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第9章:真実、告白《断章1》

【村雲明彦】


 俺は朝から電車を乗り継ぎ、自分の実家に帰ってきていた。

 帰省というには、ほんの1ヶ月ほど前まで夏休みで帰省したばかりだけど。


「……ただいま」

「おかえりなさい、明彦。わざわざ帰ってきてもらって悪いわね」

「いいよ。電話じゃできない話があるんだろう?」


 夏姫の急変の理由を尋ねようと俺は母さんに電話した。

 しかし、話は直接会ってしたいと言われたのだ。

 そこでこうやって実家に戻って来たのだが。

 

「夏姫が押し掛けて迷惑をかけているでしょう?」

「別にかまわないよ。家出した妹を偶然見つけられただけでも良しとしなきゃ」

「そうね。あの子の事、私達も考えていたつもりなのに」


 リビングではすでに父さんが俺を待っていた。

 

「やぁ、明彦。母さんから話は聞いている。お前には話しておかなければいけない事がある。電話などではなく、直接言いたくて来てもらった」

「……それが夏姫の態度の急変と関係があるのか?」

「あれから、夏姫、様子がおかしかったの?」


 今のアイツを両親に見せてやりたくなるくらいの変わりようだ。

 キバの抜けたトラ、って感じで大人しくなってるからな。


「あぁ。元気がないというか、らしくないっていうか。それで、電話したんだけど?」

「あの子にも本来ならば電話じゃなくて、直接言うべきだったのよ」

「何があったんだ?」


 俺はテーブルに置かれたコーヒーを飲みながら話を聞くことにした。


「本当ならば、明彦が20歳になった頃にしようと思っていた」

「父さん、話ってのは俺の事なのか?」

「そうだ。これから、全てを話す」


 そして、俺は知ることになる。

 俺と言う存在について――。


「明彦。お前は僕達の本当の子供ではないんだ」

「えっ……?」

「血の繋がりのない、養子なんだよ」

「俺が養子?それは、本当なのか?」


 真剣な顔で語る両親、嘘ではないらしい。

 普通ならびっくりする所だが、俺には突拍子もない事ではなかったのだ。


「……やっぱり、そうなんだな」

「え?貴方、知っていたの?」

「いや、そうじゃないかと、思った事はあったんだ。ほら、親戚とかによく夏姫は母さんに似ているって言われるじゃないか。実際に似てるんだけど。でも、俺は今まで言われた事もなくて。取ってつけたように父さんに似てるとか言われる程度じゃん」


 だから、子供の頃に自分の出生を疑った事がある。

 俺は両親の本当の子供ではないのかもしれない、と。

 確証があったわけじゃないけども、他にも些細なことで疑問に思う事はあった。


「それだけじゃないけどさ。思う所はあったんだよ」

「……そうだったの」


 俺が両親の本当の子供ではない。

 その事実にショックは受けるが、ある程度受け止められる。

 両親は事情を説明してくれる。

 

「僕らは若くして結婚してからずっと子供に恵まれなかったんだ」

「私の身体も子供ができにくい体質でね。養子を取ろうって話になったの。そして、まだ1歳にも満たなかった明彦を養子にしたのよ」

それでは、俺はずっと両親に育てられてきたというのは間違いないことなんだ。

「養子だといえど、本当の子供のように想い、育ててきたつもりだ」

「それは分かってるよ」


 俺が養子であると言う事。

 事実だと知った事はショックだったが、疑問は残る。


「でも、夏姫は……。1歳年下のはずだろ?」

「貴方を養子にして、半年。私達の間に、実子ができたのよ」

「……それが夏姫と言うわけか。俺を再び施設に戻すとか思わなかったのか?」

「思うはずがないじゃない。その頃は既に明彦は私達にとって大切な子供だったもの。成長していく貴方を私は毎日、幸せに感じていたわ」


 そして、俺と夏姫は兄妹として育てられ、今にいたる。

 

「夏姫と俺にも血の繋がりはなかったんだな」

「あぁ。そして、夏姫がそれを知ったのが中学生に入った頃らしい」

「なるほど、それがアイツの反抗期の始まりか」


 俺に対して態度が変わったのも、本当の兄ではないから。

 そう考えると理解できることではある。


「違うのよ、明彦。あの子も混乱していただけなの」

「……それで昨日の態度に繋がるんだな」


 謝らなきゃいけない事があるって、言ってたのはこの事か。

 明らかになる真実を淡々と冷静に受け止められている自分。

 まるで他人事のように、そう思う。

 だが、それには理由があるのだ。


「俺の事、父さんと母さんは夏姫と変わらないように育ててくれた。感謝しているよ」

「貴方に真実を言えなかった。私達の子じゃないって認めたくなかったの」

「僕らは明彦の父親と母親であり続けたいんだ」


 真実を告げても、なお、両親が両親でいてくれる。

 俺は静かに深呼吸をひとつして姿勢を正して、彼らに向き合った。


「真実を話してくれてありがとう。俺はふたりの子供でいいんだよな?」

「当然じゃない。貴方は私達の大切な子供よ」

「そう言ってくれるのなら、俺からは特に言う事はないよ」

「……お前の本当の両親の事もか?」


 何となく察しはついていた。

 まだ1歳にもならない子供を施設に置いていく親だ。

 生きているのか、死んでいるのか、どちらにしても……今の俺には関係ない。


「俺の両親は父さんと母さん。それ以外にはいない。そうだろ?」

「……そう言ってくれるとは思っていなかった」

「少しは信用して欲しいな。俺、ふたりを他人だなんて思わないからさ」

「ありがとう。明彦……」


 涙ぐむ母さん、俺の家族はここにある。

 血の繋がりなどなくても、親と子の絆は確かにあるのだ。

 これが俺の出生の真実――。





 その後、俺はふたりと久々に楽しく雑談したりして一日を過ごした。

 家族の大切さ、それを感じながら家に帰る電車内で俺は思う。

 

「……本当なら、ここで動揺したりするんだろうか」


 ドラマだったら、家を飛び出したりするんだろうな。

 それでも、すんなりと受け入れられたのは俺が両親の愛情を知っていたからだ。

 何の苦労もなく育ててもらった。

 当たり前の日常を与えてもらえている事に感謝して、それを否定する必要はない。


「でも、夏姫は……違ったんだよな」


 俺は大人になりかけた時に知ったから大丈夫だった。

 しかし、中学という思春期に知った夏姫は違う。

 あの今までの態度なども仕方なかったのだと考える。

 全てを受け止めるにはまだ幼く、また無垢だったんだろう。

 昨日の妹の涙を見て、あの子の昔を思い出した。

 まだお兄ちゃんと呼んでくれていた頃の夏姫そのものだったんだ。


「早く帰ろう。夏姫とも話をしなきゃいけないからな」


 俺達が数年前と同じような“兄と妹”の関係に戻るために――。


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