35◆妹の笑顔はよいものだ
朝。俺はどでかいカニバサミを手に、食卓に着いていた。
Sランク冒険者のバネッサにもらったスキルの書。それを強化したら限定スキルを手に入れたわけだが、【素材加工(匠)】なるスキルをどう生かすかは模索中。
『誘惑カニハンド』で試したところ、『魅惑のカニ殻』という素材に変化する。それを使って鎧なり装飾品なりを作ると、魔物はおろか動物でも虫でも寄ってたかってくる迷惑効果が付いてくるのだ。
まったく売れませんでした……。
人に対しても効果があるので使いどころがあると踏んだのだが、虫とかがまとわりついてくるのでむしろ人だけが気持ち悪がって寄り付かなくなるという。
いちおうアイテム強化で魅惑効果をなしにできるのだけど、そうすると『ちょっと硬いだけの素材』になり下がるので、お値段もお察し。
だったら『誘惑カニハンド』を『篭絡カニハンド』にして売ったほうが利益が大きかった。
ま、そのうちこのスキルが使える日もくるだろう。
俺はカニハンドを腰のポーチにしまい、立ち上がった。
キッチンで朝食の準備をしている二人を手伝うためだ。
リィルとセイラさんは楽しそうにお料理している。
「リィルさん、大皿を取っていただけますか?」
「これでいいかな?」
「ありがとうございます」
「わあ、いい匂い」
ふっくら卵焼きができあがり、バターの香ばしい匂いが俺のところにも届いた。
「あら? このホウレンソウ、傷んでますね」
「ホントだ。一昨日買ってきたやつだよね。あったかくなってきたからかなあ?」
「もったいないですが、捨ててしまいましょう」
「じゃあリィルは、こっちのニンジンを切るねー」
「お願いします」
二人の仲睦まじいやり取りを後ろから眺める俺、なんの役にも立ってない!
すごすごと引き返しました。
で、楽しい朝食が始まる。
「ぷっはー。やっぱり朝はミルクだね♪」
四六時中隙あらばミルクを飲んでいる我が妹が、ジョッキ一杯のミルクを飲み干してご満悦。
俺はちらちらとリィルの様子をうかがい、事情を知るセイラさんは俺がいつ話を切り出すのかハラハラと見守っていた。
何を隠そう、今日はリィルにとって実に喜ばしい日なのである。
昨日、俺は内々にリィルが通う予備校に呼び出され、リィルが冒険者学校に推薦合格したと告げられた。冒険者学校への入学が事実上、決まったのだ。
リィルには今日、正式に予備校側から通達がある。
喜び勇んで帰ってきたところを、サプライズパーティーで驚かせようと考えていた。
セイラさんやクオリスさん、ダルクさんにも声をかけ、急いで準備をしている最中ではあるのだが、ひとつ、問題があった。
まだ合格祝いのプレゼントが決まっていないのだ。
セイラさんたちは各々考えているようだが、俺にはさっぱり思いつかない。
ならば、と。
俺はそれとなくリィルに欲しいものを聞き出そうと画策していた。
リィルが予備校へ出かける時間は刻一刻と迫っている。
俺は意を決して口を開いた。
「なあ、リィル」
「なあに? お兄ちゃん」
「お前、なにか欲しいものあるか?」
ド直球である。ちょっぴりセイラさんが呆れているような気がしなくもないが、時間は戻らない。俺は心臓をバクバクさせながら答えを待った。
「欲しいもの? どうして?」
「えっ、いや、なんとなく……」
理由を訊き返されるとは想定しておらず、しどろもどろに答える俺。
リィルはキョトンとしたものの、「う~ん」と何やら考え始めた。
一時はどうなるかと思ったが、いい流れだとホッとする。
ところが、である。
リィルの口から飛び出したのは、
「レイゾウコが欲しい!」
俺が知らないどころか、【強化図鑑】にも登録されていない謎のアイテムだった――。
ギルラム洞窟の第六階層。
階層ボスがいるのとは反対側の奥の奥に、『くじ引きルーム』なるお宝空間が存在する。
部屋の中にはたくさんの宝箱があり、そのうちのひとつだけを選び、中身を手にできるそうな。
重厚な鉄扉に閉ざされたそこは、階層ボスでもいそうな威圧感が漂っている。
が、扉の前は大盛況だった。
冒険者たちが多数列を成し、賑わっていたからだ。
一昨日、第六階層への転移門が開かれたので、中ランクの冒険者もお手軽にやってこれるようになった。『くじ引きルーム』に挑戦しようと、BあるいはCランクの冒険者がたくさん集まっていた。
俺とセイラさんは列に並んでいる。
『くじ引きルーム』は一人一回しか挑戦権がない。まだ彼女は挑戦していなかったので、お誘いしたのだ。
ちなみに俺は『謎の黒騎士』モードである。
順番を待ちながら、俺は朝のやり取りを思い出していた。
リィルが欲しいと言った『冷蔵庫』。
内部が冷たくなっていて、食品などを長期保存できる優れものと説明を受けた。
ところがその『冷蔵庫』、ぶっちゃけただの箱だということが判明した。下部に氷を入れるところがあり、その冷気で箱の中身がひんやりする、というだけの話。
飲食店などに最近出回っていて、構造が単純なので箱自体を作るのは簡単。
しかし氷を準備するには上位の水魔法が必要で、氷を逐一補充しなければならないので、使用には手間暇がかかる。
そこらの箱を強化しても内部をひんやりさせる効果は付けられない。
なので俺は『冷蔵庫』を諦め、『くじ引きルーム』でリィルにふさわしいお宝をゲットすべくやってきたわけだ。
「くっそぉ。『鉄カブト』なんていらねえよ……」
鉄扉から男が出てきた。バカでかい扉はフェイクのようで、そこをすり抜けて現れる。手には鉄製の兜を持っていた。どうやらハズレを引いたらしい。
「俺なんて『回復薬』だぜ?」
「おいらの『MP回復薬』がマシに思てきた」
仲間らしき冒険者が肩を落とす。
「よっし。次は俺だな。うだうだ迷わず、一番近い宝箱に決めた!」
先頭の男が気合も十分、鉄扉に突進した。
するりと扉に吸いこまれ、
「うわあっ!」
わずか十秒で飛び出してきた。
「ミミックに引っかかったのか?」
「でもあれ、危険度Cだろ? ここにいる連中なら楽勝だよな?」
ざわめきが起こる。
顔を蒼白に染めた彼はBランク相当の冒険者だ。たしかに彼の実力なら、ミミックを引いてしまっても、それを倒して中のお宝をゲットできるはずだ。
「おい、何があったんだよ?」
男は冷や汗を拭いながら答えた。
「あ、『あったかミミック』がいたんだよ……」
一瞬の静寂。すぐにざわめきが戻り、大きくなった。
「ミミックの上位種だっけ?」
「たしか危険度Aだったはず」
「嘘だろ……」
「冗談じゃねえぞ」
一人、また一人と、列から外れる者がでてきた。
これまで話が出てこなかったところから、ミミックの上位種に当たる確率はかなり低そうだ。
でも運悪く当たってしまえば、お宝がゲットできないどころか、命の危険もある。
俺たちの前に人がいなくなった。
いきなり順番が回ってきたのはラッキーだと考えるべきかな。
「あれ、例の黒騎士だよな?」
「平然としてやがる……」
「さすがだぜ」
変に注目されているから、とっとと中に入ってお宝を手に入れよう。
俺は巨大な鉄扉に手を当て、押すようにして中に入った。
すり抜けられると知っていても、なんかぶつかりそうで怖かったのでね。
広い部屋だった。天井も高い。
そして、一定間隔で整然と並んだ、抱えるほど大きな宝箱の数はちょうど三百個。
さて、適当に選んでミミックを引き当てるなんてヘマを、俺はしない。
俺は限定スキル、【解析】を持っているから一目瞭然なのだ!
どれどれ?
ひとつひとつ丁寧に物色する。
なるほどなるほど。
ひと通り眺めて、俺は天井を仰いだ。
アタリっぽいのは全部ミミックやんけ!
三百のうち、一割はミミック。さらにそのうちの三つがミミックの上位種で、これが本当の意味でのアタリだろう。
三つの内訳はこうだ。
『あったかミミック』→『【素材加工】の書』
『ひんやりミミック』→『【調合】の書』
『そよそよミミック』→『【合金】の書』
名前はほのぼのしているが、このミミックどもは強力な魔法を使う。
にしても、スキルの書はなかなか手に入らないものだけど、冒険者がもらうにしては職人系ばかりで微妙だな。
危険を冒してまで欲しいものじゃないだろうに。
てか、バネッサはアタリを引いたのか。
本人は何も言ってなかったけど、上位種もふつうのミミックも彼女の中では大差ないんだろうな。瞬殺したに違いない。
そういえば、彼女は『スキルポイント三万付与』がどうとか言ってたけど、みたところ『スキルポイント三百付与』くらいしかなかった。勘違いか、嘘を真に受けたか。まあ、どうでもいいか。
さて、いくつか装飾品もあるが、ハズレ枠だから大したものじゃない。
リィルの合格祝いにふさわしいものがまったく見当たらなかった。
どうしよう?
今から街に戻ってプレゼントを選んで間に合うだろうか?
いや、それはもう間に合わせなくちゃいけない。
とりあえず今ここですべきは、早く選んでこの部屋から出ることだ。
またスキルの書を取って、限定スキルをゲットするか?
でも上位種のミミックは危険度A。『ベリアルの魔鎧』を装備している俺でも倒すのは無理。しょんぼり。
ん? あ、でもこいつら……。
俺はミミックたちを【解析】で詳しく調べる。
やはり、アイテムが魔物化したパターンだった。
そして、これは!
俺は目標をひとつに絞り、駆け足でとある宝箱に接近した。
腰を落とし、身構えて、その宝箱に手を伸ばす。
アイテムが魔物化したものならば、【聖】属性や相克する属性を強化スロットにぶちこめばアイテムに戻るかも。
それで倒したことになるかどうかはわからない。中身がもらえない可能性もある。
が、俺が欲しいのは、この魔物本来の姿――元となったアイテムなのだ!
ぴかっと宝箱が光り、上部が開いた。同時に周囲の宝箱が姿を消す。
開いた宝箱の中は真っ黒で、でもぎらついた瞳が二つ、俺を見据えた。
冷気に身震いしつつも、素早く強化開始。
三つあるスロットに思いついた属性をぶちこんでいく。
ぐぎゃーと苦しむミミックさん。
でもアイテム化しないので、強化を解除して新たなパターンを試していく。
そして、【聖】をひとつ、【火】を二つフルチャージさせると。
宝箱が光を失い、沈黙した。
俺が相手をしていたのは『ひんやりミミック』。
で、その正体はといえば。
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名称:ひんやりボックス
属性:水
S1:◇◇◇◇◇
S2:◇◇◇◇◇
S3:◇◇◇◇◇
HP:350/350
性能:C
強度:C-
魔効:C
【特殊】
冷温維持
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中身を低温に保つ特殊効果『冷温維持』を持っている。これ、すなわち冷蔵庫! 手間暇いらずの優れものだ。
俺は『ひんやりボックス』を抱える。
こいつの中に『【調合】の書』はなかった。落ちてもいない。
それはいいとして、実はこのアイテム、強化すると進化して特殊効果が『冷凍』になり、中身を凍らせることができるようになる。
できればもうひとつ手に入れて、冷蔵と冷凍をそろえたかったなあ。
でも『くじ引きルーム』への挑戦権は一人一回のみ。欲張っても仕方がない。
俺はホクホク顔(兜で顔は見えない)で『くじ引きルーム』を後にした――。
「リィル、推薦合格おめでとう。これは俺からの合格祝いだ」
俺が見た目はまんま宝箱な『真・冷蔵庫』を渡すと、
「ありがとう! アリトお兄ちゃん!」
リィルは飛び跳ねて喜んでいた。
「これでお野菜が傷まなくて済むし、冷え冷えのミルクが飲めるよ!」
本当なら家族で使うものではなく、リィル個人が使うものにしたかったけど、これだけ喜んでくれてるならいいかな。
「わたくしからは、こちらを」
で、セイラさんが持ち上げたのは、見た目まんま宝箱の『かちこちボックス』。
これ、『ひんやりボックス』を【水】と【闇】で強化してできたもので、『冷凍』が可能。
実は、俺が宝箱を抱えて『くじ引きルーム』から出てきたとき小声で顛末を説明したのだが、続いて『くじ引きルーム』に入ったセイラさんは、なぜか俺と同じく『ひんやりボックス』を抱えて出てきたのだ。
曰く、『慌てて浄化したらアイテムに戻りました』とのこと。
浄化ってそんなこともできるのかと感心するとともに、アタリを引き当てた強運にも舌を巻く。
「セイラお姉ちゃん、ありがとう!」
てなわけで。
クオリスさんとダルクさんも招き、この日は夜遅くまで楽しく過ごしたのだった――。





