽やかに列へと戻りました。すぐに女子の方々に囲まれてしまい、お兄様の視線がない女子の先輩は私に敵意を見せてきます。
なんとも勝手な約束を結ばされましたが、時間も迫っています。とりあえず列に戻り、私も所定の位置につきました。
『位置について』
綱に手を触れさせ、開始の合図を待ちます。
……しかし、お兄様は自らの希望を一方的に告げ、私の了承も得ないまま、約束させたことになりますよね? こちらは何も要求できなかった、強引な条件に、段々怒りが湧いてきました。
『よーい……』
そもそも、お兄様はどうして私と相馬さんの仲を邪魔しようとなさるのでしょうか? 見る限り、お兄様自身は異性と親しげな関係を構築しているようにみえます。
私はそれを咎める気もなければ、反対もしません。どのような方とお付き合いがあろうとお兄様の自由ですから、私が介入する余地などありませんから。
なのに、私には異性の接触を禁じるのですか? 反発すれば、妨害されるのですか? 私の自由は認めてくださらないのですか?
溜まりに溜まった鬱憤が顔を出し、マグマのように煮えたぎっていくのがわかります。お兄様にその気はなくとも、目の前で楽しげに異性と会話をしている様子を見せられれば、さらに怒りは込み上げてきます。
「……皆さん」
『っ!!!?』
「この試合、何がなんでも勝ちますよ?」
『り、りょうかいですっ!!!!』
小声ながらクラスの皆さんに『お願い』したところ、皆さんもまた小声で力強い言葉を返してくださいました。
私の視線は、お兄様へと固定されています。
空砲の音を待ち、目を鋭く細めました。
パァンッ!
乾いた音が引き金となり、私たちの最後の対戦が始まりました。
「く、うううぅぅ……」
私は教えられた通りに懸命に体重を後ろにかけ、クラスの皆さんと綱を引っ張りますが、少しずつ二年生の方へと移動していきます。
さすがに、見よう見まねのイメージだけでは、きちんとした力は発揮できないのでしょう。皆さんも頑張ってくださっていますが、力負けしているのは事実です。
「……っ!」
うっすらと目を開け、お兄様の方へと視線を向けますと、私は息を飲みました。
お兄様は、薄く笑っていたのです。それは勝利を確信したものなのでしょう。私が普段からよく向けられる、不純な感情が見えるような気がしました。
そう言えば、先程の去り際の一言も、お兄様は勝負に勝つことを前提に仰っていたような気がしました。恐らく、先二回の私のクラスの対戦を見ていたのかもしれません。
それに気づいた私は、目の前が真っ赤になりました。お兄様は、勝てる試合だとわかった上で、先程の条件を提示したのです。
どのようなものであれ私が約束を守ることもわかっていたはずです。もしかしたら、私から条件を出せないタイミングも狙っていて、あの時に仰ったのかもしれません。
そうだとしたら、要求がどれほど小さなものであったとしても、余りにも姑息で卑怯な行為です。到底許されるものではありません。
この試合、何がなんでも負けるわけにはいかなくなりました。
「皆さん……」
『ひっ!!?』
「踏ん張って、くださいね……?」
『わかりましたぁ!!!!』
クラスの方々の口調が変ですが、今は些事に構っている暇はありません。
お兄様の思惑に乗らないため、私は自身の怒りを手に持つ綱へとすべて込めました。
「っ! あああっ!!」
『うおあああああっ!!!!』
私は怒りに任せ、皆さんは私の要請に応じて、限界以上の力を引き絞りました。
『……くっ!?』
徐々にあちらへ引っ張られていた綱ですが、逆に私たちの側へと引き返しています。二年生から焦った声が聞こえますが、それに構ってはいられません。
力が乗りきっている今、このまま勝利をものにします!
『あああああ!!!!』
お腹から出た声が一つに纏まり、一気にこちらへ引きずり込みました!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私たちの勝利が宣言されたのを他人事のように思いながら、私は息を整えます。視線の先には、驚愕を顔に張り付けたお兄様がいらっしゃいました。
「お兄様、残念でしたね」
失礼を承知で、私は心からの笑顔を浮かべていました。
クラスの皆さんの力を借りたとはいえ、初めて家族からの理不尽に抗えたような気がしたからでした。
「昼食は、ご学友とどうぞ」
それだけを言い残し、私はクラスメイトの方とともに、待機場所へと戻っていきました。
不必要な強制イベントもありましたが、一年三組の『綱引き』は二勝一敗という戦績で幕を閉じました。
「(やべぇ、ボス、今まででめっちゃ怖かったな)」
「(やり取りから察するに、兄貴がボスの起爆剤だぞ。注意しとこうぜ)」
「(私、ちょっと漏らしちゃった……)」
「(気にしないで。女子はほとんどそうだもの……)」
帰り際、またしてもクラスの方々がひそひそ話をされていました。皆さん仲がよくて羨ましいです。
魅了支配と恐怖支配の勝負は、後者に軍配が上がりました。無自覚にクラスを纏めあげている凛ちゃん、すごいですね。
そして、そろそろ毎日が限界です。次くらいから更新が遅れるかもしれません。ご容赦を~。




