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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
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5-12 順平が説教してくれた日

 久我高には談話室という特別な部屋がある。その部屋は生徒会室の1つ置いて隣にあって、教室を改装して、先生や生徒数人がお互いに少し改まった気分で話ができる小部屋が6部屋作ってあり、小部屋の床はカーペットで、応接セットが置いてある。そこへ人が入ると人感センサーが作動して森の中に居るような小鳥のさえずりとせせらぎの音が静かに再生される。なので、壁に耳を着けても隣の部屋の話し声は簡単には聴き取れない。普段はたいてい空いているが、ここで弁当を食べる不届き者も居る。1人になりたい時も使えるが、勉強や工作は禁止だ。そういう事は図書館や技術室でする事になっている。小部屋の中にはカメラは無いが、共通の出入り口と通路には監視カメラがあって、入退室者が録画されている。録画されてはいるがそれを再生できる場所は校長室だけで、再生するには当然校長の許可と同席が必要になる。各小部屋も、録音はされて無いが、大声を出すと職員室と生徒会室に警報が知らされる仕掛けになっている。


 月曜日の放課後、俺がいつもの様に放送室に向かっていると、放送室の少し手前で順平に呼び止められた。

「翔太!」

「おう、順平!」

「ちょっと良いか?」

「なに?」

「立ち話もあれだから、談話室に行かないか?」

「なんだよ、改まって。」

「うん、2人だけで話したい事がある。」

「・・・わかった。」

順平と俺は少し気まずい雰囲気を感じながら黙って4階の談話室へ向かった。


 談話室に入ると、案の定誰も居なかった。人感センサーが作動して電気が灯いて小鳥が鳴き始めた。奥の窓際の小部屋に入って、応接セットに向かい合って座った。順平が言いにくそうに話を切り出した。

「なあ翔太、ハルちゃんと何かあったんじゃないか?」

「どうかな。」

「否定しないって事は、やっぱり何かあったんだな。」

「・・・うん。まあ。」

「ナッちゃんも心配してる。」

「順平が教えたのか?」

「メールの応答がいつもと違うそうだ。」

「そっか。流石だな。」

「なあ翔太。お節介かも知れないけど、僕とナッちゃんで何かできる事は無いか?」

「もう良いんだ・・・特に無いよ。」

ちょっと間があった。

「先週、ハルちゃんは1度も放送室に来なかったじゃん。」

「そうだな。」

「その代わり、田中が来たろ!」

「ああ、そうだな。」

またしばらく沈黙が流れた。野球部の金属バットの音と大声が僅かに聴こえて来ていた。

「翔太、悪い事は言わない。お前はハルちゃんじゃなきゃ駄目だ。」

「・・・・・」

「ハルちゃんもお前じゃなきゃ駄目だと思う。」

「そうかもな。」

「おい、どうしたんだ。しっかりしろよ、翔太!」

「うん。判ってる。ありがとう順平。心配掛けた。」

「大丈夫なのか? お前達。」

「たぶん、もう大丈夫だ。」

「本当か?」

「うん。」

「翔太は色々断れない性格だから、何にでも巻き込まれるだろ!」

「そうなのか?」

「そろそろ自覚した方が良いと思う。」

「・・・・・」

「ダメな事は駄目。イヤな事は嫌って言わないと、何かと誤解を招く事だってあるから。」

「そうかもな。」

少し沈黙があった。

「僕が田中に『お前に接近するな』って言ってやろうか?」

「いや、そんな事しないでくれ! もう解決したから。」

「本当なんだな!」

「ああ。3人で話し合って。てか・・・まあ、色々あって・・・解決したから。」

「そうか。それなら良いんだが・・・」

こんな事を言って心配してくれるのは順平位だ。やっぱりこいつは親友なんだと思う。ただ、1度は加代に略奪?されて、結果的に不要になって、姉ちゃんに返却された。なんて、流石に俺のプライドが『順平だけには言うな!』と言っている。まあ、いつかは知れる事なのかも知れないが。

「なあ、良い方に解決したって思って良いんだよな。」

「ああ。ある意味ベストだと思う。」

「ある意味ってのはどういう事だ?」

「いや、八方丸く収まったって言うか・・・。」

「そっか。」

「心配かけた。ほんで、ありがとう。」

「なら、良い。さすが翔太だ。」

「いや、俺はまあ役立たずで・・・正直、女は肝が据わるとすごい。」

「そっか・・・なんか解る様な気がする。」

順平と俺は顔を見合わせた。順平は『安心した』という表情だった。


 放送室に行くと、ユウ、ケイ、シズクがスタジオで何やら相談していた。

「お、揃ってるな、1年!」

俺と順平もスタジオに入った。

「翔太先輩・・・あ、ごめんなさい。中西先輩!」と雫。

「翔太で全然OK!」

「何の相談?」と順平。

「不定期なんですけど、音楽番組を立ち上げようかと。」とケイ。

「僕は反対してます。」とユウ。

「CDとか流すの?」と俺。

「いいえ、校内に結構ユニットやグループがあるんです。」

「なるほど。それを録って流すのか。」

「はい。」

「録るのはたぶん僕の仕事になりますよね。」

「まあ当然の流れだろうな。」

「反対!」

「やるって決まったら、2年も手伝うけど? な翔太。」

「ああ。」

「本当ですか?」とユウ。

「企画書を作ってみたらどうかな?」と俺。

「はい。作ります。」とケイ。

「なかなか良い傾向ジャン1年!」と順平。

「だね。やっぱ3人居ると良いね。」と俺。

「あのー、中西先輩。」

「なにシズクちゃん。」

「先輩達も出て下さいますよね。」

「魅感が? 最初に?」

「いえ、最初じゃなくても、いつかでも・・・」

「そうだね。加代とスケジュールが合えばね。」

「え、それどう云う事ですか?」

「まあ、そのうち判るよ。」

「えぇー?」

「説明すると、チト長くなるから。」

「は、はい。」

「じゃあ、ケイちゃん、企画書が出来たら見せてくれ。」と順平。

「はい。分かりました。皆手伝ってよ!」

「もちろん。」と雫。

「うーん。やっぱこうなるのか。」とユウ。

そこへ姉ちゃんが顔を出した。

「翔ちゃん居る?」

「うん。居るよ!」

俺がそう返事をすると、順平がホッとした表情で姉ちゃんを見ていた。

「春香先輩、いつか演奏を収録させてください。」とケイ。

「どういう事?」

「構内ユニットの音楽番組を企画してるんです。」

「良いわよ!」

「どうせなら、PV調が良いね。」とユウ。

「あれ? ユウがやる気になった。」と順平。

「はい。春香先輩を見たらVのイメージが湧いて来ました。」

「ユウ君!」と雫。

「俺じゃダメだったって事か?」

「ほらぁ!」

「え、まあ。ハルカ先輩には失礼な言い方ですが、Vは女子に限るって思います。」

「まあな。俺もそう思う。」

そこへ加代が入ってきた。加代は皆を見渡して、

「お邪魔かしら?」

「いえいえ、とんでもない。丁度今『魅感』の出演交渉してました。」とケイ。

「出演? なにに出るの?」

「放送部で校内ユニットを紹介する新番組を立ち上げるんです。」とユウ。

「そう。じゃあ最初に出たいわ!」

「えっ!」と俺。

「良いじゃん。早い方が。」

「そうね。翔ちゃん放送部だから、身内だし。」と姉ちゃん。

「じゃあ、その積もりで企画書作り頑張ります。」とケイ。

「そうだね。」とユウ。

「ユウ君、他人事じゃ無いからね!」

「はいはい。」


 会話が1段落したタイミングで加代が姉ちゃんと俺に目配せした。皆は一瞬怪訝な顔をした。

「皆、ちょっとごめん。魅感の打ち合わせがあるみたいだ。」

と言って、姉ちゃんと加代と俺はスタジオから出て調整室に移動した。

「なに?」

「うん。2人共これから吉祥寺に付き合ってくれない?」

「なんで?」

「春香に明莉ちゃんと円ちゃんを紹介したいの。」

「へー、早速だね。」

「お昼に円ちゃんから電話があって。」

「ねえ翔ちゃん、その人達の事知ってるの?・・・誰?」

「加代のユニットのメンバーさ。ナタプロの。」

「本当?」

「うん。」

「加代ちゃんありがとう。私、会いたいわ!」

「じゃ、決まりね。」

姉ちゃんと俺と加代は放送室を出た。出掛けに順平が俺に内緒話の様に言った。

「本当に解決したみたいだな。良かった。」

「そう言ったろ!」

「何をどうやったんだ?」

「なんか、自然に。」

「本当かぁ?」

「あ、ああ。」

「なんか怪しいが、そういう事にしとこう。ナッちゃんにも報告して良いよな!」

「うん。よろしく頼む。」

「よっしゃ! 任せとけ。」

「ありがとう順平。ナッちゃんにも『ありがとう』って言ってたって伝えてくれ。」

「了解。」


 久我山で急行に乗った。終点の吉祥寺まで止まらない。前の方はいつも混んでるので、3両目に座った。加代は俺の隣に座らず、姉ちゃんを中にして右が俺で左に加代だ。外はもう真っ暗で、車内は厚手の上着を着た人が増えて来ていて、朝晩は暖房を入れて欲しい日がある位だ。

「あら、ハルカもリング。」

「う、うん。」

「翔ちゃん?」

「うん。」

姉ちゃんは加代に左手のリングを見せた。

「良かったね。」

「ごめんね。」

「ううん。ほら、私もしてる。」

加代も姉ちゃんにリングを見せた。

「本当だ。」

「誕生石?」

「うん。」

「私も。私達、堂々とできるわね。」

「そうね。」

加代は伸び上がって、俺を見て、

「サンキュー、翔太!」

「あ、ああ。」

加代も姉ちゃんも穏やかな笑顔だった。俺はなんかホッとした。加代のリングの青い輝きと姉ちゃんのリングの青白い輝きがどちらも綺麗で、なんか良い感じだった。でも、やっぱり、ペアだとは言えなかった。言っても加代は嫉妬するような事はないと思うが、あえて言わない方が平和だと思った。井の頭公園の手前あたりで乗り換え案内の車内放送が始まった。


 6時過ぎ、待ち合わせのサンロードの中程にあるスイーツ専門の喫茶店に入った。2階の6人掛けの席を予約してあったらしいが、既に明莉ちゃんと円ちゃんが来ていた。2人は窓からサンロードを歩く人の流れを見ている様だった。

「おはようございます。植田さん、米田さん。」

「あ、おはようございます、ショウさん。」と明莉ちゃん。

「おはようございます。私、マドカで良いです。」

「あ、私もアカリで良いですよぅ。」

「そう?じゃあそうさせてもらいます。」

明莉ちゃんも円ちゃんも輝くような可愛らしさだ。そう思ってあらためて見ると、加代もそうだ。タレントの卵は中から光が出ているような感じがする。姉ちゃんは真ん中で円ちゃんの隣に、姉ちゃんの対面に加代、俺は通路側に座った。

「知ってると思うけど紹介するわ、こちら春香さん。」と加代。

「初めまして、中西春香です。」

「は、初めまして植田明莉です。アカリって呼んでください。」

「初めまして、米田円です。私もマドカで良いです。」

「わかりました。明莉ちゃん。円ちゃん。私もハルカで良いです。」

『はい。』

「春香さんはスタイルKのハルさんで良いんですよね。」

「え、ええ。」

「じゃあ、ハルさんって言っても良いですか?」

「良いわよ!」

「じゃあ、そうします。」

姉ちゃんと俺はスタイルKの中の名前の方が解り易いんだと改めて自覚した。

「ショウさんとはやっぱり兄妹キョウダイなんですよね。」と円。

「ネットではそういう噂ですね。」と姉ちゃん。

「本当はハルちゃんの方がお姉さんなのよ。」と加代。

「じゃあ、ハルさんは3年生なんですか?」

「ううん、2年よ!」

「ええー?」

「俺が3月の早生まれで、姉ちゃんが4月生まれなんだ。」

「同級生?」

「まあ、そうなるね。」

「そうね、スタイルKの中と同じで、私、妹って事でも良いわ!」

「えぇー!・・・まいっかそれでも。」


『いらっしゃいませ』

ウエイトレスさんがお茶を持って来た。姉ちゃんと加代はこの店の名物『おしるこ』と『抹茶』を、俺は『みつまめ』と『コーヒー』を頼んだ。


「3人共久我高なんて、尊敬します。」と明莉。

「何で?」

「だって、うちらと偏差値が違い過ぎです。」

「そんな事無いよ、君達の方がはるかに凄いと思うよ。」

「えぇー、冗談!」

「だって、池越の芸能科は偏差値じゃ入れないでしょ。」

「事務所の推薦で勉強出来なくても入れちゃいます。」

「普通、その『事務所』の推薦が貰えないから。」

「そっか。そうですよね。」

「そうだよ。」

「だったら、加代さんがうちに転校したらもっと凄いですよね。」

「池越の人は偏差値で勝負して無いと思うわ!」と加代。

「そうよね。」と姉ちゃん。

「じゃあ何で勝負してんだっけ?」と円。

「さあ?」と明莉。

「外の俺にははっきり判らないけど、たぶん、個性だと思う。」

「個性?」と円。

「タレント性とかパーソナリティーって言った方が解り易いかもね。」

「あ、そっか。うれしいです。それなら少し自信がありますから。」と明莉

「俺達普通科の高校生はタレント性では評価されないからね。」

「そっか・・・お気の毒です。」と円。

「ありがとう。でも、頑張れるところで頑張れれば、まあどっちでも良いんじゃね。」

「そうね。頑張れないところで頑張るのはキツイもの。」

「ですよねー!」と明莉。

姉ちゃんは苦笑して俺を見た。俺も姉ちゃんを見て微笑んだ。それを明莉ちゃんが見逃さなかった。

「うわー!ハルさんとショウさんってスタイルKの中と同じなんですね!」

「ハルさんは本当に優しいお姉さんなんですね。円もこんなお姉さん欲しいです。」

「ありがとうマドカちゃん。」

「えへへ!」

「マドカばっかり、ズルイわ!、私も甘えて良いですか?」

「いいけど、お手柔らかにお願いするわ! 2人共。」

『はーい。』

こうして、加代をツナギにして、ナタプロのタレントユニットと久我高の魅感は意気投合した。そう言えば、ナタプロの中では、このユニットはひとまず『あかま』と呼ばれる事になるらしい。並び順が向かって左から『明莉、加代、円』だからだそうだ。正式名はデビューの直前まで決まらないのだそうだ。


『お待たせしました。』

注文していた『おしるこ』その他が並べられると、テーブルの上がスイーツで一杯になった。

「お美味しそー」と姉ちゃん。

『では、ごゆっくりお召し上がりください。』


 姉ちゃんは明莉ちゃんと円ちゃんとすっかり仲良くなって話し込んでいる。あれからたった2日しか経過してないのに、加代がずいぶん落ち着いて自信たっぷりに見える。しかもナタプロのメンバーをもう従えている様にも見える。きっと昨日、何か良い事があったに違いない。正式契約はまだだと思うから、マスターお父さんが喜んで、何かしてくれるのだろう。マスターの笑顔が目に見える様だ。

「加代、皆を引き合わせたのは何か理由が有るんだろ?」

「流石、翔ちゃんね。」

「たぶん、エコサだね。」

「すごい。当たり!」

「307号室を『あまか』の私設練習室にするんだろ。」

「もっとすごいよ!」

「じゃあ、エコサを改装する?」

「うん。」

「4階の倉庫を整理して、レッスンフロアにするの。それで、3階は一般のお客様用にするの。」

「へぇー、すごいじゃないか!・・・じゃあ俺達はもう行けなくなるね。」

「ううん。魅感も4階で練習できる様にするよ!」

「それはどうもありがとう。」

「だから、4階に入れるのはここに居る5人だけよ!」

「へえー、なんか秘密結社みたいで楽しみだね。でも、俺達みたいなトウシロウが行って良いのか?」

「うん。魅感は私の出発点だから。」

「いや、それは違うよ。」

「なんで?」

「加代の出発点はあくまでエコサさ。」

「そうかなあ?」

「ああ、加代の出発点はマスター(お父さん)だと思う。」

「えぇー、そう?」

「ああ、そうさ。お父さんがエコサを始めなかったら今の加代は出来てないだろ!」

「そう言えばそうかもね。」

「ああ。」

「翔ちゃん、ありがとう。私、翔ちゃんと出会ってなかったら、今、こんなに嬉しい事にはなって無かったと思うわ。」

「そんな事無いって。加代はずっと夢を追ってたし、努力してた。だから逃す事なくチャンスが掴めたのさ。俺はちょっとだけ伴奏したに過ぎないよ。下手だけど。」

「ありがとう。翔太。」

「だけど、最初の出会いは最悪だったよね。」

「そうだったかしら?」

「ああ、ウザがられた。露骨に。」

「そんな事あったかしら?」

「よく言うよ!」

「でも、いつの間にか好きにさせられたわ!」

「それ、俺のせい?」

「そうよ!」

そう言って俺を見つめた加代の屈託ない笑顔がなんか眩しかった。たぶん昨日、加代はナタプロでプロの心構えやレッスンの予定なんかのレクチャーを受けたんだと思う。あれからたった2日しか経って無いけど、もうしっかりタレントに進化するための道を歩き始めたんだと思った。

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