36◆サマンサさんの依頼
朝、食事を済ませ、のったりと開店準備を進めていたら、意外なお客さんがやってきた。
「おはようございます。アリト様、お久しぶりですね」
見た目ちっこい女の子。栗色の髪を後ろで束ね、ふりふりしながらカウンターへ寄ってくる。
「サマンサさん、お久しぶりです」
俺はカウンターから外へ出て、テーブルへ彼女を促す。
サマンサさんは見るからにお子様だが、実のところ(今世の)俺より年上のお姉さん。バリバリのキャリアウーマンで、エリート銀行員だ。
リィルにお茶を用意してもらい、商談用のテーブル席で向かい合う。サマンサさんはちっちゃいので、大きめのクッションを椅子に敷いて、ちょうど胸から上がテーブルに出る感じだ。
「実は、アイテム強化がご専門のアリト様に相談があってまいりました」
俺はごくりと生唾を飲む。
サマンサさんは一度椅子から降りて、床に置いた大きなカバンの中をごそごそする。
再び椅子に座り直すと、テーブルの上に紙っぺらみたいなのを置いた。
「これって……『魔物避けの護符』ですね」
「はい。わたくしどもの顧客には旅商人の方もいらっしゃるのですけど、こちらの護符の効果を高めたいとのご要望が多く寄せられておりまして」
銀行ってそんな相談も受けるんだ。大変だなあ。
「なるほど。でも、これって強化しても『魔物避けの聖護符』にしかなりませんよ?」
『魔物避けの護符』はスロット数が二つだけ。【聖】属性をある程度チャージすれば作れるので、一般にも流通している。ただ、劇的に効果が変わる代物ではなかった。
「やはり、そうですか。もしかしたら、聖護符を超える効果を得られる方法があるのでは、と考えたのですけど……」
しゅんとうな垂れる彼女をこのまま帰すのは忍びない。
俺にできることがないか、もうちょっと話を聞いてみよう。
「どのくらいの効果を期待してるんでしょうか?」
「まず背景事情として、ギルラム洞窟が発見されたことがございます。冒険者の皆さんはそちら関連の依頼に殺到していて、旅商人の護衛が不足しているのです」
『魔物避けの護符』は魔物を寄せ付けない効果を持つが、対象となる魔物は護符を持つ人と同等以下に限られる。聖護符になれば一段ランクが上の魔物にも有効になるが、確実とはいえなかった。
旅の道中でどの危険度の魔物が出現するかにもよるけど、最低でもBランクの冒険者は必要だろう。
「護衛依頼の報奨金は高騰し、ダンジョン攻略用に護符の需要も高まっている関係上、以前に比してコストがかさんでいるのです」
「それは、大変ですね」
「はい。このままでは旅商人の往来が少なくなりかねません。新ダンジョンの発見で街の経済は活性化していますが、他の街との商取引が減少すればゼクスハイムの経済活動に大きな支障が出てしまいます」
サマンサさんがくわっと目を見開く。
「なんとかなりませんか!? お力をお貸しください!」
「お、俺に、ですか? でも俺、ただのアイテム強化職人ですよ?」
力にはなりたいけど、話がなんか大きくなって萎縮してしまう。
「わたくしも方々回って、大きなお店やギルド長にも相談しましたが、よい案は浮かびませんでした。そんな折、『レグナム道具店』でアリト様のお名前をお聞きしたんです」
そこは俺が贔屓にしてもらっているお店だ。『自動回復薬』を卸して大儲けした。
「画期的な新商品を開発したのがアリト様だとは知りませんでした。お若いのにご自分のお店を構え、さっそく商売を軌道に乗せたその手腕、ぜひともお貸しください!」
「う、うーん……」
困ったな。
『魔物避けの護符』をいくら強化しても問題の解決にはならない。
話を聞く限り、護衛が要らないくらいの強力な魔物避けアイテムが必要となる。
そんなのあるんかなあ、と【強化図鑑】をぺらぺらめくっていて。
「ん? 魔物を寄せ付けないんじゃなくて、追っ払うのでもいいんですよね?」
「そう、ですね。荷物を安全に運ぶのが目的ですから、たとえ魔物が現れても追い払えれば問題はありません。ただ、魔物に襲われた時点で高ランクの護衛が必要だと思いますけど……」
不安そうなサマンサさんに、俺は笑みで答えた。
「いえ、大丈夫です。危険度Sの魔物は無理かもですけど、確実にA以下の魔物を追っ払えるアイテムを、もしかしたら作れるかもしれません」
「本当ですか!?」
いろいろ試す必要はあるけど、ちょうど最近、ふさわしいアイテムをゲットしたところだ。
サマンサさんには数日待ってもらうことにして、俺は『異次元ポーチ』に必要なものを突っこみ、店を飛び出した――。
やってきました『レグナム道具店』。
裏手から工房に入らせてもらったら、
「お、お兄さん!?」
おお、エルフのちびっ子カタリナちゃんじゃないか。背丈はリィルと同じくらいなのに、胸はたゆんと揺れるほど。
「どうしてここに? お父さんのお手伝い?」
「は、はい。入学式までお休みなので、その……」
もじもじと小声になるカタリナちゃん。この子、かなりの恥ずかしがり屋さんだものな。
あ、そういえば。
「まだ言ってなかったね。推薦合格、おめでとう」
「え? あ、はい! お兄さんのおかげです。本当にありがとうございました」
カタリナちゃんはものすごい勢いで頭を下げる。
彼女もリィルと同じく、推薦で冒険者学校に合格した。ちなみにもう一人のエルフっ子であるエリカもだ。もうすこししたら、三人一緒に学校に通うことになる。
「よう、あんちゃん。今日はどうした?」
積もる話をしようとしたら、巨躯のエルフが現れた。カタリナちゃんのお父さんで、この店で職人をやっているガイルさんだ。
「実は、ちょっと相談がありまして。まずは、これを」
俺は『異次元ポーチ』から、ざらざらで硬い素材を取り出す。
興味深そうに眺めるカタリナちゃんとは対照的に、ガイルさんは怪訝な顔をした。
「そいつは前に断ったろ? さすがに商品にはならねえよ」
俺が持ってきたのは、『魅惑のカニ殻』。『誘惑カニハンド』を【素材加工(匠)】で素材化したものだ。こいつの特殊効果は、ひとたび発動すれば魔物はおろか人でも動物でも虫でも寄ってたかってくる、というもの。
これで鎧なり装飾品を作って身に着ければ、外を歩くだけで虫にたかられてしまうのだ。
だから、まったく売れなかった。
しかし、である。
俺はこれこれこう、と事情を説明する。
「つまりあんちゃんは、こいつを使って魔物を追っ払う新アイテムが作りたい、ってことか?」
「そうです」
「いやいやいや。効果がまったく逆だろうが。それとも何かい? 強化したら逆の効果になるってのか?」
「いえ、強化は『寄せ付ける』効果を高める方向にします」
「おいおい、正気か? 魔物を追っ払いたいのに、誘き寄せてどうすんだよ」
ふつうに考えたらバカげた話だ。
でも俺は、発想を逆転させてみた。
「魔物に襲われたら、その新アイテムで魔物を誘導するんですよ。荷馬車から遠ざけるように」
あっ、と声を上げたのはカタリナっちゃんだ。すぐに真っ赤になってうつむいてしまう。
「なるほどなあ。そりゃあ、たしかに妙案だ」
「ただ、カニ殻のままってわけにはいかないかな、と」
「まあ、かさばるよな。胸当て作れるくらいあるしよ。効果自体が強力だから、かなり小さくできんじゃねえか?」
最小単位にすれば、ひとつのカニ殻からたくさんのアイテムが作れる。
「それに、もうひと工夫する必要があります」
「まだなんかあんのかよ?」
魔物を追っ払うのではなく、誘導して荷物なりから遠ざけるということは、持っている人が危険にさらされることを意味する。
そこで、と俺は『異次元ポーチ』から、別のアイテムを取り出した。
ガイルさんとカタリナちゃんが目を丸くして、声をそろえた。
「「お鍋の、ふた……?」」
「正確には、『疾風の鍋ぶた』です。『お鍋のふた』を【風】属性で強化しました」
こいつには『飛行+』なる特殊効果がある。遠くに飛ばせると同時に、狙ったところに命中もさせられる。
『魅惑のカニ殻』をこのふたに取りつければ、襲ってきた魔物を安全に遠くへ誘導できるのではないか。
「お前、んなことよく考えつくなあ」
「お兄さん、すごいです!」
褒めるのはまだ早いですよお二人さん。
まだ机上の空論にすぎず、実際に試してみないと商品として成り立つかわからないのだ。
俺はアイテムを強化したり素材を加工したりはできるけど、素材を組み合わせてアイテムを作るためのスキルがない。
「というわけで、ガイルさんにもご協力をお願いしたいんです」
【アイテム作成】のスキルがランクBのガイルさんの協力が不可欠だった。
「おう、任せとけ!」
力強い仲間を得て、俺たちは試行錯誤を繰り返した。
試作品を実際に魔物に使ったりもした。ガイルさんは元Aランク冒険者で、街の周辺に出没する程度の魔物は楽勝だったし、俺は一人で『謎の黒騎士』モードになってダンジョンで試したりもした。
そうして、三日が過ぎ――。
「できました!」
俺はモンテニオ銀行に喜び勇んで駆けこみ、サマンサさんに新アイテムを披露した。
「これが……」
彼女がしげしげ眺めるのは、手のひら大の円盤だ。名付けて『魅惑のコースター』。『魅惑のカニ殻』に鉄素材を加え、飲み物の下に敷くコースターにしたもので、【風】属性を付与して『飛翔+』効果もある。
魔物を寄せ付ける効果は、起動(対象に向かって振り振りする)してから、アイテムが破壊されるまで続く。
そのため、ちょっと強度が必要だった。コストを考えて、鉄素材を加えることにした。
大きさは手のひら大だけど、使っているカニ殻はそう大きくない。ひとつの『魅惑のカニ殻』から二十五個作れた。
「危険度B以下の魔物なら、これで確実に誘導できます。危険度A用に『蠱惑のコースター』という上位アイテムも用意できました。このサイズでも一度に複数の魔物に有効ですよ」
コースターサイズだとあまり目立たないので、より大きなサイズで数十匹の魔物を一度に誘導できるアイテムも作る予定だ。まあ、旅の道中でそこまで心配する必要はないだろうけど。
「ありがとうございます! ああ、アリト様に相談して、本当に良かったです……」
目に涙を浮かべるほど喜んでもらえて、俺も嬉しい。
同時に俺は、心の中でほくそ笑んでいた。
この新商品は、旅商人だけが使えるものじゃない。
ダンジョンを攻略する冒険者にとっても、無駄な戦闘を避けたり、命の危険に陥ったときにとても有用なのだ。
ふふふ、これは、売れる!
実際、売れました。
今回は【混沌】も使わず基本四元素の強化で事足りるから、他店に模倣されるのは時間の問題だ。
けど、【アイテム強化】のランクSと【解析】を持つ俺の製品は品質が段違い。
他店よりちょっぴり高い値段でも、『レグナム道具店』に卸した俺の商品は飛ぶように売れまくったのだった――。





