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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-22 ロケ地が決まった日(その1)~監視員~

 1年の3学期、3月17日、姉ちゃんと俺は期末試験をなんとか乗り切って、解放された気分で吉祥寺の御殿山スタジオに行った。ここ数日天気が悪くこの日も霙まじりの冷たい雨が降っていたが、スタジオでは5月号のスナップ撮りだ。俺は姉ちゃんと1階の受付で別れて2階の第1スタジオに入った。

「おはようございます。」

1番乗かと思ったが、スタジオの電気が点いていた。今日は珍しく営業の吉村さんがまだ来ていない。木下さんがパーテから顔を出した。

「おはよう翔太君。ちょっと早いね。」

「はい。」

「春香ちゃんは一緒じゃないの?」

「あ、長谷さんの所に寄るそうです。」

「そう。」

木下さんはパーテから首を引っ込めた。おそらく企画書を読むのだろう。

「えっと、今日は5月号の『若葉』のイメージよね。」

「先日の電話ではそう聞いてます。」

「と云う事は、中西姉弟の得意分野ね。」

「何ですかそれ?」

「爽やかな2人って事。」

「へぇー」

「なんだ、自覚無いのね。」

「はあ、そう言うの1ミリも無いっす。」

俺はスタジオとメークコーナーの境にある会議テーブルのパイプ椅子に座った。今日の絵コンテのコピーが置いてある。俺はいつもの様にそれを1枚取って目を通した。それを見る限りでは、タイアップがある以外は特に変わったことは無いようだ。


 しばらくして、高円寺の女子高2年でスイムモデルの三村栄子先輩がいつものハイテンションで入って来た。先輩は入ってすぐコートを脱いで入り口横のコートハンガーにそれを掛けた。サスペンダーをしてるみたいに見えるチェック柄のブラウスに黄色ベースの派手なフリルのミニスカートにポックリなブラウンのブーツが格好良い。アニメのアイドルスターみたいだ。寒さには関係なく、コート無しでは外は歩けないだろう。小さい縫いぐるみのキャラグッズなんかが大量に括り付けられたトートバックを左肩で担いでいる。

「おはようございまーす。エッコでーす。」

「おはようございます先輩。」

「おはよう。今日も元気いっぱいね!」

「そうでーす。ねえ、タオル無い? コートが濡れちゃった。」

「そこにあります。」

俺は鏡台の前に積まれたタオルを指差した。

「おい! 後輩!」

「はい。失礼しました。」

俺は立ち上がって鏡台の前のタオルを取ってエッコ先輩に渡した。エッコ先輩は俺を見上げるようにして微笑んで、

「ありがとう。」

先輩はトートバックを肩から降ろして、

「ちょっと持ってて!」

「はい。」

コートの雫を払うように拭き取って、そのタオルを俺に差し出して、代わりにトートバックを受け取りながら、俺をチラッと見た。そして、怪訝な顔でメークコーナーを見渡して、

「あらら、翔ちゃん、めずらしいじゃん。」

「え、何がですか?」

「だって、監視員のハルちゃんが見当たらない。」

「姉ちゃんは何の監視員なんすか?」

「相変わらずニブイくんね。」

「へ?」

「あんたに決まってるでしょ!」

俺はタオルを使用済みBOXに投げ込んで、

「へえー・・・エッ! 俺すか?」

「自覚無いのね。」

「はあ、そう言うの1ミリも無いっす。」

「あれ? さっきと同じ事言ってる。ブームなの?」と木下さん。

「そんなんじゃないですけど。」

パイプ椅子に座って栄子先輩に振り向くと、栄子先輩は俺を見詰めてちょっと笑みを浮かべた。なんか嫌な予感がする。

「ねえ、翔ちゃん。」

「な、何すか?」

「お、ニブイ君のくせに警戒してるな!」

「いえ、まあ。」

「まあ良いわ・・・私が誘ったらついて来る?」

「何処へですか?」

「天国に決まってんじゃん。」

「天国?・・・何処にあるんすか?」

「ああぁ、なんかエッチな店想像してない?」

「あ、まあ。」

「それ、私に対するあんたの評価って訳ね。」

「とんでもない。」

「じゃ、何よ!」

「今日はなんか妙に絡みますね、先輩!」

「まあね。けど、こんな話、あんたと初めてしたと思わない?」

「ええ、ビックリ、怖い位ですよ。俺、先輩を怒らせる様な事なんかしましたっけ?」

「いつもなら、こんな話出来ないって事。」

「何でですか?」

「だからニブイっての!・・・KY君。」

「つまり、その、それが監視員・・・あぁあ、そういう事ですか!」

「そう言う事。時々ちょっと可哀想になるわ!」

俺は先輩にしこたまイジられた事が判って溜息が出た。それで、ちょっと反撃してみた。

「姉ちゃんも俺もお互いに監視し合ってるって言いたいんでしょ!」

「へー、あんたはハルちゃんを監視してんの?」

「してません。」

「じゃあ、されてんじゃん。」

「そんな事は無いと思いますが・・・」

「あんたが居ようが居まいがお姉さん達のきわどい話はできるわ!」

「ええ、まあ。おかげさまで時々居場所が無くなります。」

なんか返り討ちに遭ったみたいだ。

「じゃあ私スタンバイしてくるから。」

「はい、ではまた後で。」

とりあえず難は去ったと思った。


 第1スタジオの更衣室は2つある。右側は狭くて着替えるだけのスペースで、左は広くて、普通はインナーやスイムの衣装を下げたハンガーラックが運び込まれている。エッコ先輩は木下さんに、更衣室を確認した。

「木下さん、今日も左ですよね。」

「そう。どっさり来てるわよ!」

先輩はその左の更衣室の前まで行って、ノブに手をかけて振り返って、また俺を見た。俺はエッコ先輩の可愛い後姿に見とれていたので、先輩から視線を逸らすことが出来なかった。

「どうすんの?」

「え?」

「だから翔ちゃんも来る?」

「どこへ?」

「だから、天国よ。」

「天国って、更衣室っすか?」

「ああぁ、だからニブイっての! ちょっとこっちおいで!」

俺は立ち上がってエッコ先輩に近付きながら、真意が測れなくて、どう反応していいか解らなかった。

「・・・?・・・」

「たぶん今日は新作山盛りなの。好みはセパ?スクミズ?トップレス?」

エッコ先輩は更衣室のドアを開けてハンガーラックを見せた。

「あ、有難うございます。ひとまず、遠慮しときます。」

「君の好みのを最初に着てあげるよ! OKかは判んないけど。」

やっと先輩が言ってる事が具体的に解った気がした。

「いえ、本当に・・・。」

「ああぁ、君のリビドーはいつになったら覚醒するの?」

「フロイトですか? 謎かけですか?」

「知識の事じゃないのよ。衝動の事よ。バカね!」

「・・・俺まだ子供ですが、そうなったら、きっと恐ろしい事になります・・・と思います。」

栄子先輩は俺に1歩近付いて見上げるようにして俺を見詰めた。俺は上半身を引いた。

「本当かなあ?」

「た、たぶん。」

「じゃあ、お姉さんが強制的に覚醒させてあげよっか。」

「ど、どうかお気遣いなく!」

「そお? だけど・・・お姉さんとっても心配だわ!」

そう言って体を翻して身軽に踊るように更衣室に入って行った。栄子先輩を見送りながら木下さんがパーテの前に出て来て、微笑んで、

「相変わらず面白い娘だわ。」

「俺、赤面物ですよ! あれってセクハラですよね。」

「うふふ、かなりイジられたわね。」

「エッコ先輩苦手です。」

「でも、半分くらいは本心が入ってたかも。」

「KYって事でしょ! 最近良く言われるから慣れました。」

「翔太君はKYじゃ無いわ。ある分野に限ってちょっとニブイのよ。」

「それ、どっちでも凹みます。」

「経験値が低いのね。」

「何の経験値ですか?」

「だから、ある分野のよ!」

「ある分野って言われても・・・じゃあどうすれば?」

「積極的に狩場に行く事ね。」

「狩場って?」

「経験値が上がる場所。」

「それって・・・うわっ、だったら俺、NPCの村人で良いです。」

「意気地なしね。」

「基本へたれですから。そのかわり殺されてもすぐにリポップします。」

「ゲームじゃないのよ!」

「そうですね。」

「まあまだ16だからそんなに慌てる事も無いわね。」

「正確にはまだ15です。俺の場合。」

「15にして約180センチの大男なのね。」

「はい。毎日1リットル位は牛乳飲んでます。」

「そら凄いわ。」


 そこへ長谷さんが入って来た。姉ちゃんは長谷さんの所へ行って、先日もらった『パリのお土産のお礼を言って来る。』と言っていたが、何処へ行ったんだろう。

「すみません、皆さんちょっと集まってください。」

長谷さんんはいつに無く改まった言い方だ。俺は今日の撮影コンセプトの全面変更、別名『卓袱台ちゃぶだい返し』かと思った。だとしたら、まだ撮影が始まってないから良心的な方だ。長谷さんはメイク室を見渡して、そして俺に向かって、

「栄子ちゃんも来てる?」

「さっき更衣室に行きました。」

「じゃあ呼んできてくれる?」

「何の冗談すか? 俺まだ死にたくないっす。」

「あら、急ぎなんだけど。」

その時すでに木下さんが更衣室を覗き込んで声を掛けていた。

「私もなの?」

更衣室から怪訝そうな栄子先輩の声がして、まもなくガウンにビーサンの格好で出て来た。長谷さんは栄子先輩に向かって、

「そうよ、全員よ!」

そこへ山内さん、野崎さん、吉村さん、吉岡さん、そして最後に姉ちゃんがぞろぞろと入って来た。長谷さんは衣装コーナーのパーテの前に移動して、皆の方を見た。その隣に山内さんと吉村さんも移動した。姉ちゃんは俺の右隣に来た。

「遅かったね。」

「うん、ちょっと寄り道してた。」

「トイレ?」

「もう!」

「姉ちゃんが居なかったから、散々な目にあったよ!」

「どんな?」

「エッコ先輩にセクハラされた。」

「嬉しそうね。」

「えぇー!」

長谷さんが咳ばらいをした。

「コホン! これでスナップチーム全員揃ったわね。」

長谷さんはみんなを見渡して手帳を拡げた。山内さんと吉村さん以外の皆は『何だろう』と思いながら、パーテの前の3人を扇型に取り囲むように集まった。長谷さんが続けた。

「昨日の編集会議で今年の発行部数が50%増の延べ20万部を超えたのが確認されました。」

『おおー』・・・姉ちゃんと俺以外は素早く反応して拍手した。

「あれ? 中西姉弟は嬉しくないの?」

「つまり、嬉しい事なんですね、それって。」

「すみません。わたし判らなくて。」

「そっか、君達はまだ新人さんだからね。」

「はい。たぶん。」

「本が売れるって事は、関係者みんなが共通に、すごく嬉しい事なの。」

「きっと大入り袋よ。」とエッコ先輩。

「それは今検討中です。」

「なんだ、期待して、何処に隠してんのかと思ったわ!」

長谷さんは満面の笑顔でもう1度みんなを見渡して、

「それで、夏の特集号に向けてロケに行くことになりました。」

『おおー』再び拍手が巻き起こった。今度は姉ちゃんも俺も遅れなかった。山内さんも拍手していた。俺の後ろからも拍手の音がした。振り返ると、吉岡さんが居た。そして、エッコ先輩の声がひと際ハイテンションで響いた。

「何処へ行くのー?」

長谷さんはまた皆を見渡した。

「それで皆と相談なの。・・・何処にしようか!」

何時いつ頃かってのもあるな」

と山内さんが条件を絞ろうとすると、長谷さんが俺達モデル3人を見て、

「モデルさんの事を考えると、連休ね。」

「5月か?」

「そうよ。」

「これから予約できるか?」

「まあ、何処であろうと何とかします。」と吉村さん。

「夏の特集号ですよね。」と木下さん。

「なら、沖縄しか無いじゃん。」とエッコ先輩。

「私、離島が良い。」と野崎さん。

「石垣島?」と木下さん。

「ハルちゃんと翔太君は行きたい所ある?」とエッコ先輩。

「俺、判りません。でも、沖縄行った事無いから。いいすね。」

「私も。」と姉ちゃん。

「あのね、行きたい所じゃなくて、特集号にふさわしい所を提案してください。」

早くも長谷さんの突込みが入った。

「す、すみません。」

俺はやっと話題に合流出来たと思ったら、いきなり叱られた気がして、かなり凹んだ。盛り上がりかけた沖縄離島案が少し萎んだ。みんな少しの間考え込んで沈黙になった。

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