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第10話 作戦開始よ!

 この男、何を突然言い出すのよ。戦力を分散するとか、魔術師ばかりのこのメンバーではあり得ないわ。自殺行為もいいとこよ!


「あり得ないわ!」

「まぁ、そう決めつけるなって」


 にやりと笑ったキースの提案は、顔を隠したお嬢様が偽物とバレているなら、逆にそれを利用しようということだった。


「フードの女がお嬢様でないとすると、明らかな男以外が本物だって奴らも考えるだろうな」


 パークスを指さしたキースは、次いで私たちに視線を送ってきた。


「だが、ミシェルだったか? お嬢ちゃんは魔術師とバレてる。疑われるとしたら……もう一人、あんただろう」

「そうね。あと、頭がよければ、少年に扮したお嬢様を疑うって可能性もあるわ」

「だろうな。そこを上手く使わない手はないんじゃないか?」

「上手くって……」


 私が眉間にシワを寄せると、キースはにやにや笑った。綺麗な顔をしている分、物凄く腹立つわね。


「その神殿の近くに、もう一つあるのは知ってるか?」

「知識の女神デアエンティアを祀る小さな拝礼用の教会ね。あそこは確か、年若い司祭夫婦が常駐しているわ」

「へぇ、そこまで知ってるとは、凄いな」

「誰か二人がそっちに向かって、追手の戦力を分散しようってこと?」

「そんなとこだ」


 上手くいけば時間も稼げるし、追手の数も減らせる。もしもの時、反撃したり捕らえるとしても、追手の数が少ないと対処も楽になるだろう。

 そう考えると、悪くない手に思えた。


「問題は、どう分ければ上手いこと敵を釣れるかだな」

「そうね……」


 変装するにも導具がない。それに、キースが着ていたドレスでは私やミシェルが着るには大きい。後、誰が誰か分からなくするには、ローブを目深く被るくらいしか手はないだろ。


「ねぇ、あなたが男だとバレたと言っても夜の森でのことよね」

「そうだな。お嬢ちゃんの魔法陣で多少は明るかったから、髪型や色くらいなら分かっただろうけど」

「……だったら、お嬢様を二人にするのはどうかしら?」


 ふふふっと笑った私は、ミシェルとお嬢様、そして黙っているパークスに視線を送った。


「ミシェルが魔術師とバレたとしても、顔や服装まではハッキリ見えなかったと思うの」

「まあ、だいぶ派手に魔法弾撃ってたし、奴らは逃げるのに必死だっただろうから、あり得るな」

「なら、私とミシェルが区別つかないようにしましょう」

「私とアリシアが?」

「背格好は変わらないし」


 首を傾げるミシェルに頷き、私はきつく結んでいた三つ編みをほどいた。そして、髪を分けて頭の高い位置で二つ結びにして見せた。


「これでフードを被るわ。そして、ドレスは……」


 私はニヤリと笑ってパークスを見た。彼は、それだけで悟ったらしく、顔をひきつらせた。ふふっ、さすが私の幼馴染みね。


 ◇


 翌朝、打ち合わせ通りに、私とミシェルはフードを深くかぶった。この程度で誤魔化されてくれれば良いんだけど、そう簡単ではないだろう。


「俺たちはある程度敵を引き付けたら、そいつらを叩いて、すぐそっちに向かう」


 身軽な格好になったキースは馬上でミシェルに手を差し伸べると、いとも簡単に彼女を引き上げた。彼が身に纏っているローブは、パークスのものだ。


「こっちは攻撃力が乏しいから、早めにお願いするわ」

「このお嬢ちゃんの魔法、なかなか凄いからすぐ方がつくさ」

「アリシア、待っててね。すぐ合流するから!」


 やる気充分なミシェルは、私の横に視線を送った。そこには、パークスと共に馬に騎乗するお嬢様の姿がある。少年の格好のままだ。


「お嬢様、お気をつけて。パークスも!」

「ははっ、出来るだけ頑張るよ。ミシェルも気を付けて」


 苦笑するパークスはひらひらと手を振ると、深く息を吐く。


「さぁ、気張りなさい、パークス!」

「……出来れば、こんな格好したくなかったんだけどね」


 げんなりとしたパークスは、ローブのフードを目深く被ると、昨日までキースが身に着けていたドレスの裾を摘まみ上げた。

 私がフードを目深く被って必死に笑いを堪え、揶揄いも込めて「似合ってるわよ」と言うと、実に嫌そうな深いため息が聞こえてきた。


 この作戦は、どれが本物のお嬢様か追っ手に考えさせることが、最大のポイントだ。


 顔がバレたはずのドレスの女を用意したのも、追手を惑わすために他ならない。だって、護衛対象の身代わりになろうとするなんて、腕に覚えがある強者でもなければ、やらないでしょ。それに、全員でフードを目深く被って顔を隠すことで、どれが誰か分からなくなるって寸法よ。


 まずは女装の男とフードの男、どちらが腕の立つ護衛か存分に悩むといいわ。

 勝負は森を出てからよ。


 ミシェル達は西に、私たちは東に向かう。そう遠くは離れない内に、追手がミシェル達に食いついてくれたらいいんだけど。

 森の中で別れたミシェル達を案じつつ、この先に待ち受ける顔の分からない敵に、私は身震いをした。これが俗にいう武者震いなのかしら。


 木々に覆われた森の出口は、すぐに見えてきた。

 ここから神殿までは、馬で駆けて四時間程度だ。神殿に近づけば、それだけ人通りも増える。追手が仕掛けてくるなら、森を抜けてからそう遠くない場所だろう。


 もしもの時は駆け足で抜け、追手を振り切る手はずだ。その場合、追いつかれないように魔法で応戦するのが私の役目。

 昨夜、その役目は自分だと言って譲ろうとしなかったパークスだったが、今守るべきは護衛対象だということを忘れるなと一括して黙らせた。私を先に逃がしたかったんでしょうけど──生憎、魔法の腕は私の方が上よ。


 息を深く吸い、手綱を強く握りしめて森を抜けた。

 眩い日差しに目を凝らし、パークスの横に馬をつけて並走する。


「気配は感じないわね」

「この先しばらく麦畑が続くから、どこに隠れてるか分からない」

「それでも、これだけ見渡しが良ければこっちとしても助かるわ。対象者を見つけやすいもの」


 パークスの言葉に頷きながら、私は周囲を確認した。

 からっとした初夏の風が吹き抜け、青々とした麦畑の穂が揺れた。あの中に伏せていれば姿を隠せるだろう。他にも、所々ある大きな木々の上に潜んでいるかもしれないし、道端に停まっている荷馬車の陰に潜んでいてもおかしくない。


「……追っ手の目的は、お嬢様の奪還あるいは抹殺だろう?」


 パークスがそう言った瞬間、彼の背にしがみついていた小さな肩がビクンっと震えた。

 彼を叱咤したかったが、ここで大声を上げてしまえば、作戦も何もあったものじゃない。ぐっと堪えた私は、お嬢様の方に視線を向ける。


「追手がなりふり構わずなら、遠慮せず、先に行ってよ」

「分かってる」


 気が進まないと言うように、パークスは小さくため息を零した。

 その直後だ。ひゅいっと風を切る音がした瞬間、私の真横でカキンッと何かが弾かれ、張り巡らせていた魔法の壁にヒビが入った。


 見えない魔法の壁に、蜘蛛のようなヒビが入り、私達が駆け抜けた後には何本もの矢が落ちている。


「来たわねっ!」

「麦畑で仕掛けてきたか。対象者が見えないんじゃ、捕縛は難しい」

「そんなことないわよ。おおよその場所は確認できたもの」

「でも、立ち止まる訳にもいかない。狙い撃ちされるよ」

「……先に行って!」


 馬の歩みを止め、後ろを振り返ると、幾本もの矢が私の視界にクモの巣を作った。

 怖かった。

 正直言って、ここから逃げ出したかった。それでも私は、貴族との繋がりを作るの。夢を叶えるためなら──


「命を懸けるって、決めたのよ!」


 愛用の杖を翳すと、強い風が吹き上がった。

次回、明日8時頃の更新となります


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