繋がれた手
たこ焼きの模擬店をやっているお店にたどり着いた俺は言葉を失っていた。
その理由は、店当番であろう二年の生徒が持っている看板に「三十分限定!男女二人で手を繋いで当店に訪れれば金額半額!」と大きな文字で書かれていたからである。
その看板の効果か、列に並んでいるほとんどは男女のペアであり恋人同士の生徒や外客で、もう既に手を繋いでいる。
そのせいだろう、列の真ん中にいた一人の男子生徒はこの甘々な空気に耐えられなくなったのか、途中でその列から抜けてしまいこの場から立ち去ってしまった。
この空間の中、一人で並んでいた生徒の健闘を讃えたいくらいだ。心なしか、目尻には光るものがあったように見えた。いつか彼にもそういった関係の女性が現れることをささやかながらに祈る。
それにしても斗真のやつ。面白半分でここをすすめやがったな。行こうと判断したのは俺なのだが、会ったら後で文句言ってやる。
「優奈、昼食は別のところで済ませようぜ」
飲食の模擬店をやっているところは他にもある。たこ焼きはまた今度の機会にでも食べるとしよう。踵を返してこの場を引き返そうとすると、
「待ってください」
声が耳に届くと同時に制服の裾を掴まれる。
「列、並びましょうよ」
「いや、でもな……」
手を繋ぐということはつまりそういう関係だと周りに見せつけるということになる。実際にそうならばいいのだが、今はまだそこの段階まで達していない。
「手を繋いだら半額になるだけで、別に手を繋がないといけないとは書かれていないじゃないですか」
確かに、男女二人で手を繋いでいると金額が半額と書かれているだけで、購入できないとは記載されていない。実際一人で並んでいる生徒もいたからな。カップル限定のサービスというところだろう。
「それに良くん。たこ焼き食べたがっていたじゃないですか」
「まぁそうだけど……」
「だから……ね?わたしもたこ焼き食べたいですし……」
「……分かったよ。じゃあ並ぼうか」
頷く俺を見て、優奈は嬉しそうに笑みを見せて、俺たちは列に並んだ。
「優奈。持ち帰りでいいよな?」
「そうですね。天気も良いようですし屋上で食べましょうか」
店内で食べるのか、お持ち帰りするかを選べるようだ。
すれ違う生徒から痛い視線を感じつつも、順番が来るのを待つ。そして俺たちの順番になった……その瞬間、優奈が俺の手を握ったのだ。
手を繋いだのはこれで三度目。
一度目は隠れながら、しかも恥ずかしさですぐに離したし、二度目は繋いだとはいえ人目のつかない場所だった。生徒や外客がいる中で手を繋いだのはこれが初めてなのである。
驚きのあまり動揺を隠せない俺をよそに、優奈はこれといった様子を見せることなくいつも通りの口調で店番の女子生徒に注文をしていく。
「はーい。十五個入りで六百円……ですがお二人は手を繋いでいらっしゃるので半額の三百円になります」
そう言って、たこ焼きが入った容器を手渡してくるので、俺はそれを受け取る。容器は温かく、ちょうど出来立てだったようだ。
「お二人のようにたこ焼きも熱々なので、食べるときはお気をつけてくださいね。ありがとうございましたー」
誰が上手いことを言えと。
そう言って女子生徒は手を繋いでいる俺たちを見てにこやかな笑みを浮かべた。
☆ ★ ☆
屋上に移動した俺たちはベンチに座って、爪楊枝で刺したたこ焼きを頬張っていた。確かに熱々で口の中が火傷しそうになったが美味しい。味は確かなようだ。優奈も美味しそうにたこ焼きを口に運んでいる。
「優奈。さっきのはどういう……」
食べる手を止めて、優奈に尋ねる。
まさか優奈から手を握ってくるとは思わなくて、今の握られていた手の感触は残っていた。
「と、特に大した理由はないですよ」
「じゃあなおさらだ。そういった関係でもないのに……」
「家ではわたしのこと抱きしめたり甘えたりしているのに……?」
「何も言い返せねぇ……。でもあれは誰の目もないから……」
思い返してみれば、恋人でもないのに膝枕やら何やら色々とされているし、している。冷静に考えてみればありえないことだろう。
優奈も嫌がる素振りは見せなかったので、いつのまにかそれが当たり前のようになっていた。
「じゃあ理由を言ったら……納得してくれますか?」
「まぁ、理由の内容次第かな……」
しばしの沈黙のあと、優奈が口を開く。
「……良くんと手を繋ぎたかったから……です。これで納得してくれましたか……?」
消え入りそうな声で呟くと、優奈は俯く。少しほど前までの凛とした執事服姿の優奈は影も形もなかった。
「……はい……」
顔を赤らめてそう言われるとこちらまで恥ずかしくなってくる。さきほどの動揺を隠せないまま俺はたこ焼きを口に運んだ。
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