第13話 ハーシャル子爵令息アントニーは諦めない?あきんど魔術師を目指す私に恋する暇はありません!
夏季休暇を前にして、貼りだされた成績の順位表をパークスと一緒に見上げた。
納得できずに唸る私の横で、パークスは首を傾げる。
「総合成績首席で、何の不満があるんだい?」
「実技、実践が九位だわ」
「上位八名の筆記成績はアリシアに遠く及ばないし、総合得点は文句なしだ」
「そうだけど……」
「あまり無理をすると、むしろ、敵を増やすんじゃない? ほら、あの柱のとこ」
やれやれとため息をつくパークスがちらりと視線を投げた先を見ると、見覚えのある顔がさっと隠れた。あれは、私が春先に田舎貴族と罵声を浴びせたクラスメイトのアントニーだ。間違いないわ。
「まだ根に持っているのかしら」
「かもしれないね」
「ちょっと、言ってくる!」
「え、アリシア!?」
パークスが止める間もなく、私は大股でアントニーに向かった。
陰から見ているなんて、コソ泥みたいなことしているんじゃないわよ。そういう態度を、貴族の名折れだって言いたくなるのよ。こんなのが、ミシェルと同じステージに立つのかと思うと、腹立たしいことこの上ないわ。
ミシェルがこのグレンウェルドで活躍する大魔術師、ひいては賢者に上り詰めたとしても、私は驚かないだろう。むしろ、そうなって欲しいとさえ思っている。
でも、アントニーは認めないわ。
淑女に手を上げるような輩が上に立ったら、女の活躍の場が広がらないし、そんなことになったら私の大商人への夢も一歩遠のくじゃない。
私が前に進むと、人だかりはさっと避けて道を作った。その先にいるアントニーの前に立った私は背筋を伸ばして、完璧な淑女の挨拶を披露する。
「ご機嫌よう。ハーシャル子爵令息アントニー様。私に、何か御用でしょうか?」
「あー、いや……その、なんだ……」
口籠るアントニーは、私から視線を逸らした。
彼の周りにいつもいる取り巻きはいないようだけど、一人になって臆病風にでも吹かれたのかしらね。ますます、貴族としてどうなのよ。もっと堂々となさい。
腹立たしさと一緒に、込み上げた文句が胃の中で渦巻く。ムカムカとしながら、冷静を装った私は彼を真っ向から見つめた。
アントニーの白い頬が赤らんだ。今更、自分の行動を恥じても遅いわよ。
「貴族子息として、陰からレディをこそこそ見ているだなんて、恥ずかしいと思いませんの?」
「べっ、別にこそこそなんて……」
「でしたら、何故このような柱の陰にいらっしゃっるのでしょうか?」
「そ、それは……その、あれだ。成績の順位を……」
「こんな離れたところから? よっぽど目がよろしいのですね」
掲示板を振り返った私が目を凝らす真似をすると、アントニーはぐうっと唸った。それを見て、横に立っていたパークスが「そろそろやめてあげなよ」と耳打ちをする。
すると、アントニーの視線がパークスに向けられた。それは、まるで敵を見るような眼差しだ。
パークスもそれに気づいたようで、小さくため息をつく。
バンクロフトを担う次世代の一人として、訳も分からず貴族を敵にするのは避けたいところよね。ここはパークスの為にも、淑女らしく手打ちと参りましょうか。
私が咳払いをすると、アントニーはこちらに目を向けた。
「春先の非礼はお詫びいたします。でも、またご令嬢に手荒な真似をするようでしたら、私は、あなたを許しませんから。このグレンウェルド国において最も価値があるのは魔術の才です。そこに貴族も商人も関係ありません。文句がおありでしたら、私を抜いてごらんあそばせ!」
私の口上に、周囲から歓声と拍手が沸き上がった。
もしかしたら、他人から見れば商人の娘が貴族子息に宣戦布告をしたように映るのかもしれない。だけど、そうではない。だって、ほどほどの成績しか納めていないアントニーなんて、元より私の敵ではないもの。
私の足元にも及ばないのだから、せいぜい大人しくしていなさい。──当の本人には伝わったみたいね。悔しそうに唇を噛んでいるわ。
その様子を見たパークスが、小さくため息をついた。
ちゃんとアントニーに私との格の違いを分からせてあげたのに、この男は何が不満なのかしら。後でじっくり問い詰めないとね。
心の内を顔には出さず、私は踵を返してその場を後にしよとした。その時だった。
「アリシア・バンクロフト!」
突然、アントニーが大きな声を上げた。
「もしも俺が君の成績を上回ったら、その時は……」
振り返ると、そこには真っ赤な顔をしたアントニーがいた。だが、その台詞の先は続かず、私と目が合った彼は息を飲む。
怒り任せに怒鳴り声を上げたにしては、煮え切らないわね。
「子爵令息でしょ。はっきり仰って」
私がぴしゃりと言えば、辺りがしんっと静まり返った。
大きく深呼吸をしたアントニーは、姿勢を正すと片足を一歩引いた。それは見事な紳士の挨拶だ。きっと、パークスじゃこうはいかないわね。
「アリシア嬢、あなたの成績を上回ったその時は……私の両親に会っていただきたい!」
突然の言葉に、私は理解が及ばず首を傾げた。
このポンコツ令息は何を言っているのだろうか。
横に並ぶパークスを見ると、彼は頭を押さえて天井を仰いでいる。
まさか、これは、私に勝ったら断罪するということかしら。もしそうなったら、一大事ね。まぁ、彼ごときに負ける気は欠片もないのだけど。
「どういう意味でしょうか?」
宣戦布告を受けようじゃない。
胸を張ってアントニーに向き直ると、彼は姿勢を正して深く呼吸をした。そして、空色の瞳を私に真っすぐ向けてくる。
「あなたを、お慕いしています。これ以上の思いは、成績であなたに勝った時、改めて打ち明けたいと思います」
日頃、荒っぽいアントニーが丁寧な物言いをしていることに違和感を覚えた。だけど、それは口調だけの問題ではなく、私を思考停止へと陥らせるに十分な内容だった。
このポンコツ令息は何を言っているのだろうか。全く理解が出来ず、私の硬直は続いた。
周りの静寂を打ち破るように、周囲から歓声が沸き上がった。これは、先ほどの歓声とは違い、女の子の黄色い声が目立っている。
何なの。何が起きているの。
「……パークス、彼は何を言っているの?」
「求婚しているんだろ」
「……は?」
「つまり、結婚したいって意味」
求婚の意味くらい知っているわよ、バカにしないで。
何がどうしたら、このポンコツ令息は私に恋をするっていうのよ。そもそも、そんなことがお父様に知られたら、私の人生終わりじゃない!
アントニーに反して、私の顔は真っ青だっただろう。
「お断りします!」
声を張って宣言すると、再び周囲からどよめきが上がる。
ひそひそと、私を悪く言う言葉が聞こえてきた。お高くとまってるとか、商人の娘のくせに、とか。それは春先の教室で向けられた言葉や眼差しと同じ鋭さをもっていた。まるでナイフね。
どう足掻いても、この見えないナイフは私に付きまとうようだわ。だったら尚更、子爵家ごときに落とされるつもりはないわ。
それに私は、色恋なんて関係ないところで、貴族と繋がりを作ってみせるって決めてるんだから。
私が拳を握りしめると、アントニーは一瞬だけ目を見開いた。そして、私が口を開くよりも早くに彼は声を上げた。
「グレンウェルド国で最も価値があるのは魔術の才!」
突然張り上げられた声に、ざわめいていた人だかりは、再び静まり返った。
「あなたが言ったことだ。必ず上り詰めて、認めさせてみせる。そして、あなたをハーシャル家に迎える!」
突然、強気になったアントニーはそう言い切ると、私の横を通り抜けていった。
本当に、何なのよ。
ミシェルとも、これからさらに仲を深める必要があるって言うのに、どうしてこんな大問題が発生するのよ。だけど──
「パークス、私、俄然やる気が出てきたわ」
「……それは良かった」
「必ず、この学園一の魔術師になってみせるんだから!」
私の人生をかけた学園生活は始まったばかり。
恋なんてしている暇はないわ。アントニーから逃げ切り、必ず誰もが注目する最高の魔術師になって貴族との繋がりを確かなものにしてみせようじゃないの。
パークスのため息を背に、私は拳を握って決意を改めた。
私は必ず、あきんど魔術師になってみせるわ。誰にも文句を言わせないんだから!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
アリシアの学生生活は始まったばかりです。アントニーから逃げ切ることが出来るのか。パークスとの関係はどうなるのか。それはまたの機会に書きたいなと思っています。
少しでも面白かった!と思っていただけましたら幸いです。
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