蓮の十八 体育祭 ~開会式~
蓮くん視点です。
さて、色んな戦いがあって日々を過ごした僕は、今日という日を無事に迎えることができた。
そう、今日こそ運動漬けの毎日で培った成果を出しきり、同時に地獄の日々に終止符を打つ、運命の日。
体育祭の当日だ。
「おはよう、階堂」
「おっす、博士。体調は万全か?」
「う~ん、ボチボチかな? 部活も休みなくあったし、毎日筋肉痛と見えない青あざによる鈍い痛みが続いてるから。今も、体の節々は痛いけど、もう慣れたよ」
「ボチボチどころかボロボロじゃねぇの、それ?」
いつもより早く登校した僕は、早速階堂と顔を会わせた。体を動かす度に関節が悲鳴を上げ、気分はすっかり錆びたブリキのロボットだ。
ちょっと前までの僕は、痛みによって本当にぎこちなく動くロボットみたいな動作しかできなかったが、この痛みが普通になってからは無視できるようになってきた。
今じゃ人間並みのスムーズな動きを取り戻せている。まあ、痛みがなくなった訳じゃないから、ただの痩せ我慢だけどね!!
「おはよう、相馬氏に階堂氏。天気は生憎だったな」
「おはよう、春。まあ、時期的にしょうがないよね」
「よぉ、春。一応予報じゃ降ってくんのは午後からだったか? まあ、それでも小雨らしいし、何とかなんだろ」
少しして春も登校してきたから挨拶を交わす。春は今日の天気を気にしているようだ。
僕も家を出る前にテレビで天気予報を見たけど、曇りのち雨だったかな。数日前から梅雨前線が出来て、雨が降るんじゃないかとは言われていた。
天気予報の話を信じるならば、雨が降るといってもそこまで強い雨にはならないらしい。せいぜい小雨で、体育祭に支障は出ないみたいだ。
最近、新型の気象衛生が打ち上げられたとかで、天気予報の精度が向上している、ってニュースもあったし、予報が外れて荒れた天気にはならないだろう。
「小さな雨でも、競技中は降ってほしくないけどね。傷が痛むし」
「あー、膝か。博士のそれ、かなり悲惨なことになってんな」
「うむ。まるでかさぶたがサポーターのようになっておるな。逆に保護されているようにも見える」
二人の視線が僕の両膝に集まる。柏木さんと一緒に練習した『部活対抗リレー』でできた、特大のかさぶたがあった。
僕の運動神経が悪いのか、練習中は必ず一回はこけてしまい、血を流してはかさぶたを作って、が繰り返されてこうなった。
言われてみれば、膝のプロテクターに見えなくもない。まあ、どうせこけたらすぐ剥がれるような、頼りにならない防具だけどね。
「えっと、集合ってどこだっけ?」
「グラウンドに割り当てられた場所だよな? 時間も迫ってきたし、行くか?」
「そうしよう。相馬氏、階堂氏、荷物を忘れるなよ?」
教室で少し駄弁っていた僕らだったが、時間が迫ってきていたので移動を開始する。
集合は七時半にグラウンドになっている。待機場所はライン引きで区分けされ、それぞれ普段授業で使っている椅子を持ってきて座るようにする。
予報が雨だったので、椅子にはビニール袋を被せて雨対策を施してある。濡れても座るときにタオルでも使って拭けば、最後まで使えるはずだ。
「……あら、相馬さん。おはようございます」
僕らは道中も喋りながら廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
「あ、柏木さん。それに、ハーリーさんと、誰? まあいいや、おはよう」
振り返ると見知った人物が二人と、知らない人が一人いた。
僕に声をかけたのは柏木さんで、何気に部活以外で話したのは入学式以来だ。部活の場じゃないと、自然と名字で呼びあってしまうのは癖だろうか?
柏木さんの隣にはハーリーさんがいた。同じクラスだって言うし、部活でも結構一緒になってお喋りしている姿が見えたから、クラスでも仲がいいんだろう。
んでもって、僕が知らない人は男子だけど、何かすっごい眠そうな顔をしている。……あ、あくびした。全身からだるい眠い面倒くさい、というオーラを放つ、独特な人だな。
「おはよう、レンマ君。今日は本番なんだから、こけないように注意しなよー?」
「ははっ、うん、頑張るよ。柏木さんに怪我させちゃ、オウジ先輩がうるさいからね」
「だね~」
軽くハーリーさんにも挨拶をし、僕はまず階堂と春を紹介することにした。
「えっと、こっちが階堂って言って、こっちのひょろ長いのが春。僕のクラスメイトで、数少ない友達だよ」
「ちっす。俺が階堂な。柏木嬢も久しぶりだな。卒業以来じゃねぇか?」
「そうですね。お久しぶりです、階堂さん」
「相馬氏から紹介に預かった、拙者が春と申す。相馬氏が随分と演劇部にてお世話になっている模様で、大変恐縮つかまつる。今後とも、何卒相馬氏をよろしくお頼み申し上げる」
「……あ、う、うん。よろしく……。春くん、だっけ? 君、キャラ濃いね~。素なの?」
「うん、中学で知り合ったときから、ずっとこうだったよ。ってか、春! ハーリーさんに余計なこと言わないでよ! 恥ずかしいなぁ」
柏木さんは三年生の時に同じクラスだけあって、階堂のことは覚えていたみたいだ。普通に挨拶をしている。
一方、春は演劇部のハーリーさんに向かって、何か僕の保護者みたいなことを言い出した。面食らったハーリーさんは、春の独特な武士っぽい口調に驚いている。
「それでは、こちらもご紹介しますね。相馬さんがハーリーさんとお呼びしているこちらの方が長谷部さん。そして、こちらの眠そうな方が立川さんです。
長谷部さんはお二人ともご存じのようですが、私や相馬さんと同じく演劇部の部員です。立川さんは私のクラスの副委員長で、私がクラス委員長をしているものですから、親しくなった方なんです」
「へぇ~。そうなんだ。それにしても、立川くん? 起きてるの?」
「気にしなくていいよ。こいつ、朝はほぼ使い物になんないの。意識は一割くらい起きてるから、移動に問題はないし、起きるまで待つしかないわね」
え、なにそれ、すごい。
柏木さんからの紹介を聞き、僕は初対面の立川くんに注目したけど、彼はまだ夢の世界に浸ったままだ。
立川くんの反応のなさを心配したけど、ハーリーさんの説明が追加された。ほぼ寝てるのに、よく教室から歩いてこられたな、と感心する。
「ふ~ん。ま、いいや。よろしくな、長谷部」
「以後、お見知りおきを。長谷部氏」
「はいはい、よろしく。ってか、階堂だっけ? いきなり呼び捨て? 同い年だけどさぁ、少し遠慮はないの?」
「は? 必要あんのか? めんどいじゃん?」
あー、ずっとこうだったから忘れてたけど、階堂は最初から他人との距離感が妙に近い。物理的な距離じゃなくて、心の距離ね。
生粋の日本人のはずなのに、階堂の態度や性格は欧米人よりなのだ。初対面でもため口だし、思ったことはすぐに口に出し、年上や先輩にもまともな敬語なんて使ったことがない。
それに加えてアニオタでもあるためか、階堂は余り人に好かれない。オタクからまず悪印象を持たれてしまい、人との接し方から図々しくて馴れ馴れしい、という印象を抱かれがちだからだ。
僕や春はそんなことを気にするタイプじゃなかったから、すぐに仲良くなれたけど、他の人は階堂の人柄をよく思わないことが多い。
ハーリーさんも、そんな階堂に眉をひそめている。これは、第一印象は悪くなっちゃったかな?
「ここで会ったのも何かのご縁ですし、一緒に参りましょうか」
「そうだね。行こうか」
階堂とハーリーさんの間に流れる空気がちょっと不穏だけど、柏木さんの提案で意識がそれたようだ。僕もそれに乗っかり、グラウンドまで歩いていく。
「ん? おいおい、『海草類』トリオ!」
他愛のない話をしながらグラウンドに到着すると、大きな声で僕らを呼ぶ声が聞こえた。
「あれ? 佐伯くん?」
一年四組のスペースで僕らを呼んだのは、めっちゃ気合いの入った佐伯くんだった。でも、何か怒りながらこっちに来ている。どうしたんだろう?
「そいつらは一年三組で、黄組の奴らじゃねぇか! 何敵とのんびりお喋りしながら登場してんだよ! 勝負はもう始まってんだ! さっさと来い!」
「うえっ!? ちょ、ま、まってよ!!」
集団の先頭にいた僕は有無を言わせず腕をとられ、佐伯くんに引きずられていく。あまりの迫力に抵抗も忘れ、僕はみんなから離れていく。
「あー、わりぃな。うちのクラスの佐伯っつうんだが、体育祭エンジョイ勢なんだわ。あいつに感化されて、四組はみんなあんなんだから気ぃつけろよ?」
「クラスメイトが失礼した。では、拙者らも相馬氏を追う故、これにて失礼する」
「え、えぇ。その、お互い頑張りましょうね?」
「そっちも大変そうね。じゃあね」
「Zzz……」
取り残されたみんなは、僕抜きでそれぞれ別れの挨拶をし、別れたみたい。階堂と春は僕らを駆け足で追いかけてきた。
「お前ら、敵と何話してたんだよ! 雑談だったら、この戦いが終わった後にでもしろ!」
「いや、佐伯くん? 戦いって大袈裟だし……」
「だよなぁ? 気楽に行こうぜ、気楽によぉ?」
「気負いすぎてもあまりよくないのではないか? 意気込みの強さは承知したが、今からそれでは息切れするぞ?」
今までと比べても最高潮な佐伯くんのテンションに、僕らはもうついていけない。四組の待機スペースには、佐伯くんほどではないにしろ、戦意高揚しているクラスメイトの姿があった。
この二週間、何度思ったかわからないけど、もう一度聞こう。
何がみんなをここまで駆り立てているのだろうか?
「皆さん、おはようございます」
『おはようございますっ!!』
「……えっと、本日は体育祭の本番です。皆さん、お怪我をなさらないよう、十分ご注意くださいね。それでは、頑張って参りましょうか」
『了解しました!!!』
すると、僕らの隣から、四組とはまた違う緊張感を放つクラスがあった。
ちら、と視線を向けると、なんと先程別れた柏木さんのクラス、一年三組だった。彼らも何があったのか、音頭をとった柏木さんへ一糸乱れぬ敬礼を示している。
……えっ!? なにごと!?
「うん? あいつら、確か放課後練習で俺らと同じ変なテンションだったクラスだよな?」
「そうだな。顔ぶれを見ても間違いない。よもや、柏木氏のクラスであったとはな。よく調教されている。流石、幾つもの会社を統括する柏木グループトップの長女だな」
「いや、それ全く関係ないよ、春……」
よく見たらわかるじゃん、柏木さんも引いてんじゃん!
微妙に笑顔が引きつった柏木さんだったが、不意に僕と目があった。
すると、一気に頬が赤くなって顔をそらされてしまった。
わかるよ、変なテンションの同級生って、恥ずかしいよね?
無言でコクコク頷いてから、僕らは開会式の入場のために移動を開始した。
『宣誓っ! 僕たちはスポーツマンシップに則り、お互い正々堂々戦い、体育祭を楽しむことを誓います!』
開会式はつつがなく進み、三年生の生徒会長がマイクの前で生徒の宣誓を行う。この後で校長先生とかの話があって、ウォーミングアップのストレッチを全員でしてから、いよいよ競技が始まる。
曇天の下、運動日和かどうかは微妙だけど、イベントの雰囲気のためかどこかみんな浮き足立っている。
体調は完璧じゃないし、どこまでやれるかわからないけど、僕なりに精一杯頑張ろう。
周りの空気に飲まれたのか、ドキドキしながら開会式を終え、僕らの体育祭が始まった。
他者視点が暗くなりがちなので、明るく元気にいきたいです!




