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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
91/125

5-18 貸し出し要請が来た日(その4)~大歓迎ですよ~

 タルトを食べ終わると、何処どこで教えるかと言う話になった。これが思っていたより難題だった。明莉ちゃんと円ちゃんは東中野にある私設女子寮に入っている。そこは男子の俺が毎日学校帰りに簡単かつ気軽に入れる場所ではない。ナタプロの会議スペースやレッスン室は周りの音が気になって勉強には向いてない。

「って事は、エコサの307号室だね。」

「ごめん。改装の準備が始まってて、今は誰も入れないの。」

「そっか、そうだったね。」

「小泉さんは何処にお住いなんですか?」と姉ちゃん。

「私は高円寺の賃貸マンションです。」

皆期待を込めて小泉さんを見た。

「たいへん申し訳ない。家族が居ますし子供がまだ2歳ですから。」

「そうですか。」

俺はその流れで樋口さんを見た。樋口さんはコーヒーを飲んでいたが、慌てて紙コップを置いて、右手を顔の前で振りながら、

「ごめんなさい。駄目です。狭いし散らかってますし、ルームメイトが居ますから。」

「そうですか。ご同居人が居らっしゃったら、それはご迷惑ですよね。」

俺のバカッ丁寧な言い回しに姉ちゃんが鋭く反応した。

「翔ちゃん、妄想禁止!」

「あ、ああー・・・ルームメイトは女性ですからね。」

俺は頭を掻いて、

「へいへい。」

「いっそ、池越学園は?」と加代。

「他校生徒の入校許可取れる?」と俺。

「それなら担任の先生に聞いてみます。」

円ちゃんはそう言うと立ち上がって会議コーナーから出て行った。その後に続くように樋口さんも出て行った。

「久我高も聞いてみる?」と姉ちゃん。

「そうだね。月曜日になるけど、聞いてみるよ。」と俺。

「田村先生に電話してみるわ!」

「田村先生は今日学校に出てるの?」

「何言ってるの、携帯に決まってるでしょ!」

「知ってんだ。」

「何かの時にはって教えてもらったわ! ストーカー対策よ!」

「へーぇ! それ教えてくれる?」

「何言ってるの、男子はだめよ!」

そう言うと、姉ちゃんもスマホを点けながら会議コーナーの外へ出て行った。残った4人は会話が途切れ、飲み残したコーヒーを舐めたりして、少し気まずい沈黙に耐えた。明莉ちゃんが最初に耐えられなくなったみたいだった。

「皆さんごめんなさい。私のために・・・」

「気にしなくても良いよ、何とかなるから。」と俺。

そこへ樋口さんがポットと紙コップを持って入って来た。

「温かいお茶をお持ちしました。」

「お、ありがとう。」と小泉さん。

手持無沙汰の4人は『待ってました』という感じで、お茶を配って飲み始めた。

「そう言えば、西田社長のご邸宅は何処ですか?」と俺。

「社長ですか?」

「芸能ネタでよく有るじゃないですか。タレントが社長の家に居候するとか。」

「たまにありますが、うちの社長の本宅は青梅ですからね。」

「ああ、それは移動時間が勿体ないですね。・・・てか、本宅?」

「仮眠できる別宅が有るらしいのですが、詮索はご法度です。仮眠できなくなるとかで。」

「なるほど。」

そこへ円ちゃんが帰って来た。

「なんかダメみたいですぅ。続き柄を証明する書類とか必要みたいで。」

そこへ更に姉ちゃんも帰って来た。

「他校の生徒のために部屋を貸し出すのは難しいみたい。でも、事前に校長に相談して、内諾をもらってから施設使用許可願いを出せば良いみたい。」

「つまり許可貰うまでに時間がかかるって事か。」

それを聞いていた明莉ちゃんが突然シクシク泣き出した。

「御免なさい。もう良いです。わたしやっぱり諦めます。」

隣に座っていた姉ちゃんが明莉ちゃんの肩を抱いた。そして姉ちゃんと俺は見詰め合って目配せした。この瞬間、姉ちゃんと俺の考えは言葉を交わさず一致したと思う。

「姉ちゃん、これってつまり・・・」

「そうね。それが一番良いと思うわ!」

「母さんに電話して確認してくれる?」

「うん。・・・1週間泊よね。」

「そうだね。今電話しても大丈夫か?」

「まずはメールしてみるから。」

姉ちゃんはまたスマホを点けながらパーテから出て行った。明莉ちゃんは泣き止んでキョトンとして姉ちゃんを見送った。

「小泉さん、明莉ちゃんを我が家で預からせてください。」

「どういう事ですか?」

「明莉ちゃんには我が家で合宿してもらいます。」

「良いのですか?」

「明莉ちゃんが良ければ。」

そう言って明莉ちゃんを見ると、嬉しさを顔いっぱいに広げていた。

「はい。私、ショウさんとハルさんの家に行きます。」

「泊まり込みで特訓ですよ!」

「はい。・・・でも学校がありますから。」

「三鷹台の我が家から中野の学校まで50分位だから通えますよね。」

「えっと・・・はい。通います。」

「じゃあ決まり。」

「ありがとう中西君。ご家族の許可が出たら、私がお願いに行きます。」

「それ程の事でもありませんが、小泉さんの気が済まないと思いますから、そうしてください。」

小泉さんは樋口さんを見て、

「樋口君、準備を。」

「はい。」

樋口さんは会議コーナーから出て行った。入れ替わりに姉ちゃんが帰って来た。

「上手く説明できたかどうか判らないけど、良いって。」

「決まったね。」

「では、準備ができましたら、中西君のご自宅にお邪魔したいと思います。」

「すみません。今日は午後にならないと家族が誰も居ません。」

「お母様がいらっしゃるのでは?」

「今は三鷹台小学校に居ます。妹の学校見学会なんです。」と姉ちゃん。

「お父様は会社ですか?」

「今は群馬で芝刈りをしてるはずです。3時過ぎには帰ってくると思います。」と俺。

「それでは、3時過ぎまで時間を潰して中西君のご自宅に向かいましょう。」

小泉さんが立ち上がったので、皆も立ち上がって、テーブルの上を片付けた。円ちゃんと明莉ちゃんはデカンタなどを持って出て行った。小泉さんも微笑んで出て行った。


 残された姉ちゃんと俺はどうして良いか判らなくて立ちつくした。すると加代が姉ちゃんと俺を交互に見て、

「翔ちゃん、ハルちゃん、ナタプロを案内するわ!」

「ああ、頼む。」

「その前に私、母さんにメールするわ!」

「俺も親父にメール入れとくよ。」

その後、『あかま』の案内でナタプロの各フロアを皆でゾロゾロ歩いて回った。特に興味をひかれる様な面白いものは無かったが、レッスン室ではステップの練習をしている人達を見学した。タレントの卵と言われる人達やコンパニオンのお姉さん達は姉ちゃんと俺が雑誌のモデルだって事を知っている人が案外多くて驚いた。皆たぶんスタイルKの読者なのだろう。ちょっとだけだが振付師の面白いダンサーの小父さんに散々いじられながらステップを教えてもらったりもした。お昼は、小泉さんのおごりなのかナタプロの必要経費かは判らないが、ナタプロの近所のお寿司屋さんで美味いお寿司をご馳走になった。午後は発声室が空いたので、姉ちゃんがピアノの腕前を披露した。最初はまあいつもの様に『乙女の祈り』だ。結局、発声室が生演奏のカラオケBOXに変貌して、『魅感』のレパートリーをほぼ全部5人で歌った。もちろん俺はアコギで参加した。


 3時15分、ナタプロの地下駐車場の中野タレントプロモーションと朱書きされた白いワゴン車の運転席に小泉さん、助手席に俺、運転席の後ろに姉ちゃん、俺の後ろに樋口さん、姉ちゃんと樋口さんの間に加代。一番後ろの席の右側に円ちゃん、左側に明莉ちゃんが乗った。既にエンジンが掛かっている。小泉さんがサイドブレーキを外してシフトをドライブにして、発進しながら、

「翔太君、ナビをセットしてくれないか?」

「はい。」

俺がナビのディスプレイの下にぶら下がっているマイクを取って、キーボタンを親指で押すと、ディスプレイのマイクアイコンが赤くなったので、住所を言った。

  『東京都三鷹市井の頭・・・ですね。』

そこへ行くアイコンに触れるとナビは正確に我が家の位置をディスプレイに表示した。

  『音声ナビゲーションを開始します。』

ナビは所要時間35分と表示している。駐車場出口の信号が青になるのを待って出発した。

「姉ちゃん、母さんに4時頃7人で行くってメールしてくれない?」

「うん良いよ!」

「母さん慌てるかな?」

「大丈夫だよ、1度連絡してあるから。」


 午後4時、小泉さん以下7人が我が家のリビング兼応接間に入った。我が家の応接は定員オーバーなので、加代と円ちゃんと姉ちゃんと彩香の4人は姉ちゃんの部屋で待機になった。親父と母さんが、まず樋口さんの手土産を受け取って、次に小泉さんの説明とお願いを聞いて、明莉ちゃんの我が家での合宿が正式に許諾された。明莉ちゃんはベンチ椅子から立ち上がって、深々とお辞儀をして、

「お世話になります。よろしくお願いします。」

と言うと、母さんが優しい笑顔で

「こんなに可愛いらしいお嬢さんなら大歓迎ですよ!」

と言った。明莉ちゃんはホッとしたような笑顔になった。

 最後に樋口さんが合宿費用相当の謝金を差し出して、受け取る受け取らないのやり取りがあって、結局受け取って決着した。


 4時半過ぎ、大人たち4人が雑談になったので、俺は明莉ちゃんを連れて姉ちゃんの部屋に行った。姉ちゃんの部屋ではお菓子を食べ散らかして、ババ抜きの最終段階で、円ちゃんと彩香の一騎打ちになっていた。

「上か下か?」と円ちゃん。

「うーん、下」と彩香。

彩香はカードを受け取って、

「あがりーィ!」

「ありゃー負けたぁー」

「えへへ!」

いつに無く得意満面の彩香だ。すると突然円ちゃんが

「サヤちゃーん、可愛いー!」

と言って、彩香を抱きしめた。彩香は引き気味だが満更でもない様子だ。明莉ちゃんも彩香を見て嬉しそうにしている。彩香のおかげで女子連の緊張がほぐれているのが判った。

「翔ちゃん終わった?」

「うん。さっそく明日の夕方から。」

「明莉ちゃんは日曜からでもいいの?」

「はい。早く始めてください。」

「わかったわ。明日からこの部屋に泊まってね。」

「はい。」

「いいなあ、明莉は。」と円。

「それはどうかな?」と俺。

「頑張ります。」と明莉。

「私も教えに来ようか?」と加代。

「うん、構わないよ!」と姉ちゃん。

「トランプするの?」と彩香。

「勉強するんだ。」と俺。

「へー、邪魔しちゃだめ?」

「当然。」

「はーい。」

「私がトランプの相手に来てあげるわ!」と円。

「それは却下だね。」

「やっぱり。」

そこへ母さんが入って来た。

「小泉さん帰られるそうよ!」

「じゃあ、私達も帰ります。」と加代。

こうして、『あかま』つまり『明莉、加代、円』の3人は1階に降りた。ガレージの前に止めたのナタプロのワゴン車の横で小泉さんと樋口さんが待っていた。姉ちゃんは赤いミラーレスを親父に渡して、姉ちゃんと俺と彩香を加えた8人でナタプロのワゴン車の前で記念写真を撮った。久我山方向に去っていくワゴン車のリアウインドウ越しに俺達に手を振る明莉ちゃんの表情が少し緊張しているように見えた。


 その夜、俺は姉ちゃんの部屋に行った。しばらくは入れない部屋になるような気がしたからかも知れない。姉ちゃんは風呂上がりで、いつもの様にベッドに座って髪を梳いている。2人共いつものパジャマだ。

「なんか、とんでもない事になっちゃったね。」

「姉ちゃんは良いのか?」

「うん、良いよ。とりあえず暇だし。」

「例の約束はどうする?」

「そうね、しばらくは無しね。」

「だね。」

「長くても1週間じゃない。我慢出来ないって程でもないでしょ?」

「まあそうだね。」

「それじゃあ、明日からよろしくお願いします。」

「はい、了解しました。」

姉ちゃんは優しく微笑んだ。俺が約束を果たそうとベッドに近づくと、姉ちゃんはブラシを差し出して、

「後ろお願い。」

「うん。」

俺は髪を数回梳いて、その櫛を姉ちゃんに返そうと右側から差し出すと、姉ちゃんが振り返ってそれを受け取って俺を見上げた。ものすごく可愛いと思った。それて思わず・・・抱き締めた。姉ちゃんは無抵抗だった。

「翔ちゃん!」

「大好きだ!」

「うん。私も。」

姉ちゃんと俺はちょっと深めのキスをした。そのままベッドに倒れ込むこともできたと思うが、必死で耐えた。姉ちゃんもそうだと思う。

「おやすみ姉ちゃん。」

「おやすみ翔ちゃん。」

俺は自分の部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。そしてスマホの最終チェックをした。それから仰向けになって、天井を眺めて明日からどうしたものかと考えて・・・たぶん眠りに落ちた。


 全身を袋の様な物にくるまれて拘束される感覚と息苦しさで目が覚めた。目が覚める直前『死ぬかも知れない』と思ったような気がする。目を開けるとナツメ球の薄明りの中で姉ちゃんの輪郭が俺の上に乗ってる。

「姉ちゃん、また?」

「うん。来ちゃった。」

壁の時計は1時前だ。

「寒いわ! 入れてくれる?」

「うん。」

見ると、既に姉ちゃんの枕が壁側に置いてある。姉ちゃんは壁側に左を下にするように入った。

「しばらく来れないからね。」

「うん。」

しばらく見つめ合った。暗がりに目が慣れて、そしてまた軽くキスをした。姉ちゃんのコンディショナーの香りが俺を包み込んだ。俺は姉ちゃんに抱き締められた。

「明日からご苦労さま。」

「何からどう教えて良いのか判らないよ。」

「そうね。まずは明莉ちゃんの実力を把握しないとね。」

「そうだね。それからだね。」

「一方的に教えてもきっと分かって貰えないわ。」

「その通りだね。」

「翔ちゃんみたいに理解力がすごい人ばかりじゃないわ。私だってついてくのに結構苦労してるのよ!」

「本当?」

「だって、禅問答投げて来るんだもの。」

「そんなつもりないけどね。」

「自覚無いのね。」

「ああ、気を付けるよ。」

「色々考えても仕方ないわ! 寝ましょ!」

「うん。」

姉ちゃんと俺は上向きになって手をつないだ。姉ちゃんが横に居てくれると、なんかとても安心で、温かい。たぶん姉ちゃんは俺の不安を和らげるために来てくれたんだと思った。その夜、俺は姉ちゃんのその優しさに目一杯甘えて眠った。

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