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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-32 ロケに行った日(その8)~抱き枕~

 俺達は再度ふたたびワゴン車に乗って『渡口の浜』に向かった。15分もかからなかったと思う。そこは珊瑚が砕けた砂でできた眩しいくらい白く長く続く砂浜で、砂がきめ細かくて深い。素足で歩くと指の股が刺激されて気持ちいい。海の中までそのままその感触が続く。そして何より、人が少ない。見渡してもチラホラしか居なかった。もっとも、もう3時を過ぎていたからかも知れない。

「うわー、綺麗!」と姉ちゃん。

「本当だ。初日のプライベートビーチより白くてパラダイスっぽい。」

「売店があるから、私はあそこに行くわ!」とエッコ先輩。

「えぇー、先輩、泳ぎましょうよ!」

「うーん、泳いでもちょっとだけ。」

「お土産や買い物はもう無いのよね?」と晶子さん。

「はい。後はフライトだけです。」

「じゃあ、5時45分のフェリーに乗るから、5時頃まで泳ぎましょう。」

 砂浜にシートを拡げて小さな岩でシートの隅を押さえ、真ん中にフィンやゴーグルやシュノーケルを入れたバケットを置いた。さらに売店で借りたビーチパラソルを立てた。そして、中里さんの指導の下、準備運動をしてひとまず海に入った。その後白い砂浜とエメラルドグリーンの渚で2時間弱泳いだり走り回ったりした。晶子さんのビキニ、エッコ先輩のハイレグ、姉ちゃんのサロペット、エリのセパレート。どれも凄かったり可愛かったり。そこで俺はハッと気が付いた。これって、いわゆるハーレム状態ではないかと。こんな嬉しい状況はこれまで経験したことが無い。これって『リア充』ってやつだ。これから先も時々で良いからこうであって欲しいと願った。


 5分程思いっきり泳いで、浅瀬に立ち上がって周囲を見渡すと、姉ちゃんとエリは少し深いところで晶子さんにシュノーケリングを教わっている。エッコ先輩は波打ち際で暇そうにしている。これはもう、仕方が無い。先輩を退屈させる訳には行かないから、俺は先輩をご接待しようと近づいた。決してハイレグが見たいとかじゃ無い。

「翔太、手を貸してくれる?」

俺が話しかける前にエッコ先輩に頼み事をされた。

「良いすよ。」

俺は何の事か特に確かめもせずに合意した。

「手を離すなよ!・・・お願いだから。」

「あ、苦手なんでしたね。」

「あ、ああ。」

俺は先輩の両手を支えて泳ぐのをサポートした。そして徐々に腰ぐらいの深さの所に誘導した。

「先輩、顔を水に浸けてみませんか?」

「うん。」

先輩の手に力が入った。

「ダメ、無理!」

「そうすか。ゆっりで良いです。まずは慣れましょう。」

このビーチは浅いので、泳ぎを教えるのには持って来いだった。先輩は30分程で水に慣れて怖がることは無くなった。それで、タイミングを見て今度はウエストを支えた。

「翔太、お前、何をする!」

「先輩、体を伸ばす練習をしましょう。」

「そ、そうか?」

「両手を伸ばしてバタ足してください。」

「息できない。」

「顔を横に向けて口で息吸ってください。下向きで吐いて下さい。」

「口から吐くのか?」

「吐くのは鼻でもOKです。」

「な、なるほど。」

先輩のウエストはクビれていて細くて、簡単に支えることができるが、なんかエロい事を妄想してしまいそうで刺激的だった。吉岡さんみたいに『ごっつぁんす。』って言いたかった。それから30分程で先輩は手を伸ばした状態のバタ足で5メートルくらいは進めるようになった。先輩があんなに嬉しそうな顔をしたのを初めて見た。

「先輩、そこからバタ足でここまで来てください。」

「わ、わかった。」

「あ、息を止める前に、何回か深呼吸しておくと楽になります。」

「そうか?」

先輩は指先が俺に触れると、立ち上がって顔を手で拭う。時には立ち上がるのを失敗してパニクッて俺にしがみついた。俺的にはそれがいい。先輩はバタ足ができるようになったのと、体が浮く感覚が判って、楽しそうになってきた。今度は手で水を掻く練習かなと思って、

「先輩、バタ足をしながら手で水を掻いてみませんか?」

「うん、やってみる。」

案外簡単にできたみたいだが、どうやら目をつぶっている様だ。数回それをやって慣れたみたいなので、

「水の中で目を開けられますか?」

「無理!」

即答だった。

「ちょっと待っててください。」

俺はゴーグルを取って来て先輩に被せた。

「これなら水中が見えますよね。」

「うん。良く見えるわ!」

「たぶん鼻から息吐けませんから、全部口で息してください。」

「わかった。」

先輩はもうすっかり泳げるようになった。元々運動神経ってか、感が良い人だからだろう。足が届く深さなら先輩と並んで泳げるようになった。なんかすごく楽しくて嬉しい気分だった。

「翔ちゃん、水分補給。」

姉ちゃんに声をかけられた。先輩とのささやかな至福の時間が終了した。

「わかった。」

みんな売店に行って、クリームパンや冷たいジュースやアイスを食べた。


 売店はエアコンが利いていて、濡れた体で入ったから、暫くすると体が冷えてかなり寒くなった。なので、俺は1人アイスを持って外に出た。売店の前の道を隔てた所が川みたいになっている。後で地図を見て解ったのだが、川じゃなくて、伊良部島と下地島の間の水路だった様だ。だから対岸は下地島って事になると思う。今居る所は伊良部島の下地島側の端っこって事だ。その岸の焼けて適度に熱くなったコンクリートの堤防に座って、泳ぐ魚の影を目で追いながらアイスを舐めていると、エリが横に来た。見上げると大きな瞳が可愛い。だが、その瞳の輝きは相変わらず小悪魔っぽい。うかつなことを言うと後で姉ちゃんにチクられるから、俺はこいつと2人になるとかなり緊張して言葉を選ぶ。

「翔ちゃん、隣に座っていい?」

きたきた、何を企んでるんだろう?

「良いよ!」

「ちょっと目を離してる間に大きくなったね。」

「そうか?」

「うん。胸板も厚くなったんじゃない?」

「試してみる?」

「いいの?」

「叩くんだろ?」

「そうね。」

エリは俺の胸を軽く叩いた。

「痛てて!」

「嘘でしょ!」

「うん。」

ちょっと沈黙が流れた。

「ねえ、まだ私、3番目キープできてる?」

「えっ? あ、あぁ・・・でも、そう言うのあんま関係ないし。」

「そうなの? じゃあ、1番にしてくれる?」

「それは無理だ。」

「即答?」

「彩香と姉ちゃんは姉弟妹キョウダイで、同居してるからね。」

「じゃ、やっぱ3番目ジャン。」

「そうなるか。」

「じゃあ、聞くけど、もう4番目はできた?」

「何を言う! さてはそれを聞き出すのが目的か?」

「素朴な質問よ。他意はないわ!」

「・・・で、できてない。」

「情けない人ね。」

「・・・基本ヘタレですから。」

「栄子先輩は?」

「違うでしょ。」

「そっかなあ。」

「強いて言えば、憧れのモデルさんです。」

「私の見た感じでは、翔ちゃんにちょっと気が有るんじゃない?」

「まさか!」

ちょっと沈黙があった。

「ねえバカ翔太!」

「なんだよ!」

「・・・これからもずっと3番目に居させてね。」

「えっ・・・う、うん。わかった。」

「今日はハグしないからね。」

「ああ。」

また少し言葉が途切れた。

「翔ちゃん、なんか、辛い事があったら相談してね。」

「?」

「今度は私が癒してあげるから。」

「あ、ありがとう。・・・たぶん無いとは思うけど、そん時は頼む。」

「うん。」

「エリもな。何かあったら言ってくれ。」

「うん。3番目だからね。」

エリと俺は顔を見合わせて微笑んだ。久しぶりに可愛いエリの笑顔を見た。ちゃんと服を着てたらハグできただろうか?


 フェリーの出航が少し遅れたせいで、宮古空港には6時半過ぎに到着した。ひとまずチェックインして、お昼と同じレストランで夕食を食べた。そして、7時10分頃、晶子さんとエリに見送られてゲートに向かった。

 ジャンケンの結果、姉ちゃんが右の窓側になった。他の2つの座席は、まあ力関係で決まった。つまり、エッコ先輩が中、俺が通路側に決まった。離陸するまでは先輩を挟んで3人の自撮りなどをした。離陸してすぐ、どうした事か姉ちゃんが赤いミラーレスをショルダーに仕舞った。背伸びして前方の窓の外を見ると、飛行機は紺色から濃い紫色の空間を通って黒い闇の世界に飛び込んで行く感じだった。つまり、外は暗い空と海で、それ以外何も見えなくなっている。もう少し闇の世界に進入すれば星が見えるのかも知れない。まもなく、シートベルト着用のサインが消えた。それと同時にエッコ先輩が、

「翔太、席代わってくれ。」

「どうしてですか?」

「その方が恨まれなくて済む。」

「・・?・・」

俺は意味が解らなくて先輩を見つめた。

「まあ良いじゃん。代わってよ!」

「何企んでんですか?」

「大した事じゃない・・・つべこべ言わずに、サッサと代われ!」

「へいへい。」

エッコ先輩と入れ替わると、その理由がはっきりした。姉ちゃんが眠ってしまって、こっちに凭れかかって来ている。なるほど、これが嫌だったのかと納得した。まあ、俺は構わない。さすがにこの3日間はしゃいだから、疲れたんだろう。姉ちゃんは機内サービスで少し起きたがアップルジュースを飲み終わるとまた眠ってしまった。

「姉ちゃん、おやすみ。」

「うん。なんかすごく眠いの。おやすみ翔ちゃん。」

「うん。」

「翔太、私にもおやすみを言ってくれ!」

「へい。エッコ先輩もおやすみなさい。」

「うん、おやすみ。」

エッコ先輩はそう言うと、ひじ掛けを上げて俺に凭れかかって来た。

「先輩、これがしたかったんですか?」

「ひじ掛けがあると痛いんだ。」

「それって、俺に凭れるのが前提ですよね。」

「良いじゃん、そっちはOKなんだろ!」

「姉ちゃんですから。」

「シスコン!」

「わかりました。事故っても怒らないでくださいよ!」

「翔太も少しずつその気になって来てんじゃん。」

「何か起こったとしても、事故ですから。」

「判ったから腕を貸せ。」

「どうするんですか?」

「こうするんだ。」

エッコ先輩は俺の左腕を抱えて凭れかかった。当然だが、先輩の豊かな胸の感触が俺の左腕に伝搬した。姉ちゃんもけっこうあるのだが、エッコ先輩は別格だ。びっくりして俺は先輩を見た。微笑んでいた。俺は抵抗を諦めて眠ることにした。久我高祭と同じ状況になった。俺はなんかオッパイに恵まれているのだろうか? ま、とにかく、今は何も考えない事だ。順平が言う暗算が何の効果も無いのは実証済みだからだ。


 1時間程眠ったと思う。俺の左側にはエッコ先輩が右側には姉ちゃんが凭れかかって、例によって、俺は枕にされている。だが、気が付いた事がある。何と、姉ちゃんもひじ掛けを上げている。それから、姉ちゃんもエッコ先輩も宿のコンディショナーの甘い良い香りがする。2人共持って来たに違いない。確かに『ご自由にビーチにお持ちください』と書いてあった。

 俺はエッコ先輩を気遣いながら左手を伸ばして前の座席の背のポケットのペットボトルを取ってお茶を1口飲んだ。右肩が姉ちゃんに押さえられているからだ。ペットボトルを元に戻したついでに時計を見ると9時前だった。それから、姉ちゃんの頭の方に首を傾けてまた眠ろうとした。

「翔太、遠慮するな!」

「え? 先輩、起きてたんですか。」

「さっきお前が動いたから。」

「すみません、起こすつもりは無かったんです。」

「良いんだ。」

しばらく沈黙があった。

「先輩、聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「彼氏居るんすか?」

「ノーコメ!」

「そうすか。」

会話は一方的に断ち切られた。眠いのでそれでも良いと思った。だが、少しの沈黙の後、

「なあ翔太。この業界せかいのお仕事は自分磨きが1番なの。」

「勉強ですか?」

「違うよ。人に見せて魅せる仕事だから。そのために磨くのよ。」

「何処を磨くんですか?」

「色々に決まってんじゃん。」

「どうやってですか? エステとか?」

「外面はね。それでも良い。」

「それって整形もありですか?」

「もちろん。でも、なるべくしたく無いわね。・・・問題は内面なのよ。」

「それはサプリとかですか?」

「なるほど。翔太らしいニブさね。」

「違うんですか?」

少しまた沈黙が流れた。

「恋をするの。少なくともそうしてる様に自分で自分に暗示をかけるの。女は。」

「男は?」

「そうね・・・逃げる。女から。」

「そうですか。なれるものなら、そういう状況になってみたいっす。」

「翔太は幸いニブイから何も考えずにそれが出来てる。ある意味天才だ。」

「へっ? 本当ですか?・・・てか、それ、かなり凹むご意見です。」

「まあ、気にすんな。」

そう言うと、エッコ先輩は左手で俺の頭を自分の方に引っ張った。

「何するんですか?」

「わたしに凭れかかっても良いって事だ。遠慮すんな。」

「あ、ありがとうございます。」

「礼には及ばない。私のためでもある訳だから。」

「・・?・・」

俺は仕方なくエッコ先輩の方に首を傾けた。そして何気なく姉ちゃんの方を見ると、姉ちゃんが睨んでいた。なので、慌てて首を戻した。

「どうした、翔太。」

「か、監視員様が・・・」

「翔ちゃん、何言ってるの?」

「ごめん。」

「私が眠ってるって思ってたのね。」

「いや、そんなつもりでは・・・」

「先輩。翔ちゃんが本気になっても知りませんよ!」

「本気ならむしろ歓迎。」

「先輩の説によると、俺は本気になっちゃダメなんですよね。」

「そうね。だけど私は本気の気分なのよ!」

「なんか不公平なような。」

「まあそういうのが活きる業界ところだから仕方が無い。」

「何の事?」

「内面を磨くには、恋をしている気分になるって事らしい。」

「へー、そうなんだ。」

「恋する女子は綺麗になるって云う事ですよね。」

「まあな。」

「とりあえず、姉ちゃんと俺にはあんま関係ないかも。」

「だからお前はニブイ君なんだ。」

「え?」

「先輩、あんまり翔ちゃんで遊ばないでください。」

「そら、悪かったね。でも、たまには貸してよ。」

「うーん。たまにですよ!」

「すみません。お2人さん。できればですが、最初に俺の了解を求めるのが筋では?」

「必要性から言えば・・・めんどいな。」

「えぇー・・・ぜんぜん納得できませんが、とりあえず俺、今、眠いっす。」

「わかったわ!」

「結局、どっちに凭れてもOKだ。」

「はい。有難うございます。」

「少しリクライニング倒して良いかしら。」と姉ちゃん。

「そうだね。」

後ろの座席の人にお断りしようと思って後ろを見たが3人共爆睡していた。なので、ゆっくり黙って少しシートを倒した。エッコ先輩も姉ちゃんも俺のシートに合わせて倒した。これで結果的に俺は完全に抱き枕状態になった。

 それから1時間半後、最終着陸体勢になって、キャビンアテンダントさんに起こされて、ひじ掛けを元に戻してシートベルトを締め直すまで、俺はエッコ先輩と姉ちゃんに挟まれて眠った。この異常な程に仲良しの3人の行動は、後日きっとそれを見掛けた人達の話題になった事だと思う。まあ、俺としては、悪い気はしなかったし、だいいち、眠っていたから見られて恥ずいという感覚は無かった。やがてガラス細工の様な東京の明りに続いて羽田空港の滑走路の誘導灯が見えて来た。

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