36:なんでもやってみるもんだってのは分かるけども
ユーレカ基地。その敷地内にあるテストスペース。そこで実験が行われている。
「クソッ! 何故だッ?! 何故変形しない!!」
グルグルと走り回り続けるブリードを睨み付けながら猿人のお偉いさんが拳を握る。
一向に変わる様子を見せないトリコロールの車体から、俺にも苛立った目を移すけれど何にもやってないのに睨まれても困るんだけどな。
この実験っていうのは、もちろんブリードを動かせる人材を探すテストだ。
お偉いさんの見込んだメンバーが、代わる代わるに運転席に座ってはハンドルを握っているけれど、これまでの誰も性能のいい乗用車以上の動きはできてない。
……いや、俺が一体化してる時の感覚任せの運転に近い動きは出来てるから、まともな運転としてなら俺よりもよっぽど上手いんだけど。
だが運転するだけだったらユーレカのサポートチームの人達だって何度でもやってきてる。戦うためには、人型の戦闘形態にして動かせなきゃだからな。
こっちとしては二足人型モードのブリード内部に操縦スペースが無いことも、俺の一体化した操作感覚だって包み隠さずに伝えてるんだ。それでお偉いさんが機械人をメインにした選抜メンバーにテストを任せてるんだから、俺たちに当たられてもなぁ。
その内に最後の候補者が時間一杯を迎えてブリードを停車。運転席から降りてくる。
選抜メンバー全員が全員、車としてしか動かせなかったというこの結果に、猿人のお偉いさんは顔を真っ赤にして拳をテーブルに叩きつける。
「これでお分かりになられたのではありませんか? マスターブリードがいくら分離しているとはいえ、その体を借り受けるなど、同胞と言えども……」
そう声をかけるのは俺の後ろに立つアザレアだ。最後のテストに挑んだ同族に労いの目を向ける彼女に、お偉いさんは血の気の濃い顔色をそのままに振り返る。
「貴様は! 恥ずかしいとは思わないのか!? あのオリジナルマシンを……秘めた力を引き出すあのマシンをブランクごときに任せ……いや、さらに上手く使ってみせようと考えもしない事を!!」
慌ててそれらしく取り繕うけれど、素の俺がブランクで、その中でも平凡以下なのは事実なんだが。まあ差別主義的な言質を取られて、地位から引きずり下ろすために使われる事は良くあることだしな。
多少勢いを緩めてどうなのかね。と、問い直すお偉いさんだけれど、アザレアは表情筋一本も動かすことはなかった。
「私はまったく。マスターブリードの機体を私がコントロールするなど思いもしません。私はただ、機体と選ばれた分身とをお支えするまでです」
抑揚の無いこの返事にお偉いさんはたまらず鼻白んだ顔を見せる。がすぐに荒っぽく鼻を鳴らしてブリードを降りた選抜メンバーへ向き直る。
「腑抜けた意見などどうでも良い! 重要なのはあの強化変形した形態……イクスブリードとか言う形態が扱える事! まだ時間はある! 次のテストだ!!」
追い立てるように次を促すお偉いさんに、付き合わされる選抜メンバーたちは嫌な顔を見せる事もなく敬礼をひとつ。準備に取りかかる。とは言っても、次の出撃を控えているランドイクスを寄せて、車モードのまま砲塔近くにまで登れるようにスロープを設置する程度だけれども。
「急拵えにしては良くできていますね。お疲れ様です」
その昇降装置をひと目見てアザレアは仕上げたアンスロタロス達に労いの礼を。
彼女が言う通り、金属の骨組みに板を乗せて組み立てた簡易な物だが、ブリードが登ってる途中に崩れたりはしなさそうなしっかりした造りだ。急な注文から必要充分なレベルに仕上げた素晴らしい物だ。
それを素直に褒めたアザレアだけれども、物言いがストレートが過ぎるからお偉いさんは不満そうに顔を歪めている。
「機械人と言うヤツは、まったく態度まで冷えた鉄のようだな。まあいい。順に乗り込め!」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたお偉いさんだけれども、それ以上は突っかかって来る事もなく合体テストを促していく。
それに素直に従った一番手がブリードをランドイクスの車体上部へ登らせる。
人型モードへ変形させられなかった状態でどんなテストを行うのかと言えば、ランドイクス側でブリードを格納するハッチを開けて、車モードのままで納めてみるんだと。それで合体が成立して二人乗りで動かせたなら儲けものってところだろう。
これでイクスブリードが使えるなら、それはそれでいい。俺が倒れてもイクスブリードは使い続けられる。さらにはブリードのコピーを突っ込んでイクスブリード三機同時起動だって出来るようになるかもしれない。俺が足を引っ張る未来が少しでも減るかも知れないんだからな。
「……リード、滅多な事を考えているとまたクリスたちに伝えておきますからね」
「うえ!? 上手く行けば戦力アップの目があるなって事だけだって!? イクスブリードの量産型ーだって出来るかも知れないんだなーって!」
アザレアのジト目での告げ口宣言。まるで心を読んだみたいなこのひと言に、俺は慌ててごまかしに入る。けれどもアザレアの視線の圧は全然変わらない。これは……嫌な信頼感を勝ち取っちまったもんだなぁ。
そうして両手を上げてアザレアの重い視線から逃げようとしていると、微かな嘆息と共に圧力が外れてくれる。
「……そうは言いますがこのテスト、成功確率は極めて低いと言わざるを得ません……」
「……その心は?」
始める前からこりゃダメだと切り捨てているその態度に、俺は首をひねる。
そりゃ確かにブリードを二足のバトルモードに変形させる事は誰にも出来なかったが、合体まで出来ないかっていうと、決めつけには早くないか。
この疑問に対する答えはしかし、アザレアからではなく別の方向から知らされる事となった。
「何故だ!? 何故なにも起こらないのだ!?」
頭を掻き毟って叫ぶお偉いさん。その叫びの通り、ブリードを合体ハッチに迎え入れたランドイクスはウンともスンとも言わずに戦車のままだ。
正確にはランドイクス内部の合体ジョイントは機能してる。有人のブリードは固定、接続されてハッチも閉じている。
だがそこまでだ。
完全起動していないブリードとビークル間での同調が起こらず、シークエンスの途中でエラーを吐いている状態なのだと。
「……ええい! ならばどうにかして内部のパワーを上げれば良いのだろう! やって見せよ!!」
ランドイクスの状況をモニターしたアザレアの解説に、猿人のお偉いさんは通信機に怒鳴り声を叩きつける。
それを受けてランドイクスがジェネレータ出力を上げていく。
高まった出力が起こす震動。それは地面と空気を伝わって俺たちに波と押し寄せてくる。
「……無駄です。同調無しでいくら各々にパワーを上げたところで、一機分のエネルギー以上には上がりません」
「俺には結構なパワーが出てるように見えるけど?」
「合体が成立していればこの程度ではありません。無駄な垂れ流しになっているのを受けているからこその誤解です」
アザレアはテストを成功させようとするゴリ押しの手を冷ややかに評しながら、データを表示したタブレットを見せてくる。
そこには確かにきちんとイクスブリードとして成立した機体と比較して、ただただ重なってエネルギーをお漏らししているランドイクスの現状が映し出されている。
「よし、よーし! 良いぞさらにパワーを上げろ!! いけッ!!」
だがお偉いさんは俺たちの会話が聞こえていないのか、あるいは無視しているのか、出力アップを煽る。
これを制止しようとアザレアが声をかけようとした次の瞬間、ランドイクスのハッチが開いてブリードが吐き出される。
弾み、スピンしながら滑るトリコロールの車を、俺は慌てて追いかける。あの状態、乗ってるのがただじゃすまないぞ!?
「おい! 大丈夫か!?」
どうにかなにがしかに衝突前に止まった車に駆け寄れば、そこにはエアバッグに埋もれて目を回した候補生の姿が。
熱くなった車体を開いて引きずり出してみれば、息はしているものの熱と衝撃にすっかりやられてしまっている。
そうしてアザレアが手配してくれた担架で候補生が医務室に運ばれていくのに、お偉いさんはがくりとその場に膝をつくのだった。




