5-3 久我高祭でライブした日(その1)~作詞作曲そして練習~
8月6日(月曜日)今日から久我高祭に向かって本気で準備を始める予定だ。加代と姉ちゃんと俺の3人でフェアウエル・コンサートにエントリーした。満足に演奏出来もしないのに、いきなりライブにエントリーなんて、どこからこの自信が湧いたのだろう。エントリーしてから武者震いに襲われた。
軽音のメインバンド『なんチャラ』の目論見では、加代が2年連続の久我高ディーバで、その直前に俺達が前座という事だったらしいが、加代がディーバのオーディションを辞退した。10月にタレントオーディションがあって、その準備で久我高祭の軽音の練習には出たくないらしい。もうひとつ、加代は姉ちゃんと俺にとんでもない提案をした。
「ねえ、わたし久我高祭で私達のオリジナル曲を歌いたいんだけど。」
「オリジナル?!って事は、曲作りするって事?」
「そう。無理かなあ?」
「姉ちゃんどう思う?」
「そうね、わたし、いつか作曲してみたいって思ってた。」
「じゃあ、加代が作詞だね。」
「ダメだ。時間が無いし、第一私には才能が無い。」
「姉ちゃん作詞も大丈夫?」
確認しようと姉ちゃんを見ると、微笑みながらも睨み返している。
「翔ちゃん、なんで翔ちゃんが何もしないのが前提なの?」
「うっ、え、えぇー・・・俺、作詞すんの?」
「だな。」
「頑張って!」
2人共期待を込めた眼差しで俺を見詰めている。俺はこう云うのに、なんか抵抗できない。
「えーっと・・・まあ、過度な期待はしないでください。」
と云う訳で、俺に巨大なプレッシャーがのし掛かった。しかも、思い出になるのが良いと言う。何をどう表現していいのかさっぱりだ。そのおかげで、ここ数日睡眠不足が続いている。
「お兄ちゃん起きて! 9時だよー、8時15分のサイレンとっくに鳴ったよ!」
例によって彩香は俺に馬乗りになって体を揺すっている。
「おはよう彩香、起きるから、どいてくれ。」
「うん。」
「ところで、8時15分のサイレンってなんだ?」
「わかんない。テレビで鳴ってたし、近くでも鳴ったよ!」
「ふぅーん・・・あ、今日は原爆記念日か。広島の。」
「お爺ちゃんとお婆ちゃんどうしてるかなぁ。」
「そうだな。元気かな!」
俺はゆっくり起きてベッドから降りた。かなり湿度が高い。エアコンはたぶん3時に止まったと思う。カーテンを開けると窓が濡れていて、結構しっかりと雨が降っていた。
「雨かぁー!」
「うん、そうだよ。今日はお外行けないから彩香が遊んであげる。」
「それはどうもありがとう。でも、今日から練習なんだ。」
「えぇー! 彩香も練習したい。」
「じゃあ、加代姉ちゃんがOKって言ったら、一緒に行くか!」
「うん。・・・でも、なんの練習?」
「学園祭のライブの練習。」
「?わかんない。」
「お歌の練習だよ。」
「ふうーん。・・・サヤ先に下に行くよ!」
「ああ、わかった。」
俺はパジャマをTシャツとジーンズに着替えて1階に降りて顔を洗った。朝食を食べた後、リビングで昨夜作った歌詞を読み返した。何度読み返しても、なんか伝わって来ない。俺にはやっぱり才能は無いんじゃないかと思う。そこへ姉ちゃんがコーヒーを入れて持って来た。
「できた?」
「うーん・・・だめ。」
「ねえ、途中で良いから見せて!」
「笑うな!」
「どうかしら?」
「頼むよ!」
姉ちゃんは俺の左隣に座ってノートを覗き込んだ。かなり密着した。それを見て、彩香も右隣に来て座った。そして俺に凭れかかった。彩香は興味津々だが、まあ、読めないだろうし、読めても理解できないだろう。俺はコーヒーをブラックのまま1口飲んだ・・・苦い。
君に届け僕の声 作詞:中西翔太、作曲:中西春香、歌:田中加代
商店街の坂道で 君を見つけることがある
閉まり始めた踏切で 君に追いつき並びたい
君は急いで通り過ぎ 振り返ってくれないね
急行電車に遮られ 僕の声は届かない
神田川を渡る橋 君に追いつけそうになる
分かれ道まであと少し 君と一緒に帰りたい
君はまっすぐ前を見て 振り返ってくれないね
後姿を見詰めてる 僕の声は届かない
渡り廊下の真ん中で 君と出会うことがある
可愛く微笑み僕を見る 君がくれる優しさで
僕に勇気が湧いてくる 何度チャンスを逃しても
僕の気持ちを伝えたい 君に声が届くまで
何度チャンスを逃しても 僕の気持ちを伝えたい
君に声が届くまで 僕の思いが届くまで
駅の出口の階段で 君と出会うことがある
ホームに近づく各停に ギリギリ間に合う急ぎ足
君は微笑み立ち止まる 急がないと乗れないよ
ようやく届いた僕の声 本当の気持ちじゃないけれど
何度チャンスを逃しても 溢れる気持ち伝えたい
君に届け僕の声 本当の思いが届くまで
「うーん。片思いなのかなぁ・・・ちょっと辛い? けど最後前向きなのが良いわ。」
「だね。またボツです。てか、ストーカーだよね。」
「そうでもないとは思うけど。」
「久我高祭限りのオリジナルってプロパが結構重いよ!」
「そうね。ご当地の雰囲気入れたいしね。」
「欲張ってるの解る?」
「うん。これ三鷹台と久我山のイメージよね。それに学校の事も入ってる。」
「欲張りすぎ?」
「ううん、そんな事ないわ!」
「マンマだと校歌になちゃいそうだし。まあ、まだ時間あるから。」
「ダメよ、練習しなきゃいけないんだから。」
「そっか。」
「ちょっと曲付けてみよっか。」
「かたじけない。ついでに推敲したい。」
姉ちゃんはノートを持って立ち上がってピアノの前に移動し、鍵盤の蓋を上げてフェルトをたたんでピアノの上に置いた。その手でピアノの上に置いてあった五線紙ノートを取って、そして座って、歌詞のノートと五線紙ノートを並べて譜面台に置いた。左手で和音を鳴らしながら歌詞を鼻歌でなぞり始めたが、なかなか旋律が出てこない。
「うーん、『商店街の』かぁ、出だしからしてなんかムズいわね。」
「じゃあ、『学校へ行く』はどうかな?」
「だけど、『商店街』の方が久我山っぽいかしら。」
「そこまで拘ってないけどね。」
「そっか、『学校へ行く』は2番との関係が良いわ! 行きと帰りがあって。」
「つまり、まあ、どっちもどっちって感じだね。」
「もうちょっと考えよっか。」
「だね。このままだと、マイナーな曲になるかも。」
「そんな事無いわ! メジャーで弱起も良いわよ。でも、まだよーく考えよ!」
「なんか黙ってるけど、サヤはどう思う?」
「うーん・・・わかんない。」
「そっか・・・だよね。」
「姉ちゃんはビートが利いた元気な曲調が良いの?」
「拘ってはないんだけど、やっぱりアップテンポがいいかなって思ったの。」
「そっか。じゃあこれはまたボツだね。」
「加代ちゃんの意見も聞きたいわ。」
「それじゃあ、今のところ、これが草案って事で良いかな。」
「そうね。」
午前中はこんな感じで作詞作曲の真似事をした。それにしても、作詞も作曲もそんなに簡単じゃないってのが良く分かった。
午後、姉ちゃんと俺と彩香はエコサの307号室に入った。加代が待ち構えていた。最近は彩香もカラオケの楽しさを覚えて、エコサの常連になりつつある。加代が居るときは307号室で無料コースだが、そうで無い時は1階か2階でしっかり料金を払っている。もちろん、マスターお父さんのご親切で、かなり安くしてもらうのを断った事は無い。
「加代姉ちゃん、こんにちはー。」
「いらっしゃいサヤちゃん。サヤちゃんが好きなチョコスティックあるよー」
彩香は人見知りしないので加代にも最初から可愛がられている。まあ得な性格をしている。
「ありがとう。」
「うーん、可愛いィ!」
加代は彩香をハグした。彩香も加代に抱き着いた。こんな調子で、加代をすっかり虜にしてしまっている。まあ、姉ちゃんも俺も同様に彩香の術中にハマってはいるのだが。
加代と姉ちゃんが紙コップのオレンジジュースを配って、彩香も加えて4人で乾杯の準備をした。それが整うと、加代と姉ちゃんが俺を見た。その空気を読んで彩香も俺を見た。
「・・?・・」
「翔ちゃん、何か言ってよ!」
「俺?」
「だって、翔ちゃんが1番大きいんだから。」
「身長で決まるんすか?」
「そうよ。」
皆が俺を見詰めている。
「うーん。それじゃあ。」
俺は立ち上がって、皆を見渡した。すると皆も立った。
「えー、本格練習を始めるに当たりまして、僭越ながら、私、翔太が乾杯の儀の栄誉を執らせて頂きます。」
「ククク・・・」
皆、顔を見合わせて笑いをこらえている。
「では、飲み物をお持ちください。」
皆テーブルの上の紙コップを持った。
「乾杯のご唱和をお願いします。」
もう一度皆を見渡した。早くしないと全員吹出してしまいそうだ。
「久我高祭での魅感「仮」初ライブの成功に向けて、練習が十分に出来ますよう、皆様の健康と安全を祈願しまして、乾杯!」
「かんぱーい!」
皆オレンジジュースを飲みほして、大爆笑した。
「翔ちゃん、そんな挨拶どこで覚えたの?」
「翔太すごいな。」
「お兄ちゃん何言ってんのか解かんない。」
俺は得意気に皆を見渡して、
「黒田先生の真似さ。」
「だと思ったわ!」(姉)
「て事で、まずセットリストを考えますか。」(俺)
「そうね。」(姉)
「ライブの持ち時間は今年も15分だそうだ。」(俺)
「って事は、MC込みで3曲ね。」(姉)
「1曲目はツカミだから、元気出るのが良いよね。」(俺)
「去年のだけど、『歩いていこう』なんかどう?」(加代)
「うん、良いね。じゃあとりあえずそれ採用。」(俺)
「2曲目はオリジナルよね。」(姉)
「できた?」(加代)
「今考え中! とりあえずって事で、これ。」
俺は作詞ノートを加世に見せた。加代は目でそれを読んで、
「良いかも。」
「えっ、そうか?」
「これってサ、可愛い彼女が私で、僕が翔太だよね。」
「いや、そんなんじゃないけど。」
「そう思った方が感情移入し易くない?」
「加代がそう言うならそれでも良いよ。」
「うん。そうしよう。」
姉ちゃんも微笑んで、
「となると、作曲担当は責任重大ね。」
「よろしくお願いします。ハルちゃん。」
「頑張ってみるわ!」
「あ、まだこれに確定じゃないから。」
「もっと良いのができたらそれでも良いわ!」
「うん。」
「翔ちゃんも私も言ってる事が具体的過ぎるような気がするの。」
「理系だからかなあ?」
「ううん。たぶんセンスの問題だわ!」
「まあね。つまり才能の問題だ。」
「比喩表現を上手に入れたいんだけど、そう言うの加代ちゃんの方が上手なんじゃない?」
「そうかしら。じゃあ、気が向いたら考えてみるわ!」
「よろしく。」(俺)
「期待しないで待ってて!」(加代)
皆顔を見合わせた。笑顔だった。
「3曲目はあれよね。」(姉)
「うん。『天使のいたずら』だね。」(俺)
「まあ、しっとり終わるのが私達らしくて良いよね。」(加代)
「きっと、トリの『なんチャラ』が凄いビートだものね。」(姉)
「じゃあ、これで決まり。」(俺)
「そうだ、アンコールも準備しなきゃ。」(加代)
「そうね。時間が押してなければ、要求来るかも。」(姉)
「だったら『Flavor Of Life』歌いたい。」(加代)
「それ、良いわね。」(姉)
「じゃあそれで行こう。かなりムズイけど。」(俺)
「KFBも出来てんだから、練習、練習!」(加代)
「まあね。頑張ってみるよ。」
この日から、夏休みの間はもちろん、9月に入ってからも、3人が揃う日はほとんどを練習に当てた。ベースとパーカッションはPCに打ち込みになる。当然の様に打ち込み担当は俺だ。俺の担当と云う事はつまり、曲が確定してからでないとその気にならない。だから、それまでは姉ちゃんのキーボードのリズムリードで練習という事になった。
実は7月の終わりから俺は学校の近くの自動車教習所に通っている。もちろん単車の免許だ。親父に『原動機付自転車の免許取りたい』と言ったら、『ちゃんと自動二輪を取れ!』だそうだ。親父は限定解除の二輪免許を持っている。20日頃に実技試験があって、来月には交付される予定だ。つまり、俺的にはかなり充実していると言うか、忙しい。




