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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
96/125

5-23 助っ人を頼まれた日(その3)~お見掛けしましたぁ~

 5分も待たなかったと思う。形容詞として声に出すと叱られるかも知れないが、西田社長が例の『狸っぽい』柔和な笑顔で入って来た。社長の後から樋口さんも入って来た。両手で白い厚紙の明らかに甘口の菓子が入ってそうな箱を大事そうに持っている。

「お待たせしました。おや、みんな揃ってるんですね。」と社長。

小泉さんが中腰立ちになって少し奥に移動したのを見て、社長は奥の応接セットの3人掛けの真ん中の席の前に立った。当然だが、対面の木村先輩とヨッコ先輩は立ち上がって軽くお辞儀をした。社長がゆっくりと何か喋ろうとしたまさにその時、入り口近くに居た樋口さんが『あかま』の3人に向かって、

「社長に大判焼きを頂きました。」

「本当ですかぁ! 有難うございますぅ!」と明莉。

「さすがぁ社長さんですぅ!」と円。

社長は喉まで出かかった言葉を飲み込まざるを得なかった。

「円ちゃんは半分にしといた方が良いかな!」と加代。

「えぇ~、やっぱりィ~!」

「はいはい、それじゃ、お話が1段落したらお茶を入れ直しましょう。」と樋口さん。

そう言って菓子箱を明莉ちゃんに渡して社長の横に移動して座った。その様子を笑顔で見ていた社長が、小泉さんに向かって、

「えーと、小泉君。」

「はい。こちらは高田馬場の学生さんで木村君です。」

「木村将司と言います。」

「社長の西田と言います。・・・隣のお嬢さんは?」

「横山頼子と言います。」

「あ、俺の放送部つまり部活の先輩です。久我高の3年生です。」

「えーっと、つまり?」

「木村さんの彼女さんですぅ!」と円。

「そうですか。どうぞお掛けください。」

俺は社長が変な誤解をすると困ると思ったので、3人が座ったタイミングで解説を付け加えた。

「つまり、木村先輩に頼まれた横山先輩に頼まれて、俺が加代ちゃんに助っ人のお願いしに来ました。」

「なるほど、そうでしたか。・・・それで小泉君、どうなりましたか?」

「23日の2時から4時までこちらの木村君の学生バンドの、えーっと・・・バンド名は?」

「ビート・ストックです。」と木村先輩。

「そう、そのビート・ストックのボーカルの助っ人として『あかま』をステージに上げようかと。」

「場所は何処でしたっけ?」

「JR吉祥寺駅北口広場のプレ・クリスマス・コンサートです。」

「そうですか・・・そうですね。そろそろそういう場所での度胸試しも良いですね。」

「はい、良い機会かと。」

「ところで、ビート・ストックさんの腕前の程は?」

「それは私が保証します。大熊キャンパスの霜月祭で何曲か聞きました。」

「俺も保証します。軽音OB定期演奏会のPAの補助をしました。」

「そうですか。お2人がそう言うなら間違いないですね。」

少し沈黙が流れた。そして、その間に西田社長は決断を下した。

「まだ色々経験不足ですから、サポート体制をシッカリしてください。」

「はい。」

「確か実行委員会は武蔵野市のイベント係でしたね。」

「そうです。」

「では、そちらは私からお願いしておきます。」

「有難うございます。」

「くれぐれも、ビート・ストックさんのステージをうちが乗っ取ったみたいな事にならない様に、小泉くんは木村さんと良く打ち合わせてください。」

「助けて頂いたのは僕等の方ですから。」と木村先輩。

社長は木村先輩を見て微笑んで、

「すみませんが、あくまでも『助っ人出演』と云う事にして頂きませんと。まだ正式にデビューしている訳ではありませんから。」

「どういう事ですか?」

「いわゆる売り出し前の(業界の)『大人の事情』です。」

社長は木村先輩とヨッコ先輩を交互に見て了解を得るように微笑んだ。そして、木村先輩の表情を確認してから、にこやかに俺の方を見た。


 俺はどんな無茶な話題が振られるのかと少し身構えて社長を見た。いつもの『狸っぽい』笑顔だった。西田社長というキャラはこの笑顔から真綿にくるまった殺人兵器を繰り出すタイプの様な気がする。

「ショウ君とハルさんも助っ人ですか?」

「いいえ、『あかま』が助っ人になるなら、俺達の出番は無いと思います。」

社長の表情が少し曇った。俺は遠慮したつもりだったが、社長には別の目論見がある様だ。なんか、業界人の本性が見えたような気がした。

「ですが、彼女達のデビューにはお2人の力をお借りする契約になりますからねぇ。」

「それはつまり、どういう事ですか?」

「デビューの前の活動にもスタイルKさんとの協力関係があった方が良い様に思われます。」

「なるほど。そうですね。」

「まあ、うちとスタイルKさんとの調整になりますかね。」

「えっと、俺はどうすれば?」

「今日はこれからまだ時間は大丈夫ですか?」

俺は時計をちらっと見た。まだ1時半前だった。俺は姉ちゃんの顔を見た。姉ちゃんは大きな瞳でOKの意思を示している。

「大丈夫です。」

俺の返事を聞くとすぐ、社長は木村先輩に向いて、

「木村さんも大丈夫ですか?」

「はい。」

「小泉君、吉村さんに連絡は取れませんか? 出来ればおいで頂きたいと。」

「分りました。連絡します。」

小泉さんは立ち上がって、打合せコーナーから出て行った。

「ショウ君とハルさん、すみませんが、ステージで『あかま』を紹介して頂けませんか?」

「そういうの、した事が無いんですけど、どうしてですか?」

「つまり、木村さんとショウ君が知り合いで、ショウ君と『あかま』の加代ちゃんが同級生なので、ショウ君が仲を取り持ったという説明です。」

「なるほど、そうですか。でも、木村先輩と加代ちゃんとは、木村先輩と俺が知り合うより先に既に知り合いでしたが。」

「まあそうかも知れませんが、会場の人にはその場で簡単に納得できる説明にしませんと。」

「そういう事ですか。」

「ご無理をお願いして申し訳ない。」

「それ位お安い御用です。時期を別にすれば、嘘ではありませんし。」

「ありがとう。流石はショウ君だ。」

「そんな事無いです。」

「若い人達のネットワークで実現した助っ人出演というのが話の流れとしては良いですからね。」

俺はそれを聞いて木村先輩と加代に同意と言うか確認を求めた。

「木村先輩、良いですか?」

「もちろん。」

「加代も良いかい?」

「うん。だって私たちが最初に知り合ったのはあの夜だもの、ほぼ同時だわ!」

「えぇー、なんか怪しぃ~い!」と円。

「加代、紛らわしい言い方すんなよ!」

「そうかしら。」

「久我高祭、あ、学園祭の後の放送部の打ち上げで知り合ったんだ。」

「そうだったわね。」とヨッコ先輩。

そこへ小泉さんが帰って来た。なんか上手くいったという感じの表情だった。

「どうでしたか?」と社長。

「はい、何でも今吉祥寺に居るそうで、仕事を片付けて、1時間ちょっと位で来れるそうです。」

「ほう、そうですか。それでは吉村さんの到着を待ちましょう。」

そう言うと、社長は樋口さんを見て皺くちゃの顔で微笑んだ。樋口さんはそれを待ってた様に、

「それじゃあ、大判焼き頂きましょうか・・・足りるかしら。」

「丁度10個でぇーす!」と明莉。

「あら、いつの間に! もう開けてたのね。」

「はぁい。」

「じゃあ私も1個良いですよね。」と円。

「その代わり3人共レッスンでしっかり汗かいてね。」と樋口さん。

『はあーい。』

樋口さんと『あかま』の3人と姉ちゃんがお茶を入れて大判焼きをティッシュに包む様に載せて配った。奥のテーブルではヨッコ先輩も給仕を手伝っていた。


 全員に新しいお茶と大判焼きが行き渡った。当然の流れだが、皆社長を見た。社長は例の笑みを一層深めて、なぜか俺に向かって、

「さあ、おあがりください。毒など入ってませんから。」

「では、遠慮なく頂きます。社長!」と俺。

『いただきまぁす。』

男共と明莉ちゃんと円ちゃんはかぶりついた。樋口さんとヨッコ先輩と加代と姉ちゃんはほぐす様にちぎって食べた。そして、奥の応接セットの組と手前の応接セットの組に分かれて雑談が始まった。まもなく隣に座っていた姉ちゃんが俺の耳元で囁くように、

「翔ちゃん、あんこ付いてる!」

「え、本当? 何処?」

それを見ていた明莉がティッシュの箱を差し出した。つまり明莉にもしっかり見られてた訳だ。

「師匠、ティッシュどうぞ!」

「あら明莉ちゃん、ありがとう。」

明莉が差し出したティッシュの箱から姉ちゃんが1枚取って俺の頬っぺのあんこを拭いた。その時姉ちゃんと俺の視線が重なった。優しく微笑んでいた。俺はありがとうの視線を返した。

「ああぁー、やっぱりハルさんはショウさんのお姉さんなんだぁ。」

「そうね。昔からね。」

「いいなあ、私もそういうのやってみたいですぅ!」

加代がちょっとイラッとしたように苦笑して言った。

「出来の悪い彼氏が出来たらやれるよ。」

「おい、加代、それどういう意味だよ!」

「まんま。」

加代は姉ちゃんと俺が仲良くするのが気に入らないのだろうか。それとも普通に俺を呆れ目線で見ているのだろうか・・・その時の言い方や表情からは判断が付かなかった。

「横山さん、木村さんもこんな感じ有りますか?」と円。

「残念だけど滅多に無いわ!」

「ほらみろ!」

とりあえずこの場は呆れ目線で見ているのだと判断した。なので、

「てへ!」と俺。

円ちゃんが何か思いついた様子で、ニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。

「あれ? 明莉も付いてる!」

「えぇー! どこぉ?」

「嘘プー!」

「ごらぁ!」

加代が前かがみになり、明莉が円の肩をたたいた。良いコンビネーションだった。ふと気が付くと、奥の応接セットの皆が俺達がジャレているのを見て苦笑していた。

「さあ、それを食べたら『あかま』はウオーミングアップと宿題の仕上げね。」

樋口さんの号令に『あかま』の3人がハモった。

『はあーい。』

 会議コーナーは2時から別の予約が入っていたが、樋口さんの調整でそのまま夜まで使える事になり、木村先輩、ヨッコ先輩、姉ちゃん、そして俺の4人は会議コーナーA-1に残って吉村さんの到着を待つことになった。大人たちが出て行って暫らくすると、ヨッコ先輩は奥の応接セットのローテーブルに問題集を出して受験勉強を始めた。木村先輩は対面からしばらくそれを覗き込んで時々何か教えていた様だが、やがてスマホでメールを打ち始めた。どうやらビート・ストックのメンバーに今までの話の流れを説明しているみたいだった。姉ちゃんと俺は皆が出て行ったので、入り口側の応接セットに並んで座った状態のまましばらくスマホでキノコ栽培のゲームをしたりネットで社会情勢を見たりしていたが、やがて2人共いつの間にか意識が冥界に散歩に出掛けた様だ。


 3時前、『あかま』が賑やかに入って来た。その声で目が覚めた。3人共レオタードを制服に着替えている。俺から見て左から明莉、加代、円の順で座った。要するに、『あかま』順だ。

「あれ? 振付のレッスンなんじゃないの?」

「それが、先生が来れないんだって!」と加代。

「事故?」

「じゃなくて、別の事務所のタレントさんのレッスンが押してるそうですぅ。」と円。

「新曲出すみたいよ!」と加代。

「いいなあ、うち等も早く出したいですぅ。」と明莉。

「じゃあ今日はこれでレッスン終了だね。」

「そうみたい。」と加代。

「吉村さんはまだかしら。」と姉ちゃん。

「遅れてんだね。」と俺。

「『あかま』の皆さん、すみませんが23日はよろしく頼みます。」と木村先輩。

「とんでもない。私達こそですぅ。」と円。

「すごーく楽しみですぅ。」と明莉。

「メンバーの皆もJKユニット大歓迎だって言ってますから。」

「嬉しいですぅ。」と円。

姉ちゃんと加代と俺はやる気満々の2人の笑顔を見て、顔を見合わせて微笑んだ。しばらく沈黙が流れた。俺は口を開けて居眠りをしていたのか、のどが渇いているのに気がついた。それで、お茶を入れようとポットを傾けたが・・・空だった。ちょっとガッカリした。それを明莉が見ていた。

「師匠、私お湯、汲んで来ます。」

「じゃあ私はお茶っ葉を入れ替えて来ます。」と円。

「ありがとう。」

俺がポットを明莉ちゃんに姉ちゃんが急須を円ちゃんに渡すと、2人はなんか歌を口ずさみながら出て行った。あの2人何だかんだと言いながら、仲がいいのが微笑ましい。

 しばらくして、明莉ちゃんがポットを持って入って来た。それに続いて円ちゃんも急須を持って入って来た。

「師匠、お待たせしました。」

「ありがとう。」

「木村先輩、ヨッコ先輩、お茶入れますけど。」と姉ちゃん。

「ありがとう。頼むわ!」

ヨッコ先輩が紙コップを持って立とうとしたので、

「ヨッコ先輩は勉強続けて下さい。」

そう言って、俺は立ちあがって紙コップを受け取った。底をちらっと見ると両方共乾いていた。

「このコップ私のだっけ?」と加代。

「俺、こっちのテーブルのは触って無いから、出て行く前のままだよ。」

「なら良いね。」

明莉ちゃんがお湯を注いで、円ちゃんがお茶を入れた。木村先輩とヨッコ先輩の分を俺が運んでローテーブルに置こうとしてハッとした。

「あれ?、どっちが木村先輩のでしたっけ?」

「えっと・・・見かけ同じだね。」

「もう、翔ちゃんはぁ!」

「良いわよ、どっちでも。」とヨッコ先輩。

「そうすか? すみません。」

「えぇー、いいなあ、カレカノさん同士って!」と円。

「姉ちゃんと俺もどっちでも良いぜ!」と俺。

「やっぱりィ!」と明莉。

「まあ良いけど、翔ちゃんの台詞じゃないわね。」

「まあ、いつもの事だ!」と加代。

「へいへい、申し訳ない。」

みんな新しいお茶を飲んだ。俺は喉が渇いていたので、なんかホッコリした。両手で包む様に紙コップを持ってゆっくり味わった。


 そこへ西田社長、小泉さん、吉村さん、樋口さんが入って来た。ヨッコ先輩が立ち上がって問題集をスクールバックに片付けたので、それを合図にしたように皆が立ち上がった。

「えっと、どう座ろうかしら。」と樋口さん。

「私がそちらに行きますから、社長さんはここへどうぞ。」とヨッコ先輩。

「ああ、そこは吉村さんが良いですかね。」と社長。

「僕が奥に移動します。」と木村先輩。

結局、一番奥が木村先輩でその隣に吉村さん、その前の3人掛けに奥から小泉さん、社長、樋口さんが座り、俺が横山先輩に席を譲った。すると、姉ちゃんが立って、

「翔ちゃん、ここに座ると良いわ!」

「姉ちゃんはどうするの?」

「私の所に座ってください。」と円。

「いいわよ、円ちゃんはそのまそこに居て!」

そう言うと姉ちゃんは入り口奥の隅に置いてあった丸椅子を取って来て俺の横に置いて座った。

「私、もっと良い椅子を捜してきます。」と明莉。

「大丈夫、これで良いわ!」と姉ちゃん。

 全員が座ったのを見て、社長が話を始めた。

「吉村さんがこの中で知らないのは?」

「隣の青年とそちらのお嬢さんお2人です。」

「じゃあ、小泉君頼みます。」

「はい。左の青年が今回の助っ人話の木村君で、高田馬場の学生さんす。」

木村先輩は立ち上がって、お辞儀をしながら、

「初めまして、木村将司です。高田馬場でビート・ストックという学生バンドをやってます。」

吉村さんも立ち上がって、名刺を出して、

「スタイルKの営業の吉村です。思っていた通りの好青年ですね。」

木村先輩は名刺を受け取ってちらっと見た後、吉村さんと握手した。

「私をご存知なんですか?」

「そちらの横山さんと交際されてますよね。」

「あ、はあ。」

「以前に吉祥寺で中西君達と一緒にインディーズのディナーショーを見た事があるんです。そちらの田中さんがボーカルでした。」

「はあ。」

「その席で、確か高野君と言う翔太君の友達からそういう噂を伺いました。」

「あ、ヨッコ先輩の追い出し会です。」と俺。

「ああ、そうでしたか。その日の事ならヨッコから聞きました。」

吉村さんと木村先輩の話が1段落するのを待っていた小泉さんが『あかま』を紹介した。吉村さんが『あかま』の方を向くと、明莉ちゃんと円ちゃんが立ち上がった。

「スタイルKの吉村です。」

「植田明莉です。よろしくお願いします。」

「米田円です。よろしくお願いしますぅ。てか、吉村さんは確か10月頃6階のエレベータの所でお見掛けしましたぁ。スタイルKの人だったんですね。」

俺はかなり驚いた。俺だけでは無い。吉村さんと小泉さん、それからたぶん樋口さんも一瞬表情が強張った。社長もだと思うが、流石に表情を変えない。ニッコリ微笑んでいる。俺は内心焦った。ここで妙に沈黙の時間が続くのは極めてまずい。感が良い加代の事だから・・・。

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