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第6話 課題に命を懸ける気はないけど、貴族との繋がりはほしい!

 私が少し考える素振りを見せると、マーヴィン司祭は話を進めて良いか尋ねる。


「話を続けてください」

「彼女は二十日後に婚礼を控えています。その前に豊穣の女神ディエリエールを祀るリーヴの神殿を訪れたいと、当方に相談をされました」

「お嬢様の物見遊山に付き合えってこと、ですか」

「アリシア、言い方」


 私は間違ったことなんて言ってないと思うけど。

 それにしても、お嬢様の物見遊山に司祭様を使おうとしたなんて、ワガママも良いところだわ。


 マーヴィン司祭は微笑みながら、周辺の地図を広げた。柔和な顔に見合わない武骨な指が、王都フランディヴィルを示し、東に向かって動いていくと一つの森に当たる。


「婚礼前に女神ディエリエールへ祈りを捧げに向かう方は少なくありません。ただ、今回は式まで日数がなく、こちらも色々と立て込んでいまして」

「星祭りの準備もそろそろ始まるし、忙しい時期ですよね」


 少し困り顔で笑うマーヴィン司祭の言葉を補うように、パークスが言う。


 星祭りとは夏の風物詩で、軒先にカンテラの灯を下げて、故人へ祈りを捧げる国のお祭りだ。

 王都では神殿勤めの司祭たちが中心となり、一週間を通して盛大な催しを行う。ちょっとした観光行事でもあり、商人たちも繁盛期となって忙しさが増す時期だわ。勿論、バンクロフト商会も何かと騒がしくなる。


 そんな忙しいときに、物見遊山に付き合わされるのは、迷惑よね。外部に助けを求めたくもなるわ。


「……人手が足りない事情は分かりました」

「ご理解、感謝します」


 マーヴィン司祭は再び森を指し示す。


「ここを迂回すれば安全ですが、今回は少し急いでいますので、森を抜けるルートを使っていただきます」

「森を……」

「危険と言っても、近隣の住民も立ち入る森ですし、この周辺は騎士の方々も定期巡回していますから、魔物との遭遇はほぼないです」

「……夜営をすることになりますね」

「お嬢様も承諾されています」


 婚礼前で時間がないにしても、お嬢様がどうして森を抜けるルートを承諾したのかしら。そもそも、お嬢様ならお付きの護衛くらい、いそうなものよね。

 疑問と一緒に不安を感じて地図を睨んで考えていると、横でミシェルが「頑張ろう!」と声を上げた。その笑顔はやる気に満ち溢れている。


「アリシア、依頼人のお嬢様は、きっと困っているんだよ」

「……困ってる?」

「だって、そのお嬢様は家の護衛をつけないんでしょ? だから何か事情があって、わざわざ一人で神殿に相談したんじゃないかな?」

「まぁ、そうかもしれないわね」

「どうしても、リーヴの神殿に行かないといけない事情があるんだよ!」


 そういう考えもあるのか。

 侯爵令嬢のミシェルだからこそ、何か感じているのかもしれない。


 とは言え、よく知りもしないお嬢様のために命を懸ける気も、私にはさらさらない。だって所詮、これは学院に提出する課題だもの。


「この依頼、命の危険はないのですか? 私たち魔術師は、戦闘には不向きです」

「それは保証します。協力者もいますので、ご安心ください」

「協力者……」


 その単語に引っ掛かりを覚えた。

 パークスを見ると、彼は眉間にシワを寄せている。引き受けたくないと顔に書いてあるようだ。逆にミシェルは、やる気満々で私を見てくる。


 命を懸ける必要はない。だけど、これを達成すればミシェルの信頼もさらに得ることが出来るかもしれない。それに、もう一つの繋がりを得られるかもしれない。

 私の心の天秤が傾いだ。


「分かりました。お引き受けします」

「それでは、急で申し訳ありませんが、明朝、日が上る頃に神殿の裏口までお越しください。馬を用意してお待ちしています」


 マーヴィン司祭の笑顔に少しだけ引っ掛かりを感じながら、ミシェルの「頑張ろうね!」という言葉に、私は頷いた。


 ◇


 翌日の早朝、パークスを伴って神殿の裏口へ赴いた。

 すでに待っていたミシェルがこちらに気づき大きく手を振っている。そのすぐ横で軽く頭を下げたのはマーヴィン司祭だ。二人の傍には、青いドレスに身を包んだ長身の女性と小柄な赤髪の少年が控えている。


 女性はローブのフードを目深く被っていて、遠目には顔がよく見えない。少年も帽子を目深く被っているようだし、顔を知られては困る家柄ということかしら。


「アリシア、おはよう!」

「おはよう。そちらの女性が、リーヴの神殿に送り届けるお嬢様かしら?」

「はい。こちらの少年はお世話係になります」

「パークスよりも貧弱そうだわ。戦闘は無理そうね」

「……アリシア、言い方」


 慌てたパークスは、お嬢様の方を見て早口に謝っている。

 どこの家柄か分からないにしろ、貴族相手なのだからと言いたいのだろう。勿論、そこは分かっているわ。これも一つ、貴族との繋がりになるかもしれないってことも。

 でも、隠すような家柄は、バンクロフトにとって有益と言えるのかしら。


 疑問を感じつつ、こほんと咳払いをした私は誠心誠意の挨拶をした。と言っても、ドレスじゃないから淑女の挨拶はあまり様にならないけどね。


「アリシア・バンクロフトと申します。こちらはパークス。そちらのミシェル嬢と共に、お嬢様の護衛をさせて頂きます」

「よ、よろしくお願いします」


 少年が頭を垂れ、お嬢様は無言でドレスを摘まみ上げて腰を低く落とした。

 声は聞かせてもらえないようね。なおさら違和感を感じるわ。

 訝しんでいると、パークスに肩を叩かれた。


「用意されてる馬、三頭だね」 

「三頭……ミシェル、二人乗りでいける?」

「うーん、出来なくはないけど、ちょっと苦手かな」

「じゃぁ、俺がアリシアと一頭使うよ。それより、お嬢様をどうす──」


 パークスがそう言っている矢先に、お嬢様はドレスの裾を翻して馬に跨った。さらに、片手を少年に向けて差し出すと、その小さな体を引き上げる。なんという手慣れた動きだろう。


「問題なさそうだね」


 そう言ったミシェルもまた、一頭にさっさと跨ってしまった。その身のこなしに無駄がない。さすがジェラルディン連合国で名高いマザー侯爵家の令嬢なだけあるわね。幼い頃から乗馬の訓練を指導されてきたのだろう。とすれば、あのお嬢様も大きな騎士団を抱える貴族のご息女なのかもしれない。

 女だてらに手綱を握る姿は、同性からすると少し眩く見えるものね。


 私だって乗馬を嗜んでいるのだから、負けたりしないんだから。意気込んで残りの馬に向かうと、いつの間にか騎乗していたパークスが手を差し伸べてきた。

 それをきょとんと見上げていると、声をかけられる。


「ほら、アリシア。皆、待ってるから」


 馬の上から私を見下ろすパークスを一睨みし、堪らず肩を落とし、彼の手を弾いて騎乗した。

 私も鮮やかに騎乗する姿を披露しようと思ったのに!


 広い背中を見ながら、言い表せないもやもやを胸の奥に感じて睨んでいると、彼は私の手首を掴んで体を寄せるようにと言ってきた。


「ちゃんと掴まって。振り落とされて怪我でもしたら、旦那様に怒られるのは俺なんだから」

「そんなヘマ、しないわよ」

「アリシア、パークス、喧嘩はやめよう」

「喧嘩じゃないわよ!」

「大丈夫だよ。いつものことだから」


 やる気のない口調は、いつもの淡々としたパークスらしく、私の神経を逆なでる。いつもって、何よ、いつもって。

 もう一言、二言何かを言ってやろうかと思ったけど、マーヴィン司祭が小さく咳払いをしたので、口を閉ざした。


「では、道中お気をつけて」


 マーヴィン司祭の見送りを受け、私たちは出発した。

次回、本日15時頃の更新となります


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