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ドラゴンに三度轢かれた俺の転生職人ライフ  作者: すみもりさい
第三章:神魔と過ごす職人ライフ

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68◆魔神は魔神を求め彷徨う


 街は黒い霧に不安を抱きながらも賑わっていた。


 三年に一度の『冒険者大感謝祭』が近い。大通りでは飾り付けやパレード用の見物席を組む作業が進められていた。

 こういった作業自体もまた、ひとつの催しである。

 作業員のみならず、作業を見物する人に向けた屋台がちらほら営業をしていた。


 そんな中を、ウサ耳の美女が闊歩している。


「浮ついていますわね。街全体を改修でもするのでしょうか?」


 彼女の横を通り過ぎた鎧の男がギリーカードを耳に当てた。


「こちらアルファ(ツー)。目標のつぶやきを伝える」


 ウサ耳の美女――魔神フェイラスの言葉を一言一句逃さず通話先へと告げた。


『こちらHQ。了解だ』


 通話はそこで終わる。


 このように、フェイラスの言動は逐一『魔神対策司令部』へと送られていた。

 各ギルマスが集まった臨時会で決定したのは、『魔神フェイラスの目的を探ること』。その内容に応じて再び対策が練られる。


 事は慎重に。しかし迅速に。

 場合によっては目標との積極的な接触も辞さない構えだ。


 Bランク以上の冒険者が複数のチームに分かれ、強さやスキル構成に応じてフェイラスの周辺に展開している。ギルラム洞窟を含め、ダンジョン攻略で培われた組織的な連携はお手のものだ。


 ただ感謝祭は冒険者が主体となって街の住人に感謝を伝えるのがメインであるため、この時期に半ば強制的な依頼で駆り出され、みなは甚だ迷惑していた。


 フェイラスは歩道の真ん中で立ち止まって辺りをきょろきょろしている。


「ちょっとそこの貴方」


 指を差された男がギョッとした。彼女を監視している冒険者の一人なのだ。周囲の監視役も息を呑む。

 男は見えないところでギリーカードを操作し、通話状態にした。


「お、俺に何か用か?」


「この騒ぎは何事ですの?」


 一瞬監視がバレたのかとひやりとしたが、彼女の手ぶりからして別だと判断する。


「あ、ああ。もうすぐ街をあげての祭りがあるんだ。その準備だよ」


「祭り? なかなか大きなもののようですわね」


「なにせ三年に一度の祭りだからな」


 なるべく気さくに、それでいて機嫌を損ねないよう馴れ馴れしくし過ぎず。男は絶妙な距離を測りながら、この機に目的を遂げるべく尋ねた。


「姉ちゃんはこの街は初めてかい? 祭りを知らずにやってきたなら何しにきたんだよ?」


 たとえ偽りの回答であっても、言葉の端や表情の機微から何かしらつかめるかもしれない。

 男は知らずごくりと生唾を飲みこんだ。周囲も彼女のわずかな変化も見逃すまいと、あらゆる方向から彼女に視線を集めた。


「ひとを探していますの。貴方、ベリアルという名の女性を知りませんこと?」


「…………んん?」


 聞き耳を立てていた周りの冒険者たちも硬直する。


 もしかして。

 いやまさか。

 今、おそらくは最初の直接的な接触において、



((((目的が知れた!?))))



 いとも簡単に?


「ええっと……ベリアル、か。俺はちょっと知らないが、そうだな。わかりやすい特徴ってのはあるかい?」


「わらわをも超える美の化身ですわ」


「……そ、そうか。男なら一度は拝んでみたいもんだぜ。でもあれだな、もうちょっとこう、具体的に聞かせちゃくれねえか」


「わらわに拝謁し、『それを超える美の化身』と説明を受けてなお心当たりがないのであれば、貴方にはなんら期待できませんわね」


 フェイラスは落胆したように息を吐くと、もはや眼中にないとばかりに踵を返した。


 彼女はその後も、先の会話で思い出したかのように『ベリアル』なる女性の目撃情報を尋ね回る。同じく具体的な女性の特徴はまるで口にしない。

 ゆえにベリアルなる女性が何者か、ようとして知れなかった。


 ――ただ一人、司令部で頭を抱えていた黒い騎士を除いて。


 司令部からの指示を受け、やがて同様の質問を受けた冒険者が問う。


「そのベリアルってのはお仲間かい? 探して何をするんだよ?」


 フェイラスは妖艶な笑みを浮かべて答えた。


「むろん、我らが安住の地へお連れするのですわ」


 ならばベリアルさえ見つければ問題は解決か。

 多くの者がそう考えた直後。

 次なる言葉に身の毛がよだつ。


「ついでにこの街をぐっちょんぐっちょんのギッタンギッタンにしなくてはなりませんわね」


「はぁ? な、なんでだよ?」


「なぜ、ですって? そんなものは決まっていますわ」


 フェイラスはギラリと赤い瞳を光らせる。


「これほど探して見つからないのですもの。ベリアルお姉様は卑劣な罠に嵌められ、囚われの身になっているのでしょう。そして卑怯にも彼奴らは街ぐるみで隠しているに違いありませんの」


「は? いや、さすがにそんなことは……」


「いいえ! 決まっていますわ。ゆえにこそわらわは慎重にならざるを得ませんけれど、ベリアルお姉様さえ救い出せればこちらのもの。貴方も早々にこの街から離れるのですわね。巻き添えになっても知りませんわよ?」


 おーっほっほっほっ、と高笑いして彼女は立ち去る。


 司令部は緊急に作戦会議を余儀なくされた――。



        ★



 問題はシンプルだ。しかし事態はややこしい。


 魔神フェイラスの目的はベリアルを異界へ連れ戻すこと。


 まずここで当事者の意思を確認してみると。


「イヤ」


 即断即決、即拒否である。

 この時点でフェイラスには諦めてもらうほかない。


 ところがベリアルはなぜか囚われの身であるとフェイラスは決めつけていて、街ぐるみの陰謀だと因縁をつけ、最終的には街を滅ぼさんと息巻いていた。


 それをぺらぺらしゃべったのはなぜなのか? 裏がある、と俺は考えた。もしかしたらこちらの動きを察知して混乱させようとしているのでは? と危惧したものの。


「大丈夫。あの子、深く考えてない」


「と、言いますと?」


「自分のことを頭がいいと思ってて、やたら遠回りな方法を考えて行動する。でも、けっきょく上手くいかなくなるから、真っ直ぐなやり方に変更する」


 てことは、今はまだ彼女が回りくどい作戦を実行中なので安心できるってことか。

 逆に言えば『真っ直ぐなやり方』に変更されると困りそうだ。なんとなくだけど、そこら中を破壊しまくってベリアルを探そうとするかもしれなかった。


 そんなわけで――。




 魔神対策司令部とは別に、我が方の対応策を決めなければならない。


 俺の自宅に集まってもらったのは当事者ベリアルとダルクさん、セイラさん、そしてご意見番のクオリスさんだ。

 机を囲んで作戦会議が始まった。


「力づくでお帰り願うしかなかろう」

「そだね」

「異議はありません」


 あれ? さっそく決定してしまったぞ?


「いやでも、力づくってのはどうなんでしょう? セイラさんまで賛成とは思いませんでした」


「相手が魔神ならばやむを得ません。しかもベリアルさんを狙い、そのうえ街を襲うと言って憚らない輩です。残念ながら話し合う余地はないかと」


 ふだんは優しいセイラさんが珍しく冷淡だ。


「アリトよ、誤解しておるようだがセイラもまた冒険者。治癒するばかりが仕事ではない」


 クオリスさんの言葉ももっともか。わりと魔物に対しては容赦ないもんな。


「でもなんと言いますか、『話せばわかる』ような気もするんですよね」


 その辺どうなの? とベリアルに問えば、彼女は腕を組んで考えてから、


「無理」


 きっぱり言いきっちゃったよ。


「わたしが囚われて、街ぐるみで隠してるってあの子が言ったなら、あの子の中でそれはもう決定事項。わたしが出ていって違うと説得しても覆らない」


「はた迷惑な……」


「うん。だから本当に、ウザい」


 無表情なベリアルが心底嫌そうな顔をしている。ある意味新鮮だ。にしても、本当にはた迷惑だなあ。

 けど戦うにしても相手は魔神。ベリアルより強いとなればダルクさんたちでも一筋縄ではいかないだろう。すくなくとも街中での戦闘は絶対に回避しなければ。


「うまいこと騙して街の外に連れ出さないといけないよね」


「わたしが囮になればすぐ食いつく」


「たぶんだけど、本人がいなくても『あっちにいますよ』って言えばのこのこ行っちゃいそうじゃない?」


「さすがアリト。わかってる」


 妙なところで感心されてしまった。

 でも、そうか。誘導は楽なんだよな。うーん……。


「ところでアリトさん、フェイラスさんの対応もそうですけれど、ベリアルさんの処遇にも一考が必要ではありませんか?」


 む。たしかに。

 容姿など具体的特徴は幸いまだ話に上っていないけど、あそこまで『ベリアル』を連呼されては彼女の存在が明らかになる危険があった。


 事態がややこしくなっているのもそこが大きい。


 たとえフェイラスを追い払ったとしても、ベリアルが魔人だとみんなに知られ、その後も彼女が穏やかな生活を送れないのでは問題だ。

 ひとつ思いついた策はあるのだけど、いろいろ危険な賭けなので躊躇われる。


「べつにわたし、名乗り出てもいい」


「フェイラスに、じゃなく、街の人たちに?」


 こくりとベリアルはうなずく。


「秘密は、いつか明らかになる。黙っているよりは、自分から言いたい」


 重苦しい空気が降りてくる。なぜだかダルクさんたちも居心地が悪そうだ。

 俺だって黒い騎士や自身の特異能力の秘密を抱えているから他人事ではなかった。

 クオリスさんがベリアルに声をかける。


「よいのか? 魔神は排斥すべしと迫害を受けるやもしれぬぞ?」


「この街の人たちは、みんないい人。それに――」


 ベリアルは薄く、本当にちょっとだけ表情を緩めて、笑った。


「ダメだったら、わたしはフェイラスを連れて異界へ戻る。街には、何もさせない」


 そんな哀しい笑みは見たくなかった。

 ここにいるみんなが同じ気持ちだったらしい。

 ダン、とダルクさんがテーブルを叩いた。


「そーゆーのはよくないよ、ベリアルちゃん」

「ですね。わたくしたちはすでに一蓮托生。仲間ではありませんか」

「困ったときはお互い様、というやつだな」


 ベリアルは眉尻を下げて困惑した。

 俺は努めて優しく諭す。


「せっかく仲良くなれたんだ。楽しいことも辛い思いも、みんなで分かち合おうよ」


「でも、わたしは頼ってばかりで……」


「そんなことないよ。ベリアルのおかげで俺たちは楽しい。鎧も貸してもらってるしね」


 まだ納得できない風の彼女に、俺の決意も固まった。

 今さら躊躇うわけにもいかない。


「俺にいい考えがある」


 ベリアルが魔人として街に受け入れられ、さらにフェイラスの問題へも対処する妙案だ。

 もちろん危険はあるし、最悪の場合は俺もこの街にいられなくなるだろうけど。


「絶対に成功させよう!」


 力をこめて宣言し、俺は作戦を説明した。




 その夜、リィルにも相談した。


「うん、リィルはいいと思うよ」


 場合によってはこいつにも迷惑をかけてしまうけど、あっけらかんと快諾してくれた。

 ならばもう迷わない。

 俺は強い気持ちで翌朝を迎えるのだった――。



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ひょうし
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