5-19 貸し出し要請が来た日(その5)~私オバカだから~
日曜日(9日)は朝から大忙しだった。姉ちゃんも俺も部屋の片付けと掃除をしなけれればならなかったからだ。特に俺の掃除はいつも適当だから、本立ての本や部屋の隅に積み上げてある小箱には埃が堆積している。しかも、早起きして部屋に帰った姉ちゃんに掃除機を占有されたので事態は極めて深刻な状況だった。だがおれは挫けない。俺の作戦はこうだ。
(1)バケツに水、濡れ雑巾、そして叩きをスタンバイ。
(2)ベッドメイキングをする。ベッド上に新聞紙を広げてガムテープで固定する。
(3)パジャマの上からジャージを着る。マスクをして更にタオルでガードする。
(4)カーテンを開けて両側の壁にしっかり固定する。そして窓を全開にする。
すると目論んだ通り朝日と一緒に乾いた寒風が巻き込む様に部屋に入って来た。いよいよミッション開始だ。俺はまずマスクがしっかり装着出来ている事を確認して、叩きで部屋中に堆積している埃を叩き出した。すると埃の粒子でミー散乱が起こり、チンダル現象で差し込む朝日の光跡がくっきり見えるようになった。実に科学実験的な掃除になったと自己満足の極致だった。そこへノックの返事をする間もなく姉ちゃんが掃除機を引っ張って入って来た。エプロン姿が可愛い。
「翔ちゃん、何してるの? 埃っぽいわ!」
俺は鼻と口をガードしていたタオルを外して、得意気に、
「俺の部屋は埃さえ叩けば綺麗なものだから。」
同意が得られると思ったが、意外にも姉ちゃんは上から目線だ。
「どうかしらね。」
そう言うと姉ちゃんは掃除機の電源プラグを壁のコンセントに刺して床の掃除を始めた。俺も叩きの先端を本棚の本の上部に一層元気良くぶつけて動かした。
「ちょっと、叩き止めて! 息苦しいわ!」
「え?」
「遊んでる時間は無いわ。翔ちゃんは私が掃除機で吸った後を雑巾で拭いて!」
姉ちゃんの命令に、俺の自信がなんか揺らいだ。俺は立ち尽くした。
「えっと・・・承知しました。」
姉ちゃんは俺を見る事なく掃除機の操作を続けている。
「窓拭きもしてね!」
「はいはい。」
「返事は1回。」
「はい。」
こうして、俺の部屋は姉ちゃんの采配で掃除が進み、彩香も参加して部屋の隅に積んだ空箱の整理もして、明莉ちゃんの受け入れ態勢が整った。そして、かなり遅めの朝食を食べた。この程度の掃除は朝飯前って事だ。悔しいが、姉ちゃんには敵わない。
朝食の後、ついでに彩香の部屋も片付けと掃除をして、それが終わると姉弟妹全員が俺の部屋に集まった。本棚の隅に押し込んだ1年の時の数学の教科書を取り出して開けてみた。2学期までを考えると、因数分解と2次関数とそのグラフが試験範囲の様だ。俺的には結構面白い範囲だと思うのだが、1学期も全部赤点って事は明莉ちゃんは何かが引っかかって理解できてないのだと思う。
「姉ちゃん、明莉ちゃんは何が解らないんだと思う?」
「判らないわ! 本人に聞いてみるしかないと思う。」
「ねえ、範囲だけど、今年の1年は俺達と違うんじゃなかったっけ?」
「確か集合が入ったって聞いた事があるわ!」
「集合かぁ。ブール代数までは行かないよね。」
「翔ちゃんは知ってるみたいだけど、そんなの私だって習ってないわ!」
「集合の感覚が解れば統計や確率も解るようになるよね。」
教科書を覗き込んでいた彩香が不安そうに言った。
「数学ってサヤには難しそう!」
「うん。まだね。」
「大きくなったら解るようになる?」
「ああ、心配要らない。学校に行ったら色々覚えて、だんだん解るようになる。」
「ふーん。解らなかったらサヤにも教えてくれる?」
「ああ、もちろん。解るまで教えてあげる。」
俺はいつもの様に彩香の頭を撫でた。彩香は安心したように微笑んで俺に持たれかかった。こういう行動がなんか可愛い。
「ここに黒板が有れば教え易いのにね。」
「そう言えば、キッチンにレシピメモ用の小さいホワイトボードが有るわ。」
「それだ! 流石姉ちゃん。」
「どお!」
今日は姉ちゃんのドヤ顔の回数が多いような気がする。姉ちゃんも俺もかなり緊張しているのがお互いに伝わってくるから可笑しい。
お昼前、母さんの要請で、リビングの片付けと掃除を手伝う事になった。基本的には掃除機を掛けるだけだが、俺はピアノを磨いて窓拭きをした。そして昼食になった。残り物の整理と言う事で、昨夜のシチューの残りとピラフだった。
「ナタプロの娘は早速今日から泊まり込みだったっけ?」
「そうですよお父さん。それに名前は明莉ちゃんです。」
「そっか。」
「親父、なんか緊張してないか?」
「そんな事は無い。」
「へー!」
「あなた達、遊んでばかりじゃ駄目よ!」
「ちゃんと教えますからご心配なく。」
「翔ちゃんは今朝から準備万端よね。」
「片付けと掃除はね。姉ちゃんのおかげで。」
そう言って姉ちゃんを見ると、満足気に微笑んでいた。
「彩ちゃん、明莉お姉ちゃんは大事なお勉強だから、邪魔しないようにしようね。」
「うん。何だっけ、なんか大事な事が終わってから遊んでもらう。」
「追試の事か?」
「うんそれ。追試、お兄ちゃんが代わってあげれば?」
「出来ればな。」
「そうだな。上手く行ったらお祝いするか!」と親父。
「それが良いわ!」と姉ちゃん。
「なんかフラグがどんどん大きくなってね?」
昼食後、母さんと姉ちゃんと彩香は買い物に出かけた。俺も荷物持ちに行こうかと言ったが、俺は教える準備をする方が良いとかで置いてかれた。1人になると余計に不安が襲ってきた。
夕方と言っても3時過ぎ、姉ちゃんに電話が掛かって来て、三鷹台駅に迎えに行った。改札を出た所にスクールバックを肩に掛けて大きめのスーツケースに両手を置いた明莉ちゃんが不安気に立っていた。階段を上がった所で明莉ちゃんが先に俺を見つけた。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
「おお、おはよう。」
「いらっしゃい。」
「よろしくお願いします。」
「明莉ちゃんだけ?」
「はい。加代さんが『連れてってあげる。』って言って下さったんですが、お断りしました。」
「どうして?」
「なんか何から何まで甘えてるみたいで。」
「そっか。まあ、その方がしっかり道を覚えられるかもね。」
「はい。」
「じゃ、行きましょ!」
「だね。」
俺は先に階段を下りようとした。
「翔ちゃん、荷物持ってあげるとか・・・」
「あ、そうか。」
「いえ、いいです。重いですから。」
「じゃあ、なお更だわ!」
「大物はこのスーツケースだけ?」
「はい。」
「じゃあ。それ俺が持つから。」
「そうですかぁ、有難うございます。」
俺はスーツケースを持ち上げて階段を下りた。確かに軽くはなかった。おそらく教科書とか参考書が入っているのだろう。明莉ちゃんは姉ちゃんと並んで俺の前を歩いた。どう見てもこれジャンケンで負けたポーターごっこだ。
「階段を降りたら踏切と反対に左よ。」
「はい。」
「このディスカウントショップの角をまた左ね。」
「はい。でも、万引きすると凄い事になるんですね。」
「うん。恐ろしい事が書いてあるね。きっと薄利多売って大変なんだね。」
こうして、ランドマークを教えながら、10分程で我が家に到着した。玄関では母さんと彩香が出迎えた。
「いらっしゃい、明莉姉ちゃん。」
「来たよー、彩ちゃん、よろしくぅー。」
それから明莉ちゃんは母さんを見て、
「こんにちは、お世話になります。」
「いらっしゃい。自分の家だと思ってくつろいで良いからね。」
「はい。有難うございます。」
リビングでは親父が所在なく緊張していた。たかが女子高校生なのだが、明莉ちゃんは姉ちゃんの様に大柄ではないものの、かなり可愛い。まあ明莉ちゃんを見て親父がキュンとすることはないと思うが、気軽な接し方が解らないのだろう。
「小父様、お世話になります。」
「はいはい。気楽にしてください。」
「有難うございます。」
案の定、親父は次の言葉が出てこない様だ。
「トイレとお風呂と洗面所はこっちよ!」と姉ちゃん。
「あ、キッチンの隣ですね。」
「トイレは2階にもあるから。」と俺。
「はい。」
「そうそう、外から帰って来たら、手洗いとウガイをする決まりなの。」
「寮もそうです。」
「じゃ、行きましょ!」
明莉ちゃんは姉ちゃんの先導で洗面台に向かった。俺も彩香の後について行った。我が家はタオルの色が各自決まっていて、洗面台の横の扉付きカラーBOXにそれぞれの洗濯済みタオルがたたんで入れてある。使ったタオルは洗濯物篭に放り込めば良いことになっている。カラーBOXの扉には色のシールが貼ってあって、上から青、茶、桃、赤、黄、白になっている。
「あ、そうそう。明莉ちゃんのタオルは白よ。」と母さん。
「うん、わかってます。」と姉ちゃん。
「サヤのは黄色で、お兄ちゃんが青で、お姉ちゃんがピンクだよ。」
「お父さんとお母さんは?」
「お父さんが茶色で、お母さんが赤。」
「へー、皆、皆色分けしてあるんだね。」
「うん、そうだよ!」
「この洗面台の蛇口は引っ張ったら外れてシャワーヘッドになるから、髪が洗えるの。」
「便利ですね。朝シャンしても良いですか?」
「もちろん。私も時間がある時はしてるわ! 後ろに椅子が有るから座って出来るの。」
「サヤも1人で出来るんだよ。」
「1人は止めとけ、水浸しになるから。」
「えへへ!」
「ショウさんもするんですか?」
「朝シャン?」
「はい。」
「痒い時くらいかな。」
「えぇー!」
「風呂で毎晩洗ってっから。」
「そうですか。」
姉ちゃんの後で、明莉ちゃんと俺は手洗いとウガイを済ませて2階に上がった。彩香もついてきた。姉ちゃんの部屋に明莉ちゃんのスーツケースを入れて、ひとまず全員俺の部屋に集まってお茶にする事にした。母さんが蒸しパンを乗せたトレイと紅茶が入ったポットを持って入って来た。母さんに続いて姉ちゃんがティーカップと砂糖壺を乗せたトレイを持って入って来た。
「翔ちゃん、これ置くから、私の部屋から小机持って来て!」
「ほい。」
俺は急いで姉ちゃんの部屋から小机を取って来て足を広げて部屋の真ん中に置いた。母さんは蒸しパン、姉ちゃんが紅茶を配った。
「明莉ちゃんは牛乳大丈夫?」と母さん。
「はい。大好きです。」
「それじゃ、今夜からお夜食はコーヒー牛乳で良いわね。」
「はい。でも、わざわざお夜食なんて、どうかお構いなく。」
「うちは、試験期間は甘いお夜食食べる習慣なの。」と姉ちゃん。
「そうなんですか?」
「うん。脳には乳糖やしょ糖やブドウ糖が良い効果があるらしい。」
「へー、そうなんですか。」
「それじゃ私は下に行きますから、食べ終わったら片付けてね。」
『はーい。』
残った子供達4人が蒸しパンを食べながらする雑談の話題は当然だが勉強ではなく、タレントの事だった。
「明莉ちゃんはナタプロのオーディションを受けたの?」
「はい。中3の時、仙台で。」
「すごいね。中学生でもう将来に向かって夢を実現したんだ。」
「いいえ、そんなんじゃ無くて、あの時はする事が無くて、・・・なんとなく受けたら受かったんです。」
「何となく受けて合格なんて凄いよ!」
「・・・私の田舎、津波で何も無くなったんです。学校も。だから・・・」
「そっか、辛かったね。」
「・・・あの日、東京はどうだったんですか?」
「もの凄く揺れたよ! 私達上野に居たの。帰って来れたの夜中の2時前だったわ!」
「私、あの時どこに居たのかもどうだったのかも良く覚えて無いんです。」
「大変だったね。」
「そう・・・かも知れません。でも私なんか・・・」
そう言うと明莉ちゃんの表情が暗くなった。彩香が助け船を出した。
「でも、お兄ちゃんが騎士さんになってくれたんだよ!」
「そうね。そうだったね。」
「どう云う事ですか?」
「なんか、危機が迫ったら俺が彩香と姉ちゃんを救う責務を帯びるって事になった。」
「そう。翔ちゃんの役目が確定したのよね。」
「シスコンの役目だろ!」
「うふふ、良く解りませんけど、面白いんですね。」
「なんか実態は逆みたいだけど。」
「え、そうか?」
横目で姉ちゃんを見ると、俺の目線を受け取って微笑んだ。
「皆さん姉弟妹仲が良いんですね。」
「たぶんそうしてた方が気楽だからだわ!」
「サヤはお姉ちゃんとお兄ちゃんが大好きだから仲良しだよ!」
「ははは、違い無い。」
「私にも弟が居るんですけど、喧嘩ばっかで、両親に甘えるだけで、役立たずです。」
「そんな事無いさ、体格が大きくなれば自覚するって。」
「翔ちゃんがそうだったものね。」
「まあね。小学生までは確かにチビ助だった。」
「そうなんですか? 想像できません。」
「でしょ! あっという間に大きくなるわ! 男の子って!」
「そうですか?」
「それにね、結構良い事も言うようになるのよ!」
「へーぇ。」
「そうだ、卒業式の答辞の映像のUSBがあったはず。明莉ちゃんに見せてあげよっか。」
「いや、いや、大したことないし。・・・アドリブ恥ずいから。」
「ショウさん答辞したんですか? 見たいですぅ。」
「うん。まあ、そのうち。時間があったら見せるよ。期待しないでくれ!」
「楽しみですぅ。でも、答辞するって、総代ですよね。」
「じゃんけんで負けて、仕方なく。」
「加代さんが言ってた通りなんだ!」
「どうせロクな事じゃ無いと思うけど。」
「ううん。成績がトップクラスだって。」
「つまりそれは、トップじゃ無いって事だよ。」
「えぇー!」
「加代ちゃんはそんなひねくれた事言わないわ!」
「そうか?」
「サヤは小学校に行ったら児童会長になるんだよ!」
「おお、そうだった。」
「サヤちゃんならきっとなれるわよ、賢そうだから。」
「えへへ!」
しばらく会話が途絶えた。
「・・・片付けましょっか!」と明莉。
「そうね。」
姉ちゃんと明莉ちゃんが片付けて、夕食まで姉ちゃんの部屋でお泊まりの準備をする事になった。当然だが、俺は自分の部屋で待機だ。聞き耳を立てて。
夕食は母さん得意のハンバーグだった。姉ちゃんが事前にゲットした情報通の円ちゃん情報では明莉ちゃんは『肉食獣』だそうだ。母さんのハンバーグは、微塵切りの野菜が結構入っているのだが、それを感じさせないくらい肉汁が流れて旨い。俺は大好物だから当然だが、明莉ちゃんも完食した。食後テレビを見ながら食休みをして、お風呂に入って、ようやく俺の部屋で勉強タイムになった。姉ちゃんと俺はいつものパジャマに半纏を羽織った。明莉ちゃんは白いトレーナーにオレンジ色のジャージだ。
「まず、試験範囲はどこか教えてくれる?」
「それが、私、良く解ってないんです。どうせ勉強しても無駄だって思ってますから。」
「おっと、それは困った。・・・じゃあ教科書見せてくれる?」
「はい、これです。」
「数Iだね。わかった。じゃあまずは2次2変数の因数分解だね。」
「・・・?」
俺はホワイトボードに、
aXa-bXb
と書いた。
「基本過ぎて悪いけど、これを因数分解してみてくれる?」
「・・・?・・・ごめんなさい。判りません。」
「えーっと、答えが判らないの? それともどうして良いか方法が判らないの?」
「どちらもですぅ!」
「うーん。そっかぁ!」
「ショウさんは私の事やっぱりオバカだって思うでしょ?」
「前にも言ったけど、明莉ちゃんは俺達とは違う才能に恵まれてるから、オバカじゃ無い。」
「そうですか? でも私、勉強できないから。」
「明莉ちゃんは勉強できるか出来ないかをテストの点数で判断してないかい?」
「はい。成績はテストの点で決まるでしょ!」
「テストの点数はその時の瞬間風速みたいなものさ。妙に良い時も大失敗の時もある。だから、実力になってるかどうかが本当は重要なんだ。」
「私、実力無いです。」
「・・・成績はどうであれ、新しい事を習いたいと思わないかい?」
「思います。知らない事を教わるのは楽しいです。」
「だとしたら、進級しないと次の新しい事が教えて貰えないから、なんか損でしょ!」
「あぁぁ、そうですね。」
「よーし、じゃあ、追試頑張らないか?」
「ショウさんに教えて貰うと合格できますか?」
「ああ、任せろ! 明莉ちゃんを必ず進級させてあげる。」
「本当ですか?」
「ああ、騙されたと思ってついて来い。」
「はい。」
「良い返事だ。とにかく、たった1週間だから、思いっきり頑張ってみよう!」
「はい。」
とは言ったものの、本当のところ、どうして良いか判らず、俺は過去に感じたことが無いくらい不安だった。ともかく、先に進まねばと思った。
「じゃあ、さっきの問題だけど、元の式からaXbを引いて、aXbを足してみよう。」
「どう云う事ですか?」
「同じものを引いて足すから元に戻るよね。」
「まあそうですね。」
「つまり、こういう事。」
俺はまたホワイトボードを書き換えた。
aXa-bXb=aXa-aXb+aXb-bXb
「難しいですぅ。」
「まあ、見てて!」
「はい。」
俺はホワイトボードを書き直した。
aXa-aXb+aXb-bXb=a(a-b)+b(a-b)
「こうなるよね。」
「わーすごい。これ、(a-b)は共通項って言うんですよね。」
「そうだね。その共通項でくくれば答えになる。」
aXa-bXb=(a-b)(a+b)
「凄いですぅ。簡単に出来るんですね。」
「うん。まあ簡単だ。」
殆ど全ての試験範囲でこうだった。見てれば解るがやらせると出来ないのだ。つまり、計算の道筋は理解できるのに、その知識が実際には使いこなせないという状態だ。何かが実力を発揮させない様に堰き止めているのだと思う。姉ちゃんと俺はどう教えたらいいのか判らず、その都度顔を見合わせるだけだった。
「姉ちゃん、なんか良いアイデアある?」
「ごめん。このミッションはやっぱり翔ちゃんにお願いするのが良いわね。」
「どう云う事?」
「私は明莉ちゃんの味方に徹するわ! 緊張を解いてあげれるように。」
「どういう事?」
「だから翔ちゃんはもう少し厳しくしてあげて。良いわよね明莉ちゃん。」
「はい。お手柔らかにお願いしますぅ。」
こうして、俺の苦難が避けられない現実になった。明莉ちゃんは問題を前にすると、1人では思考が停止してしまうタイプだった。可愛い瞳で俺を見上げて、答えを要求する甘えっ子だった。可愛いから、ついつい先に答えを教えてしまいたくなる。その気持ちを押し殺すと、泣きそうな顔をする。『私、オバカだから』と言い訳をする。・・・俺の周囲には滅多に居ないタイプのなんか保護してあげたくなるような女子で、正直・・・困った。色々試して探ってみたけど、結局解決には至らず、夜食を食べて、同じことを繰り返して・・・11時半を回った。
「今日はこれで終わりにして寝ましょう。」と姉ちゃん。
「そうだね。最初からあんま跳ばす事も無いよね。」
「はい。」
「じゃあ、今日はこれでおしまい。・・・お疲れさま、明莉ちゃん。」
「有難うございました。おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
「おやすみ翔ちゃん。」
「ああ、おやすみ。姉ちゃん。」
俺は姉ちゃんと明莉ちゃんを笑顔で見送って明日の学校の準備をした。ただ、笑顔はたぶん作り笑顔だったと思う。




