29◆たまに休めば幸せ気分
街の北門からすこし離れた通り沿い。
『レグナム道具店』という中規模のアイテムショップを俺は訪れた。
裏口から入り、工房の壁際に置かれた大きなテーブルにガラス瓶を並べていく。『異次元ポーチ』からぞろぞろ並べた数はちょうど100個だ。
椅子に座り、ぼんやり待つ。
お昼間際だというのに、空腹よりも眠気が襲ってきて、俺はうつらうつらし始めた。
と、そこへ。
「よう、あんちゃん。待たせたな」
野太い声に目を向けると、2メートル近い大男が俺を見下ろしていた。
つるつる頭と右目の眼帯。筋骨隆々の男はしかし、このアイテムショップの店員――名前はガイルさん。巨躯には小さなエプロンがちょっと可愛い。
そして耳が長い、エルフ族だった。
「チェック終わったぜ。全部合格だ。ホント仕事早いよなあ、あんちゃんはよ」
ニカッと笑う大男に、俺も笑みを返す。
年齢はたしか37歳だったはずだけど、もっと若く見えるな。すくなくとも前の人生での俺は、同じ歳頃でも肌はボロボロだった。
「またいくらでも持ってきてくれよな。今じゃこの店の一番人気商品だからよ」
俺は今日この店に、『自動回復薬』と、その上位の『自動大回復薬』を卸しに来た。【混沌】属性を付与した新アイテムで、今のところ俺以外には作れないレアアイテムだ。
飲むと、HPが一定量減ったところで自動的にHPを回復する状態を付与する。
ふっふっふ。
この二週間ほどで、俺の貯金は2千万ギリーを超えた。
新アイテム様様だ。
これまでいくつ作ったか忘れるほど強化しまくり、『レグナム道具店』に卸して稼いでいた。
「そら、支払いだ」
ガイルさんが『ギリカ』を差し出されたので、俺はポケットから自分の『ギリカ』を取り出す。
「おっと……」
うまくつかめず、カードを落としてしまった。
俺が拾うより速く、ガイルさんが巨躯を折り曲げて拾ってくれた。
「あんちゃん、どうしたよ? チェックを待ってる間も眠そうにしてたしよ」
「へ? そう、でしたっけ?」
「大丈夫かよ? ここんとこ大量に『自動回復薬』を持ってきてくれっけど、無理してんじゃねえか?」
「そんなこと、ありませんよ」
たしかに量は半端ないけど、アイテム強化は楽しい。しかも直接お金になるから、まったくもって苦に感じなかった。
ガイルさんが俺の前に椅子を持ってきて腰かけた。
「ちょっとペース落としたほうがいいんじゃねえか? さっきは『いくらでも持ってこい』っつったけどよ、売り上げは落ち着いてきてるし、急ぐ必要はねえんだ」
「そうなんですか?」
「最初は物珍しさもあって、棚に並べた端から売れてたけどよ。ここ二、三日は売り捌くのにちょいと時間がかかってんだ。ま、それでも完売するけどな。けど『回復薬』と同じ効果でも割高だし、使いどころは吟味してんだろうな」
なるほどなあ。
今までは需要が大きく上回っていたけど、これからは供給過剰に気をつけないとだな。値崩れしたら大変だ。
だったらペースを落とそうそうしよう、と考える単純な俺。
「どのみち体を壊しちゃ意味がねえ。なんたって、あんちゃんはカタリナの恩人だからな」
実はこのおじさん、リィルのご学友であるところのカタリナちゃんのお父様である。
見た目どおり肉弾戦が得意な元Aランク冒険者で、引退して母国で道具屋を営んでいたが、カタリナちゃんが冒険者学園の入学を目指したので、この街へ引っ越してきたのだとか。
で、今はこの店に住み込みで働いている。
父一人、子一人ではあるが、カタリナちゃんは寄宿舎に入っていて別々に暮らしていた。
「カタリナちゃんの調子はどうですか?」
「あんちゃんのおかげで成績もぐんぐん伸びてるってよ」
「いや、俺は何も……」
最初のアドバイスと『自動回復薬』はたしかに俺の手柄かもしれないけど、以降はほとんど何もしていない。
「なに言ってんだよ。大剣使いの姉ちゃんを紹介してくれたじゃねえか」
ダルクさんのことだ。
俺は冒険者としてはパッとしなかったから、あれから戦い方のアドバイスを求められて困った挙句、ダルクさんに相談したら快諾してくれたのだ。
同じような大型武器を扱っているから、きっとカタリナちゃんの力になると思って。
「もともとカタリナちゃんは素質があったんですよ」
ダルクさんの言葉だけど、俺もそう思う。教えているところをちょっと見たけど、吸収がめちゃくちゃ早いのだ。
「そりゃお前、オレの娘だからなあ」
がっはっは、と嬉しそうなガイルさん。
「言っとくが、手ぇ出したらあんちゃんでもタダじゃおかねえからな」
釘を刺すのも忘れない、と思ったら。
「ま、子作りできる体にはすぐなんだろ。そしたら自由に口説いてくれて構わねえぞ?」
またもがっはっは、と豪快に笑う奔放なお父さんに別れを告げ、俺は家路に着いた。
帰り道。
指摘されて意識してみると、なんだか頭がぼーとする。
ステータスをチェックして驚いた。
HPが半分に減っていて、【状態】のところに、『過労+』とあったのだ。
体調なんていつでもチェックできると確認をおろそかにしていた。
冒険者時代は荷物持ちでも疲労は大敵だから細目にチェックしてたんだけど、油断してたなあ。
朝は食欲もあって、元気いっぱいだと思ってたのに……。
『過労』は『疲労』の上位状態で、毒とか呪いとかと違い、『状態異常』には該当しない。たとえば『自動回復』みたいな、ほとんどの場合はプラス効果のある状態付与扱いだ。
だから薬や魔法での回復手段がない。
神様レベルな加護があれば軽減はできるけど、ゆっくり休む以外に方法がないのだ。放っておくと他の病気を引き起こしたりする。
特に『過労』はHPの減少も伴うので、気づかぬうちにぽっくり逝くこともあった。
今回は『過労+』でもあるし、完全復活には数日かかる。帰ったら店を閉めて寝てしまおう。
重い体を引きずり、店に到着する。
「あ、お帰りなさい、アリトさん」
カウンターの向こうに、店番を頼んでいたセイラさんがいた。お客さんなんて来ないけど、と考えてはいけない。
「って、なんだか顔色が悪いですよ?」
心配そうに寄ってきたので、これこれと事情を説明する。
「大変じゃないですか! すぐ横になってください」
セイラさんは慌てて俺に肩を貸し、三階へと運んでくれた。
ベッドに横たえられ、しばらく待っていてと言われたのでぼんやりしていた。
で、しばらくすると。
「お待たせしました」
セイラさんは盆の上にお椀を乗せて運んできた。
机の上に一度お盆を置き、俺を抱き起すと、お椀とスプーンを持ってベッドに腰かける。
お椀の中身はお粥だった。
卵入りで、薄黄金色にきらめいている。ほかほかと立ち昇る湯気に食欲をそそる匂いが混ざっていた。
「もうお昼ですからね。食欲はないかもしれませんが、すこしでもお腹に入れておいたほうがよいと思います」
スプーンでお椀の中身をすくって「ふー、ふー」と可愛らしく息を吹きかける。
「はい、どうぞ」
「あの、自分で食べられますので」
「遠慮なさらないでください。今はお椀を持つ体力も温存すべきです。はい、あーーん」
スプーンの先がずずいと俺の口元へ差し出される。
正直、気恥ずかしい。
でも美少女に『あーん』されるなんて、四度目の人生にして初体験。ドキドキが止まらないっ。
「あ、あー……ん」
口の中が、ちょうどよく冷まされたお粥で満たされる。
塩気が甘味を引き立て、唾液が止まらぬ美味しさ。これだけで疲れが吹っ飛びそうだ。
食欲はまったくなかったはずなのに、けっきょくぺろりと平らげてしまった。
食事が済むと、俺はまたも横たえられた。
しなやかな手で頭を撫でられ、俺は幸せの極致の中、眠りにつくのだった――。
――どのくらい眠っていただろう?
なんだか寝苦しくなって、覚醒してきた。温かい。というより、暑い。じっとり汗をかいている。横に誰かがぴっとり寄り添っている感じを覚え、リィルが潜りこんできたのだろうかと、そちらに目を向けてみれば。
「またあんたかっ!」
クオリスさんが俺の横で寝てた。
「ゆっくり休んでずいぶんとよくなったようだのう」
目を閉じたまま、俺を抱きしめてそうおっしゃる。
たしかに頭はすっきりしている。
ステータスを見ると、あれえ? 完全復活まで数日を要する『過労+』が、ただの『疲労』にまで回復していた。
もぎゅっと抱きしめられながら、頭に疑問符を浮かべまくる俺。
と、今度はドアがいきなり開かれて、
「こんちゃーっす♪ 起きてるー?」
この声はダルクさんだ。
俺はクオリスさんを引きはがし、上体を起こした。
「アリトお兄ちゃん、大丈夫?」
ニコニコ顔のダルクさんの後ろから、リィルが心配そうに顔を覗かせる。
それはよいとして。
「お、おじゃましま、す……ッ!?」
「失礼いたしますわ――ってぇ!?」
カタリナちゃんに加え、なんとエリカ嬢までいるではないか。
二人は俺を見て、なぜか固まった。いや、理由は、うん、そうだね。俺を背後から抱きしめているエロいお姉さんに視線が集まっているから明らかだね。
「な、ななななんていやらしいっ! こんな破廉恥な方のお見舞いなんてごめんですわ!」
エリカは登場から10秒と経たずにいなくなってしまった。
ああ、お見舞いに来てくれたのか。てか、いつの間にリィルと仲良くなったんだ?
それにしても、なんだか悪いことをしたなあ。
「お、お兄さんって、お、おおお大人なんですね……」
カタリナちゃんまで何を口走っているのやら……。
「また潜りこんだのー? ま、今回は意味があるみたいだからいいけどさー」
ダルクさんは妙に納得した風で、
「リィルもよくお兄ちゃんのベッドにもぐりこむよ?」
リィルはあっけらかんと告白する。
「ふ、二人って、そういう、関係……だったんだ……」
「違うからね? リィルは寂しいときに一緒に寝るだけで、このお姉さんは俺をからかってるだけだから」
不満そうに何やら言いかけたクオリスさんを引きはがし、ベッドの端に腰かける。
「びっくりしたよー。疲労が溜まってたんだって?」とダルクさん。
「心配をおかけしました。だいぶよくなりましたよ」
「だからって無理しちゃダメだよ? 今日はコレでも食べて、ゆっくりしてなよ」
「これ、って……その手に持ってるやつですか?」
炭化一歩手前まで真っ黒に焼けた、トカゲのかたちそのまんまの串焼きだ。
「そ。赤トカゲの炭焼き。元気出るよー」
効果は精力増強。元気が出るのは体の一部だけのような?
「はい、あーん、して」
ダルクさんは串焼きを俺の口にあてがう。前のめりの姿勢なので、はだけた胸に深い深い谷間が……。
四度の人生で二度目となる、美少女による『あーん』体験。
「あ、あーーん……」
めちゃくちゃ苦かったが、とんでもなく美味しく感じる。不思議。
みんなには心配をかけてしまったけど、なんだか幸せな一日でした――。
でも、夜中までギンギンで眠れなかったんだけど? あのトカゲ、効き過ぎじゃないですかね?





