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20/21

20 幸せ

 もう……ここで自分は、終わりだって思った。


 私は両親の過去から続く因縁で外国に売られてしまうかもしれないけど、何の関係もないギャレット様を悲しませるのは、私は絶対に嫌だった。


 ……だとするのなら、私はここで命を断った方が良いのかもしれない。


 世界のどこかで……私が不幸だと思って探しても見つからずに苦しむよりは、美しい過去が汚されない方が良いのかもしれない。万が一には、無事に降り立って逃げられるかもしれない。


 最悪か、もっと悪い最悪か。私に今選べるのは、二つの選択肢しかない。


 この部屋には王妃と私と、扉辺りに何人かの男性が居た。おそらくこの家は逃げ出しようもないくらいに、包囲されていて……絶望的な状況だ。


 彼を悲しませたくない。騙そうとしたのに、それでも私を好きだって言ってくれたあの人を、不幸にしたくない。


 愛する人を喪ったとしても、乗り越えられる人だって居るのだから、きっと彼だってそうだ。


 ……そう思うしかない。ドレスの裾を持った私は素早く窓へと動いたので、この場に居た彼らは驚いたはずだ。


 そんな時にも、王妃は落ち着いて微笑んでいた。


 彼女にとっては、もうなんでも良いのだ。私がここで飛び降りて死んでも、外国で不幸になっても。不幸になることには、違いないから。


 人の不幸を願い祈っても、自分が不幸になってしまうだけなのに。


 もう、そんなこともどうでも良いんだ。


 私は窓を開き、新鮮な空気を吸った。そして、驚いた。その先に居る人を見て。


「っ……ギャレット様!」


「ローレン!? ローレン。俺を信じて飛び降りろ! 必ず受け止める! 早く!!」


 なんでギャレット様がと一瞬だけ思ったけど、彼を信じない理由が何もない私は、すぐに窓枠をよじのぼり飛び降りた。


 ふわっと体が宙に浮いたと思ったのは一瞬だけで、すぐに彼の逞しい腕の中に居た。私は感動で涙が出てきて、反射的に受け止めてくれた彼へと抱きついた。


「ギャレット! 会いたかったです……私、もう二度と会えないと思って……」


「ああ……ローレン。こんなに震えて、可哀想に……もう、大丈夫だ。王妃は……いいや、前王妃は、もう終わりだ。父上は俺の婚約者を誘拐した罪で、騎士団にも捕縛するように指示を出した」


「あっ……クイン……弟のクインは?」


 あの子を助けてと言いたかった私を落ち着かせるようにして、彼は背中を撫でた。


「クインも裏の馬車に乗せられそうになっていたところを、既に保護済だ。だから、もう大丈夫だ」


 さっきまでもう究極の二択を選ぶしかない私にとって、一瞬で地獄から天国へと移された気分だった。


 あまりの状況の変わりように、対応仕切れなくてくらくらと目眩が起きそう。クインが保護されて、私がギャレット様の腕の中なら、もう何の問題もない。


 助かったんだ。嘘みたい。


 元婚約者を捨ててお母様に走った過去のお父様の所業については、正直娘の私だとしても自業自得だと思ってしまうから、もう割愛させてもらう。


「でっ……でもですね! どうして、ここがわかったんですか?」


 ギャレット様は私が居るなら用は済んだとばかりに、さっき私たちが居た民家に背を向けて颯爽と歩き出した。


「……あれは、メートランド侯爵が、過去に元婚約者と住むはずだった家だったそうだ。クインとローレンが誘拐されて、犯人は確定した。だから、彼ももしかしたらと言っていたんだが、手切れ金を共に彼女へ譲ったそうだ。だから、詳しく調べさせるとアニータがまだ所有していたので、これは間違いないということになった」


「あっ……お父様は、大丈夫だったんですか?」


 錯乱するような薬を打たれて自我を失っていたというお父様は、クインを救いだそうとして、どうにか王妃の手から逃れてきたはずだ。


「ああ……長期間打たれていた薬を抜くのはこれから時間がかかるだろうが、君も居なくなったと聞いて、急にしっかりとした口振りで話し始めた。妻を喪ったが彼にとって今大事なのは、残された二人の子どもなのだと……ようやく、気がついたんだと思う」


「そうですか……それは、良かったですけど……」


 なんだか釈然としないのは、家まで用意していた婚約者を捨てて、お母様を選んだというお父様の良くない過去だ。


 けれど、人生を誰と過ごすのかを決めるのは、お父様その人でしかないのだから、私が彼を非難しても、それは違うのかもしれない。


 私だって……怖くなる。急にギャレット様が心変わりして、私を捨て違う女の子に走ったら?


 そんなの、正気で居られる自信なんてない。


 ギャレット様はおそらく自分が乗ってきた馬車へと乗り込むと、騎士たちが雪崩れ込む民家を横目に馬車を出すように目で指示した。


「ローレンの言いたいことは、理解出来るしわかるよ。けど、俺は君に恋をしてよくよく理解したんだが、これは理屈ではない。君を気になって好きになったことは、そうだろうが……知れば知るほどに好きになり、自分でも止められなくなる。親から結婚しろと言われれば、王太子であれば従うべきだと思っていた……けど」


 そこで言葉を止めたギャレット様に、私は顔を近づけた。何度かそれをしたことのある彼だって、それは何を意味しているかわかっていると思う。


 だって、私はほんの数分前までこの人と一生キスが出来ないと絶望していたのだから。


「……うん。そうなんだ。理屈ではないんだ。親に決められた婚約者を好きになるべきだと、君のお父さんも思っていたはずだ……けれど、好きになったら止められなかったんだと思うよ。だが、アニータが復讐を選んだ気持ちもわかる。それをしても、何にもならないとわかっていても、そうせざるを得ない気持ちも」


「お父様の心変わりは……仕方ないことだったと、理解は出来ます。けれど、王妃……様も、自分の幸せを掴むべきだったと思います。だって、当てつけのように国で一番身分の高い王と結婚したって、全然幸せそうには見えなかったもの」


 ゆらゆらと揺れる馬車の窓から、もう見えなくなった民家のことを思った。


 あの家で彼女とお父様は、幸せな結婚生活を築くはずだった。けれど、それは片方の裏切りによって叶わぬ夢になった。


 自分がその時不幸になったからと、いつまでも引き摺ってしまうことは、より不幸になってしまうのだと思う。


 王妃は美しい人なのだから、彼女がその気になれば、うちのお父様より美形の男性に巡り会うかもしれなかったし、ミズウェア王国の王様なんて比較にならないくらいの権力の持ち主と愛し合えたかも。


 けれど、彼女は過去にあった失恋のこだわりを捨てることが出来ずに、自分が幸せになる機会を潰してしまったのだ。


 それは周囲の人から見れば、一目瞭然の事実であったとしても、怒りに目がくらめばわからなくなってしまうことなのかもしれない。


「そうだな……だが、俺の母も自分が役目を果たせなかったから、父があの人の元へと通うことに泣いていた。父も自分が王であるから、役目を果たさなければならなかった……自分が今不幸だからと誰かが悪いと考えるのは、あまり良くないことだろうと思う。俺の母は、自分のことを責めていた。だが、俺も周囲もあの人が悪いとは思わなかった。敢えて言うのなら、全員が悪いとも言える。誰かを責めても意味はない」


「けど……私……あの」


「ん? 何?」


 ギャレット様は抱きかかえている私が言いづらそうなのに気づき、何が言いたいのかと不思議そうだ。


「そっ……そろそろ、降りたいです! ギャレット様が嫌なのではなく、はずかしくてっ……」


 そうだ。さっきまで非日常の雰囲気に飲まれて、なんとも思っていなかったけどやっぱり恥ずかしい。


 これって、私がギャレット様のことが好きだからだ。一緒に居ると恥ずかしくて、逃げ出したくて、けれど傍に居たくて。


「嫌だよ……俺はさっきまで君を失うかもしれないと、不安で堪らなかったんだ。気の済むまでこうして抱かせてくれ」


 狭い馬車の中での二人の攻防に、どっちが勝利したのかは想像にお任せすることにする。



Fin





お読み頂き、ありがとうございました。

もう少しヒーロー視点が続きます。

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