第11話 女をバカにする男は身分関係なく許さない!
ばさりと音を立ててフードが翻り、私の髪が陽の明かりを浴びる。
「深き大地よ、深淵に眠る我が影よ」
ひゅいっといくつもの弓矢が抜けていく。その先こそが、追っ手の潜む場所だ。
「我が敵を捕らえる枷となれ!」
杖で指し示すと、大地から空に向かって黒い支柱が幾本も現れた。
突然の黒い影に驚いたらしい追手は立ち上がり、姿を見せた。その数二体。
こちらに気づいた追手が剣を片手に走ってくるのが見えた。私が術者と認識し、止めをさそうとしたのだろう。だけど、姿を完全に晒した瞬間、あなた達の運は費えたわ。
「追え、捕らえよ!」
私の号令が響くと、黒い支柱は走る追手たちに向かって、ぐんっと伸び、空から突き刺すように落ちてきた。
どすどすどすっと幾本もの黒い支柱に貫かれた二人から、遠吠えの様な悲鳴が上がる。
「安心して。その影に殺傷能力はないわ」
聞こえていないだろう二人に忠告し、私は先を行くパークスたちの方へと馬を反転させた。その時だ。私の両横を二頭の馬が駆け抜けた。ミシェルとキースではない。見覚えのない男達だ。
一瞬だけ視界に入った悪辣な人相が、私の背に冷や水を浴びせる。
「まさか……逃げて!」
咄嗟に叫び声を上げ、私は自分の失態に唇を噛んだ。
あの時、捕らえた追手から上がった遠吠えのような悲鳴は、逃げた二人を追えと言う合図だったんだ。潜んでいた男達は、仲間を餌に使って魔術師をあぶり出したのだろう。
一人が残り、二人が逃げる。その構図は、敵から見ればお嬢様が逃げましたと言っているようなものじゃない。なんでそんな簡単なことが分からなかったの。
私は、まんまと敵に教えるような真似をしたんだ。
後悔に指が震えた。
「だけど……諦める訳、ないでしょ!」
反省は、後でいくらでもやるわ。今は、パークスたちを逃がすことが先決。
私は馬の駆け足を速め、前方を走る男たちに近づきながら、次の詠唱を口ずさみつつ準備を進めた。
風の音に、詠唱はかき消される。だけど、着実にその用意は整った。
馬の全速力が続くのは、せいぜい数百メートル。そろそろ、追っ手の馬に疲れが出るはずだ。
「馬の足を止めれば、良いだけのこと」
杖を握りしめ、前方に狙いを定める。
「さぁ、捕らえなさい!」
天に向かって号令を高らかに発すると、私の背後から、幾本もの黒い支柱が走った。それは馬の胴体と足を狙い貫く。
馬は急に立ち止まると激しく嘶き、男達を振り落とした。
やったわ。これで、追っ手の二人がパークス達を追うことは出来ない。
「よくも、邪魔してくれたな」
地面に投げ出された大男がゆらりと立ち上がる。その手には、一撃でも受けたら致命傷だと分かる両刃の剣が握られていた。
「ちっ、任務は失敗か……このままじゃ帰れねぇよな」
「その代わりに、その女を奴隷商に売りつけるってのも、いいかもな」
「人道に反する商売に加担するつもりはないわ」
手綱を引き、馬の腹を蹴って走るよう合図を送ったが、その足は戦慄き動かなかった。
「どうやら、お前の馬はバテて使えないようだな」
「そのようね」
「それじゃぁ……まずはたっぷりと、礼をしてもらおうかね!」
男達が地面を蹴った。馬を飛び降りた私は地面に杖を叩きつけ、即席の壁を作り出す。
地面から突き上がった土壁は男達を取り囲んだ。
「こんな壁で、俺たちを阻めると思うな!」
低い声が空気を震わせ、壁の上に男が一人飛び乗った。
にちゃりと気味の悪い笑顔がこちらに向けられ、背筋を悪寒が走る。
次に発するべき言葉が、一瞬、脳裏から消えた。その一瞬が命取りだと、あれほど演習で教わったのにだ。
「怖くて声も出ないか?」
「そうやって、女は大人しく、男の言いなりになってりゃ良いんだよ!」
あまりの言葉だ。
女は大人しくですって。どいつもこいつも、女を飾りか何かと思ってばかり。
どうせこいつらも、女は結婚して子どもを産んで男の下着を洗っていれば良いとか思っているのよ。お貴族様なら着飾ってお花に囲まれて微笑んでいれば良いとか考えて、女の苦労や悩みなんて考えたこともなく、女は楽で良いとか言い出す口なのよ。きっとそうよ。
ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「おい、さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」
「ついに観念して、神様にお祈りでも始めたか?」
「女はそうやって大人しくしてればいいんだ」
「大人しくしていれば、手荒なことは──」
土壁の上から飛び降りてきた男達の物言いに、私の頭の血管が何本かぷつりと切れた気がした。
「女、女、女……揃いも揃って、女をバカにして。好きで女に生まれた訳じゃないわ!」
足を踏み鳴らし、杖を横に払った。
魔法陣が地面に現れ、いくつもの黒い支柱が浮きあがる。
「そんなに女が羨ましいなら、なればいいじゃないの! 代わってやるわよ!」
「女は好きだが、それは願い下げだな」
げらげら笑う男達は剣を片手に近づいてきた。
私はじりじりと後退し、剣の切っ先が届かない距離を保ちながら、魔法の発動タイミングを探った。
この影を使った拘束魔法は、術者の周囲に置くことで防御壁となる。拘束具として対象者に向けて放った直後にスキが生じるが、魔法に耐性のない相手には丁度いい脅しにもなる。
私の周りでくるくると回転する魔法陣を、少なからず警戒している男たちは距離を取り始めた。
どちらか一方を囮にして、もう一方が私を捕まえようとするだろう。
正直な話、私は走るのが苦手だし逃げ切る自信がない。だから、逃げることは考えていない。なら、次の一手は彼らの足を同時に止める他ない!
「捕らえよ!」
高らかに号令を発すると、幾本もの黒い支柱が二人に向けて放たれた。
しかし、支柱は一本、二本と次々に剣で薙ぎ払われていく。それも、いとも容易くだ。
あり得ない光景に、私は唇を震わせた。
魔法で作り出した支柱は魔力の塊よ。ただの剣で切れる訳がない。あれはただの剣じゃないとでも言うのかしら。
「そんな、まさか──!」
振り返った男が地面を蹴ったと同時に、私は再び影を呼び出す。だけど、それも目の前で砕け散った。
男の持つ剣の切っ先が、私に向けられる。
砕かれた支柱は地面に落ち、土の中へと消えていった。
「こんなこともあろうかと、うちの魔術師に剣にちょっとばかり魔法を付加してもらっておいて正解だったな」
「俺らを、ただのならず者と思ってもらっちゃ困るな」
間近に迫った下卑た笑みは、商品を値踏みするようだった。
その顔があまりにも気持ち悪くて、恐怖に震えた背筋が凍りつくようだ。摑まれた手首から全身に悪寒が走り、手から落ちた杖は地面の石に叩きつけられ、カランっと虚しい音を立てた。
「離して!」
「お嬢ちゃんには埋め合わせをしてもらう」
「この杖も高く売れそうだな。ちょっと古いが、なかなかいい石を埋め込んでるぜ」
「か、返して!」
男の手を振り払おうともがき、大切な杖を取り返そうとするも、力で敵う相手ではない。
「このクソガキ、大人しくしろ!」
もう一人の男の振り上げられた手が頬に叩きつけられ、目の前が一瞬、白くなった。
「女が嫌だって? だったら、男の奴隷たちが味わうような汚れた仕事をさせてやっても良いんだぜ」
「そりゃいい。鞭で叩かれ、蹴られ、泥にまみれてこいよ。女の仕事の方が良いって泣いて懇願するだろうな!」
ゲラゲラ笑う男達の目は本気だった。
このままでは奴隷商に売られる。そう思った瞬間、足が震え出した。
私の夢は叶わないの。何も、私は何一つも成していないのに。
笑う男達に、クラスメイトの男子の顔が重なり、さらに父の顔が重なった。そして、悲しそうに微笑む母の姿が脳裏を横切る。──ここで、終われるものですか!
「離して、離して! 嫌っ!」
「暴れんじゃねぇ!」
男の手を必死に振り解こうとしていた。その時だ。
再び振り上げられた手に、ドスンっと何かが突き刺さり、その真横を馬が走り抜けた。
「ひぃぎゃぁあああああっ!」
「お、おい、どうした!」
男は手に持っていた剣を落とし、振り上げていた片手を下ろすと、ぎょろりとした目でその掌を凝視した。私も釣られてそちらに視線を向けると、そこには、短剣が深々と突き刺さっていた。
次回、本日13時頃の更新となります
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