第10章:好きすぎて《断章3》
【村雲夏姫】
明彦は私と血の繋がりのない男の子だった。
兄ではない、その事実に私はショックを受けた。
彼に自分がしてきたことを後悔して、でも、自分の想いにも気づいたの。
私は明彦が好きだって。
「……自分でも驚くけどね」
明彦に甘える自分が想像できなかった。
けれど、私は自分で自分を止められない。
私に残されたのはあと5日。
その5日は私は自分の夢のために使うはずだったのに。
今では明彦の心を手に入れるために使おうとしている。
「大事なのは夢か恋か……非常に悩むわ」
私は小桃さんの新作のお菓子を食べながら呟いた。
小桃さんのおかげで、私も自分の夢に近付けてる。
「それにしても、小桃さんのお客さんって誰だろ?」
彼女は今、奥の部屋で誰かと話をしている。
「小桃さんも有名パティシエで忙しい人だから……」
私はひとり、キッチンエリアで新作のお菓子であるロールケーキを食べていた。
「ん、美味しい……こういうの、私も作りたいなぁ」
フルーツをたくさん使ったロールケーキの美味しさに大満足。
そんな私の前に小さな女の子がこちらに歩いてきた。
「ママ~っ?」
「え?」
お客さんの子供が迷い込んできたのかも。
年齢は3、4歳くらいの女の子でとても可愛らしい。
「ママを探してるの?」
「うん……ママ、いなくなっちゃった」
私は彼女に近づいて名前を聞いてみる。
「貴方のお名前は?」
「私は“るい”だよ」
彼女が見せてくれたカバンには『桜峰留衣』と名前が書かれていた。
「留衣ちゃん?」
「うんっ。ママ、どこにいっちゃったの?」
私は彼女と一緒にお店の方へと出て見るけども、彼女のお母さんは見つからない。
「もしかしたら……?」
さっき、小桃さんに会いに来ていたお客さんの子供かもしれない。
何の話をしているか分からないから、私はキッチンで待つことにした。
今の時間は他のパティシエさん達も休憩でいないから、大人しく待つことにする。
「あっ、そうだ。留衣ちゃん、ケーキ食べる?」
「ケーキ、だい好き~っ」
「はい、どうぞ」
私はロールケーキを切り分けてあげると、留衣ちゃんはフォークを使って食べ始める。
それにしても可愛い子供だなぁ。
私も子供は好きだし、将来はこんな可愛い女の子が欲しい。
「お姉ちゃんのおなまえは?」
「私?私は夏姫よ。夏のお姫様って書いて夏姫って言うの。可愛い名前でしょ?」
「お姉ちゃんはおひめさまなの?」
「ふふっ。そう、私はお姫様なの」
小さな頃は本当に自分がお姫さまみたいで大好きだった名前だ。
夏姫と言う自分の名前は今も気に入ってる。
「……ひめお姉ちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ。留衣ちゃん。ケーキ、美味しい?」
「うんっ。こももお姉ちゃんのケーキと同じくらいおいしいっ」
小桃さんの名前を知ってると言う事はやっぱり、関係者の子供なのかな?
「それは小桃さんが作ったんだよ」
「ホント?こももお姉ちゃんのケーキ、すきなのっ」
「私も好きだよ。小桃さんのケーキ、美味しいよね」
「ひめお姉ちゃんも?私と同じだねっ」
私達がそんな事を話していると、小桃さんが奥の部屋から出てくる。
「あっ、小桃さん」
「んー、なぁに?って、留衣じゃない。どーしたの?」
「留衣ちゃんを知ってるんですか?」
「私の妹の子供なの。あれ?さっき、同じ部屋にいたはずなのに」
小桃さんはすぐに出てきた部屋の方を向くと、ゴシックロリータの服装をきた女の人慌てた様子で出てくる。
「姉さん、留衣がいなくなった。……まさか、家出?」
「そんなわけないでしょ、凛子ちゃん。留衣ならここにいるわ」
ゴスロリの可愛らしい服装がよく似合う女の人。
私と同い年くらいの彼女に留衣ちゃんは「ママ」と駆けよる。
「え?あの人が留衣ちゃんの?」
「夏姫ちゃんは初めてだっけ。私の可愛い妹、凛子(りんず)ちゃんよ。凛子ちゃん、さっき話していた私の可愛い弟子の夏姫ちゃん」
「……はじめまして、小桃姉さんの妹の凛子です」
まるで人形のような可愛らしい女の人だ。
それにしても若いよね、子供がいるなんて全然思えない。
「留衣の面倒をみてくれてたみたいよ」
「そうなんだ。ありがとう、夏姫さん」
「いえ、ただケーキを一緒に食べていただけですから」
留衣ちゃんの口の周りをハンカチでふく凛子さん。
「んー、ママ~っ」
「……留衣、勝手にいなくなると心配するよ」
「ごめんなさいっ」
凛子さんは留衣ちゃんを抱きしめる。
「凛子さんって何歳なんですか?」
「私のひとつ年下、こう見えても24歳よ」
「え?24歳って……ずいぶん、若く見えますね?」
嘘でしょ……全然、24歳に見えない。
私も童顔でよく中学生扱いされるけども、凛子さんもすごく若く見える。
間違いなく子持ちに見られることはないはずだ。
「凛子ちゃんは20歳の時に結婚したの。私も結婚の話を聞かされた時は驚いたけどね。しかも、子供までできたって言われて……」
「結婚は姉さんに相当反対されたから、今でも旦那は姉さんが苦手だもの」
「当たり前じゃない。私の可愛い妹に手を出した報いは身を持って償わせたいわ」
……凛子さんの旦那さん、大変なんだろうな。
意外にも小桃さんは妹を溺愛しているタイプの人らしい。
ていうか、今もちょっと怖いし。
「小桃姉さんもそろそろ、結婚を考えてもいいと思うの」
「やだぁ、結婚なんてまだ考えられないわ」
「……相手もいないの?」
「ぐさっ。凛子ちゃんがいじめる。しくしく」
留衣ちゃんが「ナデナデ」と小さな手で拗ねる小桃さんを慰めていた。
ホントに可愛い子供で見ているだけで和む。
「姉さんもいい加減、初恋に縛られないで次の恋をしないと」
「うぅ、私も気にしているのに」
「小桃さんって綺麗ですから、相手もすぐに見つかるんじゃ」
すると、凛子さんは首を横に振って、
「姉さんはこう見えても一途で、自分の初恋を何年も引きずってるの。初恋相手はもうすぐ別の相手と結婚間近なのに」
「やめてぇ、恥ずかしい事を暴露しないで」
「……妹として、姉さんが心配なのよ」
小桃さんもお仕事は順調でも、恋愛だけはうまくいかないみたい。
「ひめお姉ちゃん。こももお姉ちゃんって、かわいそう?」
「え?えっと、可哀想って言うか……恋は大変なの」
「そうなんだ?」
留衣ちゃんの言葉にさらに落ち込む小桃さん。
「夏姫さんも、恋をしているのなら姉さんみたいにならない方がいいわ」
「そうですね。……自分に素直になるようにします」
「そうじゃないと、ずっと後悔するだけだもの。私は今の相手に惚れてすぐに交際を始められたけども。恋ってうまくいかない事の方が多いから」
恋はうまくいかない、だからこそ、難しい。
恋が自分の思い通りに行く人って少ないかも。
「うぅ……私の恋の話なんてどうでもいいのよ」
凛子さんは小桃さんを「姉さんも頑張って」と慰める。
「でも、おふたりって仲がいいですね」
「私が凛子ちゃんを溺愛しているからね」
「……私も姉さんを恋愛以外では尊敬しているもの」
お互いに必要としあう姉妹の関係。
そういうのって何だか羨ましいかも。
「ひめお姉ちゃんは好きなひとがいるの?」
「うん。いるよ、大好きな人が……」
「そうなんだ?ひめお姉ちゃんの恋もみのるといいね?」
「くすっ。そうだね。恋が実ると嬉しいよ」
留衣ちゃんの頭を撫でてあげると可愛い声で笑う。
「ずいぶんと夏姫さんに娘が懐いてるわ」
「留衣ちゃんはすごく可愛らしい子ですね」
「少し私に似て人見知りなのが心配の種。子供の成長は見てる分は楽しいけど大変」
留衣ちゃんを抱きしめて凛子さんは笑うんだ。
「私もいつか、あんな風な家庭も持てたりするのかな?」
私は明彦との恋がうまくいく事を願っている。
まだ未来のことなんて全然、分からないけど、この気持ちは実って欲しい。
それから、しばらくの間、留衣ちゃんと遊びながらお店で楽しい時間を過ごした。




