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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
67/125

4-26 ロケに行った日(その2)~出発と到着~

 5月3日の未明、午前3時半過ぎ、姉ちゃんに起こされた。実を言うと、俺は1時頃やっと寝付いた所だったと思う。

「翔ちゃん起きて! 早く支度しないと遅れちゃうよ!」

「う、うーん。おはよう姉ちゃん。」

白いソフトジーンズに白い島人しまんちゅのTシャツを着た姉ちゃんが呆れ顔で俺を覗き込んでいる。なんか可愛いと思った。俺が起きたのを確認すると。

「先に下りてるから。」

と言って出て行った。俺も姉ちゃんと同じ白いジーンズに黒い海人うみんちゅのTシャツを着て、スーツケースを下げて1階に下りた。母さんと親父が起きていて、軽い朝食が出来ていた。

「おはよう、母さん、親父。」

「おはよう翔ちゃん。あんまり寝てないって感じね。大丈夫?」

「うん。大丈夫。」

「荷物はそのスーツケースだけか?」

「うん。」

「ハルちゃんの荷物もそれだけ?」

「はい。」

「2人共、早く食べなさい。」

「うん。」

『いただきます。』

姉ちゃんと俺は朝食をかき込んだ。起きたばかりで食べられないかと思ったが、食べてみると案外食べられるものだ。顔を洗って、お茶を飲みながら少し食休みしていると、

「そろそろ出るか!」と親父。

「うん。」

「お母さん行って来ます。彩ちゃんにお土産買って来るからって言っといて!」

「はいはい。」

姉ちゃんと俺はパーカーを羽織って、親父に続いて玄関に出た。母さんも見送りに出てくれた。

「あら、お揃いなのね。」

「そう。良いでしょ!」

「スーツケースも一緒だし、俺なんかハズい。」

「そんな事無いわ!姉弟なんだし。2人共良く似合ってる。」

「そうよ! そう言うの『自意識過剰』って言うんだわ!」

「まあね。そうかも。」

姉ちゃんも母さんも満面の笑顔だ。俺もなんか嬉しい気持ちで一杯になった。

「行ってらっしゃい。気を付けるのよ2人共。」

「はい。行って来ます。」

「みんな、写すよ!」

姉ちゃんは玄関を出た所で皆の笑顔をスナップに納めた。彩香も起きてたら良かったのに残念だ。こうして姉ちゃんと俺は4時半前、親父に車で送ってもらって、井の頭線の富士見ヶ丘駅に行った。4時50分の渋谷行き始発電車に乗るためだ。


 渋谷で山手線に乗り換え、品川で京急線に乗り換えて、予定通り6時10分、羽田空港に到着した。JUA756便は6時55分出発なので余裕だ。姉ちゃんと俺はチェックインの後スーツケースを預けて、手荷物検査も何事も無くパスして、68番ゲートに向かった。姉ちゃんはショルダーから赤いミラーレスを取り出して周囲の景色をしきりに写している。最近の姉ちゃんは山内さんがファインダーを覗いたまま会話するみたいに、ミラーレスのディスプレイを見ながら会話する事が多くなった。俺的には少し残念だ。

「翔ちゃん待って! ジャンボ写してから行く。」

「ああ。」

「ねえ、ちょっとこれ持って!」

「うん。」

姉ちゃんはショルダーを俺に渡して、駐機しているジャンボとタラップが見える大きな窓に近付き、赤いミラーレスを構えた。

「近くで見ると、やっぱり大きいね。ジャンボ!」

「ジャンボだね。」

姉ちゃんは1度振り返って微笑んで、それから構えなおして数回シャッターを切った。

「私、ジャンボに乗った事無いわ。」

「たぶん、幹線しか飛んでないと思う。」

「幹線って?」

「ごめん、幹線って言うのかどうか知らないけど、北海道はたぶん千歳。東京が羽田で、大阪はたぶん関空で、九州は福岡、沖縄は那覇だね。」

「何の事?」

「大きな空港を縦に結んで飛ぶ路線。たぶん乗客が1番多いと思う。」

「ああ、そう言う事ね。」

そう言うと、姉ちゃんは俺に荷物を持たせたまま通路に戻って68番ゲート方向に歩き始めた。最近の俺はスマホのゲームで、キノコを栽培するのにハマっている。なので、自分の荷物と姉ちゃんのショルダーを両肩に掛けて歩きながらそのゲームを始めた。つまり、周囲が見えてない。すると、

「ねえ翔ちゃん、乗らないの?」

俺はスマホを見たまま、

「何に?」

「動く歩道。」

「どっちでも良いけど!」

「じゃあ、乗ってみよ!」

「うん。」

羽田空港は搭乗ゲートに向かう長くて広い通路に動く歩道があるのだが、それに乗らなかったのは、写真撮影に夢中な姉ちゃんの方だ。俺は言われるまま動く歩道に乗った。弾みで手元が狂った。

「あ、しまった。」

「どうしたの?」

「生やしとかなきゃいけないのも取れちゃった。」

「あら、残念!」

「うーん。ミッションクリアにまた時間が掛かりそうだ。地獄キノコはめったに生えないから。」


 68番ゲートに到着した。ゲートの周囲には待合室の様に椅子が並んでいて、正面にテレビがある。6時のニュースをしている。姉ちゃんと俺はテレビの前を避けて外の飛行機が見える椅子に座った。

「翔ちゃん、今何時?」

「6時半少し前。」

「まだ早いわね。」

「眠い。」

「ねえ、4時過ぎに家を出たの初めてじゃない?」

「姉ちゃんは正月に早起きするよね。」

「でも、家を出るのは6時過ぎよ。」

「ふうーん。」

「翔ちゃん寝て無いんじゃない?」

「うん、たぶん1時頃寝付いたと思うから、実質2時間半くらいしか寝れてない。」

「飛行機に乗ったら寝ればいいわ!」

「うん。実はその心算つもり。」

その時、後ろから吉村さんの声がした。

「おはようございます。」

姉ちゃんと俺は振り返って、

「あ、おはようございます。」と俺。

「おはようございます、吉村さん。」と姉ちゃん。

「この便に乗るのは俺達3人で全員ですよね。」

「そうです。」

吉村さんは姉ちゃんと俺が居たので安心したみたいだ。吉村さんは昨夜は御茶ノ水のビジネスホテルに宿泊したのだと思う。俺達姉弟が始発電車に間に合わなかったらアウトなので心配していたのだろう。宮古島行きの直行便に間に合うには、俺達の様に吉祥寺あたりに住んでいる人が距離的には限界かも知れない。もちろん、羽田からの距離だ。

「長谷さんと栄子ちゃんは那覇経由で来ます。」

「山内さん達は昨日もう行ってるんですよね。」

「特段の連絡を受けてませんから、そのはずです。」

「そうだ、翔ちゃん、私お菓子買って来るわ!」

「うん、わかった。」

姉ちゃんは売店に向かった。吉村さんもいつもの様に手帳を拡げて何か仕事の予定を確認し始めたみたいだ。俺は観光ガイドをスマホでチェックしている。俺達が宿泊するのは西海ヴィレッジというコテージ風のリゾートホテルの様だ。しばらくすると、姉ちゃんがお茶とお菓子が入った小さいレジ袋を提げて帰って来た。

「お待たせ!」

「何買って来たの?」

姉ちゃんはレジ袋を覗き込んで、

「スティックのチョコと塩ポテトとお茶。」

「塩ポテト美味しそうだ。」

「あれ? 翔ちゃんも食べるの?」

「えぇー!」

姉ちゃんは顔を上げて、俺を見て、それからわざとらしい笑顔になって、

「冗談よ! あげるから心配しないで!」

「あ、ありがとう。」

搭乗案内が始まった。こんな朝早い便なのに満席だ。俺達3人は座席番号が若いので、搭乗ゲートを通れるのは後半だった。つまり、飛行機の座席は前の方で、3人並んだ席だ。

「姉ちゃん、ここだ。」

「ねえ、私窓側に行って良い? 写真撮りたいの。」

「ああ、もちろん。」

「ありがとう。」

俺は中央の席に座ってシートベルトをしてスマホの電源を切った。それを見て姉ちゃんもスマホの電源を切った様だった。吉村さんも手荷物を頭の上のロッカーに押し込むと、ドッカと座ってシートベルトをした。飛行機は離陸する前のお決まりの案内をして誘導路に出た。そして背中を押してくれる様な心地よい加速感で離陸した。


 羽田を離陸して暫くは陸地が見えていたので、姉ちゃんは赤いミラーレスを窓に張り付けてしきりにシャッターを押していた。しかしそれも10分もしない内に見えるものは白い雲と雲の間から見えるキラキラ輝く青黒い海だけになった。さすがの姉ちゃんも写す物が無くなった。俺はスマホの電源を切ったのでする事が無く、座席前のポケットに有った雑誌を読みながら、ついに眠気に襲われていた。

「翔ちゃん、なんかつまんなくなった。 こっち向いて!」

「うーん、何が?」

「景色。」

俺は姉ちゃんを見て、それから窓の外を見た。

「確かに。雲ばっかだね。」

「何か食べる?」

「もうすぐ機内サービスが始まるよ。」

「飲み物だけでしょ!」

「たぶん。」

宮古島までは3時間位かかる。機内に走り回る場所は無いから、乗客は、読む人、聴く人、眠る人、喋る人、食べる人の5種類位に分類される。俺は眠る人になりたいのだが、姉ちゃんは食べながら喋る人になりたい様だ。

「じゃあ、ポテトにしよっか。」

「うん。」

「カメラ仕舞うから、翔ちゃん開けて!」

「うん。」

俺は姉ちゃんの座席の前のポケットに押し込まれたレジ袋からポテトのお菓子の袋を取り出して開けた。

「吉村さんも食べますか?」

と言って通路側の吉村さんを見ると既に爆睡していた。姉ちゃんは赤いミラーレスをショルダーに仕舞って、ついでにレジ袋から割り箸を2つ取り出して1つを俺に渡した。

「ありがとう。けど何に使うの?」

「あ、カメラマンは割り箸で塩ポテト食べるの。」

「なるほど。」

姉ちゃんと俺は割り箸でポテトのお菓子を摘まんで食べた。

「結構塩辛いね。」

「塩ポテトだもん。」

「お茶頂戴。」

姉ちゃんはレジ袋から小さいペットボトルを2つ取り出して1つを渡してくれた。

「はい。」

「ありがとう。」

姉ちゃんと俺はお菓子を食べてお茶を飲んで、ひじ掛けのジャックにヘッドホンを付けて音楽を聴いたりした。俺は音楽を聴きながら少し眠った様だった。気が付くと割り箸を床に落としてしまっていた。まあ、塩ポテトは残ってないから問題ない。それを拾ってゴミ袋になったレジ袋に放り込んだ。眠ってしまってたせいで、どうやら俺は機内サービスを逃してしまったらしい。目の前の座席の背にメモが貼ってある。俺はそのメモを取って、タイミングを計って小さく振って、キャビンアテンダントのお姉さんに遠慮がちにアピールした。お姉さんは優しく微笑みかけてくれた。アップルジュースを貰った。優しい笑顔を思い出しながらそれを飲んでいると、姉ちゃんが話しかけてきた。

「ねえ。翔ちゃん、宮古島ってどんな所かなあ?」

「あ、あぁ・・・パンフによると、沖縄本島から更に300キロ程南西にある楽園だって。」

「小さな島なの?」

「わからない。でも、宮古島市って人口5万人位だったと思うから、地方都市だとしてもそんなに小さくは無いんじゃないかなぁ。」

「三鷹市は確か18万人位だから、5万人なら結構大きい街だわ!」

「年間の平均気温が23度って書いてあるから、まあ、暑いよね。」

「丁度いい位なんじゃない?」

「東京の平均気温は16度位だから、7度も高い。」

「え、そうなんだ。」

「うん。暑いから南の島なんだよ。」

「そうよね。」


・・・・・・・・・・


 飛行機が最終着陸体勢に入って間もなく、海の輝きの中に散らばった小さな島々が見えて来た。1番大きな島は大雑把に言えば不等辺三角形だ。最初は小さいと思っていたのだが、飛行機が旋回して高度を下げるに連れて結構大きな島だと言うのが判って来た。姉ちゃんは赤いミラーレスのディスプレイ越しに宮古島を見ている様だ。その結果、俺は姉ちゃんの頭の周囲の僅かな隙間から見える景色しか判らない。

「翔ちゃん、見てみて! コバルトブルーってこんな色なんだね。」

「そうかい?」

「それでね、浅瀬の色がたぶんエメラルドグリーンなんだわ。」

「そうなの?」

「ねえほら、翔ちゃん見て! 綺麗よ!」

姉ちゃんは興奮気味にカメラと一緒に窓に張り付いていて、俺の状況を全く理解して無い。この飛行機はまるでオープンカーだとでも思っている様な言い方だ。俺は仕方なく機内のTVディスプレイが写し出す機体直下の海の映像を見上げるしか無かった。珊瑚の海が飛行機の速度で流れていて、姉ちゃんが言う様に、深い所はコバルトブルーで、浅い所でたぶん陽が当たっている所がエメラルドグリーンに見えた。


 飛行機は島の周囲をぐるりと左旋回して宮古空港に着陸した。座席前のポケットに有った雑誌の説明によると、宮古空港ビルの屋根は『サシバ』という猛禽類と言うから、たぶんタカの様な鳥が翼を拡げた形に造られているそうだが、確認できなかった。滑走路が短いためか、かなりきつい逆噴射ブレーキだった。シートベルトを緩めにしていたので、前につんのめりそうになった。スポットに移動してドアが開いた。機体から1歩外に出ると、ムワッと温かくて湿った南の島の空気の中にダイヴした感覚になった。

「あぁ、これが南の島の空気なんだ。」

「そうね。すごいね。なんか、ワクワクするね。」

「うん。」


 ターンテーブルに出て来たスーツケースを受け取って到着ロビーに出ると、山内さんが出迎えた。

「おはようハルちゃん翔太君。」

そう言いながらシャッターを切っている。

「あ、おはようございます。」

「スーツケースのロゴシールが見えるようにしてくれる?」

「はい。でも、私服でOKですか?」

「ああ、お揃いだからグーだ!」

「そうですか。」

俺と姉ちゃんは到着ロビーの狭い出口前で早速ポーズをとった。

  「いいねえ。コマーシャルに使えそうだ。」

数回ストロボが光った。だけど、他の乗客の皆さんには迷惑だったと思う。山内さんは職業柄そう言う事にはまったく興味が無いKY小父さんだ。

「ムラさん、順調だね。」

「そうですね。」

「予定は変わってないよな。」

「はい。これから社会課の仕事をします。」

「了解。」

「じゃあ、バス回します。」

山内さんはスマホで電話した。相手はたぶん吉岡さんだろう。吉村さんと姉ちゃんと俺は山内さんに続いて空港の外に出た。『暑い』と言うより『熱い』。しかも、眩しい。三鷹台と太陽の強さのレベルがぜんぜん違うと思う。

「翔ちゃん、凄いね。」

「うん。これが南の楽園の日差しなんだ!」

「見て、空が青いわ!」

「ここでもレイリー散乱は起きてるんだね。」

駐車場の向こう側に見える背が高い草原からちょっと湿った熱い風が渡って来て、今まで嗅いだことが無いような濃い草いきれの香りを運んで来ていた。その草原の上空に浮かぶ雲が、ミー散乱で白く見えるのだが、白い雲が眩しく見えるってのを初めて経験した。


 ロケバスが到着口の出口に静かに止まって、自動ドアが開いた。

「ハルちゃん、翔太君、お待たせ。乗って!」

「はい。」

バスに乗ると、エアコンが利いていて涼しい。運転席に吉岡さんが逆三角形の『ミラーグラス』を頭に挿して座っていた。怖いお兄さんの様だ。バスの後ろには仮設のカーテンが張ってあって、その前に木下さんと野崎さんが座っていた。たぶんそのカーテンの後ろは撮影機材と衣装が山積みだろう。

「おはようございます。」

「おはよう。」と吉岡さん。

「おはよう。ちゃんと来たわね。」と木下さん。

「どう言う事ですか?」

「寝坊して乗り遅れるんじゃないかって心配してたの。」と野崎さん。

「大丈夫です。姉ちゃんが目覚まし時計たくさん仕掛けてましたから。」

「あれ、知ってたの?」

「彩香がそう言ってた。」

「そっか。」

姉ちゃんと俺が中央付近の座席に陣取った頃、山内さんと吉村さんが乗って来た。2人共入り口付近に座って、山内さんがバスの中を見渡して、

「7人乗ってるな。じゃあ、タク、出発!」

「はい。」

ドアが閉まって、バスは静かに動き出した。これから、社会課の仕事をする様だ。社会課は、スタイルKの少し真面目な(ファッションじゃない)記事を扱っている課だ。具体的な記事の例を言えば、吉祥寺近辺のお寺の特集とか、鉄道の車庫の仕事の取材とかをしている。今日はその社会課の依頼で俺達スナップスタッフが宮古島の何かを取材するのだと思うが、ひとまず姉ちゃんと俺には関係ない事だと思う。俺はしばらくいつもと違う南の島の景色に見とれた。姉ちゃんは赤いミラーレスのシャッターボタンから、人差し指が離れなくなってしまった様だ。

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