5-2 横山先輩を追い出した日(その2)~追い出し会~
放送室のドアを勢い良く開けて、ケイ(下田佳子:1年B組)と雫(茅野雫:1年C組)が入って来た。2人共レジ袋を提げている。ケイは元気で娘で、雫はちょっと引っ込み思案。2人共声優(CV)のような可愛い声をしている。
「お菓子買って来ました。」と雫。
「おお、ごくろう。」
「あのー、先輩。」
「なんだ? 雫ちゃん。」
「お、お釣りありません。」
「ああ、いいって。てか、足りなかったんじゃない?」
「じ、実は、えーっと、27円足しました。」
「ああ、それ返すよ。」
俺はポケットから財布を出そうとした。
「いえ、これ位良いです。」
「いやいや、そうは行かない。」
「じゃあ、1年で持ちます。ユウ君後で雫に10円ね。」とケイ。
「ああ、良いよ。」
「ケイちゃん、1円多いよ!」
「大丈夫、ユウ君は心が広いから。」
「僕の心の広さって1円?」
「じゃあ、30円。」
「良いけど・・・3円増えてるし!」
俺は思わず噴出した。俺達もこんな可愛い会話する事があるような気がする。
「ま、とにかく、悪いな。」
「それよっか、取れました。昨日は駄目だったから、キャンセル出たみたいです。」とケイ。
「マジ?」
「はい。マジです。やっぱり日頃の行いですよね。・・・わたしの。」
「そうだね。グッジョブ、ケイちゃん。」
俺はケイの頭をなでなでした。ケイは一瞬ちょっとウザそうにしたが、まあ笑顔だった。この頃の俺は年下の女子に対して、無意識に彩香にするようにしてしまう。姉ちゃんに見つかる度に注意されていた。
「じゃあ、そのお菓子持って行こう。」
「はい。」
「あのー、わたし・・・」
「どうした? 雫ちゃん。」
「この前は今日行けないって言ったんですが・・・」
「行けるようになったのか?」
「行っても良いですか?」
「当たり前だろ。良いに決まってんじゃん。」
「あぁぁよかったー!」
雫は満面の笑顔になった。やはり女子は笑顔が可愛い。そこへ姉ちゃんに続いて加代が入って来た。
「翔ちゃん居る?」
「おう、姉ちゃん、早いじゃん。」
「うん。写真部は特にする事無いから。」
「翔太、邪魔する。」
「おぉ、加代も一緒?」
「悪かったな!」
「そんな事言って無いから。むしろ感謝。」
「こら、拝むな!」
「へいへい。」
姉ちゃんはスタジオの奥を見渡して、
「順平君は?」
「1足先に行った。吉祥寺経由で。」
俺は姉ちゃんに顔を向けたまま目線だけを斜め上に向けて微笑んだ。分かったみたいだ。
「そっか。・・・じゃあ行きましょうか。」
「先輩、行きますよ!」と俺。
「ああ、わかった。」
15分後、俺達はエコーサウンドのフロントに居た。
「あのー、先程予約した久我高放送部の下田ですが・・・」
「はい。承知しております。7名様ですね。」
マスターお父さんが俺をチラッと見て微笑んだ。ケイは振り返って怪訝な顔で俺を見た。俺は微笑んで優しい視線を返した。ケイはまたカウンター越しにマスターを見て、
「あ、1人追加できますか? 今は7人ですが後から男子が1人来ます。」
「全部で8名様ですね。大丈夫です。」
「じゃあお願いします。」
「後から来られるという方は・・・えっと。」
マスターお父さんはメモを確認して、
「高野様ではありませんか?」
「そうです。」
「でしたら、もうお待ちですよ!」
「え、そうでなんですか?」
「はい。・・・307号室です。奥のエレベータで3階に上がってください。」
「じゃあ、行こ!」と加代。
ケイは怪訝な顔でなんか納得できない様だ。
「まあ、良いじゃん。会場が確保出来たことに変わりないから。」
「そうですね。」
307号室に入ると順平が待ち構えていた。大きな赤いバラの花束をソファーの背凭れの上に置いて壁に立て掛けている。
「お、やっと来た。」
「順平、ご苦労さん。いい花束だね。」
「ナッちゃんが選んでくれた。」
「それで、ナッちゃんは?」
「うん、遠慮しとくって。」
「そんな、気にしなくて良いのに。」
「夜のバージョンには来るから。」
「そっか。」
ヨッコ先輩が入口側に座ろうとしたので、それを見た順平が、
「先輩、奥の誕生席に座ってくださいよ。」
「そう? わかった。」
ヨッコ先輩の右側に姉ちゃん、加代、俺、その対面にケイ、雫、ユウ、正面の入口側に順平が座った。みんな順平に注目した。それを見て順平が立ち上がって、
「これから、放送部とその縁者合同でヨッコ先輩の追い出し会を始めます。」
「先輩、ご指導ありがとうございました。それで・・・お疲れ様でしたぁー!」と俺。
皆小さく拍手した。順平が続けた。
「まあ、まだ卒業とかじゃ無いから細かい事は止めて、先輩を激励しましょう!」
姉ちゃんは例によって赤いミラーレスを構えている。俺が付け加えた。
「先輩、1言お願いします。」
「う、うん。・・・皆、ありがとう。この会が無かったらきっとズルズルと放送室の染みになる事だったろうと思う。明日から全力で入試モードに突入できる様な気がする。今日でひとまずJK最後の日という事にしたい。気持ち的に。・・・とにかく、私のためにありがとう。」
「では、記念の色紙と花束贈呈です。」と順平。
「先輩、色々有難うございました。寄せ書きです。」とユウ。
「ありがとう。嬉しいわ!」
赤いミラーレスのフラッシュが光った。
「あ、裏にSDカードが貼り付けてあります。皆のボイスメッセージが入ってます。」
「小芝居も入ってます。」と俺。
「本当? ありがとう。」
「それでは、僭越ながら私から花束を贈呈したいと思います。」
順平が赤いバラの花束を先輩に渡した。先輩は少し涙ぐんだように見えた。皆さっきより大きめの拍手をした。赤いミラーレスのフラッシュが数回光った。
「横山先輩は第1志望はどこですか?」とケイ。
「高田馬場よ!」
「そうですか。難関ですよね。」
「そうね。」
「その難関を通らねばならない理由があるんだ。」と順平。
「どんな理由ですか?」
「汝、狭き門より入れ!」
「はぁ?」とケイ。
「マタイ伝? アンドレジイド?」と雫
「汝、詳しくはヨッコ先輩に聞け!」
「結局そうなると思った。」と俺。
ヨッコ先輩は例によって少し苦笑して、
「まあ、色々あってね。」
「えぇー」
「木村先輩という・・・」と順平。
「それ噂のナイト様ですよね。」とケイ。
「いつか紹介してください。」と雫。
「木村先輩って、軽音のOBですよね。どうやって知り合ったんですか?」
「定期コンサートかな。」
「へぇー。声を掛けられたんですか?」
「どうだったかな・・・」
「えぇー、教えてくださいよー!」
「ケイちゃん、詮索はそれ位にしとこうか。とにかくヨッコ先輩は高田馬場を目指す。」と俺。
「うーん。はい。」
ヨッコ先輩と木村先輩の事情を何となく知っている3人はホッとした。
入口のドアが開いて、ワゴンを押したマスターお父さんが入ってきた。
「お待たせしました。焼きそばと焼うどんと飲み物をお持ちしました。」
「あれ? 頼んでませんけど・・・」とケイ。
「ああ、良いんだ。昼飯代わりにさっき俺が頼んどいたんだ。」
「そうですか。・・・でも、そう言うの、幹事にひとこと言ってください。」
「ごめん、ごめん。これは俺達2年の奢りだから。サプライズのつもりだったんだ。」
「マジすか?」とユウ。
「マジまじ。だから、配ってくれ。」
「はーい。ビックリー!」とケイ。
「取って付けてくれても可愛いね。」
「翔ちゃん!」
「はい。姉ちゃんに睨まれました。テヘ!」
皆苦笑した。1年3人がワゴンから皿をテーブルに移して配り始めた。それを見て、マスターお父さんは嬉しそうに俺と目配せをして、
「それではごゆっくり。」
と言って出て行った。加代と姉ちゃんも紙皿と紙コップを取回している。
「先輩、口火を切ってください。」と加代。
「そうね、わかったわ。」
先輩は『西原カナ』のアップテンポの曲を歌った。先輩の好みは意外と普通のJKなのだ。先輩が1曲目を入れたのを皮切りに、しばらくカラオケで盛り上がった。
「加代、これ試してくれ。」
俺は『マイクカヨ2』を差し出した。
「あ、それ・・・ありがとう翔太。」
「まだ完璧じゃ無いから後で感想を聞かせてくれ。」
「うん。」
加代は『恋のような』というゲーム系の唄を歌った。ゲーム音楽は重低音からシャラまで色々な音源が散りばめられたアレンジが多く、ビート感も強くて気持ちがいい。にしても、なんか加代と姉ちゃんの事を歌ってるみたいで意味深だった。
「翔ちゃんありがとう。すごく歌い易くなったわ。」
「それは良かった。でもまだ少し『シェ』って言うから再調整だね。」
「翔太先輩のテク見せてもらいましたけど、凄かったす。電子部品付けて調整ですから。」
「へぇー、まだ調整してくれるの?」
「ああ、まだまだ。捨てるには勿体無いからね。」
「え? 捨てるんだったら僕にください。」
「だから、使えるようにするんだって!」
「ですよね。」
言うまでも無いが、加代の歌を聴いた1年生の驚いた顔がとても面白かった。初めてここに来た時、俺もこんな顔で聴いたんだろうかと思った。
「田中先輩って凄いですね。」とケイ。
「それ程でもないわ! まだまだよ!」
「ファルセットがあんな自然に出来るなんて、歌手デビュー出来ますよ。」
「実はね、チャンスがあれば、その心算よ!」
「やっぱり。私ファン1号にしてください。」
「ごめんね。ファン1号と2号はもう決まってるから、3号ね。」
「はい。1桁なら嬉しいです。」
「あ、あのー、私も良いですか?」と雫。
「良いわよ!」
「じゃあ、4号で。」
「駄目!」
「えぇー?」
「4は欠番よ。だから5号。」
「あ、はい。」
加代はなんか後輩に優しい。俺はこの優しい加代が本当の加代だと思う。そう思うと、なんか嬉しい気分になる。そう言えば、ずっと前に姉ちゃんも加代の事を『優しい娘』って言ってたような気がする。
ヨッコ先輩の追い出し会は3時間程続いた。カラオケに熱中する加代とケイ、ヨッコ先輩の有り難い説教に聞入る順平と裕也、その間を行ったり来たりの俺、隅っこでニコニコしている雫、そして、スナップを撮りまくる姉ちゃん。皆それぞれに先輩を気遣って追い出し会を盛り上げてくれた。良い奴等が揃ったものだ。
俺達は5時前エコサの1次会を終えて、1度それぞれの家に帰った。そして、6時前、1年生を除いた5人、つまり、ヨッコ先輩、順平とナッちゃん、姉ちゃんと俺は吉祥寺の井の頭公園近くのライブ&レストランの入り口前に居た。吉村さんと落ち合った。このレストランはリーズナブルだがライブ付コース料理なのでまあそこそこの値段だ。半分弱を俺と姉ちゃんが持った。残りの半分をナツと順平が負担して、残りをスタイルKの営業&交際費で落してもらった。つまり、吉村さんが俺達高校生の話を聞く会にもなっている。当然だがヨッコ先輩はご招待だ。
「みんな、紹介します。『吉村さん』スタイルKの人です。見かけと違って優しい人だから。」
「翔太君、その紹介は無いんじゃないか?・・・『吉村』です。今夜はよろしく。」
「今晩は、横山頼子です。3年生です。」
「聞いています。今夜の主賓さんですね。」
「表向きは。・・・田中さんの事よろしくお願いします。」
「そうですね。まずは聴かせて頂きます。でも、応援してあげるのは良い事です。」
「初めまして、高野順平です。」
「わたしは清田奈津子です。」
「ああ、君達が噂の順平君とナッちゃんですね。初めまして。」
「ええ?」と順平。
「いや、春香さんと翔太君の話の中によく登場するカップルだからどんな人達かと楽しみにして来ました。想像通りのナイスカップルですね。」
「あ、ありがとうございます。」
順平とナッちゃんは顔を見合わせて微笑んだ。
「それじゃあ、入りましょうか。」と吉村さん。
「あ、待ってください。写真撮ります。」
姉ちゃんはたまたま通りかかった人にシャッターをお願いして、ヨッコ先輩を中にして両側に姉ちゃんと俺がしゃがみ、ナッちゃんを中にして両側に順平と吉村さんが立った集合写真を撮った。まだ明るかったがフラッシュがオートで光った。蒸し暑かった。
「それじゃあ今度こそ入りましょう。」
案内されたテーブルはステージに1番近い場所で、姉ちゃんと俺と吉村さんがステージに向かって右、残り3人が左だった。吉村さんに良く見て聞いて貰いたかったので、中央正面になる様に座ってもらった。当然主賓のヨッコ先輩も中央側だ。前菜とスープが出て来た所でウエイターさんがワインを持って来たが、吉村さんを除いた未成年は皆オレンジジュースにしてもらった。順平だけはジンジャーエールにしたようだった。パンとムニエルを食べ始めた頃、ステージが始まった。いよいよ加代の登場だ。
暗い照明のステージにドラム、ベース、ギターの3ピースバンドが登場した。3人がそれぞれの楽器の位置に付くと、照明が明るくなった。加代のバックバンドと言ったら失礼かも知れない。そこへ加代が紺色サテンのミニのドレスで登場した。俺達だけが拍手した。父親の知人から加代がヴォーカルを頼まれたというこのバンドは、いわゆる『前座』なので、たぶん誰も知らない。MCでギターのリーダーが口を開いた。
「みなさん今晩は。カヨとKFBです。今夜は加代ちゃんのボーカルを中心に聴いてください。1曲目は『Flaver Of Life』です。」
ドラムスティックが2回鳴って、加代の歌が始まった。皆聞き惚れた。短くて特に内容がないMCに繋がれて、2曲目は『そばにいるね』、3曲目は『桜の栞』、4曲目は『ベストフレンド』を歌った。どうやら4曲の予定だった様だが、MCが短かったので、急遽5曲目『Heart Sation』を追加したみたいだった。どれもおとなしい感じの曲で、加代の歌声が映える曲だった。演奏はともかく、KFBも加代の応援団を演じてくれているのが嬉しかった。ちなみに、KFBは『吉祥寺不良ボーイズ』だそうだ。KFBの解説を求める人は多いが、たいてい『聞くんじゃなかった』という感想を持つと思う。とにかく、バックバンドがどうであろうと、加代の歌はやっぱり凄いと思う。ゾクゾクする。
1曲目が終わったところで、俺は吉村さんに感想を求めてみた。
「加代どうですか? 上手いでしょ!」
「聞いてはいたけど、確かに上手ですね。」
「私と翔ちゃんはもうファン1号と2号なんです。」
吉村さんは苦笑して、
「応援するのは良い事です。する方もされる方も。」
「それ、どういう事ですか?」
「お互いに一生懸命になれて良い結果になる事が多いからです。特にエンタの業界は。」
「へー、そういう事ですか。」
4曲目を聴いたところでまた聞いてみた。
「吉村さんにはどんな風に聴こえてますか? 加代の歌。」
「声質が素直だから、はまると凄い事になるだろうね。」
「それって、つまり、突き抜けた感じじゃないって事ですか?」
「そうだね。磨けば良い光沢が出てきそうな、原石という感じですね。」
「そうですか。じゃあ脈ありですよね。」
「もちろん。今でも素人のレベルじゃ無い。」
「やっぱり。」
姉ちゃんと俺は顔を見合わせた。2人共嬉しさで一杯の笑顔だった。
「君達は本当に良い友達同士なんですね。」
「たぶん。でも、普段は互いに結構言いたい放題です。」
「そうですか。」
そう言った吉村さんの顔も珍しくほころんでいた。ただ、決してそんなことは無いのだが、吉村さんが微笑むとその裏に予感される怖さが増すのが少し気の毒だ。
加代とKFBが40分、中継ぎのガールズバンドが20分、メインのちょっと有名なインディーズが60分で、結局2時間ちょっとのコースだった。全部で20曲の生演奏を堪能した。料理もそれなりに結構美味しく、皆満足できたと思う。レストランの出口で加代が待っていた。
「カヨちゃーん!」
「はるかー!」
最初に姉ちゃんと加代が手を取り合って小躍りした。
「良かったよー!」
「ありがとー!」
「あ、こちら、清田奈津子ちゃん。」
「初めまして、田中加代です。順平君からいつも『のろけ』られてます。」
「のろけてねーから!」
ナツは順平と組んでいた腕を解いて、はにかんだ様に微笑んで、
「初めまして、感動しました。私初めて聴きました。ライブ。」
「聞いていた通りのスポーツウーマンですね。爽やかな感じ。」
「あ、ありがとうございます。」
「加代、この人が吉村さんだ。」
「田中加代です。今日はありがとうございました。」
「初めまして、お上手でした。感心しました。」
「ありがとうございます。」
「加代ちゃん、良かったわ!」
「先輩、ありがとうございました。」
「ううん、こちらこそ。今日は本当に良い記念日になったわ!」
姉ちゃんがタイミングを取っていたみたいだ。
「じゃあ、記念写真撮りまーす。」
また通りがかりの人にシャッターを頼んで、全員で記念写真を撮った。そして、最後に姉ちゃんがヨッコ先輩に地味なブーケを手渡して夜の部もお開きになった。今思えば吉村さんは高校生だけの仲良しグループの無茶な頼みに、嫌な顔もせず最後まで良く付き合ってくれたものだと思う。




