4-30 ロケに行った日(その6)~白と青の楽園~
翌日も朝から晴天だった。バイキングの朝食を食べて9時過ぎに東平安名崎に向かった。東平安名崎は宮古島の東南に突き出した細い岬で、白い灯台がある。岬の中程にある駐車場にバスが止まった。制服に着替えてからバスを降りて灯台の方向に歩いた。エッコ先輩は日焼け止めを念入りに塗って、白い長袖のニットのコートを羽織って、ツバ広の麦藁帽を被っている。木下さんと野崎さんは大きなトートバックを2つずつ担いでいる。衣装が入っている。なんか悪い気がして、俺は木下さんに声を掛けた。
「持ちましょうか?」
「ありがとう。でもこれが仕事だからね。」
「そうですか。お疲れ様です。」
「気遣ってくれてありがとう。」
岬の先端に建っている灯台は白いローソクの様だ。山内さんが言ってた様に、灯台の後ろに海が広がって、水平線が見える。そして、周囲のブッシュの中に白いユリの花が一面に咲いている。
「翔ちゃん見て、白、白、白よ!」
「どう言う事?」
「ほら、あそこ。白いユリが咲いてて、白い灯台があって、白い雲が浮かんでるわ!」
俺がそれにもう1つ白を付け加えた。
「それから、白い鳥も飛んでる。」
「あ、本当だわ!」
「カメラ持って来た?」
「うん。持って来たよ!」
「じゃあ、ちょっと貸して! それから、ちょっと先に行ってこっち向いてよ。」
「うん。わかったわ!」
「あ、ファインダーが要るね。」
「それも持って来たよ!」
俺はファインダーを取り付けて、微笑んで白い歯が眩しい姉ちゃんと白ユリと灯台と白い雲と青い空を写した。左側にコバルトブルーの水平線を少しだけ加えた。姉ちゃんの笑顔がとても眩しくて可愛い。
「私も入って良いかしら?」
エッコ先輩が姉ちゃんに近付いた。
「もちろん。大歓迎です。」
「よし。じゃあ頼む。かっこよく撮ってね。」
先輩は姉ちゃんの隣に寄り添ったが、麦藁帽だから顔が黒くなる。
「先輩、できれば帽子脱いでください。顔が写りません。」
「嫌だよ。日焼けするじゃん。」
「えぇー!」
俺は赤いミラーレスを逆光フラッシュモードにしようとした。だがその時、吉岡さんがデフ板でエッコ先輩の顔を照らした。
「あ、有難うございます。」
「何のなんの!」
姉ちゃんと並んだエッコ先輩を撮った。JKとセレブな保護者みたいになった。
俺が次の構図をどうするべきか考えていると、後ろから山内さんの声がした。
「翔太君も春香ちゃんと栄子君の方に行ってくれ。」
「はい。」
仕事だから仕方が無い。個人スナップは後回しだ。俺は赤いミラーレスを首から下げて姉ちゃん達と並んだ。
「首からじゃなくて肩にかけてくれ!」
言われるままに赤いミラーレスを右肩にかけた。山内さんは姉ちゃんと俺をスナップに納めた。もちろんエッコ先輩もだ。それから2時間、マムヤの墓の辺りから灯台を中心にして、近付いたり遠退いたり、それから灯台に上ったり、ハレーション気味の白いイメージの空間で、楽園の風景の中に俺達3人が溶け込むようなスナップを撮った。例によってお着替えカーテンが大活躍だった。
一言ではまとめれないが、宮古島には東京の2倍以上の太陽『の恵み』が降り注いでいると思う。あらゆる景色の背景に清楚な碧があって、その前景に白、黄色、赤、緑のブライトでハイコントラストな花や木々があって、そこに居る人々や建物がクッキリと輪郭を強調されて存在している。誰でもがくっきりと目立って存在する事を許諾され、癒され、包み込まれて安堵する感じだ。つまり、宮古島は、誰であろうと欲しいだけ楽園の『恵み』が与えられる場所なのだと思う。
「トリッキーなのも撮ろうか?」
山内さんが灯台の前で突然寝っ転がってファインダーを覗いた。俺はその意図が何となく解った。
「ここ位で良いですか?」
「もう少し近付いてくれ。」
この時は姉ちゃんと俺は白いパンツと、丈の短い白地に水色のストライプのセーラー服っぽい解禁シャツで水兵の様になっている。姉ちゃんの腰回りがなんかエロい。それが山内さんのイマジネーションを刺激したのかも知れない。
「そこそこ、あと半歩右。」
言われた場所に移動する。
「入りましたか?」
「翔太君はOK・・・ハルちゃんは少し、そうだな、半歩左。」
「翔ちゃんから離れるんですか?」
「そう。」
「ここですか?」
「そこそこ、OK!」
「ねえ、翔ちゃん、山内さん何してるのかなあ?」
「たぶん、姉ちゃんと灯台と俺が3人並んだみたくなってると思う。」
「あ、なるほど。そう言う事ね。」
「翔ちゃんは左手、ハルちゃんは右手を上げて!」
「この辺りですか?」と俺。
「そこでOK。ハルちゃん、少し上げて!」
「はい。」
「よーし。そこでフリーズ! 笑顔でね。」
山内さんはシャッターボタンを矢継ぎ早に押した。吉岡さんはデフ板を2枚足元に置いて、微妙に調整しながら姉ちゃんと俺に向けている。時々眩しい。
「タク、良いぞ!」
「ごっつあんす。」
「ねえ、絵柄はどうなってると思う?」
「灯台に手を掛けて休んでる感じかなあ。」
「そうなの?」
「引き倒そうとしてるのかも。」
「まさか!」
ふと横を見ると、エッコ先輩も同じ様な海軍の軍服みたいなのを着ている。ただし、明らかにエッコ先輩のは士官だ。もちろん3人でまたポーズをとった。
「ねえ、これって自衛隊の募集かなあ?」
「違いない。」とエッコ先輩。
「勘ぐり過ぎだって。これ、自衛隊の服じゃないし。」
「そうよね。」
灯台に上った。灯台の中はどこもそうだと思うが螺旋階段になっている。所々に電燈が点いているが、目が慣れるまで薄暗い。そして目が慣れた頃、展望台に至るのだ。そこへ1歩出ると、眩しい光が充満した、大気と言う紺碧の空洞の底にコバルトブルーの太平洋が無限に広がっている景色が目に飛び込んで来る。遥彼方にある空と海との境界は、地球サイズの丸さの水平線で出来ていて、それが180度ぐるりと自分を取り巻いているように思える。物理学的に言い換えれば、レイリー散乱の青い空と赤色光成分を吸収したコバルトブルーの海とで空間を2分して、近い空にはミー散乱で白く眩しく輝く雲が浮かび、近い海には海洋を渡って来たウネリが砕けた白い泡波が立っている。その青と白の空間が決して視認出来ない透明感ですべての情景を包み込んでいるのだ。灯台をかすめて吹く潮風が感動で少し火照った身体の汗を乾かして心地よく冷やしながら、太平洋から楽園に向かって流れていた。遠くの崖下から波が砕ける音がして、真近から山内プロが押すシャッター音がしている。
「すごいね。この景色。」
「うん。眩しいね。」
俺は姉ちゃんの両肩に手を置いて頭越しに太平洋を見詰めた。
「いいねえ、その感じ。」
「本当に海しか無いような気がするわ!」
「地球の丸さってこれ位なんだ。」
「そうね。地球って案外小さいかも。」
「だね。命より軽いって言うし。」
「なんか比喩が違う方向に向かってるわ。」
「お前等、お仕事中にこんな漫才やってんのか?」
「ええ、最近はこういうの多いです。」
俺は先輩を見て微笑んだ。先輩はたぶん苦笑していたと思う。
「おお、翔太君と栄子君もいい感じだ。」
「安心したよ。バカ真面目かと思ってた。」
「意外にも、なんか褒められてますね。」
「お前は褒めると伸びるタイプだからな。」
「それはどうも。もっと褒めてください。」
「甘えんな!」
「いいねえ、今度から3人スナップにしても良いかな?」
「ギャラUPならOKでぇーす。」
「それはかなり難しい。」
「じゃ、無かったことで。」
「少しくらいはOKしてよ!」
「絶対とか固い事は言いませんけど。」
「エッコ先輩は現実的ですね。」
「世の中ファンタジーだけでは生きて行けないわ!」
「それはまあ、そうですけど。」
「翔ちゃん見て、飛行機が来たわ!」
「本当だ。あれは那覇か石垣からの経由便だね。」
「いいぞ!その視線。」
「なんで判るの?」
「そりゃあ、直行便は午前中到着の1便だけだからな。」とエッコ先輩。
「ははは、バレました。その通りです。」
「なぁーんだ! 飛行機の形か色かと思ったわ。」
俺達は半分苦笑して微笑んだ。
「いい、いいねえ。最高の笑顔だ!」
それまで日向を避けて、螺旋階段の途中で話をしていた吉村さんと長谷さんが展望台に出て来た。吉村さんはアンテナマークの本数を数えて何処かに電話を掛けた。長谷さんが皆に声を掛けた。
「じゃあ、そろそろお昼にしましょう。」
『はーい!』
少なくとも俺はその提案を待っていた。腹ペコだった。
スタッフ一同は東平安名崎の撮影を終了して近くのゴルフ場に移動した。このゴルフクラブは海面から十数メートルの高台にあって、おそらく、年中緑色のグリーンとラフと樹木に囲まれているのだろう。大きな駐車場があるから、本州では寒くて出来ない11月から年を越した3月位まではここが逆シーズンになって大勢のゴルフツアー客が殺到するのではないかと思う。だが、今は5月だから、もう夏の暑さなので閑散としている。
クラブハウスのレストランに入ってまず目に飛び込んできたのは、雄大なコバルトブルーの太平洋と水平線だった。さっきまで居た東平安名崎の灯台で見たものと同じはずだが、ここの景色は感じが違う。大きな分厚い窓ガラス越しのため、風や波の音や太陽光光線の感覚が遮断され、雄大な地球の景色が巨大な四角い窓枠で切り取られて、数枚の屏風絵の様になっているのだ。しかも、エアコンが利いているので、美術館か博物館に居る様でもある。これもこれで凄いと思った。
「翔ちゃんは何食べる?」
「ビックハンバーグステーキランチ特盛。・・・惜しいね。」
「どうして?」
「全部カタカナに統一して欲しかった。」
「なんだ。そんな事。」
「マンゴージュースがなんか絶品の気配がする。」
「じゃあ私はチキンカレーとそれにするわ。」
「おお、それ良いかも。」とエッコ先輩。
姉ちゃんは出て来た食事を一通り写真に撮るのを忘れなかった。思った通り、マンゴージュースは絶品だった。冷たくて甘くてまったりしていた。
午後はゴルフクラブから程近い吉野海岸に移動した。あまり観光地化してなくて、テーブルサンゴが群生していて、熱帯魚が沢山居て、エッコ先輩のスイム撮影も程ほどに、みんなシュノーケリングを楽しんだ。深いコバルトブルーの熱帯魚やクマノミや名も知らぬ魚が群れていて、触れないまでも、人を恐れない感じだった。姉ちゃんと俺は魚肉ソーセージを持って海に入った。シュノーケリングしながら会話するのは、かなりむずいが、それでもしばらくすると慣れてきて、立ち泳ぎしながらゆっくりなら何とかなった。
「姉ちゃん、喋れる?」
「うん、なんとか。でも、凄いねここ、魚がいっぱい寄って来るわ!」
「うん。怖い位だ。だが、これは共食いだって判ってんのか?」
「見て、ニモが居るわ!」
「確か3本線でないと。」
「2本かぁー。」
「なんか長いのが居る。」
「口が怖いわ!」
「それ、ウツボじゃね?」
「そうよね、ウツボだわ。」
「危険かも。」
「あっち行きましょ!」
姉ちゃんと俺は魚の餌付けを堪能した。初めての経験で面白かった。しばらく夢中になった。魚肉ソーセージを解すと小魚が一斉に寄ってきた。それを狙って少し大きい魚も寄ってきた。楽園の渚は弱肉強食の世界なのだと分かった。1時間程シュノーケリングを楽しんで浜に戻ると、エッコ先輩が木陰に座っていた。先輩の近くで三線を弾いている人が居て、のんびりとした楽園の空気が流れていた。
「泳がないんですか?」
「魚嫌い。」
「食べるんじゃないのに!」
「栄子ちゃんは泳ぎが得意じゃないのよ。」と木下さん。
「え、そうなんですか?」
「まあね。」
「スイムのモデルさんなのに?」
「こら、翔太。スイムのモデルが泳いでどうする!」
「なるほど。泳がないからモデル出来るんですね。」
「そう言う事。」
ふと山内さんを見ると1脚を付けた超望遠で海を狙っている。かなり満足そうだ。
「ヤマさん、まだ盗撮してるの?」と長谷さん。
「いや・・・まあ。」
「いい歳してカメコなんだから!」
そう言う長谷さんのパーカーの下はかなり大胆な白いビキニだ。
「長谷さん、すごいですね。」
長谷さんは少し前を広げて見せて、
「そうよ、これが大人の水着よ!」
「すみません。俺、何処を見たらいいすか?」
「特定の場所を見ないで頂戴。ちゃんと私を見るものよ!」
「禅問答みたいですね。」
「まだ君達には解らないかもね。」
「つまり、JKとは2味は違いますね。」
「翔ちゃん!」
「へいへい。」
その後しばらくして、長谷さんの号令でスタッフ全員で記念写真を撮ってその日の予定を終了した。
コテージには6時過ぎに帰った。例によって入浴と夕食を済ませて、コテージのリビングで最終日の予定確認をした。まず長谷さんんのスピーチからだ。
「皆さん2日間お疲れ様でした。事故や怪我も無く、ロケで予定していた撮影を順調に完了することが出来ました。」
拍手が自然にわいた。吉村さんが引き継いだ。
「明日は9時半にチェックアウトして、まず運送会社の営業所に行って荷送りします。今夜中にできるだけ荷物の整理をしておいてください。」
『はーい。了解!』
「10時半にロケバスを返します。したがって、空港にはレンタカー屋の送迎バスで移動します。」
「そこで解散でも良いのでは?」と山内さん。
「良いですよ。そうしますか?」
「栄子ちゃんとハルちゃんと翔太君はどうする?」と長谷さん。
「あ、空港に行きます。そこでお土産を買って、友達のお迎えを待ちます。」
「隣のコテージに泊まってる人達ね。」
「はい。ワゴン車を借りてるそうです。」
「そうなの。大人の人が居るのね。」
「はい。友達の従姉で、社会人です。」
「わかりました。それを聞いて少し安心したわ!」
「え?」
「じゃあその他のスタッフはワゴンでも借りて飛行機の時間までオフにしましょう。」
こうして、仕事としての予定はほぼ終了した。姉ちゃんと俺とエッコ先輩は荷物の整理をしてから、隣のコテージに行って、翌日の予定を確認しつつ遅くまで話し込んだ。もちろん長谷さんと吉村さんの許可得たのは言うまでもない。




