蓮の十二 ちょっと待って、イベント早くない?
蓮くん視点です。
休みとはとても思えなかったゴールデンウィークを過ごし、再び通常授業が始まる。一日中、走っては筋トレ、走っては筋トレを繰り返し、気づけば体重が二キロくらい減っていた。
それほどハードだったのか、単に僕の不摂生が原因だったのか。深く追求するのはやめておこう。
「よぉ、博士。課題見してくんね?」
「朝からいきなりそれ? 休みの間何してたのさ、階堂?」
「ちょっと、聖地巡礼に、な?」
「はぁ、出掛け先に課題を持っていかなかったの?」
「んな野暮なもん、荷物になるだけだろうが。サンキュー写したらすぐ返すわ」
最近寝る時間が早くなり、早起きできるようになった僕は余裕をもって登校し、階堂に課題をせびられていた。
ちなみに、聖地巡礼とはアニメの舞台になった実在する場所や、モチーフとなった場所へ行くことらしい。僕は付き合ったことがないけど、階堂いわくテンションが鰻登りになるらしい。
ホームルームが始まるまで、あと二十分くらい。僕の努力の結晶がそれだけの時間でコピーされるとなると、複雑な気分だ。
「うわっ! 博士の字、きったね!」
「文句あるなら返してよ!!」
本当に、複雑な気分だ!!
「おはよう、相馬氏に階堂氏。朝から元気だな」
「おはよう、春。そっちはかなりお疲れだね?」
「ゴールデンウィーク終盤に、姉たちの買い物に付き合わされてな。最終的に、荷物で拙者が見えなくなるほどの量を押しつけられていたのだ。まだ筋肉痛が残っていて、動くのが辛いのだ」
「そ、それは大変だったね……」
僕も女兄弟がいるけど、基本的に僕のことが嫌いだから無視されるだけだ。春の兄弟仲はいいらしいけど、そういった話を聞けば今の距離感のままがいいのかもしれないと思ってしまう。
「そう言う相馬氏は、あまり疲労の色は見えんな? ずっと部活漬けの毎日だったのだろう?」
「あぁ、うん。何か体が慣れてきたのか、一晩寝たら疲れが抜けるようになってきたんだ。先輩たちのしごきがきいてるみたい」
「それはそれで不安になる回答だな……」
そうかな? いい傾向だと思うよ? 筋肉痛と肉体疲労で頭がボーッとするよりずっといいし。
「ありがとよ、博士! それと、来てたのか、春」
「随分な物言いだな、階堂氏。拙者は先程階堂氏にも挨拶をしたであろう?」
「そうだっけか? まあいいじゃねぇか、細かいことは」
「まったく……」
課題を写し終わった階堂は振り向き、ようやく春に気づいたみたいだ。
……かなりの量があったのに、十分で書き写してる。それだけのスピードがあるなら、自力でやればいいのに。
「はい、皆さん席について。ホームルームを始めます」
それからしばらくおしゃべりしていたら、担任の佐野先生が着席を促してきた。バラバラに休み中の思い出をしゃべっていたみんなは、各々の席に戻っていく。
あ、今さらだけど佐野先生は三十代くらいの、比較的若い女性の先生だ。担当教科は英語。発音が流暢すぎて、この一ヶ月英語には苦労させられている。
とまあ、そんなことはさておき、佐野先生は今後の連絡について、プリント類を配布しつつ僕たちに教えてくれる。
「まずは、皆さんお待ちかねの中間テストについててです」
クラス全員から盛大なブーイングが飛ぶ。友人グループはすでに構築され、自由行動はグループ単位ですることが多くなってきたけどこういうときは団結が早い。
「えー、皆さんご存じの通り、中間テストは二週間後の五月下旬に行われます。高校生となって最初のテストですから、皆さん頑張ってください。
ちなみに、私も問題作成に携わりますので、英語の試験は特に力を入れるように」
担任からの圧力に、みんな苦い表情で視線をそらす。難しいよね、佐野先生の授業。
「それと、テストのさらに二週間後、六月上旬には体育祭があります。すでに競技は決まっていますので、出場する競技を近々ホームルームで振り分けます。
こちらが体育祭のプログラムになりますので、皆さん希望の競技をあらかじめ決めておいてください」
次の連絡に、クラスの半分くらいが首をかしげていた。僕もそのうちの一人だ。
体育祭? こんな時期に?
「あ、あの! 六月に体育祭をやるんですか?」
「はい。桂西高校は諸事情から、五年ほど前から体育祭の時期がずらされ、この時期に行われるようになりました。練習はテスト明けから可能となります。
詳しくはテストが終わったあとに説明しますが、現時点で気になるのであれば、個別に私のところにまで聞きに来てください」
そう言うと、先生は体育祭のプログラムを全員に配布し、ホームルームを終わらせた。
クラスはちょっとざわざわしていたが、佐野先生に質問するほど気になっていたわけではないのか、誰も動く様子はない。そうこうしているうちに、佐野先生は出ていってしまった。
「……あ、部活とかどうするんだろう?」
ふとした疑問を覚えた僕だったが、その瞬間に授業開始のチャイムが鳴った。
「え? もちろん、体育祭の期間中も練習は続けるよ? 体育祭っていっても、大体張り切るのは運動部に所属してる人たちばっかだし、そもそもそっちの練習は完全に自主的なもんだからさ」
放課後、ミィコ部長に聞いてみたら、そんな回答が得られた。
ですよねー。
「あ、でも、あたしたちもちょっとは練習するよ? テストが終われば、半分くらいの時間は体育祭の練習に使うから、覚えておいてね?」
「へ? 部活で練習、ですか?」
「あれ? もしかしてレンマ君、体育祭のプログラム見てないとか?」
一年生が出場する種目はチェックしたけど、全部は確認しなかった。出場しない種目は観客になるだけだし、いいかな? って思ってたんだけど?
「えーと、あ、ほら、ここ。昼休憩が終わって二つ目の『部活対抗リレー』っての。これは全員参加で部活単位の対抗戦だから、クラスでの練習とは別にやんなきゃいけないんだ」
見ると、確かに『部活対抗リレー』なる種目がある。リレーで全員? どうやって参加するんだ?
「全員って、どういう風に参加するんですか? 部活によっては所属する人数も違うし、そもそも運動能力だったら文化部よりも運動部の方が上ですよね? 不公平じゃないですか?」
「いやー、それがそうでもないのよ。それに、西高の体育祭では、この競技が実は一番盛り上がるんだよ?」
え? これ、点数に関係ないエキシビジョン的な種目だよね?
西高の体育祭はちょっと特殊で、学年は関係なく三クラスをひとつの纏まりとし、三つ巴の争いになっている。赤組、青組、黄組と信号色で別れるみたい。
もちろん、直接競技で争うのは同学年の生徒同士なんだけど、各競技の成績で得られたポイントはクラスではなく色組に合算される。
例えば、綱引きで赤組の一組と青組の二組が闘い、一組が勝利すると、得られたポイントは赤組のポイントとして加算される。そうやって競技を進め、色組ごとの総合計で争うことになるのだ。
こうした不思議な方式は、かなり遅めのレクリエーションも兼ねているかららしい。学年の壁も取っ払い、いくつかの組を同じチームにすることで、縦と横の繋がりを持ちやすくなるようにするためなんだとか。
そうした学校の意向もあって、『部活対抗リレー』も同じ理由で全員参加型の競技になったらしい。先輩後輩の仲をさらに深めよう! ってことなんだって。
「確かに運動部が有利に思えるけど、西高の部活対抗リレーは運動部にかなりのハンデがあって、かなり個性的なんだ。
まず、走る距離が違う。あたしら文化部は二百メートルをリレーするんだけど、運動部はその倍になる四百メートルを走らされるんだ。
次に、走る形。運動部って文化部と比べれば所属人数が多いでしょ? だから、全員参加をさせようと思ったら、二人三脚とか三人四脚とか、人数を増やして一緒に走らなきゃなんないの。だから、人数が多い部活ほど、大人数の多脚リレーになって不利になるんだ。
最後に、これはあたしたちも関係するんだけど、一目でどの部活かわかるような格好で走らなきゃダメなんだ。だから、字面だけじゃわかんないけど、部活対抗リレーって仮装リレーでもあるんだなぁ、これが」
うわぁ、それは大変そうだ。確かにちゃんと練習しなきゃ、走れる気がしない。
ただし、運動部は運動部同士、文化部は文化部同士の対決でグラウンドを使うため、レース展開は接戦で面白いとのこと。勝ち負けはゴールのタイムが記録されるようだから、それで競うんだって。
体育祭の色組対抗にも関係ないから、完全な余興としてみんな楽しむみたい。そりゃ、一番盛り上がるかもね。
っていうか、それって演劇部も衣装によっては不利になるんじゃ?
「その通り。あたしたちが着るのは当然演劇の衣装だから、走りにくいことこの上ないよ? ヒラヒラした動きづらい衣装が多いからね。
その上あたしたちは二百メートルを十人で走る訳だから、必然的に二人三脚か三人四脚で走る必要があるんだ。まあ、セオリーだったら、二人が二組と三人が二組かな?」
つまり、走る距離は五十メートルなのか。それは文化部にも優しい距離だね。演劇部はグレーゾーンだけど。
「ま、詳しいことは中間テストが終わってから決めるから、今は考えなくてもいいよ。ほら、レンマ君はランニング行っておいで」
「あ、はい。では、行ってきます!」
ちょっと長めに話を聞いてたみたいで、ミィコ部長から練習に戻るように言われてしまった。
サボりだと思われるのも嫌だし、大人しく従って部室を飛び出した。
「やっ。今日も頑張ろうね、レンマ君」
「うん。よろしくね」
ちなみに、今日のお守りはハーリーさんだった。道中、体育祭について話をしつつ、僕はいつもの練習メニューをこなしていった。
たいていの学校の体育祭は大体九月くらいに行われるとは思いますが、この作品では六月です。そして、公立なのに割りと好き勝手やってるのは、創作物だからということでひとつ……。




