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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
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5-11 フラグが立った日(その5)~許されるには~

 しばらくベッドに並んで寝ていると、さすがに眠くなって来た。大盛りの1日だったから、やはり今日は疲れたみたいだ。お休みを言おうと思って姉ちゃんを見ると、パッチリ目を開けて俺を見ている。なんかとんでもない事になりそうな予感がして、俺の目も覚めた。

「眠そうだったのは演技?」

「ううん。ここに来たら目が覚めたの。」

「そうですか?」

少し沈黙して見詰め合った。

「翔ちゃん、優しくして!」

「それ、どう言う事?」

「キスしよ!」

「え?」

「嫌なの?」

「・・・」

俺は姉ちゃんと恐る恐るキスをした。『汝らが如き姉弟が成すべき行為ことではない。』その禁忌を犯したような気がして、腕と体が震えた。なのに、意外にも姉ちゃんは満足そうな表情だ。

「姉ちゃん、俺達、倫理的一線ボーダーラインを越えたんじゃないか?」

「まだだと思うよ!」

「えぇー!」

「本当の事言うとね、ずうっと前から私、翔ちゃんとキスしたかったの。」

俺もそうだった。でもどう答えていいか分からなくて、しばらく沈黙が続いた。

「・・・・・」

「何回?」

「え?」

「何回したの?」

「加代と?」

「うん。」

「・・・毎日。」

「そう」

「ごめん・・・」

「良いのよ!」

「姉ちゃん、俺、姉ちゃんが好きだ。だけど、ごめん、加代だけを好きになろうとした。」

「良いのよ。そうしてって言ったの私だし、それが翔ちゃんの良い所だから。」

「姉ちゃんが好きだって判ってるのに、ごめん、俺、自分の意思を通せなかった。」

「・・・・・」

また暫らく沈黙が流れた。姉ちゃんに許しを請おうとする俺の気持ちが、気まずい雰囲気に押し潰されそうになった。

「ねえ、翔ちゃん、私に許して欲しい?」

「うん。」

「・・・私はもう許してるのよ!」

「でも俺・・・」

「そうね。つまりそれ、私が許すんじゃないわね。」

「え?」

「翔ちゃん自身が許さないと。」

「どうやって?」

暫らく沈黙があった。姉ちゃんは優しい表情で俺を見詰めた。そして、

「そうね。・・・わかったわ。今日から毎日『おやすみなさいのキス』しよ!」

「どう言う事?」

「加代ちゃんより私の方が沢山になるまで! 日にちも回数も。」

「えぇー・・・けど、良いのか?」

「良いよ! そうすれば、きっと翔ちゃん自身が自分を許せる様になるわ!」

「そうかなあ?」

「うん。きっとそうなるわ!」

「・・・ありがとう姉ちゃん。・・・でも本当に良いのか?」

「私は・・・そうね。ちょっと楽しみだわ!」

「ええぇー」

少し沈黙が流れた。

「明日はデートしよ!」

「え?」

「わたしもリング欲しい。」

「あ、あぁ、そうだね。」

「渋谷に行こっか。」

「うん。」

結論に至った様な気がして、一瞬間が空いた。

「じゃあ、おやすみ!」

「うん、おやすみ。」

俺は眠ろうと目を閉じた。

「翔ちゃん、もう約束破り?」

「ええ?」

「だから・・・おやすみ!」

「?・・・あ、ごめん」

姉ちゃんと俺は『おやすみのキス』をした。ちょっと深めの。そして、姉ちゃんを右腕で抱いて、目を閉じて・・・たぶん眠るまで10分もかからなかったと思う。


・・・・・・・・・・


 11月11日(日曜日)の8時前、姉ちゃんが起き上がったので俺も目が覚めた。目を開けると目の前に異常接近した姉ちゃんの顔があった。

「おはよう、翔ちゃん。」

「おはよう。」

起き上がろうとして上体を起こすと同時に、

「翔ちゃん、大好き!」

いきなり姉ちゃんに抱き締められた。

「ね、姉ちゃん。く、苦しい。」

しばらく抱き合った。・・・そのままの状態で、

「いつ頃出かける?」

「10時頃で良くね!」

「そうね。」

俺は1度自分の部屋に戻って身支度をして1階に降りた。顔を洗って、キッチンに行くと、母さんと姉ちゃんが朝食を準備していた。

「おはよう、翔ちゃん。」

「おはよう、母さん。」

姉ちゃんと俺が目配せをして微笑んだのに母さんが気付いて、母さんも嬉しそうに微笑んだ。俺は例によって姉ちゃんからレタスとサラダボールを受け取ってサラダを作って、コーヒーを入れた。8時半過ぎダイニングに家族が全員揃った。

『いただきます。』

親父は姉ちゃんと俺を交互に見て、嬉しそうに、

「お前達、仲直りしたのか?」

「うん。」

「そうか。」

「今日、2人で渋谷に行くよ。」

「ホー、早速デートか。」

「まあね。」

姉ちゃんは黙って少し恥ずかしそうにしている。

「彩香も一緒に行く!」

「彩ちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃん2人にしてあげない?」

「ええー!」

「お母さん達は池袋に行くんだけど・・・。」

「うーん。じゃあ仕方ない。お母さん達と行く。」

「嫌ならお留守番でも良いぞ!」

「ヤだ! お父さん何か買って!」

「何が欲しいんだ?」

「うーん。行ってから考える。」

「そうか、なんか怖いな。」

姉ちゃんはなんか嬉しそうだ。

「そんな事無いよね、彩ちゃん。」

「うん。サヤはお父さん大好きだから、無理はしないよ!」

「良い子だね、彩ちゃん。」

「どういたして!」

「ふふふ!」

姉ちゃんは彩香の頭を撫でた。彩香は分かってる様で分かって無いし、分からないとタカをくくっていると、分かってたりする。


 姉ちゃんと俺は10時前に家を出て、10時半過ぎ、渋谷の109に向かって歩いていた。相談したわけではないが、スタイルKの撮影で時々行く道玄坂の貸スタジオの近くにある、高級宝飾店『プラス・ドゥ・ラ・ビジュー』に何となく足が向いていた。

「翔ちゃん、やっぱりあそこへ行くの?」

「うん。」

「きっと、高いよ!」

「大丈夫。姉ちゃんは心配しなくて良いよ。」

「ほんと?」

「まあ、そのつもり。」

俺は単車バイクを買う積もりでほぼ1年間ギャラを貯め込んできた。それを今日、全部姉ちゃんのために使う覚悟だ。単車はとりあえず諦めるしかない。109に向かって右側の坂道をしばらく行くとその店がある。俺は躊躇無くその店に入って、2階のショーケースの前に行った。

「いらっしゃいませ。どのような物をお探しですか?」

「4月の誕生石のリングが欲しいんですが。」

「ダイヤモンドですね。こちらへどうぞ。」

「えっ!」

俺の脳内に衝撃が走った。そっか。姉ちゃんの誕生石はダイヤモンドかぁ・・・

「翔ちゃん、ダイヤで無くても良いよ!」

「と、とにかく見てみよう。」

ダイヤのリングは確かに高かった。いわゆるBクラスでも1カラットだと100万円を超える。

「姉ちゃん、これで良いか? 1カラット。」

「ばかね。そんなお金持って無いでしょ!」

「・・・ごめん。」

俺はまた思慮浅いバカを演じてしまっている。

「俺、姉ちゃんが気に入ったのを買てあげたい・・・んだけど・・・」

「私ね、普通のペアリングが良いわ! 半分出すから。」

「だって、それじゃ俺の気持ちが収まらないよ!」

「翔ちゃんのその気持ちだけで嬉しいわ!」

「とにかく、じゃあ、ペアリングは今日、必ず買うよ。だけど、ダイヤのリングも欲しいのを言ってくれよ、今日は無理でも、いつかそれに近いのを必ず買ってあげるから。」

「ほんと? ありがとう。分かったわ!」

姉ちゃんは例によって色々物色した。店員さんはどう見ても高いのを買いそうもない客なのに、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。そして、結果として、加代に買ったのと酷似した、0.16カラットのダイヤが埋め込まれた様なデザインのペアリングを選んだ。姉ちゃんには何か考えがあるみたいだった。実は、姉ちゃんは同じデザインだが0.08カラットの安いリングで良いと言ったのだが、俺は、最低でも、加代に買ってあげたのより高額で、存在感が無いと気が済まないから、高い方を買った。サイズの調整と刻印が出来上がるまで少し待った。

「姉ちゃん、本当に欲しい誕生石のリングはどれ?」

「これで十分よ!」

「遠慮すんなって、どうせ今日は買えないから。」

「じゃあね、ショウケースの上から2番目のみたいなのが良いわ!」

俺はそれを指さして、

「これだね。」

「うん。大げさで無いのに存在感があるわ!」

「お目が高いですね。これは1.38カラットの82面ラウンド・ブリリアント・カットの完全手作りでして、リングはプラチナでイタリアのデザイナーの今年の新作です。リング部分が同じプラチナのイミテーションリングもございます。」

「いくらですか?」

店員さんは買えるものなら買ってみろという感じで微笑んで、値札を表に向けた。280万円税別だった。イミテーションと合わせると税別300万円だ。俺は金額を口に出せなかった。

「イミテーションでも、うっかり無くせないね。」

「そうだねー。」

「イミテーションだけならなんとか買えるね。」

「申し訳ございません。イミテーションだけの販売は致しかねます。」

「ですよねー。」

店員さんは勝ち誇った様な笑顔だった。そこへ別の店員さんが出来上がったペアリングを布の上に置いたトレイを持って来て、それをショーケースに置いて帰って行った。店員さんは白い手袋をして、摘まむ様にして俺に姉ちゃんのリングを見せて、日付とイニシャルの刻印を確認してから渡してくれた。俺はそれを受け取って、姉ちゃんの左手をとって薬指に嵌めた。姉ちゃんは左手を少し広げてショーケースに置かれたスタンドの照明に翳す様にして、

「ピッタリだわ。」

と言って嬉しそうだ。すると、店員さんは俺のリングを同じ様にして姉ちゃんに渡した。姉ちゃんはそれを俺の左手薬指に嵌めようとした。店員さんがそれを止めた。

「ダイヤを上に・・・」

「あ、御免なさい。緊張しちゃった。」

俺と姉ちゃんは思わず見詰め合った。照れた顔が可愛いと思った。

「小さ過ぎて見えなかった?」

「ばかね!」

「今度はあれを買いに来よう。」

姉ちゃんと俺と店員さんは顔を見合わせて微笑んだ。店員さんは、恋人同士の様に振る舞う姉弟を見て、何と言って慰めたら良いのか判らなかったと思う。支払いの手続きをして、手入れの説明を聞いて、姉ちゃんと俺が席を立つと、店員さんは階段まで一緒に出てきて、深くお辞儀をして見送ってくれた。


 店を出る少し前から姉ちゃんと俺は腕を組んだ。姉ちゃんは組んだまま左手を広げてリングを眺めながら歩いている。嬉しそうだ。俺も、排気量は少し減ったが、1度は諦めた単車が戻って来た気がして、なんか嬉しかった。

「翔ちゃん、有り難う。良いリングだね。」

「ああ、うん。そうだね。」

「学校にもして行く?」

「俺はやめとく。」

「そうね。みんな目聡いからね、こう云うの。」

「いや、そうじゃ無くて、俺達の事、説明できない。」

「そうね。判って貰えないよね。」

「だろ。」

「私は良いよね。」

「うん。もち。」

109に向かって歩いていたが、そう言えば、

「姉ちゃん、お腹空かない?」

「うん、空いたね。」

「じゃあ、この前入れなかったあそこへ行こう!」

「そうね。」

姉ちゃんと俺はチーズが美味しいと評判の、井の頭通りの隠れ家レストランに行って、チーズフォンデュを思いっきり食べた。その後、109周辺でウインドウショッピングをして5時頃家に帰った。俺は家に入る前にリングを外した。

「外すの?」

「うん。彩香が変に思うだろうし、ハブられたと思うかも知れないから。」

「そうね。翔ちゃん流石だわ。」

「まあね。」

「もう、自惚れ屋さんなんだから!・・・翔ちゃんのリング、しばらく、2人だけの秘密だね。」

「うん。」


 その日の夕食は池袋のデパ地下の食材オンパレードのなんか豪華な食事だった。彩香の報告は水族館の自慢話だった。当然だが、母さんが姉ちゃんのリングに気付いた。

「あら、リング買ったの?」

「うん。翔ちゃんに買ってもらったの。『プラス・ドゥ・ラ・ビジュー』で。」

「まあ、高かったんじゃない?」

「た、大した事無いよ。小さいけど、誕生石入り。」

「良かったわね。」

「サヤのは?」

「今度な! サイズとかあるから一緒に行かないと買えないんだ。」

「うん。じゃあ今度で良いよ!」

姉ちゃんを見ると彩香を見て優しく微笑んでいた。母さんも親父も微笑んでいた。いつもの穏やかな中西家の団らんが戻って来ていた。ただ、ペアリングだって事は言わなかった。家族に姉ちゃんと俺の共通の秘密が出来たのはこれが初めてだった。まあ、いずれ知れるのは分かってはいたが。


 その夜は俺の部屋に姉ちゃんが来た。いつもの暖かそうなピンクにホワイトドットのパジャマだ。俺は物理の教科書を開いて、質量と力と変位と速度と加速度の関係を確認していた。ニュートン力学の剛体の運動方程式は数学的には微積分の関係だから、俺的にはとても解り易い。

「翔ちゃん、いい?」

ドアを少し開けてのぞき込む姉ちゃんがなんかすごく可愛く見えた。

「うん、もち。」

「今日はありがとう。」

姉ちゃんはそう言いながら、いつもの様に部屋の真ん中にクッションを抱えて座って、1度左手のリングを眺めてから俺を見上げた。振り向いた俺の視線と姉ちゃんの視線が重なった。俺は教科書を閉じて、机の一番上の引き出しからペアのリングを出してそれを嵌めながら姉ちゃんの左横に行って座った。姉ちゃんは俺の左手を取って、

「同じだね。」

「うん。」

俺は右手で姉ちゃんの肩を抱いた。姉ちゃんは俺の右肩に頭を乗せるようにして凭れた。

「ごめんね、翔ちゃん。」

「なにが?」

「カメラの時も、今度も、私、翔ちゃんに買ってもらうばっかり。」

「なんだ、そんな事か。姉ちゃんが嬉しい事は俺も嬉しいから。」

「ねえ、翔ちゃんは欲しい物無い?」

「あるよ。」

「なに?」

「今は単車バイクと、もう1つは・・・内緒。」

「バイク?」

「うん。免許取れたし。」

「そっか。どれ位するの?」

「ピンキリ。」

「買ってあげよっか?」

「ほんと?」

「キリの方で。」

「うっ!・・・まあまだ具体的じゃないから、決まったら相談するって事で。」

「そうね。」

ちょっと沈黙があった。姉ちゃんの体温を心地よく感じていた。

「もう1つは何?」

「・・・それは、だから、内緒だって。」

「私にも秘密なの?」

「・・・恥ずいから。」

「ふぅーん・・・・」

姉ちゃんは頭を上げてちょっと不満そうに俺を見詰めている。大きな瞳に天井の蛍光灯が映っている。俺はなんかこう云うのに抗えない。

「怒らない?」

「うん、怒らないよ!」

「・・・ね、姉ちゃん。」

「・・・・・」

「ほらぁドン引きだろ!」

「バイクとどっちが優先?」

「えっと、バイク。」

「あれれ! なんで?」

「とりあえずお金で買える。」

「なるほど。」

姉ちゃんと視線が重なった。すごく可愛いと思った。そして、軽くキスをした。

「悔しいけど、私は無料タダだわ!」

「ほんと?」

「だって、もう・・・」

「いや、それ、なんか違うような気がする。」

「どうして?」

「維持費のケタが違いそうな・・・」

「そうね。覚悟しなさい!」

「うん。」

「あら、素直に認めるの?」

「あ、うん。」

「ありがとう。」

姉ちゃんと俺はしばらく凭れ合うようにしてお互いの気持ちを確かめ合った。そして、もう1度今度はちょっと深めのキスをした。

「じゃあ、帰るね。」

「うん。」

そして、見詰め合って、約束の『おやすみのキス』をして姉ちゃんは部屋に帰った。

「おやすみ、姉ちゃん。俺、大好きだから。」

「おやすみ、翔ちゃん。私も大好きよ!」

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