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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
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5-7 フラグが立った日(その1)~あいつに加代は勿体無い~

 あんな事があったけど、加代はもちろん、姉ちゃんも俺も少し落ち着きを取り戻したような穏やかな日々が続いていた。11月3日、肌寒い土曜日の午後、姉ちゃんと俺は吉祥寺のライブ喫茶に行った。俺はコーヒーを姉ちゃんはレモンティーを注文して、KFBの演奏を聴いた。ボーカルの声だけは良く知っている。加代だ。今日は蕩ける様な鼻にかかった様な甘い声でバラード調のたぶんオリジナル曲を歌っている。やがてKFBつまり加代の持ち時間が終わると、加代が俺達のテーブルにやって来て座った。

「カヨちゃんやっぱり上手だねー!」

「ありがとう。ステージからハルちゃんに見詰められてるのが判った。」

「最高だったわ。いい歌ね。誰の歌?」

「下北で活動してるインディーズのコピーなのよ。」

「へー、インディーズってもうプロよね。」

「そうね。上手下手はあるみたいだけど。」

「下手って、ワザとじゃない?」

「そうかも。・・・ところで、翔ちゃんは?」

「何が?」

「だから、ライブどうだった?」

「うーん。そうだね、加代は最高だった。」

加代は苦笑しながら、

「それどういう事よ・・・ああぁ、皆まで言うな。分かってるから。」

姉ちゃんも微笑んでいる。

「ま、これから練習だよね。」

「あ、私KFBのボーカルじゃないから。親の知り合いに頼まれただけだから。」

そこへKFBのベース奏者がやって来た。小太りで24、5歳位に見えた。確か『ノロ』とか紹介されていたと思う。俺的にはイラッとする遅れ気味のリズム感で・・・まあ止そう。

「カヨちゃん、こちらは?」

「中西君と中西さん。この人は野呂さん。」

俺達は中腰になって、

『初めまして、中西です。』

野呂さんは姉ちゃんを値踏みするような湿った目つきで見て、

「どう言う事?」

「この2人キョウダイ。」

俺を見て、

「へー・・・自分、どっかで会ったっけ?」

かなりの年上とは言え、俺はこの無礼者にカチンと来た。

「いえ、完全に初めてです。」

「だな。・・・俺等のテクの事言っても解らんだろうから、とにかく楽しんでくれや!」

「・・・?・・・」

「あのー、野呂さん何か用ですか?」と加代。

「おお、これから飲みに行くんだ、来ないか?」

「私、未成年ですし、まだ2時だから中西君たちと帰ります。」

「おおそうかい。じゃあな。」

野呂さんは『せっかく声かけてやったのに』感を滲ませて楽屋方向に行った。俺達は半分呆れ顔でそれを見送った。

「こんな昼間から高校生を酒に誘うもんか?」

「ロックバンドって私達の常識じゃ測れない世界の人達なのかしら?」

「それは曲と演奏だけにして欲しいね。」

「常識外れはたぶん、あの人個人の問題よ!」

「だよね。」

加代はちょっと小声になって、

「あいつね、たぶん私に気があるんだ。」

「そうみたいね。」

「判った?」

「うん。なんか私と比較してたわ。」

「露骨だろ!」

「正直言っていいか?」

「言いたい事は予想着くけど、言ってみて!」

「加代には似合わない。ってか、あいつに加代は勿体無い。」

「だろだろ!」

「あら、カヨちゃんも大胆ね。」

「あいつ、父さんよりウザいんだ。」

「まあ判るような気がする。」

「13個も上なのよ!」

「そうなのか?」

「うん。この前聞いて、ああ、やっぱりって思った。」

ステージが暗転した。次の演奏が始まるらしい。ファンのお姉さんたちが袖に集まり始めた。皆それぞれに蛍光スティックやELのフレキボードなんかを持ってるから、人気バンドの様だ。

「これからどうする?」と俺。

「今日の目的はカヨちゃんの応援だったんだけど。」

「次の演奏も聴く?」

「たぶん、翔太好みじゃないと思う。」

「なら帰る?」

「なんかまだ足りない気がするんだ。」と加代。

「カヨちゃんらしいわね。」

「つまり?」

「うちに来て! 練習しよっ!」

「いいわね。」

「へへん、これ見て!」

そう言って加代は自慢げにタクシーのチケットを見せた。

「通勤費込みのバイトなのね。」

「そう言う事になるわね。」

俺達3人は静かに腰を上げて、タクシーでエコサに向かった。途中俺達の家に寄ってアコギを取って行った。もちろんタクシーに遠回りしてもらってだ。


 30分後、俺達3人はエコサの307号室に入った。加代の要望で2曲カラオケを歌った。それから新レパートリーにすべく、ゲームミュージックの練習を始めた。もう4年位前になるが、俺が間違ってネットで購入したR18の恋愛シミュの挿入歌だ。これがなかなかに切ないバラード調の名曲だ。CVが歌う日本語バージョンと黒人シンガーが歌うパンチがきいた英語バージョンがある。当然だが、加代はどっちを歌っても上手い。姉ちゃんは加代のキーボードを借りて、アドリブの伴奏が上手い。リズムセクションはキーボードのライブラリに少し手を加えて良い感じだ。当然だが俺はアコギだ。下手くそだ。KFBの野呂さんと同じように遅れ気味なのが悔しい。ただ、野呂さんと違うのは、ベースじゃないから誤魔化しがきかない。

「あ、悪い! どうしてもここら辺でつっかかるね。」

「練習しかないな!」

「遅れ方が野呂さんと同じだね。」

「それは練習不足のせいよ。翔ちゃんは弾けるようになるとリードするわ。」

「そうかなあ?」

「ああ、天然じゃないと思う。」

「ありがとう。とにかく、俺が居ると通しにならないから、隣で練習してくる。2人でやってて!」

「ああ、わかった。」

「頑張ってね!」

俺は隣の少し狭い306号室に移動して1人で練習を始めた。解放弦コードはまあ良い。セーハが出来ないって訳じゃないが、ミドルコードやハイコードが混じると引っかかる確率が増えるのだ。判ってるのに出来ないのが悔しい。下手な証拠だ。最近、才能が無いんじゃないかとさえ思う事がある。親父に言わせると、自信が付くまで練習するしか無いのだそうだ。


1時間程した頃、姉ちゃんが入って来た。

「ちょっと疲れちゃった。」

「そうだね。休憩しよう。・・・カヨちゃんは?」

「お菓子取って来るって。」

「そっか。」

休憩すると言いながら、俺はまたコード進行を練習し始めた。10分もしなかったと思う。ふと姉ちゃんを見ると、隅のソファーで壁に凭れかかって眠っていた。なんか寝顔が可愛い。俺は漠然とその寝顔を見ながら練習を続けた。そこへ加代がトレーにスナックと飲み物を乗せて入って来た。入口を見た俺と加代の視線が重なった。加代が可愛く微笑んだ。

「あちこち探したんだけど、こんなのしか無かった。」

「・・・?」

「だから、オレンジジュースとチョコのスティックと塩ポテト。」

「十分だと思う。」

「そう、ならこれで良いね。ちょっとゴメン。」

加代は俺の前をすり抜けて、トレイをテーブルに置いて俺の右隣に座った。たぶんギターのネックがあるからだと思う。姉ちゃんをチラッと見て、

「寝ちゃったみたいだね。」

「ああ、起こそうか?」

「ううん、寝かせとこ!」

俺と加代はチョコのスティックを食べてオレンジジュースを飲んだ。のどが渇いていたのでとても美味く感じた。しばらく沈黙が流れた。俺は楽譜スコアを目でなぞってコード順を確認していた。加代が小声で、

「この前は、ほんと、ありがとう。」

「ん?」

「ここで・・・」

「あ、ああ・・・加代は負けず嫌いだからね。でも、元通りの加代になってくれて嬉しいよ。」

「うん。翔太のおかげ。」

「吉村さんが言ってた事の受け売りだけど、芸能この界隈かいわいには悪い奴の割合が多いから気を付けてくれ!」

「うまい話には乗らない事にしたわ!」

「それが良い。充分信頼できるのが判ってないとね。」

「ねえ、吉村さんって、この前ライブ・ディナーに来てくれたスタイルKの営業の小父さんだったよね。」

「うん。褒めてたよ。原石かも知れないって。」

「ほんと?」

「ああ、加代がどうしてもって時には頼んであげるよ。実力は把握してくれてる訳だし。」

「本当!・・・でも信用できるの? どんな人?」

「うん。表向きは営業って言ってるけど、業界の裏を知ってそうな影のボスみたいだ。」

「怖い人?」

「見かけはね。」

「確かに。」

「でも俺は信頼してる。」

「ふうーん。」

俺はまたスコアを手に取って目を落とした。そして旋律を鼻歌で歌いながらコードを押さえるイメージトレーニングをした。

「ねえ、翔ちゃん!」

「なに?」

「わたし、いっぱい迷惑かけたね、翔ちゃんに。」

「何言ってんだ。迷惑だなんて思ってないから。」

「そう言うと思った。・・・翔ちゃんは・・・良い奴だな。」

「ありがとう。」

「それで・・・私、あんたが好きになったみたい。」

俺はスコアをテーブルに置きながら、もう一度

「ありがとう。」

と言って加代を見た。加代は俺の視線を受け取った。一瞬見詰め合った。

「私、結構本気なんだけど、迷惑?」

「迷惑な訳ないだろ!」

「じゃあ、後はあんたが私を1番好きになってくれるだけだね。」

「あ、ああ・・・だけど、悪いけど俺には1番から3番まで決まった人が既に居る。」

「何だよそれ? ハーレムかっつうの!」

「妹の彩香、姉の春香、そしてエリの順。」

「シスコン!」

「はい、その通りです。」

「即答したな! てか、最後の『エリ』って誰?」

「中学の同級生で、同じ庭球部だった。」

「付き合ってんの?」

「そんなんじゃ無いけど、ちょっとあってね。」

「なぁんだ。」

「まあ、結局そう言う事だね。だから、付き合うってのがどう言う事か俺は良く知らない。」

「ねえ、聞いていい?」

「何?」

「あんた、私をどう思う?」

「どうって?」

「私が変人だって皆が言ってるの知ってる?」

「うん。だけど加代のどこが変人なんだ?」

「私には判らないわ!」

「加代は普通の可愛い女子に見えるし、話もまとも。」

「もっかい言って!」

「まとも」

「じゃなくて、その前。」

「だから、普通の女子さ。」

「省略すんな、肝心なとこ!」

俺は一瞬何だか考えた。

「カワイイ?」

「そう思うか?」

「あ、ああ。」

「なあ、私の事、好きになってくれないか?」

「もうとっくに好きさ。」

「本当?」

「ああ、1年の時、加代の歌を聴いた瞬間から俺はカヨの虜になった。」

「それは私の歌だろ?」

「うん。歌ってるカヨ。」

ちょっと沈黙が流れた。

「じゃ無くてサ!」

そう言うと加代は俺にキスをした。俺は不意を突かれてビックリした。加代は真剣な眼差しで俺を見詰めて、

「私の事、好きになって欲しい。」

俺はどうして良いか判らなかった。

「4番目じゃダメか?」

「私だけを好きになって欲しい!」

俺は困った。困った事になったと思った。その時俺達を見詰める別の視線がある事に気が付いた。姉ちゃんだ。姉ちゃんは俺の視線を逸らして、立ち上がって出て行こうとした。

「姉ちゃん!」

「ごめん。翔ちゃん、私帰るから。」

そう言って駆け出すように出て行った。

「待ってよ! 姉ちゃん。」

加代は立ち上がった俺の右手をつかんで、

「行くのか?」

「う、うん。」

「そっか。」

加代は悲しそうな言い方で手を放した。廊下に出るとエレベータのドアが開いていた。俺はそれに飛び乗った。

  『下にまいります。』

エレベータのボタンパネルに向かって黙っている姉ちゃんが居た。

「姉ちゃん、俺!」

俺は姉ちゃんの肩に右手を置いた。姉ちゃんはその手を払い除ける様にして振り返った。

「居てあげて!」

大きな瞳が涙で一杯になっている。

「俺はどうしたら良いか・・・」

「カヨちゃんの傍に居てあげて! ・・・私は大丈夫だから。」

姉ちゃんの両頬を涙が伝った。そしてエレベータの床に落ちた。

「俺、このままだとカヨと付き合う事になる!」

「・・・いいよ。」

「本当に?」

「・・・私は大丈夫だから!」

泣き声に近かった。

「姉ちゃん。」

  『1階でございます。』

「ごめん。私、わからない。」

ドアが開くと、1階には土曜日の午後を楽しんでいるお客さん達が数人居た。姉ちゃんはその人達の横をすり抜けるように小走りに出て行った。俺は姉ちゃんの後ろ姿を見送った。追えなかった。ブザーが鳴ってドアが閉まった。

「姉ちゃん・・・俺・・・」

俺は力無く3階のボタンを押した。

  『上にまいります。』

「・・・こんなフラグ立たないでよ・・・」

  『3階でございます。』


 306号室に戻ると誰も居なかった。俺はギターを持って307号室に行った。ケースに入れて帰るつもりだった。加代が居た。ギターを入り口に置いて、俺は黙って加代の横にあるギターのソフトケースに手を伸ばした。その時、加代が抱き付いて来た。

「ありがとう、翔太!」

「加代、俺・・・」

言葉にならない焦燥感が俺を包んだ。そして俺達は・・・キスをした。俺の瞳からも姉ちゃんと同じ位の大粒の涙が溢れて止まらなかった。姉ちゃんと俺の恋人未満の姉弟関係が今終わったんだと思った。

 加代を抱きながら、俺は自己嫌悪に苛まれた。俺はやっぱり姉ちゃんが好きだし、その気持ちを偽る事なんかできない。でも、加代を突き放す勇気も無い。おれはどうしようもないヘタレだ。なのに体は恥ずかしい程男として正常な反応をしてしまう。俺はどうしてこんなにバカなんだろう。たまらなく悔しくて悲しい。そして、どうあがいても、もう元へ戻るルートなど無くなったのだと思った。

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