第16章:互いの想い《断章3》
【村雲明彦】
店長の小桃さんにあいさつを終えた俺は夏姫のもとへと戻る。
朱里と話をしていたようだが、内容はよく分からない。
夏姫も朱里も、俺には何も言わなかった。
雰囲気は……多少悪かったのは気のせいではないようだが。
朱里が先に店から出て行き、小桃さんに最後の挨拶を終えた夏姫。
彼女と家に帰る途中、俺は訪ねてみることにした。
「なぁ、朱里と何を話していたんだ?」
「女の子同士の大切なお話」
「なんだよ、それ?」
「……何でもいいでしょ?明彦には秘密だよ」
拗ねた口調の彼女。
どうやら、相当、朱里ともめた様子だ。
「朱里さんって、ああいう人だったんだね?」
「どういう人か分からないが、彼女はいい子だぞ」
「明彦にとってはいい人かもしれないけど、私にとってはいい人じゃない」
夏姫は「明彦って地味にモテるから困る」と嘆く。
ええい、地味にって言わないでくれ。
何気に傷つくんだから。
「ねぇ、明彦。私と朱里さん、どっちが美人」
「えっと、朱里?」
「殴っていい?殴っていいよね、明彦」
低い声で呟く夏姫に俺は慌てて言う。
拳を振り上げようとする夏姫に俺は声をかけて止める。
「ま、待て。正直に言っただけで、変な意味ではない!?」
「私たちの関係を考えてもそこは『夏姫だろ?』っていうところでしょうがっ。私の容姿は明彦の好みじゃないっていうの?」
「どちらが美人って言われたからだろう。夏姫は美人っていうより、美少女じゃん?可愛いさで言うなら夏姫のほうが断然可愛いよ」
見た目で勝負するポイントが違う。
朱里は美人なお姉さん系で、童顔で可愛らしい夏姫とはタイプが違う。
「……ホント?」
「ホントだって。俺は夏姫の事を可愛いって思っているからそこは安心しておけ」
「えへへっ。そっか、明彦がそういうなら信じる」
俺の一言で笑顔を取り戻す夏姫。
これが昔の夏姫とは違うところなんだよな。
素直になったというか、ツンデレのデレの部分というか。
「可愛いって明彦に言われるとうれしいよ」
「言ってる俺は照れるけどな」
「照れてもいいから、明彦には想いを言葉にしてほしいの」
昨日の初恋の話と同じく、夏姫は不安になりやすい。
それはきっと俺たちの関係が明確な恋人ではないからだ。
兄妹以上恋人未満。
この関係は思っているよりも夏姫には辛いことなのかもしれない。
そして、それは夏姫のほうから俺に質問された。
「明彦……私たちが恋人になれない理由って両親以外にないよね?」
「は?それは……障害って意味でか?」
「うん。他に、理由なんてないよね?両親にさえ認めてもらえば、私たちはちゃんと恋人になれるんだよね?……明彦が他に理由があるっていうのなら教えてよ」
俺が夏姫と恋人になれないというのは、ただの覚悟の問題だ。
俺と夏姫が血縁関係のない兄妹だとしても、育ててくれた親にとって俺たちは子供だ。
そこだけは、けじめをつけておきたいんだ。
「黙ってないでよ?ねぇ?何か他にあったりするの?例えば……本当は私のこと、好きじゃないとか。朱里さんの方がいいんじゃないかって」
「ないない。それだけはない。あのなぁ、不安なことばかり考えるなよ。夏姫、俺はお前が好きだって。それだけは信じろって昨日も言ったよな」
「ごめん。そうだよね、明彦は……私を愛してくれてるもん。でも、ね……不安なの。言葉だけじゃ不安なんだよ。自分でも、分からないくらいに」
考えれば考えるほどに夏姫は不安を抱いてしまう。
逆の立場で考えれば、分かることもある。
「夏姫は何も心配しなくていい」
「あっ……」
「昨日も言ったはずだ。俺は夏姫を不安にさせないって」
恥ずかしいセリフを二度も言うつもりはない。
だが、この子を不安にさせないと誓ったのだから。
「余計な心配するな。それよりも今は自分の夢を心配しろ。進路の事もあるんだからな」
小さく頷く夏姫が俺に寄り添ってくる。
「分かった。明彦を信じる。変なこと言って、ごめん。私、朱里さんが明彦の事を好きかもしれないって、言われてちょっと驚いちゃって……」
「え?な、なんだって!?」
あの朱里が実はホントに俺の事が好きだったのか!?
「あれは冗談だったのか、いまいち分からないし。ホント、読めない人だ。あれ?」
ということは数日の前のキスや告白もどきも、まさか……。
最近の朱里の態度も怪しいとは思ってたんだよな。
「明彦?おーい」
い、いや、待て……落ち着け、俺。
あの朱里が俺を好きだと仮定する。
これまでの事はやっぱり、誤魔化そうとしていただけ?
「私の話を聞いてる?ねぇってば?」
だとすれば、俺があの子にとっていた行動って、何気にひどくないか?
「私が話しているんだから聞いてよ、明彦!朱里さんの事は考えちゃダメっ!」
「うぉ!?な、なんだ、夏姫?大声でびっくりするじゃないか」
「うぅっ。明彦がボーっとするからだよ。今、朱里さんの事を考えてたでしょ?」
嫉妬する夏姫がちょっと可愛い。
まぁ、怒られる前に誤っておこう。
「悪い。そういうつもりじゃなかったんだが」
「ふんっ。朱里さんの事はいいから私の事だけを考えてよね」
夏姫は俺の腕にくっついたまま歩きだす。
ほんのりと腕から感じる夏姫の体温。
「ピタってくっつかれると歩きにくい」
「いいの。明彦とこうしていたの」
「……さり気に夏姫ってあまえたがりだよな?」
「好きな相手に甘えたいのは女の子として普通のことじゃない」
俺たちはまだまだ関係が始まったばかり。
互いに心を許しあっていても、言葉にして、態度にしなきゃ伝わらない想いも多い。
夏姫の不安を少しでも減らせるようにしたいな。
それが俺の責任でもあると思う。
人を思う覚悟。
それがなければ恋愛なんてできないのだから。
「……なぁ、夏姫。一つだけ言ってもいいか?」
「なぁに、明彦?」
「俺はお前が思っているより、夏姫の事が好きだからさ。それだけ、自覚しておいて」
俺の一言に真っ赤になる夏姫は本気で可愛く見えたんだ――。




