第14章:優しい時間《断章1》
【村雲明彦】
今日はアルバイトが休みの日なので直帰する。
夏姫はまだ小桃さんのお店なのだろうか。
家に帰っていないようなので、俺はシャワーを浴びることにする。
「今日の夜にでも一度、親に連絡しておこうかな」
恋人になりたい、そのために俺も夏姫の事で話をすると決めた。
だから、夏姫を連れて俺は実家へと一緒に一度、帰ることになる。
そのことをまずは母さんに話をしておかないと。
「夏姫との交際か。俺も自分の気持ちに素直になりすぎだろ」
アイツが好きだ。
夏姫は俺にとっては大事な妹で、大切な女の子。
好きで、好きで、しょうがないから。
例え、困難が待っていても俺はその現実からは逃げない。
「……なんて、思っていても、実際はどうなることやら」
父さんを説得できるかどうかは微妙だ。
正直、不安の方が大きい。
けれども、俺は夏姫が欲しい、誰よりも愛している。
この気持ちからは逃げずに向き合いたい。
どんな結末が待っていようとも、だ。
「そうだ。たまには夏姫を連れて外食でもいいかな」
今日の夕食は外に食べに行く、それもいいかもしれない。
夏姫の手料理もいいが、たまには外でのんびりするのもいいだろう。
「……あれ?」
外で物音がする、夏姫が帰って来たのだろうか。
やがて、お風呂場の扉のガラス越しに人影が見えた。
「明彦、お風呂に入ってるの?」
「あぁ。帰ってきてるぞ」
「そっか。今日は早いんだね」
「おぅ……って、脱ぐな!?」
ガラス越しに服を脱ごうとする夏姫の姿にドキッとする。
「えー。一緒に入ろうかなって」
「入らなくていい。すぐに出るから外にいてくれ」
「むぅ。残念……」
なぜにそこで残念がるのか。
一緒にお風呂はまずいでしょ、色んな意味でさ。
悪いが夏姫と一緒にお風呂なんて真似をして、俺は我慢できる自信はない。
あんまり年頃の男の子の理性を試す事はしないでくれ。
お風呂から出ると夏姫はソファーに座りながらプリンを食べていた。
プリンは夏姫の好物だからな。
だが、彼女が食べているのは不思議な色をしていた。
「何それ?変わったプリンだな」
色が緑色のプリン、抹茶プリンか?
「これ?街で発見しました。クリームメロンソーダー味のプリン!」
「く、クリームメロンソーダー!?斜め向こうの発想だな。それ」
ソーダプリンってのはコンビニで見た事があるが……。
プリンの色の所が緑色なのは……見た目的によろしくないかと。
「味は美味しいのか」
「うーん、微妙」
「微妙だろうなぁ」
食べなくてもその味が変だと言う事は想像できる。
「一口、食べる?あーん」
プリンをスプーンで食べさせてもらう。
口に広がるのはソーダっぽいプリン。
「うん、微妙」
「だよねぇ。誰もしないっていう発想は認めるけど、それがおいしいとは限らない」
「……チャレンジ精神だけは評価できるが、これは後味がヤバいな」
後を引くのが微妙な甘ったるさ、敗因はこれだろう。
なんて事をしながら俺は夏姫の瞳の異変に気づく。
「夏姫、お前……目が赤いけどどうしたんだ?」
「え?あっ、これは……」
「ん?」
「う、ううん。何でもないっ」
目をごしごしとこする彼女。
まるで泣いたあとのような感じがして気になったのだ。
彼女は目を隠すようにしながら言う。
「ご飯はちょっと待ってね。今からスーパーに行くから」
「そうだ、夏姫。今日はこのまま夕食を外へ食べに行こうか?」
「え?いいの?」
「たまにはな。夏姫の好きな所でいいぞ」
普段は夏姫が自炊してくれるが、こういう機会も作るのいいだろう。
ふたりで外食するのは久々だな。
「ファミレスじゃなくてもいい?」
「高そうなお店じゃなければ」
「あのね、前から行きたかったお店があるの」
夏姫がお菓子以外のお店に興味を持つとは……。
俺は彼女に案内してもらうことにした。
そこは駅からさほど離れていないお店。
昔ながらの雰囲気のある洋食屋さん。
「このお店ね、小桃さんが美味しいって勧めてくれてたの」
「へぇ、そうなんだ。何がおすすめ何だ?」
「オムハヤシって言ってたよ。すっごく美味しいんだって」
オムライス風ハヤシライス=オムハヤシ。
俺達は注文すると、ふわふわの卵の乗ったハヤシライスが出てきた。
美味しそうないい匂いがするな。
「あっ、美味しい」
「ホントだな。進める通り、いい味だ」
実際の味の方も中々美味しい。
しっかりとしたハヤシの味と卵のふわとろ感が最高の組み合わせだ。
「俺、この街に住んでいて、ここにこんなお店があるなんて知らなかったな」
「明彦は普通に生活しすぎなの。東京ってお店がいっぱいあるから。色んな発見ができて面白いよ。明彦もたまには色んなものを探して見たら?」
「そうだな」
普段だとあまりこういうお店を利用したりしない。
夜中に開いているファミレスか牛丼屋程度だ。
「……」
夏姫は食事中に俯いて何かを考える素振りを見せる。
……どうしたんだ?
いつもの彼女らしくない。
「夏姫?」
「え?あ、ごめん。聞いてなかった。何か言った?」
「いや、呼んでみただけ。何かあったのか?さっきから変だぞ」
「……ちょっとね」
彼女はそう呟くと、元気のない理由を俺に話しだす。
「初恋って……大変だよね」
初めての恋、それが実る人間はどれくらいいるだろうか。
夏姫の悩み、いや、不安と言った方が良いだろう。
彼女は複雑な顔をしながら話をしはじめた。




