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第5話 夢のためなら無茶もする!?

 事務窓口の掲示板をパークスと一緒に見上げ、私は一気に点数を稼げるものを探した。

 魔獣の討伐なんていうものもある。ただ、難しい案件は高学年向けなのよね。ランクの低い魔獣討伐が受けられたら、一気に点数も上がるのに。


「もう一押し欲しいのよ」

「Eランクだと少なくても十件はこなさないと、合格ラインにならないって先生が言ってたよね」

「最低ラインは超えてるわ。でもそれじゃ、ダメ」

「俺はそれでいいんだけど」

「私は常に主席でいたいの。筆記だけ完璧でもダメ。実践もきっちり納めないと!」

「はー……そうなると、簡単な護衛任務くらい引き受けないとかな? アリシアは防御系の魔法が得意だろ」

「そうね。でも、パークスと二人って言うのも心もとないと言うか……」

「悪かったね。俺も防御系で」

「そもそも、不出来なあなたに頼ってたらダメなんでしょうけどね」

「うわぁ、さすがにそれって傷つくんだけど」

「そう思うなら、真面目にやりなさい!」


 わざとらしく傷ついたと愚痴るパークスを睨むと、彼は特に気にした様子もなく、リストに視線を戻した。


 パークスの記憶力や洞察力は、悔しいけど私以上だ。

 今日の実技でだって、正確に的を撃っていた。そうと気づかれないように手を抜くことも忘れないでね。疲れることはしたくないっていうのが彼の信条らしい。不真面目というか、面倒くさがりというか。


 でも、そうやって細かいコントロールが出来るって、充分にすごい才能だわ。真面目に学べば凄い魔術師になるだろうに、もったいない。


「まぁ、いくつもやるのは面倒だし、高得点狙いは賛成だけどね。とは言え、俺たちで護衛は厳しくないか?」

「怪我くらい百も承知。夢のためよ」


 リストを指さして、これにしようかと言いかけた時だった。後ろから「アリシア!」と名前を呼ぶ声がした。

 振り返ると、真っ赤なローブを揺らしたミシェルが手を振って走ってくる。


 その姿にお淑やかさなんて欠片もないし、侯爵令嬢には全く見えない。息を切らして近づいてくる様子は、まるで仔犬か仔猫、小型の動物を思い出させるわ。

 思わず笑ってしまう愛らしさって言うか、いつも二つに分けて結んでいる髪型が、飛び跳ねるウサギみたいと言うか。


「ミシェルも依頼を見に来たの?」

「うん、そんなとこ。アリシア達も何か引き受けるの?」

「護衛任務に挑戦しようかって話してたところよ」

「面倒だけど、手っ取り早く点数稼げるからね」

「護衛? それじゃ、一緒に、これを引き受けない?」


 そう言ってミシェルは手に持っていた用紙を私に見せた。それは、募集期間の短い特別枠リストだった。


「これなら、一年でも引き受けられるよ! 緊急の護衛なんだって」

「拘束期間は一週間……ミシェル、授業休んで大丈夫?」

「補習頑張るから、ね!」

「まあ、貴女は実技で点数稼がないとだし」

「そうなの! ここで頑張らないと不安で。私、進級できないと家に呼び戻されちゃうかもしれない」

「えっ!? それはダメよ!!」


 そんなことになったら、私の目的が総崩れじゃない。

 ミシェルの手を握った私はパークスのため息を無視して、すぐさま窓口に向かった。


 窓口で申請が認められて一週間の外出許可書を渡された私たちは、すぐに神殿を抱える司教区へ向かうよう言われた。どうやら依頼者は司祭のようね。


 一時間後、私たちはその門を叩いていた。


 司教区には様々な神事を執り行う神殿の他に、信者が祈りに訪れる教会や病人を療養したり、孤児や貧困層を援助する施設などがある。王都フランディヴィルの司教区は、国内にある教会のとりまとめ的な場でもあり、常に多くの人が往来している。

 私たちは、受付で学園から来たことを告げると、静かな応接室に通された。


「なぁ、アリシア。些細なことかもしれないけどさ」

「ここまで来て、怖じ気づいたの?」

「そうじゃなくて……司祭にも戦える人がいるのに、わざわざ外に依頼を出したのは何でかなって思ってさ」

「それは、私も気になっているわ、護衛でCランクっていうのも珍しいし」

「珍しいの?」


 私の言葉にミシェルは小首を傾げ、大きな青い瞳をぱちくりと瞬いた。

 まさかとは思うけど、何も疑問を抱かずに引き受けようと思ったのかしら。


「そうよ。基本的にCランクまでは、命にかかわる危険がないと判断されたものなの」

「だから俺たち下級生は、引き受けられるのがCランクまでなんだ」

「えっ、Cランクまでなの!?」

「基本的にはそうよ。学園の外で引き受けて、それを報告するなら、自己責任で高ランクを受けることも可能だけどね」

「高ランクともなると、魔術師だけで受けるのは、難しいと思うな」

「そうね。少なくとも、剣士や闘士を仲間にいれないと無理よね」

「ふーん。それで、学園の依頼は取り合いになるんだね」


 ふむふむと頷いたミシェルは、出されていたお茶を静かに飲むと、ほうっと息を吐いた。


「入学してすぐに、先生が説明してくれたでしょ」

「そうだった?」

「そうよ。一年目に推奨するのはDランクだって」

「Cランクは高得点になるけど、怪我を負う覚悟で挑むようにって脅してたよね」

「そうね。まぁ、魔術師とは思えない厳つい先生だったから、委縮もするわよ」

「本当に危険なものを低学年が受けたら、先生が陰から見守るって噂もあるよな」

「パークス、それよ」


 苦笑を浮かべていたパークスは、私の言葉に首を傾げた。ミシェルも同じようにきょとんとして、こちらを見ている。


「私、この任務ってダミーなんじゃないかって思ってるの」

「ダミーって何?」


 カップを受け皿に戻したミシェルは小首を傾げた。その仕草が可愛いから許したくなるけど、彼女はこの依頼をどうして引き受けようと思ったのか、疑問と一緒に不安がよぎるわ。

 もしかしたら怪我を負うような大変な依頼かもしれないのに、全く緊張感が見えないんだもの。


「学生の判断力を視るため、依頼に高ランクのものを紛れ込ませることがあるらしいのよ」

「あぁ、その噂か。確かに、言われてみたら……」

「実は先生が見張っていて、いざって言う時には助けに入っくれるから、怪我をすることもないわ」

「でも、そうなったら大幅減点間違いなし、だろうな」


 そう、それが私のもっとも心配してることだ。

 怪我は時間がたてば治る。でも、減点された点は取り戻せない。


 気の抜けた笑いを零したパークスがお茶の入ったカップを持つと、ドアが開いた。

 現れたのは司祭服に身を包む長身の男だった。私たちより五つは年上だろう。とても物腰の柔らかそうな男性だ。


「お待たせしました。魔術学院の皆さんですね。私はマーヴィンと申します」


 席を立って挨拶を交わすと、マーヴィン司祭は空いている席に腰を下ろしながら、私達にも座るよう促した。


「早速ですが、依頼の説明に入らせて頂きます」

「その前に、質問をよろしいですか?」


 私がそう尋ねると、マーヴィン司祭は笑顔を浮かべてどうぞと応えた。


 この場で問い詰め、もしもダミーの可能性が高いなら断ることも検討しないと。だって、提出課題に命を懸ける必要なんてないじゃない。

 一度深く息を吸った私は、マーヴィン司祭をまっすぐ見つめた。


「司祭の方々は、私たち魔術師とは違う系統の魔法をお使いになりますよね。それに、騎士の皆様と同じように戦える方もいらっしゃいます。こちらでも護衛に着く用意が可能ではないでしょうか?」

「そうですね。よほど危険な場所に赴くのでしたら、我らで護衛をするのが正しき行いでしょう。ですが、少々事情があり、魔術師組合の方へ早急にご相談した次第です」

「……どういう事、ですか?」

「今回は、とあるご令嬢をリーヴにある神殿まで護衛していただきたいのです」


 護衛対象は貴族令嬢と分かり、私は思わず反応していた。

 もしかして、ここで恩を売れば一つの繋がりを持つきっかけになるんじゃないかしら。依頼を通した間柄だとしても、顔を見せ合うわけだし。


 ダミーと分かれば断るべき。だけど、私の心は安全と夢を両天秤にかけて揺れ動いた。

次回、本日13時頃の更新となります


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