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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
97/125

5-24 助っ人を頼まれた日(その4)~その気ないから!~

 円ちゃんのほんの一瞬を切り取った記憶力が、もうすっかり解決したと思って忘れかかっていた事を俺に思い出させた。俺の脳裏に

  『今はこの件で私を問い詰めない方がベターだと思いませんか?』

という野太い声がフラッシュバックした。もちろん吉村さん本人もそうだと思う。

「そうですか。時々仕事で社長さんの所に来てますからね。」

「今度お見掛けしたらお声かけて良いですか?」

「はい、よろしくお願いします。」

「こちらこそですぅ!」

円ちゃんは満面の笑顔だ。どうなる事かと思ったが、流石は吉村さん、大人の応対だった。俺はまず立っている円ちゃんと明莉ちゃんを交互に見てから、その続きで見た振りをして左前に座っている加代をそっと見た。もちろんなるべく自然でアルカイックな微笑みで悟られない様に。・・・加代は笑顔だった。どうやら気付いてない様子でホッとした。

吉村さんが来てからのその後の話の展開は速かった。西田社長が、

 『(ナタプロとスタイルKとの)協力関係を今後更に強めたい。』

と言っていたから、何か強い契約を結ぶのかも知れない。

「誰かホワイトボードに書記してくれませんか?」と社長。

「はい、私が書きます。」と樋口さん。

こうして、10項目の決定事項が樋口さんによってホワイトボードに箇条書きされた。それは直ちにコピーになって関係者に配布された。申し合わせおよび決定事項は次の通りだ。


(1)スタイルKとナタプロは協力してビート・ストックのプレ・クリスマス・ライブを支援する。具体的には、『あかま』がボーカル(助っ人)、ハルさんとショウ君がMC補助と伴奏(可能であれば)。

(2)ライブの様子はスタイルKの別冊上で公開する。ビート・ストックは本件に同意する。

(3)必要経費はスタイルKとナタプロで均等に負担する。(ビート・ストックはギャラを要求しない。)

(4)『あかま』の正式ユニット名を早急に決定する。(小泉:プロデューサ会議を招集。今夜中!)

(5)ユニホームは間に合わない。ステージ衣装はスタイルKが提供する。(JK、DKの制服物:22日に確認)

(6)ロケバスはナタプロが手配する。当日の駐車許可を取る(樋口:武蔵野警察署)

(7)スタイルKは撮影スタッフ、スタイリスト、メークアップアーティストを出す。

(8)23日午前9時から12時まで高田馬場にて総合リハ。13時ロケバスにて吉祥寺に移動。

(9)久我高と池越学園の学外活動許可については、それぞれ吉村と小泉が早急に対応。

(10)全員の連絡のため、スタイルKのHP内に非公開掲示板スレッドを立てる。書き込みに連動してアクセスURL付き一斉メールを飛ばす。(スレッド名:natastak、パスワード:bstock)


「セットリストを遅くても8時には『natastak』に上げますから、あれば意見入れてください。」と木村先輩。

「よろしく頼みます。」と小泉さん。

「それでは、明後日9時、高田馬場集合よろしくお願いします。」

その場に居た全員が顔を見合わせて互いに合意を確認した。

『了解しましたぁー!』

全員ほぼ同じ掛け声を発した。西田社長がいつもの笑顔で小泉さんを見たので、小泉さんが

「ではこれで今日の打ち合わせはお開きにしましょう。」

とその場をくくった。吉村さんが立ち上がって、姉ちゃんと俺を見て、

「春香さん、翔太君、私はこれから西田社長と契約関連の打ち合わせをして帰ります。明日はいつもより少し早いですけどよろしくお願いします。」

『はい。』

姉ちゃんと俺はハモった。それに合わせる様に、大人たちは雑談しながらぞろぞろと会議室を出て行った。つまり、4時半過ぎ解散となった。


 会議コーナーA-1には、木村先輩とヨッコ先輩と『あかま』の3人と姉ちゃんと俺の7人がなんとなく残った。みんなホッとして心地よい脱力感を味わっていた様な気がする。少なくとも俺はそうだった。ヨッコ先輩が奥のローテーブルの紙コップを重ねながら、

「マサシ、高田馬場に戻るんでしょ?」

「そうだね。ヨッコも来るかい?」

「ううん、私は帰るわ! 明日からだから。」

「そうだね。仕上げの追い込みだったね。」

「うん。」

「じゃあ、送るよ。」

「ありがとう。そうしてくれる?」

「うん。」

姉ちゃんと俺は木村先輩とヨッコ先輩の優しい会話に聞き惚れて、たぶん2人に見とれていたと思う。すると、ヨッコ先輩が俺達を見て、

「それじゃ、私達、お先に失礼するわ!」

そう言って積み重ねた紙コップを俺に差し出した。俺はそれを受け取りながら、

「そうですか。今日はお疲れ様でした。」

「中西達もな。」

そう言って微笑みかけたヨッコ先輩は、なんか達成感をにじませた優しい笑顔だった。俺は久しぶりに先輩のその笑顔を拝む事が出来たと思う。

「みなさん、有難うございました。明後日、よろしくお願いします。」と木村先輩。

『ハイ!』

木村先輩とヨッコ先輩は寄り添うようにして先に帰った。そこに居た全員が木村先輩から流れ出す優しいオーラに浸った。

「師匠よりも優しい雰囲気の男の人が居るんですねぇ。」

「ああ、凄いだろ! 男の俺もなんかホンワカするから。」

「師匠も大学生になる頃にはあんなになるんですか?」

「そうなりたいと思ってるけど、なかなか。」

「まあ、無理だろうな!」と加代。

「な、なんでだよ!」

「優しさにも色々有るからね。翔太のは木村先輩のとチョッと違うから。」

「うん。翔ちゃんの優しさは翔ちゃん特有で良いと思うわ!」

「なんだよそれ。」

「翔ちゃんがいくら木村先輩を追いかけても木村先輩にはなれないと思うの。」

「まあ、そうだね。てか、俺にばっかそう言うの求めないでくれ!」

「最初っから求めてなんか無い。けど、お前は押し付けてくるからナ。」

「けど、加代はそれ期待してんだろ!」

「ウザ! 勝手にしろ!」

「ああ、そうさせてもらう。」

そう言って姉ちゃんを見ると、あきれ顔で微笑んでいた。


 全員でテーブルの上を片付けて掃除しているところへ小泉さんと樋口さんが入って来た。

「えーっと、『あかま』の正式ユニット名なんだけど、良い名前ありませんか?」

「今夜決まるんですよね。」と円。

「そうです。今夜10時からプロデューサ会議です。それまでに候補名を考えませんと。」

「なんか、元気が出て、未来が開ける様なのが良いわ!」と明莉。

「未来を開くあかま?」と俺。

「やだー!」

「ちょっと場所を変えて考えてみては如何でしょう?」と樋口さん。

「なるほど、良いねえ、何処にする?」

「1階の喫茶店はどうですか?」と俺。

「それじゃあ、10分後1階に集合しましょう。」

小泉さんと樋口さんはそう言って出て行った。2人を見送って、片付けを再開して、その手を動かしながら、加代が姉ちゃんと俺に言った。

「丁度良い。後で翔ちゃんとハルちゃんに相談が有るの。魅感の事で。」

「わかったわ。」

「ありがとう、ごめんね。」


 約10分後、小泉さんと『あかま』の3人と姉ちゃんと俺は1階の喫茶店に集合した。この喫茶店は完全禁煙なので息苦しく無くて助かる。店には外が良く見える2人掛けと4人掛けの席の列と、外が見えない少し奥まった場所に6人掛けの席がいくつか有る。その奥の席の1つに座った。奥側に明莉、円、そして小泉さん、その向かい側に、加代、姉ちゃん、俺だ。円ちゃんの後ろの壁には、良くあるタイプのヨーロッパの入り江の風景画が掛けてある。そしてその絵に似合う静かな弦楽器の室内楽が流れていた。

「樋口さんは来ないんですか?」と俺。

「ああ、事務手続きの書類を準備してくれているから。」

「そうですか。」

小泉さんは全員を見渡して、

「全員イチゴショートの紅茶セットで良いか?」

どうやら奢って貰える様だ。

『はーい!』全員ハモった。

「じゃあ、私が注文するわ!」

そう言うと、加代は左手を上げてウエイターさんを呼んだ。

「イチゴショートで紅茶セットを6つ下さい。」

「あ、5つで良いです。1つはコーヒーにしてください。」と小泉さん。

「紅茶セットを5つとコーヒーですね。しばらくお待ちください。」

ウエイターさんが去ると、円ちゃんが加代に迫った。

「加代さん、前から気になってたんですけどぉ、彼氏さん居ますよね。」

「なんで?」

「そのリングですぅ!」

「あ、これ?」

加代が左手を上げて甲を皆に見せると、薬指のサファイヤが青い光を放った。

「はい、それですぅ!」

「これは護身と幸運の青い宝石よ!」

「へえ~、何処で手に入るんですかぁ?」

「残念だけど、もう売ってないわ! これね、翔ちゃんに買って貰ったの。良いでしょ!」

「ええ~!」

「ほら、ハルカもしてるよ!」

姉ちゃんもそおーっと手を上げた。微笑んでいた。

「本当だぁー、それもショウさんに?」

「うん。」

「でも青く無いですよぉ。」

「4月だから。」

「あ、ダイヤだ。」

「そうね。」

「じゃあ加代さんは・・・」

「9月よ!」

「いいなあ! 誕生石。」

円ちゃんがそう言うと、明莉と円の2人は俺を見詰めた。俺は突然話題の中心に引きずり込まれた。

「ん?」

「ジーッ!」

「あのねえ、まあ色々ドラマが有って、結果的にこうなったんだから。」

「私も師匠とドラマをしたいですぅ!」

「あら、今度は私の番よ!」と円。

「どうして?」

「明莉はタレント生命をかけて師弟関係のドラマしたじゃん!」

「でも、リング貰うまでは行ってないわ!」

「私、師弟関係はおまけで良いですから、護身と幸運のリング先に下さい。誕生日2月ですぅ!」

「あぁー、だったら私にもお願いしますぅ。5月ですぅ!」

「おお、面白い展開になって来た。サイズも言っとけ!」と加代。

「あ、それなら2人共13号ですぅ。」と円。

その時、隣に座っていた姉ちゃんが俺の膝にそっと手を置いた。俺は加代を見るふりをして姉ちゃんを見た。大きな瞳が心配してくれてるのが判った。

「だから、俺はドラマとか、その気無いから!」

「残念ですぅ~」

「・・・勘弁してくれよ!」


 『お待たせしました。』

ウエイトレスさんがワゴンを押して来て、イチゴショートのティーセットとコーヒーが配られた。ティーはサーバーに入っていて、どうやらもう1杯お代わり出来そうだ。

 『以上で宜しいでしょうか?』

「はい。」と加代。

 『それではごゆっくり。』

ウエイトレスさんが去ると、小泉さんが早速本題を切り出した。

「良いユニット名はありませんか?」

「わたし達、前から夢が有る名前が良いって言ってましたぁ。」と明莉。

「そうでしたね。」

「3人だから、トライアングル・ドリームってどう?」と円。

「えぇー、なんか角張ってない?」

「そっか。三角は鋭角のイメージが有るわね。」と加代。

「じゃあ、アングルを取って、トライ・ドリームってのは?」と明莉。

「夢に挑戦かぁ、それ良いかも。」

「そっち行っちゃいますかぁ?」

「それでは『トライ・ドリーム』を候補の1つに加えましょう。」と小泉さん。

「他に無い?」と加代。

こうして6人は30分位『あかま』の正式ユニット名を考えた。ケーキを食べてお茶を飲みながら。俺はなんかリングの件が気になって集中してなかったと思う。もっとも、最終的にはプロデューサ会議で決めるのだから、既にプロが考えた案が有るに違いないと思う。まあこれは『あかま』の3人にも意見を聞いたというガス抜きの様な物かも知れないと俺は勝手な分析をしていた。

「翔ちゃん、なんか物静かだけど、まじめに考えてくれてる?」と加代。

「あ、うん。」

「何かアイデア有りませんか?」と小泉さん。

俺は深く考えた訳ではないが、思わず思った通りを口に出してしまった。

「なんとなく動きがある名前が良いような気がします。」

「例えば?」と加代。

「夢がある名前だと、ドリカムって『実現する』っていう動きがある感じだよね。」

「だから、その答えは具体的に?」

「それにスマホのお気軽なイメージを重ねてはどうかな!」

「だからどうなのよ!」

加代はちょっとイラついている。

「うん。まあ。」

「翔ちゃん。ギャグじゃないんだよね!」

姉ちゃんが心配そうだ。

「いや、まあギャグとは違うけど。」

皆が俺を見詰めた。

「えっと・・・『スワイプ・イン・ドリーム』ってどう?」

「スワイプ・イン・ドリーム?」と明莉。

「良いかも。てか、それ良い!」と加代。

「イニシャルにすると『SiD』つまり、『シド』よね。」と姉ちゃん。

「うん。SiDは悪くない略称になるよね。あのゲームにも登場するし。」

「翔ちゃんらしいわ!」

「えぇー、SiDってどういう意味ですか?」と円。

「俺的には、かなり自己主張しているイメージなんだ。」

「はて?・・・」

「スペシャル・アイデンティティー・・・みたいな。」

「それ、なんか存在感ありますぅ。」

いつの間にか姉ちゃんがスマホを覗き込んでいる。

「ネットだと、SiDはセキュリティー・アイデンティファイヤーとかヒットするわね。」

「なんか特別な感じもしますぅ。」

「私も気に入りました。『スワイプ・イン・ドリーム』を第1候補にしましょう。」と小泉さん。

「すごーい! ショウさんが名付け親だぁ!」と円。

「いやいやいや。1候補でお願いします。」

そう言って小泉さんを見ると、もうそれに決めたって顔をして嬉しそうだった。

「それじゃあ、ユニット名も候補が出ましたし、今日はこれで解散にしましょうか。」

「はぁい!」と円。

「お腹すきましたしィ!」と明莉。


 小泉さんはユニット名の提案書を作ってプロデューサ会議に提出するためナタプロに戻り、明莉ちゃんと円ちゃんは2人仲良く寮に帰った。加代と姉ちゃんと俺は小泉さんの好意でタクシーで帰る事になった。タクシーは5分程で来た。俺が助手席に、姉ちゃんと加代が後部座席に乗った。タクシーが発車してしばらくは今日の話題で盛り上がっていたが、もうすぐ久我山と言う所で加代がすまなそうに言った。

「クリスマスイブは2人共忙しいか?」

「イブって、24日?」

「うん。」

「特に予定は無いんだけど、彩香と遊んでやらないと。」

「そっか。じゃあ断るしかないな。」

「どうしたの?」

「うん。まあ忘れてくれ!」

「そうは行かないよ。何かあるんだろ?」

「良いよ!」

「何言ってんだ、俺達仲間だろ!」

「そうよ加代ちゃん、私達遠慮なんかお互い似合わないわ!」

「じゃあ、言うけど、無理にじゃ無いから。」

「ああ、わかったから。」

「久我山坂上商店会の広場のクリスマスの客引きイベントに出演頼まれてるの。父さんが。」

「それは『あかま』?」

「流石にそれは無理だから、魅感でなんとかと思ってたの。」

俺は体をねじって後部座席を見た。加代は諦め顔だが、姉ちゃんは穏やかな顔だ。

「頼まれてるのは何時頃かしら?」

「夕方4時から5時。」

「ねえ、翔ちゃん、彩ちゃんを私達のステージに招待しようよ!」

「そう来ると思った。」

「彩ちゃんに見せた事無いよね。」

「そうだね。」

「いっそステージに上げちゃおか!」

「そうだね。それ良いアイデアだ。それでステージ終わってから遊んでやろう。」

「じゃあ、良いのか?」

「もちろん。その代わり、お邪魔虫の相手も頼む事になるけど。」

「彩ちゃんなら大歓迎だわ!」

「じゃあそうしよう。」

「ありがとうハルちゃん翔ちゃん。」

「何言ってんだ! 久しぶりの魅感のステージじゃん。頑張ろうぜ!」

「うん。」

「じゃあ、すまないけど、マスターに学校に出す外活願いにサインして貰わないとね。」

「ああ、それなら父さんに手続きしてもらうから。」

「田中親子の手続きかぁ・・・なんか一抹の不安が有るけど、まあ任せるよ。」

「ああ、泥船に乗った積りで安心してくれ!」

「へいへい。」

タクシーの運転手さんが思わず吹き出した。

  『皆さん仲良しなんですね。』

「あ、はい。同級生ですから。」

  『若いってのは良いですね!」

「はあ。」

タクシーは間もなく久我山のエコーサウンド前に到着した。加代は嬉しそうに微笑んで、

「それじゃあ、お休み! 明日もよろしくな!」

と言ってタクシーを降りた。それに合わせて俺も降りて、後部座席に乗り換えた。そして加代とハイタッチをして、

「今日はお疲れ、ほんで、お休み!」

「おやすみハルちゃん!」

「うん、お休み加代ちゃん!」


 タクシーはすぐに発車した。そして、同時に当然だが重要な運転手さんの質問が来た。

  『どちらに行きましょうか?』

俺は即答した。

「吉祥寺のサンロードにお願いできますか?」

「えっ? 翔ちゃんどうして?」

  『チケットですから何処へでも行きます。大通りで良いですか? バスターミナルには入れませんから。』

「できれは新道の横断歩道が良いのですが。」

  『わかりました。』

「どうするの? 翔ちゃん。」

「ごめん、悪いけど、ちょっと付き合ってくれる?」

「良いけど、何をする気?」

俺は微笑んで姉ちゃんを見詰めて、運転手さんに気付かれないようにそっと姉ちゃんの手を握った。

「うん、ちょっと。」

ルームミラー越しに見えた運転手さんの顔が微笑んでいた。ひょっとしたらなんか勘違いされてたかも知れない。つまり、姉ちゃんと俺はタクシーで吉祥寺に向かった。

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