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第12章:超える一線《断章2》

【村雲夏姫】


 明彦が私を好きだって言ってくれた。

 愛しているって言ってくれたの。

 すごく嬉しくて、胸の奥から温かい気持ちがあふれてくる。

 私は明彦に恋をしている。

 今、その幸せを実感している。

 私はお風呂場から出て、ただいま着替え中。

 恥ずかしかったけど、一緒にお風呂に入ってみた。

 何て言うか、子供の頃以来だったから懐かしい感じもした。


「お互いに成長してるもんね」


 いろいろと、ね?

 もう子供の時とは違うんだな、と思ったけども楽しかった。


「明彦ってば、恥ずかしがると可愛いなぁ」


 そんな事を思いながらパジャマに着替えた私は一足先にリビングに出た。

 冷たいジュースを飲みながら、私は自分の髪をタオルでふく。

 ドライヤーがあれば楽なのに、明彦の部屋にはないの。

 だから、毎日、こうして髪をふいて乾かす。


「ねぇ、明彦?ドライヤー買わないの?」

「俺は必要ないからな」


 ソファに寝転んでテレビを見てる彼はそう呟く。


「うーん。それじゃ、明彦が私の髪をふいてよ」

「俺が?面倒だからパス……ぐはぅ!?」


 私は彼めがけてクッションを投げつける。


「可愛い恋人のお願いを聞くのは大事だと思うの?」

「いきなりクッションを投げて言うセリフじゃねー」

「だって、普通は分かったよってしてくれるものじゃない?」

「……夏姫らしさが戻ってきたな。まぁいい。そこまで言うならしてやろう」


 明彦が私をソファーに座らせて、後ろからタオルで髪をふく。


「昔もよくやってくれたよね」

「男の髪と違って、女の子の髪って長いから不思議だったんだよ」

「明彦も小さい頃はそこそこ長髪だったじゃない」

「女と比べるな。あんなのは長髪って言わない、ただ伸ばしてただけだ」


 優しく髪をふいてもらうと、何だか特別な気になる。

 これって恋人らしいよね?

 明彦は地味に認めないけど、気持ち的にはすっかりとふたりは恋人気分だ。


「ふふっ♪」

「何がそんなに嬉しいんだよ?」

「明彦も女の子になったら分かるよ。好きな人にこうして、髪をふいてもらうだけでも幸せになれるってこと。私が今度、代わりにふいてあげようか?」

「そこまで長い髪じゃないから。それにしても、こんなので喜ぶとはな」


 好きな人との日常は些細なことでも嬉しくなる。

 それが恋なんだって私は思うの。


「喜ぶよ。大好きな明彦が私のためにしてくれているんだもん」

「……お前は時々、ストレートに言いすぎる」

「ん?あっ、もしかして、照れてる?」

「照れません。おい、こっち見るな。はい、ちゃんと前を向いておけ」


 彼が照れてるのかなって顔を見ようとしたら邪魔された。

 ホントに明彦は素直じゃないなぁ。

 そういう素直じゃないところ、可愛いと思う。

 これってツンデレ好きってことなのかも?


「明彦はツンデレさんだもんね」

「夏姫にだけには言われたくない。俺は素直じゃないわけじゃない。ただ、状況を……」

「はいはい。言い訳はいいから。照れやさんってことでいいよね?」


 不満そうな明彦に私は微笑む。

 最初にここに来た時にはずいぶんと不安だったのに。

 思い返せばこの2週間で私も、私達の関係も大きく変わったと思う。

 良い意味で変われたのは、明彦のおかげだよね。


「……ありがとう、明彦」

「髪のことか?」

「それ以外も、全部。私、明彦を好きになってホントによかった」


 私の言葉に彼は何やら考える素振りを見せた。


「……2週間前の俺はこんな現実を想像すらしてなかったが」

「私だってそうだよ?」

「人ってきっかけひとつで簡単に変わるんだな」


 そう呟いた彼も何だか楽しそうだ。

 今の現状を楽しんでいるのは私だけじゃない。


「今日が終わると残り3日しかないんだよね」

「答えが出たらお前を家に返す。それが約束だからな」

「延長とか?」

「ありません。お前、学校も休んでいるんだろ?」

「うっ。そ、それは……そうだけど」


 明彦の事で考えるのをやめていたこと。

 私は高校を休んで今の時間を作っている。

 残り3日で私は進路の事に決断をくださないといけない。

 もちろん、自分の中では答えなんてとうの昔に決まっている。

 小桃さん達に出会ってからは余計にパティシエになりたい想いが強くなった。

 

「……私はもう決めているから」

「それが夏姫の出した答えなら、良いと思うぞ」

「うん。……って、何かは聞かないんだ?」

「聞かなくても分かるからな。パティシエになりたい、一途な夢があるんだろ?」


 彼は私の髪をタオルで拭き終わると、そっと頬を撫でる。


「……俺はお前の夢を応援する。初めにそう言ったはずだ」

「うんっ。ありがとう」


 明彦がいてくれるから私は今、ここにいる。

 兄として、恋人として、私にとって明彦は本当に必要なんだ。

 

「それに家に帰ったら両親に俺達の事も話さないといけないからな」

「それでようやく恋人になれるんだよね?遠距離だけど、頑張るよ?電話も毎日するし、休暇になったら遊びにも行きたいし」

「親が認めてくれたらの場合だろ?反対されたらどうする?」


 実際、どうなるかなんて私には分からない。

 あの二人に今回の私の夢みたいに強い反対をされるかもしれない。

 その可能性があるけども私はそちらははっきりと言い切れる。

 

「認めてくれなかったら、親と縁を切ってでも明彦と恋人になる……って、いひゃい」


 いきなり明彦に頬を引っ張られる。


「にゃにするにょよ(何をするのよ)!?」

「よく伸びる頬だな。柔らかいし」


 あまり痛くないけど、びにょーんって頬で遊ばれてしまう。


「……お前さ、そんな事を言うなよ」

「そんな事って大事なことでしょ?」

「俺はあの人達の子供だ。……血のつながりもないけど、子供だって認めてくれている。だから裏切れないし、裏切りたくない。反対されても、納得がいくまで、認めてもらえるようにしたいんだ」

「……明彦」


 そうだった。

 明彦は養子だって言う事を気にしていたんだよね。


「ごめんなさい」

「いや、分かればいいんだ。それじゃ、そろそろ寝るか?」

「うんっ」

「おやすみ、夏姫」


 私が部屋に戻ろうとすると彼はソファに寝転がる。


「待ってよ、何でここで寝るの?お布団は向こうでしょ?」

「……色んな意味でお前とは一緒のベッドで眠りたくない」

「ダメ~っ。せっかく恋人になれた日なのに」


 私は無理やり彼を引きずって、部屋へと連れ込む。


「明彦は私と一緒に寝ないとダメなのっ」

「……その言葉、言われて嬉しいけど、色んな意味で辛い」


 なぜか嘆く彼に私は?と不思議な顔をするしかなかった。


「なんでそんなに苦手なの?」

「キミは寝相が悪いことを自覚すべきだな」

「はっきり言われると乙女心が傷つくのっ!」


 自分の寝相が悪い方なのは知ってる。

 寝ているとジッとしてられないんだ。


「一緒に寝るとベッドから突き通されるんだよ。マジで」


 げんなりとして言われると「そこは愛情でカバーするのよ」と私は反論する。

 それくらいの寛容さは求めてもいいと思うの。


「ほら、早く寝ようよ」

「……ぐぅ」

「寝るの早!?ていうか、ベッドをひとりで占領しないで~っ」

「俺は眠いから寝る。昨日も眠れなかったしな」


 明彦が寝転がるので、私も同じベッドに入った。

 

「恋人らしく、甘い一夜を……って?」

「ぐぅ……」

「だから、寝ないで~っ。もっと、私にかまってよっ」


 うぅ、明彦ってば……ホントに素直じゃないんだから。

 私は彼にもたれかかりながら、その体温を肌で感じる。


「男の子の体温って温かいね」

「女子は冷たいのか」

「私はだけどね。基礎体温が低い方だから、こうして触れると温かくて好きなの」


 良い夢を見たくて私は彼に抱き付いたまま眠りにつく。

 明彦と過ごす時間が少しずつ消化していく。

 それはろうそくの火が消えてしまうような限られた時間の寂しさがあるんだ。


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