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第11章:嫉妬する妹《断章2》

【村雲明彦】


 俺は気づいていなかった事がふたつある。

 ひとつは自分の気持ち。

 俺自身が夏姫をどう思っているか。

 その気持ちを気づいていないから、夏姫を傷つけてしまう。


「……んー、すっかり秋も深まったというか、もうすぐ冬だものね」


 秋風の涼しさを感じながら朱里は言った。


「あぁ、そうだな」


 マンションの前まで俺は彼女を見送る。


「相手の気持ちに確信を欲しがるなんてアッキーは意外に慎重派だね」

「そういうわけじゃないさ。ただ、俺は……」


 夏姫が熱に浮かされているだけではないか。

 そう思って反応が見たかった。

 だけど、俺は間違っていたんだ。


「結局はアッキーは女の子の涙に弱いんだよ。そして、泣かせてしまった事で気づく。自分の気持ちにも、相手の気持ちにもね?」


 朱里の登場に本気で傷付いていたし、それをしてしまった事に後悔がある。


「夏姫さんの気持ちは最初からアッキーが好き、それだけなんだと思うよ。ずっと、アッキーを嫌っていたのも、好きの裏返しじゃない。好きだから悩んで、困って、どうしようもなくなって冷たい態度を取ってしまう」

「そうなのかな」

「アッキーだってそうじゃん。私みたいなお邪魔虫を登場させて、相手の反応を確認したいって……もっと自分の気持ちを信じなきゃダメだよ」


 泣いている夏姫を見て、俺は自分の想いに気づいた。

 遅すぎるかもしれないけど。


「俺、夏姫のこと……好きなんだって思えた」

「そりゃ、可愛い妹だし、手も出しづらいだろうけど。血の繋がりがないんだから」

「あんなに俺を想ってくれていたなんてな。正直、俺は夏姫の態度の豹変に戸惑っていただけなんだよな。夏姫を信じ切れていなかったって言うか……」


 俺が信じてあげなきゃいけないのに。

 でも、朱里が夏姫を追い詰めたことで、アイツの本当の心を知る事ができた。

 今さらかもしれないけど、俺はその想いに気づいたんだ。


「ねぇ、アッキー。夏姫さんの事が好き?」

「好きだ。アイツの涙は見たくない。夏姫が兄妹じゃないって知った時からいろいろと考えてきたけども、ようやく答えが出せた」

「……そっか。アッキーがそう決めたなら、それが答えなんだよ」


 朱里は明るい笑顔を見せた。

 それはいつもと違う笑顔。

 

「前に私は恋愛に興味がないって言ったのを覚えている?」

「覚えてるよ。恋愛は中学で卒業したんだろ?」

「うん。卒業っていうより、人を好きになるのをやめた、かな。恋をしないと決めたの」


 朱里は恋愛に興味がない。


「その昔、大好きだった人に裏切られたんだよね」

「え?」

「相手は年上の大学生だったんだ。お兄ちゃんの友達でさ、すごくイケメンで、気さくな人だったの。子供の私でも本気で好きって言ってくれた」


 朱里の口から聞かされる予想外の話。

 恋は中学で卒業したと言ってたのは本当だったのか。


「でも、ある日、私以外の女の子とドライブしてる姿を目撃しちゃって。なんで、私以外の相手とドライブしてたのって浮気を疑ったの。との年の差もあるし、彼氏は私のこと、本気じゃなかったのかなって……」

「で、どうなったんだ?」

「思いっきり落ち込んだ私は言い訳を並べる彼氏の言う事なんて全て聞く耳持たず。浮気されたと思い込んで、彼氏との恋人関係をやめたの」


 相手を信じること。

 恋愛において、相手への信頼が無くなった時点で恋は終わる。


「真実を聞けたのは、3年くらいたってから。偶然にも本人から聞けてね」

「結局は浮気じゃなかった?」

「うん。ただの同級生を家まで送っただけだったんだって。何もなかったみたい。その時はそうだって言ってくれれば、と思うけど、あの時の私は自分の事で精一杯で相手の気持ちなんて考えてる余裕がなかったから」


 中学生の朱里にとっては彼の行為は裏切り行為でしかなかった。

 ひどく傷ついた心、裏切れた想いでいっぱいだったんだろう。


「私がもっと大人だったら、心に余裕もあったんだろうね。相手の事を思いやる、そんなこともできないで、好きになって、自分勝手な気持ちばかり押し付けてた」

「そのくらいの年なら仕方ないんじゃないか」

「多分ね。でも、私はそういう自分が嫌だったんだ。だから、恋をすることを避け続けてたの。アッキー、私が言いたいのは素直になることだよ」


 過去の朱里のように、今の夏姫と状況的に重なることもある。

 自分の想いだけを相手にぶつけて、相手の事を思っていない。

 それは今の俺自身だし、反省すべきことだ。


「私の時もそうだったけど、想いは言葉にしないと伝わらない。相手の事を勝手に想像しても真実じゃないことはよくあるよ」

「……相手を理解したつもりでもダメってことか」

「本当の意味で理解したいのなら、ちゃんとお話をしなきゃダメ。アッキーは私みたいに後悔する恋をしちゃダメなんだからね?」


 夏姫の事を考えてやれば、こんな回りくどい事もしなくて済んだ。

 朱里は俺の肩を叩いて励ます。


「アッキーはあれだけ思われてるんだから、もっとちゃんと向き合ってあげて。夏姫さんは本気だよ。人に恋をするのって力がいるの」

「そうだな。人を想うのって大変だ」

「あと、アッキーはあんまり気軽に他の女の子に優しくしない方がいいと思う」


 ふいに朱里が俺の顔を覗き込むように、顔を近づけてくる。

 

「まだ引きかえせるから大丈夫だけど、本気になってたら修羅場突入だったかも」

「……朱里?」

「くすっ。人ってどうして、恋をしちゃうんだろうね?」

「恋をする気持ちは止められないから?」


 俺の発言に朱里は「単純なことだよ」と笑う。


「……我慢できないから。好きな人には好きって言ってほしいから。例え、相手に自分の想いが報われないのをはっきりと分かっていてもやめられないの」

「朱里?」

「だから、私は恋が苦手なんだよ。バカになるしかないから……」


 そして、彼女はそっと背伸びをして俺の頬に口づけた。

 柔らかな感触が俺の頬に伝わる。


「え?」


 朱里が……俺にキスした?


「は?しゅ、朱里?」


 俺は唖然とすると朱里は気にした様子もなく、


「……鈍感さんは気づかないでいいんだよ。今は目の前の自分の気づいた思いだけを大事にしてあげて。言いたかったのは、それだけっ」


 朱里はスッと俺から離れて、にこっと微笑む。


「それじゃ、おやすみなさい。また明日ね。あっ、明日、夏姫さんとどうなったか聞かせてよ。ふたりが結ばれる事を祈ってあげる」


 俺は頬を押さえながら朱里の言葉に頷くしかできなかった。


「バイバイ、アッキー」

 

 彼女は俺の顔を見つめて言ったんだ。

 その時の彼女がどんな想いだったのかなんて俺には分からない。

 ただ、頬に残るキスの感触に戸惑う事しかできなくて。

 ずっと去りゆく彼女の後姿を見つめていた。


「どういうことだ、朱里が俺のこと……?」


 理解不能な現実に戸惑う俺はやがて、考えるのをやめる。

 鈍感な俺は今気づいた事に集中しろと朱里に言われたから。


「そうだ。夏姫に説明しなきゃ……俺の想いも伝えなきゃな」


 俺は深呼吸をひとつして、気持ちを切り替えて、マンションに戻る事にした。

 夏姫に伝えたい想いがある。


「俺が……夏姫を好きだってことを……」


 後悔するような真似をしたくない。

 秋の夜空の下で俺は改めて彼女への想いを強く抱いた。


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