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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
94/125

5-21 助っ人を頼まれた日(その1)~呼び捨ての関係~

 12月18日火曜日午後5時過ぎ、姉ちゃんと俺は2月号の飛び込み企画の撮影があるというので、御殿山の第2スタジオに入った。絵コンテによると、新色スクールバックの広告らしいが、実物が間に合わなかったらしく、青色見本クロマキのスクールバックを持って撮影だ。スタジオの奥で如何にもな制服に着替えて、メークして、廊下でスナップ撮りをした。教室ではスクールバックは机の横に掛けるので廊下での撮影の方が自然と言う事になったらしい。

「なんか最初の日思い出すね。」

「そうね。ここから始まったんだわ私達。」

「姉ちゃん可愛かった。」

「あら、今もでしょ・・・先輩!」

姉ちゃんは可愛く微笑んで俺を見詰めた。俺も微笑んで姉ちゃんを見詰めて右手を差し出した。

  『おいおいおい、良いぞ、いいぞ。 最高!』

「うん。てか、あの時より・・・」

「ありがとう。翔ちゃんも格好良かったよ!」

「今もだよね。」

「そう?」

「えぇー」

「冗談よ! でも翔ちゃんはあの時より大きくなったわ。」

俺が差し出した手を姉ちゃんが左手で掴んで曳き合った。

「そうだ姉ちゃん、俺とこれから小芝居をしないか?」

「どんな?」

「ある姉弟の禁断の恋物語。あの時は思っても無くて出来なかったから。」

俺は姉ちゃんの腰を左手で支えて、引き寄せて、互いに恋人同士の様な優しい視線を交わした。

  『おおぉ~、すごい。すごいぞ~!』

「そうね。それも良いわね。」

「なんか今は妙に簡単に演じられそうな気がするね。」

「うん。大好きになっちゃったからね。このお仕事。」

「仕事?・・・だね。」

  『おい、おいおい、良いねぇ、すごいぞ~』

山内さんは思った通り興奮気味になって、シャッターを押すスピードがまた1段速くなった。姉ちゃんが山内さんの方に振り返ってスクールバックを体の前にして両手で持ったので、俺が姉ちゃんを後ろから抱くように支えた。姉ちゃんは俺の右肩に頭を着ける様にして背中で凭れかかって俺を見上げた。俺は姉ちゃんの視線を受け取った。そして2人共優しく微笑んでから半カメラ目線だ。

  『おおぉ~すご~い! ・・・けど使えんよこれ!』

「やり過ぎた?」

「そうみたい。」


 その時、スタジオの入り口のドアが開いて、吉村さんと長谷さんがどうやら見学者を連れて入って来た様子だ。スポンサーの見学はまあ時々有る事だから、別に驚く事では無く、気にも留めなかった。俺はディスプレイに表示されている絵コンテに従って姉ちゃんの後ろに回り込んで、左手を重ね、右肩に右手を置いた。それを見た吉岡さんが指示棒で目線ポイントを示した。姉ちゃんと俺は1度見つめ合って呼吸を合わせて、指示ポイントに視線を移動した。

  『そう、それそれ、その優しさぁ・・・良いねぇ!』

姉ちゃんは廊下に置かれた鉢植か何かの草花を見詰めるように、両膝に両手を置いて、前屈みになって、首を傾げる。するとスクールバックが肩から滑り落ちて右ひざの横に移動した。

  『良いぞいいぞ! 完璧だぁ~!』

俺は姉ちゃんのスクールバックを拾い上げて、姉ちゃんの肩に掛け、そのまま右肩に手を置いて、それから吉岡さんが指示しているポイントにもう一度視線を移動した。その視線ポイントの延長に腕を組んだ西田社長の『感心した!』と言う様な皴皴の笑顔があった。姉ちゃんの肩に力が入るのがわかった。

「翔ちゃん、見て。」

「うん。西田社長だね。」

  『おいおい! 2人共、どこを見てるのかナ~ぁ!』

「わたしダメだわ!社長が気になる。」

「俺も。」

  『突然どうした! 何がどうなった?』

シャッター音が止まり、山内さんがファインダーから目を離してこっちを見た。困った顔をして左手首をダラリとしてレンズを下に向けた。俺は山内さん越しに西田社長に話しかけた。

「社長、どうされたんですか?」

「中西君、流石だね。ここが君たちのステージなんだね。」

山内さんはたぶん初めて聴く声に驚いて後ろを振り返った。つられるように吉岡さんも振り返った。俺は話を続けた。

「えっと・・・どうして社長がここに?」

山内さんは気持ちが邪魔されて不満だが仕方が無いという感じでカメラを左手に持ったまま立ち上がった。吉岡さんは調光ツマミを回して照明の輝度を落とした。撮影が中断するのを待ってた様に、長谷さんが号令をかけた。

「それじゃぁ、ご紹介と説明をしますから、皆さん集まってください。」

スナップチームの全員が廊下セットの中央付近に集まった。

「こちらの紳士は『中野タレントプロモーション』の西田社長です。」

俺的には紳士と言うよりどこにでも居そうな小父さんだ。

「初めまして、西田と言います。弊社の呼び名は『ナタプロ』の方が言い易いと思いますので、『ナタプロの西田』で結構です。」

長谷さんが続けた。

「先程、ナタプロさんとうち(スタイルK)のコラボの話がまとまりまして、今週中に契約締結という事になりました。」

「どんなコラボ?」と山内さん。

「春香ちゃんと翔太君がナタプロ所属のタレントさんを紹介する付録小冊子を作って、間に合えば2月号、遅くても4月号に入れる事になりました。」

「私から少し補足説明させていただきます。」と西田社長。

当然だが、そこに居たスタックは西田社長に注目した。

「え~っと、来年4月の予定で弊社から女子高校生3人組のユニットをデビューさせる事が弊社の午前中の会議で決まりまして、それは実を言うとそこに居る中西君のおかげでもあるのですが・・・」

皆が少し驚いた様子で俺を見た。俺はちょっとしたドヤ顔で照れ笑いをした。姉ちゃんは事情がわかっているので、誇らしげに微笑んだ。西田社長が話を続けた。

「その3人は、個人的に中西姉弟と仲が良いというのもあって、虫の良い話ですが、スタイルKさんのショウ君とハルさんの知名度をお借りして売り出させて頂こうかと考えた次第です。」

「それで、そのユニット紹介の小冊子を作る事になったわけです。」と長谷さん。

「帰ろうと思いましたら、丁度、中西姉弟が撮影中だと言うのを聞いて、見学させていただきました。たいへんお邪魔しました。」

そう言うと、西田社長は深くお辞儀をした。野崎さんが小さく拍手をしたのが切っ掛けで、皆がちょっとマバらな拍手をした。拍手が消滅する頃、長谷さんが姉ちゃんと俺を見て、

「ハルちゃん、翔ちゃん、撮影土曜日の午後になるんだけど大丈夫かしら。」

「元々3月号の予備で空けてありますから大丈夫です。良いよね、姉ちゃん。」

「たぶん。それに、何があっても『あかま』を優先してあげないとね。」

「うん。」

西田社長が嬉しそうに姉ちゃんと俺を見た。

「ありがとう。シヨウ君、ハルさん。正式なユニット名はそれまでに決めますから。」

いつもの様に、長谷さんが説明をまとめて締めくくった。

「それでは土曜日の午前中は3月号、午後からコラボの撮影をするという事で準備を進めさせていただきます。吉村さんよろしくお願いします。」

「了解しました。」

「それでは私はこれで失礼致します。大変お邪魔いたしました。有難うございました。」

そう言うと西田社長は長谷さんと吉村さんに前後を挟まれてスタジオから出てい行った。姉ちゃんと俺はもちろん、スタッフ全員がそれを見送った。

「翔太君、ナタプロのタレントさんと仲が良いのか?」と山内さん。

「あ、はい。1人が同級生で、まあ、色々ありまして。」

「それはひょっとして先月のあれか?」

「あ、まあ、それです。」

「そうか。じゃあ、むし返すのもあれだな。」

「有難うございます。」

「よーし、じゃあ後半の撮影再開しよう!」

『はい!』

スクールバックの撮影は結局6時過ぎまで続いた。タクシー券が出たのでタクシーで帰った。


家に着くと7時過ぎで、丁度親父も帰って来て、家族全員で夕飯になった。

「ナタプロの娘が居ないとなんか寂しいな。」と親父。

「そうね。良い娘だったわね、明莉ちゃん。」と母さん。

「加代ちゃんもそうだけど、何かに一生懸命な人って、すごいね。」と姉ちゃん。

「そうだね。」

「ところで、お前たちは何に一生懸命なんだ?」

「えーっと・・・何だろう?」

「サヤは字の勉強してるよ! 一生懸命だよ! 1年生もうすぐだから。」

「そうだね。偉いねサヤちゃんは。」と姉ちゃん。

「えへへ!」

「平凡なのも良いわよ!」と母さんのフォロー。

そう言えば、俺にはこれはと言う『一生懸命な』物が無いような気がする。俺はなんとなく姉ちゃんを見た。姉ちゃんは俺の視線を感じて、かなり迷惑そうな視線を返して来た。俺に答えろという事だろう。仕方が無い。

「まだ無い。だから大学に行くよ!」

「まあそうだな。たぶんお前達は何をやらせても人並みには出来るだろうな。」

「それはどうも。」

「いや、お父さん達もそうだから。いわゆる器用貧乏だ。逆に、跳び抜けた物が無い。」

「なるほど。」

「まあ、大器晩成って言うから、ゆっくり探せば良い。」

「うん、ありがとう親父。そうする。」


 その夜、10時過ぎ、俺が姉ちゃんの部屋に行くと、彩香が姉ちゃんのベッドで寝ていた。どうやら、姉ちゃんと一緒に風呂に入って、そのままここに来て、姉ちゃんに甘えていたのだろう。この1週間、明莉ちゃんに遠慮して、彩香なりに耐えていたのだと思う。

「サヤは寝ちゃったんだ。」

「うん。どうしてもここで寝たかったみたい。」

「明莉ちゃんから姉ちゃんを取り戻したいんじゃないか?」

「そうかもね。」

俺は彩香の可愛い寝顔を見て髪を撫でてから、部屋の真ん中に座った。

「翔ちゃん、そこ。」

「ん?」

姉ちゃんを見ると意味深な微笑みだった。

「そこ、明莉ちゃんのお布団が敷いてあった所よ!」

「そうか?」

俺はカーペットに腹ばいになった。

「ばか!」

「冗談だから・・・てか、姉ちゃんもじゃない?」

「どういう事?」

俺は起き上がってドヤ顔で、

「俺、明莉と師弟関係になったから。」

「それ、翔ちゃんが先生よね。」

「それが何か?」

「教え子に妄想しちゃ駄目よ!」

姉ちゃんはそう言って俺を睨んだ。

「へいへい。」

少し沈黙が流れた。そこへノックして母さんが入って来た。

「あら、やっぱり3人集まってるのね。」

「1週間ぶりに。」

母さんは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、彩香を連れて行くわ。」

「今夜はここで寝かせるわ! ストレス発散。」

「そう、じゃあお願い。 あなた達も早く寝なさい!」

『はーい。』

姉ちゃんと俺は母さんを見送った。また少し沈黙が流れた。


姉ちゃんが俺の右横に来て座った。

「ねえ、翔ちゃん。お父さん、心配なのかなあ? 私達の事。」

「なんで? たぶん細かい事には気付いてないと思うけど。」

姉ちゃんはあきれ顔で俺を睨んだ。

「そうじゃ無くて、この前も進路どうするかって言ってたし。」

「父親マニュアルがあるかどうか知らないけど、そろそろ自分で考えろって言いたいんだよ。」

「そうかしら。」

「まあ、もうすぐ高3だからじゃネ!」

「早い人はもう夢を目標に変えてるものね。」

「加代?」

俺が姉ちゃんを見ると、髪を梳かしながら、姉ちゃんも俺を見詰めていた。お互いに微笑んだ。ちょっと沈黙が流れた。

「俺はなりたいものとかまだ無いけど、守りたい大切な人はいる様な気がする。」

「それなら私にもいるわ!」

「誰?」

「そんなの、言えないよ。」

「何で?」

「恥ずいわ!」

「俺と一緒だね。」

「翔ちゃんは誰?」

「言えないよ。」

「何で?」

「だから・・・」

「ねえ、セーノで同時に言わない?」

「言ってみる?」

「うん。」

「じゃあ・・・セーノ」

『ね・しょ え・う ちゃん』

姉ちゃんと俺は少し赤くなって見つめ合った。まあ判っていたけど嬉しかった。だから、俺は姉ちゃんにかなり密着してお互いにハグした。そして約束のキスをした。

「じゃあ帰るよ。」

「ねえ、泊ってかない?」

俺は彩香をちらっと見て、

「それも良いね。」

「その前にブラッシング手伝って!」

「うん。」

俺はブラシを受け取って姉ちゃんの後ろに回って髪を梳いた。

「だけど、俺達の会話凄くネ?」

「そうね、人には聴かせれないね。」

その夜は少し狭いが彩香を真ん中にして姉ちゃんのベッドで川の字になって眠った。最初は彩香が時々寝返りをして俺に抱き付く度にヒヤヒヤしたが、結局、深夜目が覚めると彩香を抱えて寝ていた。彩香は姉ちゃんと同じように年長さんにしては大きい方だが、まだまだ可愛い。


・・・・・


 金曜日、終業式の後で放送室に行った。ユウ、ケイ、シズクは当然だが、なんと久しぶりにヨッコ先輩が来ていた。

「おはようございまぁす。・・・あっ、ヨッコ先輩!」

「おお、中西、元気か?」

「はい。先輩こそ、お元気でしたか?」

「ああ、健康管理は受験の必要条件だからな。」

「年が明けたらすぐ入試ですね。」

「まあな。模試を足るほど受けたから、心配ない。」

「流石ヨッコ先輩です。」

ヨッコ先輩のドヤ顔を久しぶりに見た。この表情で妙に安心するから不思議な人だ。

「先輩は高田馬場ババの大学に行くんですよね。」と雫。

「そのつもり。」

「私もそこ行きたいんですけど、いつ頃から準備してるんですか?」とケイ。

「1年からよ!」

「ええー! じゃあもう遅いんですか?」

「冗談よ。2年の3学期からかな。」

「そうですか。じゃあまだOKですよね。」

「諦めなきゃいつからでもいいと思うけど!」と俺。

「ですよね。」とケイ。

そこへお約束のヨッコ先輩のツッコミ。

「まあそうだけど、中西の台詞じゃ無いな。」

1年全員が俺を睨んだ。

「・・・てへ!」

少し引いた気を取り直すようにユウが号令をかけた。

「ケイちゃん、シズクちゃん、明日の収録のQシート。」

「わかった。」と雫。

「すみません。1年はスタジオで打合せに入ります。」とケイ。

「了解。」と俺。

俺とヨッコ先輩は1年の3人を見送った。


 2人きりになるとすぐ、ヨッコ先輩が俺を見詰めた。久々に俺に緊張が走った。何だろう? 確かに受験勉強が追い込みに入る時期に何の目的も無く放送室ここに現れるのは不自然だ。

「ところで中西。ここで待ってると田中さんが来るだろ?」

「それが、加代はレッスンが忙しいみたいで、ここのところ来てないんですよ。」

「そうか。呼び捨ての関係か。」

「え?」

「会えないか! 困ったな。」

「どんなご用件で?」

「マサシが助っ人ボーカル探してるんだ。2時間で良いんだが。」

「聞いてみないと分らないけど、加代は無理かもです。」

「まあ、ダメ元で聞いてみてよ。」

「じゃあ、メールしてみます。」

「すまないな。」

「なんの、先輩の為なら。」

俺はスクールバックからスマホを取り出して、『相談有り、今日時間ないか?』というメールを打った。すると、移動中だったらしく即レスが返って来た。

「お、即レスだ。」

「何て?」

「ナタプロでならOKだそうです。」

「じゃあ、将司の件相談できるか聞いてくれ。」

「了解です。助っ人が欲しいのは何時いつ何処でですか?」

「23日の午後2時から4時、吉祥寺駅前。」

俺は聞いた通りメールした。また即レスが来た。

「小泉さんに相談するから、詳しい話聞きたいそうです。」

「小泉さんって?」

「あ、ナタプロのプロデューサーです。」

「わかった。将司に連絡してみる。」

俺はヨッコ先輩の嬉しそうな笑顔を久しぶりに見た。そこへ姉ちゃんが入って来た。

「翔ちゃん、お待たせ。 あ、横山先輩!」

「春香さん久しぶり。」

「お元気でしたか?」

「元気よ! 同じ学校に居るのに会わないもんだね。」

「そうですね。」

「で、どうだった?」と俺。

「部活は23日の夕方。吉祥寺駅前でイルミネーションの撮影だって。」

「それ、なんか物凄く好都合な気がする。」

「どういう事?」

「これから加代に相談でヨッコ先輩とナタプロに行くんだ。23日の午後の予定の件で。」

「そう。じゃあ私も行って良い?」

「もち。・・・先輩、東中野でお昼食べませんか?」

「美味しい焼きたてのパン屋さんがあるんです。」と姉ちゃん。

「クリームスープが絶品らしいです。」と俺。

「そうね。じゃあそうしようか。」

ヨッコ先輩と姉ちゃんと俺はスタジオの1年に声をかけてナタプロに向かった。放送室を出た所で順平とすれ違った。立ち話で軽く状況説明すると、収録の件、つまり1年達を任せる事を快く了解してくれたみたいだった。もっとも、横山先輩の『すまんな、愛しい高野君!』の1言で仕方なくだったかも知れない。

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