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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-24 ロケ地が決まった日(その3)~BAD ROUTE~

 午後の撮影は栄子先輩の独壇場だった。例年、5月号で新作水着が発表されるからだ。言うまでも無いが5月号は4月の中頃に店頭発売される。したがって、その号のスナップは発売前月つまり3月に撮るという事になるのだ。栄子先輩は水着やパーカーを次々に着替えながら、クロマキのブルースクリーンの前やいかにもビーチにありそうな丸いテーブルやパラソルの下でポーズをとっている。エッコ先輩の周囲だけ真夏の眩しさになっている。流石はエッコ先輩だ。凄いと思う。姉ちゃんと俺も制服を着たり、半パンツでTシャツになったり、実は水着ではなく下着でパーカーを羽織ったりしてポーズをとった。山内さんの説明では、エッコ先輩のバックに偶然写った現地の高校生のイメージになるそうだ。要するに壁紙だ。

「翔ちゃん、これちょっとハズいね。」

見ると、姉ちゃんは白い半袖の夏の制服を着ているが、胸に霧吹きで水を掛けられて、ブラが透けて見えている。

「すっご! エロい。」

「見ないでよ! 汗で濡れてるイメージなんだって。」

「へへへ、実は俺もこんな具合。」

「うわ!」

俺は背中に水を掛けられている。姉ちゃんと俺はブルースクリーンの前で姉ちゃんはカメラ向きで、俺は背中を見せた状態で手を振って姉ちゃんを呼ぶようなポーズをとった。

  「いいねえ。遠くで呼び合って、走って来て見詰め合う2人って感じだ。」

「ヤマさん、アップで使わんでくださいよ!」と吉村さん。

「判ってます。」

面倒めんどいなあ。あんた達この際、契約見直したら!」とエッコ先輩。

「良いんですか? そんな事したら先輩の出番減りますよ!」

「おぉお、たまには大胆な事も言うのね! だがそれはあり得ない。」

俺はポーズを変えながら、

「なんでですか?」

「あんたの裸じゃスタイルKは売れんだろ!」

「なるほど。」

「ハルちゃんなら倍増かもな!」

「でも嫌ですわたし。」即答だった。

「だめか?」と山内さん。

「あ、山内さんの目、ヤラシイ!」とエッコ先輩。

「なはずないだろ、ファインダー見てるから。」

「ほら見て! ハルちゃん。」

エッコ先輩はパーカーを羽織ったまま、スタスタとカメラの前に出て、それから、姉ちゃんに何か耳打ちした。ブルースクリーンの前に3人揃った。

  「おお、案外良い絵だ!」

山内さんの指がシャッターを押す間隔が短くなった。姉ちゃんは山内さんをチラッと見て、

「あら、そうかも。」

「ええー? ち、ちょっと休憩!」

「ほらね。言った通りでしょ!」

「本当だ!」と俺も乗る。

山内さんは溜息を洩らしながらカメラをだらりと提げるように降ろして、

「栄子君、頼むから、カメラマンをからかわない!」

「てへ!」


 3時前、山内さんがからかわれてテンションが下がったのを切っ掛けに休憩になった。3時のお茶に丁度良い時刻だ。いつもなら既にお菓子が乗ったトレイとお茶のポットが来ているのだが、ちょっと早いせいか、この日はまだだった。

「姉ちゃん、俺、お菓子とお茶取って来るよ。たぶん、給湯室には来てるはずだから。」

「いいの、翔ちゃんはここに居て! 私が取って来るから。」

姉ちゃんは少し慌てた感じだ。

「どうしたの?」

「どうもしないよ!」

「・・・?」

姉ちゃんは小走りにスタジオから出て行った。

「お、監視員が居なくなった。」

エッコ先輩が近付いてきた。また俺をいじろうと思っているに違いない。俺に緊張が走った。

「翔ちゃん、そのパーカーいいね。」

「有難うございます。木下さんのおかげです。」

「その下、水着?」

来た来た、やっぱそっちだなと思いつつ、どうせだから正直に言うかと思った。

「あ、いえ・・・」

「なに?」

「下着です。トランクスです。」

「おお、そそるじゃないか!」

「な、何を仰っているのですか?」

「私のガウンの中を見たくないか?」

「あ、いえ。」

「見せっこしようぜ!」

「小学生すか?」

「そのつもりで。」

「見たいですが、怖いす。」

「おお、それ、『怖いもの見たさ』ってやつだな。」

「えっと、正確に言いますと、怖さが勝ってて、見れません。」

「翔太、ちょっとこっち寄れよ!」

「あ、いえ。遠慮させてください。」

「意気地なしね。」

「はい。俺ヘタレですから。」

「朝からずっとこれだけ熱く誘惑してあげてんのに、残念な奴だ!」

「はい。俺もそう思います。」

「お前、私が嫌いなのか?」

「いえ、とんでもありません。紙一重でオオカミになりそうです。」

「なれよ!」

「俺はまだ人間で居たいす。」

「やれやれ。」

先輩が溜息をついた。ひとまず『勝った』と思った。


 スタジオの扉が開いて、愛用の赤いミラーレスを首から下げた姉ちゃんが入って来た。そして入口の重いドアを支えた。すると、四角いケーキを乗せた大きなトレイを持った野崎さんと木下さんが入って来た。それに続いて、たぶんコーヒーが入ったポットを持った吉岡さん、レジ袋を持った長谷さんが入って来た。俺が唖然としてそれに見とれている間に、エッコ先輩も加わって、テーブルにミニパーティーの様にペーパートレイが並べられた。そして皆が俺を見詰めた。

「な、何すか?」

姉ちゃんが、

「ちょっと早いんだけど、翔ちゃんお誕生日おめでとう。」

「ええぇ?」

お決まりの『ハッピーバースデイ』の合唱が始まった。長谷さんがケーキに蝋燭を立て、吉岡さんが火を点けた。合唱が終わると、皆に促された。

「一気に消せ!」と山内さん。

「唾飛ばさないで!」とエッコ先輩。

「ええー!」

俺はこのサプライズイベントに驚いて若干感動しながら蝋燭の火を吹き消した。一息では消えなかったが。

『おめでとー』

拍手に包まれた。ハズい。物凄くハズい。これまでこんなハズい誕生日は無かった。木下さんがケーキを切り分けて、それを野崎さんと長谷さんが配った。エッコ先輩と吉岡さんがコーヒーを配った。姉ちゃんは赤いミラーレスのシャッターを押しまくっている。俺はちょっと感激して、皆にお礼を言った。

「みなさん。有難うございます。俺のためにこんなイベント・・・嬉しいです。」

「春香ちゃんの提案よ!」と長谷さん。

「いくつになったの?」と野崎さん。

「16です。正確には25日になるんですけど。」

「ええぇー、その身長で16かぁー」と山内さん。

「はい。昔なら元服です。」

「そうね。もう大人ね。」と野崎さん。

「昔ならね。」とエッコ先輩。

「それ、なんか棘がありますね。」

「私の誘惑に乗れないお子ちゃまだね。」

「す、すみません。」

エッコ先輩は姉ちゃんをチラッと見て、

「頼まれたとはいえ、今日は疲れたわ!」

「有難うございました。」と姉ちゃん。

「どういう事すか? 先輩、姉ちゃん。」

「このサプライズがバレない様にあんたの気を逸らすの!」

「ええぇー! 俺、今日ずっと騙されてたんすか?」

「まあね。」

「うわー、かなりのショックですぅ!」

「って事は、少しはその気があったんだ。」と姉ちゃん。

「ええぇー!」

「まあ、誘惑されて全くその気にならん男は居ないだろう。」と山内さん。

「あぁー、良かったぁー・・・『BAD ROUTE』に行かなくて・・・」

皆、爆笑した。それが俺の救いだった。結局、サプライズってのは驚かされる奴だけが皆にからかわれている様なものだ。


 結局その日は山内さんが大好きなジャンルだと云うのもあって、6時頃までスイムの撮影が続いた。当然だが、姉ちゃんと俺の友情出演も続いた。

  「ハルちゃん、驚いた感じで!」

「はい。」

エッコ先輩がパーカーを脱ぐ。それに合わせて姉ちゃんがハッと驚いて目を見開いた。

  「いいねえ。」

俺がその様子を油断して見ていると、

  「翔太君、栄子君の後ろへ行って!」

「はい。」

  「栄子ちゃん、翔太君に凭れ掛かってみて!」

「はーい。」

「え!」

エッコ先輩は背中で遠慮なく俺に体重を預けて可愛いカメラ目線を繰り出している。俺もカメラ目線だったが横目で姉ちゃんを見た。

  「ははは、それ面白い!」

「なによ!」

「何でもありません。演技です。」

俺が恐る恐るエッコ先輩の右肩に手を置くと、エッコ先輩は俺の手に自分の手を重ねて微笑む。肩越しに見えるエッコ先輩の胸は・・・立派だぁ。俺は例によって暗算しながら目だけ斜め上を見たりする。その様子を山内さんの横で見ている姉ちゃんは苦笑している。この絵、どんなシーンになるのだろう?・・・まさか山内さんのコレクション?


・・・・・・・・・・


 その日の夕食の後は『カメラマン春香』の作品展になった。大きなケーキを運んでいるところ、俺が唖然としていたり、蝋燭を吹き消したりするところから始まって、皆が美味しそうにケーキを食べて談笑している様子のスナップだ。

「結構楽しそうじゃないか!」と、親父。

「うん。皆良い人達だよ。」

「この蝋燭に火を点けてる人は?」

「それ吉岡さん。山内さんの助手で黒子なんだって。」

「そうか、キツイ世界だから大変だろうな。」

「親父知ってるの?」

「会社でも時々製品の撮影をしてもらうからな。」

「へー」

「助手ってのは言われた通りできて当たり前だからな。」

「ふうーん」

「言われてからやってる様じゃ、まだまだって事らしい。」

「春香ちゃん、この人達は?」と母さん。

「スタイリストの木下さんとメイクの野崎さんよ」

「今度ロケに行く事になったんで、みんなテンションが高くなっているの。」

「そうだね。意見を出し合って決めたみたいなところがあるから。」

「ロケって、どこへ行くんだ?」

「宮古島だって。」

「沖縄の離島だそうよ。」

「いつごろ?」

「5月の連休だって。」

「そうか。」

「彩も行きたい!」

「そうだな。日程が合えば皆で行くのも良いな。」と親父。

「だけど、お姉ちゃん達はお仕事だからね。」

「そっか。」

「まあ、別の日でもいいしな。」

「ワーイ!」

「俺達、水着のモデルやっちゃダメ?」

「それはダメだ! 契約だから。」

「エキストラで遠目に写るのも?」

「まあ程度によるな!」

「パーカーとか着てたら良い?」

「それも状況による。」

「そのうち吉村さんが親父に交渉に来るかも。」

「なんの?」

「だから、姉ちゃんの水着の写真の許可。」

「私、嫌だから。ネットにずうーっと残るのよ!」

「だね。」

「スケベ男子がそういう目で私を見るようになるわ!」

「な、なんで俺を見る?」

「じゃあ何があっても駄目だ。」

「了解。俺もそれを聞いて安心した。」


 夜8時過ぎ、俺は姉ちゃんの部屋に行った。俺が部屋の真ん中に座ると同時にノックして彩香も入って来た。

「あ、やっぱりお兄ちゃんが居た!」

彩香は当然の様に俺の胡坐の中に座った。

サヤどうしたんだ?」

「お兄ちゃんの部屋に行ったら居なかったから。」

「そっか。何か用か?」

「うん。私もお兄ちゃんにお誕生日のお祝いあげたい。」

「お兄ちゃんは彩が『おめでとう』って言ってくれるだけで嬉しいよ。」

「うん。なら、ちょっと早いけど。」

そう言うと、彩香はのけ反って背伸びをするようにして俺にチューをした。

「ありがとう彩香。お兄ちゃんはこれが一番嬉しいぞ!」

俺は彩香の頭を撫でた。姉ちゃんはその様子を微笑んで見ていた。俺は彩香を緩く抱えた。彩香も俺に凭れた。コンディショナーの良い香りがした。

「姉ちゃん、今日はありがとう。」

「ちょっと驚いたでしょ!」

「かなり。」

「なんか、翔ちゃん可愛かった。」

「それはどうも。」

「お兄ちゃんが可愛い服着たの?」

「いや、そうじゃ無いんだ。」

「どんな格好?」

「服や格好じゃなくて、何って言えばいいかな? そうね、動作の事よ!」

「解んない。」

「そうね、まだ解らないわね。」

「サヤにも解るように言って!」

「えっと、ムズいわね。」

「そうだな・・・彩香は可愛いだろ?」

「うん、まあ。えへへ。」

「それは、彩香が子供で、良い子で、お姉ちゃんもお兄ちゃんもそれから彩香自身も、皆がお互いに好きだからそう思うんだ。」

「うん。」

「でも、サヤはお兄ちゃんやお姉ちゃんが可愛いって思わないだろ。」

「うん。可愛いじゃなくて、大好きって思う。」

「そうだ。それで良いんだ。でも、お兄ちゃんがサヤより小さい子供みたいにしたらどう思う?」

「うーん。キモい。」

「それだ! キモいだろ。でも、びっくりしたり、すごく嬉しかったりして、どうして良いか判らなくなると、大人だって小さな子供みたいになる事があるんだ。」

「へー。」

「それが、好きな人から見ると、『キモい』じゃなくて『カワイイ』って思えることがあるんだ。」

「へー」

「まだちょっと難しいかもな。そのうちサヤにも解るようになるさ!」

そう言って姉ちゃんを見上げると、姉ちゃんが妙に納得した顔をしている。

「じゃあ、今日お兄ちゃんはビックリして子供みたいになったの?」

彩香はなんか眠そうになって、寝言のようにそう言った。

「そうだな。お兄ちゃんには解らないけど、お姉ちゃんにはそう見えたんだろうな。」

「ふぇー」

返事をするかしない内に彩香は俺の右腕に体重を預けて眠りに落ちてしまった。

「彩ちゃん寝ちゃったね。」

「うん。彩香の部屋に行って寝かせて来るよ。」

「私のベッドに寝かせて! 今連れて行くときっと起きるわ!」

「そうだね。」

俺は彩香を姉ちゃんのベッドに寝かせて、ついでにおでこにキスをした。やっぱり寝顔は特別に可愛い。

「こら翔ちゃん。駄目よ本人の承諾なしじゃ!」

「いいじゃん。お兄ちゃんなんだから。」

これは姉ちゃんの真似だ。

「もう!」

俺はまた部屋の中央に座った。少し沈黙の時間が流れた。

「ねえ、翔ちゃんと私25日から同い年ね。」

「そんで、来月10日には姉ちゃんは17歳になちゃうね。」

「11日間の同い年だわ!」

「ねえ、いつから計画してたの?」

「サプライズ?」

「うん。」

「先々週。長谷さんからお仕事の連絡が来た時思い付いたの。」

「ふうーん。」

「長谷さんに言ったら。ノリノリで私の方が気後れしたみたくなったわ!」

「へえー」

「ねえ、栄子先輩に何を言われたの?」

「あれ、姉ちゃんが頼んだんでしょ?」

「私がお願いしたのは午後の事だけよ。」

「じゃあ、午前中のは本気モードのいじりだったんだ。」

「なあに、本気って?」

「俺を天国に連れてってくれるって。」

「天国?」

「だから、それが更衣室で・・・」

「何よそれ?」

「俺も具体的にはなんとも説明できない。」

「エッチな事なんでしょ!」

「たぶん。」

「翔ちゃんは行きたかったんでしょ!」

「そう言われれば、まあそうかも。だけど断った。紙一重で。」

「偉かったね。翔ちゃん。」

「あ、有難うございます。姉ちゃんにお褒めの言葉頂きました。」

姉ちゃんと俺は顔を見合わせて微笑んだ。姉ちゃんがまた可愛いと思った。年上なのに。

「じゃあそろそろ部屋に帰るよ。」

「そうね。」

俺は彩香を抱えて運ぼうと思って立ち上がってベッドに近付いた。

「あ、いいよ、そのまま寝かしといて!」

「いいの?」

「うん。今夜は一緒に寝るわ。」

「そう。じゃあおやすみ。今日は有り難う。」

「どういたしまして。おやすみ翔ちゃん。」

俺はそっと自分の部屋に戻った。ベッドに入って、今日の出来事を思い出して、なんか幸せな気分に浸った。・・・そして、ぐっすり眠った。

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