4-29 ロケに行った日(その5)~夜遊び~
姉ちゃんは1度部屋に戻って赤いミラーレスを取って来た。俺はそれを待って、隣のコテージの呼び鈴を押した。すぐに絵里がドアを開けた。
「今晩はエリちゃん。」と、姉ちゃん。
「お邪魔します。」と、俺。
「いらっしゃい。久しぶり―! 入って入って!」
姉ちゃんと俺はエリが泊まっているコテージに上がった。入口の目隠しの衝立の奥に4人掛けの応接セットがあった。姉ちゃんと俺はそのソファーの入り口側に並んで座った。エリが姉ちゃんの正面に座った。
「2人共元気だった?」
「うん。とっても。エリちゃんは?」
「滅茶苦茶元気。」
「テニスしてるの?」
「1年の途中で止めちゃった。・・・ごめんね翔ちゃん。」
「なんで?」
「止めないって約束したのに。」
「わりい。俺は中学卒業と同時に止めた。」
「そっか、翔ちゃんも止めちゃったんだ。」
「私もよ!」
「じゃあ私の方がまだ続けた方だね。」
「そうね。」
「今は何してんだ?」
「茶道部よ!」
「ええぇー また、渋いのをやってんな。」
「あら、ちょっとした女子の嗜だわ。」
「へえー」
「じゃあ、いつか美味しいお茶入れてくれよ!」
「うん。良いよ。でもね。茶道のお茶は点てるの。」
「へー、そう言えば泡立てるんだっけ。」
「若干違うけど、まあ良いわ!・・・ハルちゃんは何してるの?」
姉ちゃんは赤いミラーレスを持ち上げて、
「写真部よ。」
「アキ姉みたいだ。」
「アキ姉?」
「あ、私の従姉なの。・・・翔ちゃんも写真部?」
「いや、俺は放送部。」
「へー、なんで同じじゃないの?」
「うん。なんとなく。」
「その代り、2人でユニット組んでるの。ギターを始めたんだよ、翔ちゃん。」
「そう言えば去年の秋のスタイルKにそんな写真あったよね。」
「あ、あれは演技なの。ボーカルは加代ちゃんっていう女の子が別に居るのよ。」
「まあ、3ピースだね。基本アコースティックでね。俺だけが下手なんだ。」
「へー、そっかー。楽しそうだね。」
「うん。わりと。」
そこへエリが『アキ姉』と呼ぶ女の人がコーヒーとお茶のペットボトルとコップを乗せたトレーを持って出て来た。
「エリちゃん、飲み物くらい出さなきゃ。」
「あっ、そうだった。ありがとうアキ姉!」
俺と姉ちゃんはアキ姉を見上げた。見覚えがある人だ。
「ああぁ・・・」と俺。
「えっと。何処かでお会いしましたよね。」とアキ姉。
俺は立派な胸で光るネームプレートを思い出した。
「確か『中里さん』ですよね。」
「ええぇ! 翔ちゃん、なんでアキ姉を知ってんの?」
「これですよね。」
姉ちゃんが赤いミラーレスを持ち上げた。
「あぁあ! 仲良しキョウダイの!」
『はい。』
今はっきりした。アキ姉はYAMABASHIカメラの店員さん『中里晶子』さんだ。晶子さんは俺の正面に座って皆にコーヒーを配った。
「その節はご来店有難うございました。」
「わたし、すっかり気に入って、あれからずっと持ってます。」
姉ちゃんはコップを受け取ってテーブルに置くと、赤いミラーレスを構えて晶子さんとエリを撮った。
「なんだ、知り合いだったんだ。」
「お客さんよ! エリちゃんの同級生だったんだ。」
「うん。テニス部の仲間。ハルちゃんも翔ちゃんもレギュラーだったんだよ!」
「へー。」
「同学年なんですよね。」
「はい。俺が3月の早生まれなんです。」
「いいわね、仲良しで。」
「そう、シスコンの弟にブラコンの姉なの。」
「あら、わたし、ブラコンじゃないわ!」
「ええぇー、そうだっけ?」
「そうよ。」
「まあ良いわ。でね、私は翔ちゃんの第3夫人だったの。」
「おい、エリちゃん、何を言い出すんだ!」
「確か、彩香ちゃんが1番で、ハルちゃんが2番で、その次が私だよね。」
「翔太さんはモテるのね。・・・で、彩香ちゃんって?」
「ああ、妹です。」
「中学生くらいですか?」
「いえ、今は年長さんです。」と姉ちゃん。
「そうですか。じゃあエリちゃんに勝ち目は無いわね。」
「そうなの。残念ながら。」
「エリちゃんは翔太君が好きなの?」
「うん。こいつ結構いい奴なんだ。」
「あ、ありがとう。」
「あぁ、翔ちゃんの耳が赤くなった!」とエリ。
晶子さんは俺とエリを交互に見て微笑んだ。
「そうか。エリちゃんは翔太君のこういう素直な所が好きなのね。」
「そうかも。」
俺は話題を変えたいと思った。なので正面の中里さんを見つめて言った。
「中里さんもカメラマンなんですか?」
「プロじゃないですけど、好きが高じてカメラ店の店員してます。」
晶子さんはそう言って微笑んだ。
「すごいお道具なんだよ!」
「お道具?」
「あ、これ、茶道的表現ネ。水中カメラの事よ。」
「サンゴ礁や水生生物の写真を撮ってます。」
「わたしは初めて来たけど、アキ姉は毎年この時期にはここに来てるの。」
「スキューバするんですよね。」と姉ちゃん。
「ええ、今年はエリちゃんに教えてあげる約束したからね。」
「ご迷惑おかけします。」
「どうしたの?」
「今日初めてしたんだけど、上手く潜れなかったの。」
「いきなり過ぎたわね。」
「やっぱり難しいんですか?」
「基本的な機器操作と危険回避の知識と経験があれば案外簡単です。」
「基本的がけっこう多いの。」
「それを練習するのよ!」
「はーい。」
「中西さん達は宮古島は初めて?」
『はい。』
「じゃあ、明日一緒に潜る?」
「いや、それが仕事なんです。」
「仕事?」
「ああぁ、それスタイルKでしょ!」
「エリちゃんスタイルKを知ってるの?」
「当たり前じゃん!」
「どう言う事?」と中里さん。
「アキ姉はスタイルK知ってるでしょ!」
「高校生の雑誌よね。」
「うん。その雑誌の読者モデルなのよ、この2人。」
「あら、そうなんだ。すごいわね。」
「大した事無いですから。」
「ううん、2人共ルックス良いし、体格も良いから解る気がするわ!」
「なんかそう言われると照れます。」
「ここにはいつまで居るの?」
「明後日の直行便で帰ります。」
「明後日の午後は私達も道具借りられないから丁度いいわね。見送りに行けるわね。」
「自由時間は無いの?」
「順調にいけば、たぶん明後日の午後からオフになります。」
「じゃあ、その時何処かで落ち合わない?」
「良いわね。わたし、スタッフの皆に相談してみるわ!」
「翔ちゃんも良いでしょ!」
「良いけど、スタッフの皆の考えもあるからメールか電話するよ。」
「わかったわ。」
「それじゃあ今夜はもう遅いからこれで。」
「良かったら明日の夜も来て!」
「うん。じゃあ、おやすみエリちゃん。」
「おやすみハルちゃん。」
「おやすみなさい中里さん。」
「ハイ。おやすみなさい。」
姉ちゃんと俺はエリのコテージを出て自分たちのコテージに帰った。
コテージに帰ると、リビングのソファーに長谷さんが座っていた。なんか少し怒ってるような感じだ。
「帰って来たのね。良かったわ、少し心配してたの。」
「すみません。隣のコッテージに偶然友達が泊まってまして。」
「あら、そうだったの。 同じ学校の友達?」
「いえ、中学の時、同じ部活だったんです。」
「そうなの。」
「メールしようかとも思ったんですが、起こすの悪いと思いまして。黙って出てすみませんでした。」
「そうね。ここでは私はあなた達の安全に責任があるの。だから、そう云う時はひとこと言って欲しいの。」
「はい。わかりました。これからは必ずそうします。」
「行く事になったの私のせいなんです。御免なさい。」と、姉ちゃん。
「ううん、良いんだ。書き置きでも良かったのに、わかってて結果的に何もしなかった俺が悪いんだ。」
「翔ちゃん・・・。」
長谷さんは姉ちゃんと俺を見て、微笑んだ。
「もう良いわ。ちゃんと分かってくれた様だから。」
そこへエッコ先輩がガウンにスリッパでパタパタと出て来た。俺を見て、
「おお、ようやく夜遊びからご帰還だ。」
「すみません。ご心配をおかけしました。」
「全然! 心配なんかしてないよ。お前達位なら夜遊びも必要だからな。」
「先輩!」と姉ちゃん。
「そのスリルがお前達の成長と覚醒を促す。」
「先輩と大して歳変わりませんけど。」
「そう。だから私も遊ぶよ。でも、保護者に心配掛けるのはダメだわ!」
「はい。返す言葉もありません。反省してます。」
エッコ先輩はニヤリと意味ありげに微笑んで、
「解れば良し。これからはバレない様に行動しようね。」
「栄子ちゃん、それ何か間違ってるわよ!」
「てへ!」
「先輩!」
姉ちゃんがマジマジとエッコ先輩を見た。
「なあに、ハルちゃん。」
姉ちゃんは小さい声で、
「胸が・・・」
エッコ先輩のタワワな左乳房が半分位ガウンからはみ出していた。
「おっと!」
先輩はそれをガウンで包むように仕舞いながら、
「見たな! 翔太!」
「事故です。」
「認めたな!」
「すみません。一瞬です。」
「で、どうだった?」
「え?」
「天国の入り口だ。」
「よく判りませんでした。」
「よし、じゃあこっち来い。」
「先輩、もう今日は遅いですから。」
「仕方が無い。じゃあ、一緒に寝よう。」
「いえ、別々でお願いします。」
「情けない奴だ。」
長谷さんがこのやり取りに決着を付けた。
「はい、そこまで。吉村さんが目を覚ます前に寝ましょ!」
『はい。』
「吉村さんは怖いからね!・・・しつけが。」とエッコ先輩。
「そんな感じがします。」
「じゃあ、おやすみ、みんな。」
『おやすみなさい。』
だがその時、野太い声がした。
「私が目を覚ますと何かマズイ事があるのですか?」
長谷さんはその声の方を見て、
「いえ、もう寝ようと思ったところです。」
「そうですか? なんかそれとは違う話題で名前が呼ばれた様な気がしましたが。」
「気のせいですわ!」
俺は明後日の予定を確認するのに丁度良いと思った。
「あのー、吉村さん、明後日のフリーになれる時間を確認してもいいですか?」
「何でですか? 突然に!」
「実は、隣のコテージに偶然友達が泊まってまして、フリーの時間に遊ばないかと言う事になりまして・・・」
「そうですか。一応、明後日は撮影予備日にしてます。順調であれば、午前中に荷送りして、午後はフリーです。」
「荷送りは午前中いっぱいは掛かりますか?」
「中西君達と栄子君は送る荷物はありますか?」
「姉ちゃんと俺はありません。」
「私はスーツケースを送り返すわ」とエッコ先輩。
「それを最初に手続きすれば良いから、10時過ぎにはフリーになれると思います。」
「10時過ぎですね。わかりました。」
「ただし、私達直行便の3人以外は2時半の那覇経由便で帰りますから、完全にフリーになれるのは結局、春香ちゃんと翔太君だけだですね。」
「私はダメなのか。もう少し居たかったわ。残念。」とエッコ先輩。
少し沈黙があった。すると、吉村さんが何か思いついた。
「良かったら、私と代わりませんか?」
「本当?」
「はい。私は早く帰って仕事の調整が出来る方が有り難いので。」
「ハルちゃん、翔ちゃん、私、一緒していい?」
『もちろん。』
「それじゃ代わってください。」
「わかりました。明日、代理店に連絡してチケットの入れ替えをしてもらいましょう。」
こうして、俺達モデル3人は直行便で帰ることになった。ただ、長谷さんが付け加えた。
「でも、ちょっと心配だわ! この3人を野放しにするの。」
「大丈夫よ、何の問題も無いわ!」とエッコ先輩。
「ハルちゃん、しっかり見張ってね!」
「わかりました。」
「おお、公式監視員に任命されたわね。」
「何ですか? それ。」
「何でもない。」
「えっと、俺、信用無いんですね。」
「そんな事無いけど、翔太君は流されるタイプよね。」
「え、えぇー・・・それ凹みます。」
「フフフ、今度こそ天国に連れてってあげるよ。」
「勘弁してください。先輩!」
皆、苦笑した。
「じゃあ、本当に遅くなるから、もう寝ましょ!」
『はい。』
『お休みなさい。』
姉ちゃんと俺はトイレに行ってから部屋に戻ってそれぞれのベットに入った。そして電気を暗めに調光した。俺は昨夜から十分に寝て無いせいか、頭がジンジンするような感じがしていて、目をつぶればすぐに寝られそうだった。
「翔ちゃん、もう寝ちゃった?」
「ううん。なに?」
「ごめんね。私が行く事にしたのに。」
「何の事?」
「長谷さんに心配かけたの、翔ちゃんのせいみたいになっちゃったわ。」
「気にすんなって。俺の仕業にしといた方が平和だから。」
「ありがとう。」
「おやすみ、姉ちゃん。」
「おやすみ、翔ちゃん。」
俺はたぶん5分以内に眠りに落ちたと思う。ただ、眠りに落ちる直前、姉ちゃんの顔が俺の顔のすぐ上に来たような気がする。それが本当だったのか願望から来た夢だったのか・・・はっきりしない。




