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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
61/125

4-20 学校で朝を迎えた日(その6)~ディーバ~

 会場が一際騒がしくなった。舞台に人気の軽音バンド『なんチャラ』が登壇したのだ。3人はゆっくりそれぞれの担当ポジションに着いた。そして、おもむろに、リードギターのリーダーが、

「こんばんはー!『なんチャラ』でぇーす。乗ってるかー!みんなー!」

〈歓声&拍手〉

「それじゃあ、あいさつ代わりに5曲連続ぅー。」

〈歓声、『オー』〉

ドラムスティックのリズムリードでいきなり演奏が始まった。バスドラムの強烈なビート音圧が肺を突き抜ける。ベースのカッティングがワクワク感を掻き立てる。『お前本当にDKか!』と聞きたくなるリードギターのアドリブ。時々入る歌がちょっと残念。『なんチャラ』は軽音歴代のオリジナル曲をメドレーの様に約30分間ブッ続けで演奏した。体育館の前方はクラブ状態になった。体育館の熱気が最高潮に達した。そして、演奏が止まって、ギターアンプの鳴きと頭蓋骨の中の残響が消えない内にリーダーが言った。

「えー、それでは、ちょっと早いんですが、ここで久我高ディーバを召喚しまーす。」

〈ウヲー、大歓声〉

「1年C組の田中加代ちゃんでーす。」

ステージの薄暗い左袖に加代が現れた。次の瞬間、スポットライトが当たって、ポッと加代が浮き出た。

「すごーい みてみて翔ちゃん!」

「ああ、あれが、あのピンクのスーツケースの中身?」

「可愛いね。」

「うん。流石は加代だ。」

スポットライトに照らし出された加代は、最外層が紺色サテンで内層が白くて薄いシルクを何重にも重ねた様なミニスカートのドレスだ。大きく開いた胸元でゴールドのチェーンが煌めく。そして、少し残念な事に、持ち上げた胸の谷間を淡いピンクのショールで際どく隠している。加代の全身からマリンブルーの光線が拡散している。レイリー散乱みたいに。恰好良い。可愛い。何処から見てもアイドルそのものだ。加代はゆっくり舞台中央に向かって歩きながら、ちょっとはにかんだ様に大歓声に向かって小さく右手を振った。大歓声が更に音圧を上げた。舞台中央に来た。2方向からスポットライトが加代を照らす。加代は俺がチューンしたシルバーボディーにグレーキャップのFMワイヤレス・コンデンサマイク『愛称マイクカヨ』を左手から右手に持ち替えた。

「みなさん、今晩は。そして、初めまして。田中加代です。よろしくお願いします。」

なんか、加代らしくない初々しい挨拶だ。会場の男共はすっかり騙されているような気がする。

「加代ちゃん、今夜だけのセッションだけど、よろしく!」

「よろしくお願いします。先輩!」

〈拍手、歓声、掛声『カヨちゃーん』〉

『先輩』は最高の言葉だった。『なんチャラ』はこの時点で加代のバックバンドになった様なものだ。

「加代ちゃんがヴォーカルに入ってくれたので、フィナーレに向けて少しスローな感じで行きます。最初は『会いたくて会いたくて』アレンジは吹部のナナちゃんです。」

リーダーが大きく手を挙げて紹介すると、雛壇の中央で吹部のナナちゃんが立ち上がってお辞儀をした。

〈大歓声、拍手〉

前奏が無い。加代の歌い出しで何人の男子の息が止まった事だろう。そして、数秒の酸欠状態の後、大歓声とどよめきと称賛の掛け声が続いた。

〈大歓声、拍手、『カヨちゃーん』〉

「2曲目は吹部の応援で、『HEART STATION』でーす。アレンジはもちろんナナちゃん。」

重低音のベースギターとチューバが大活躍するアレンジだった。アレテックのウーファーがエンクロージャーから飛び出しそうな位振動した。気怠い感じでなんかエロくて。加代の得意分野の歌だ。歌い終わると、大歓声が静まるのを待って、加代が両手で『マイクカヨ』を持って、

「次の曲は私から紹介させて頂きます。私は知らないのですが、リーダーが好きなゲームの歌だそうです。いい歌だと思います。聞いてください。『届かない恋』。アレンジはもちろんナナ先輩です。」

アッと思った。確かに曲も歌も良いけどR18だ。前奏からリードギターの見せ場があるから、加代のやつ『上手く乗せられたな』と思った。ああぁー、だけど加代はなんて上手いんだ。情景を知ってる筈無いのに・・・切ない。こうして、久我高ディーバは予定の2曲を大幅に超えた5曲を歌った。どうやら、吹部と軽音は雨天モードを利用して最初からその心算つもりだったのだろう。

 フェアウエル・コンサートの最後は全員で校歌を歌った。体育館の照明がすべて点灯されて、実行委員会長の久我高祭終了宣言があって、一般生徒の下校帰宅が始まった。Qシート通り音坦で『蛍の光』のBGMを流した。体育館から徐々に人が出て行って、やがて実行委員だけが残った。8時50分頃、総進の号令で撤収作業が始まった。


 体育館の撤収作業が終わったのは9時過ぎだった。撤収作業と言ってもマイクとマイクスタンドを調整室に運んでワイヤレスマイクから電池を抜いて箱に仕舞うだけだ。姉ちゃんはその作業を手伝ってくれていたのだが、写真部からヘルプ要請が掛かって、途中で写真部の撤収に行った。

「終わったら放送室に行くね。」

「うん。待ってる。今日は校内泊の予定で姉ちゃんも加代ちゃんもリストに入れてある。」

「ありがとう、じゃあ。」

「うん。」

俺はQシートの最後の項目の備品チェックにレ点記入して、メインPCの電源を切り、コンソールのキースイッチをオフにして8GBのSDカードを抜いてカードケースに入れて体育館とマジックで書いて胸ポケット入れた。

「実行委員のみんな、お疲れ様でした。これで解散です。」

「おお、面白かった。じゃあ、お疲れ!」

俺は体育館を出て講堂に向かった。講堂に入ると総進担当が最終チェックそしていた。締め出されると困るので、声を掛けた。

「音坦です。最終確認に来ました。」

「ご苦労さん。」

調整室に入ったが、既に誰も居なかった。メインPCを立ち上げながら、ふとコンソールを見ると書置きがあった。

『中西君へ、順調にすべて終了しました。6時です。備品チェックも完了しています。今日は楽しかった。また一緒にオペしたい位だ。ただし、放送部には入らないけどね。これから体育館に行きます。山中、篠原』

立ち上がったPCのQシートの最後にはレ点が入っていた。俺はPCをシャットダウンして、書置きとSDカードを回収した。


 9時半頃放送室に戻った。スタジオには3年生の先輩3人と2年の横山先輩が居て、お菓子を食べながらお茶していた。俺が調整室でSDカードをカードファイルに移して見出しを書いていると、横山先輩が手招きをした。俺はカードファイルをキャビネットに仕舞ってスタジオに入った。

「ただいま。」

「お疲れ様、中西君。」と池内先輩。

「講堂と体育館の撤収完了しました。」

「お疲れ様! 校内泊の申請出しといたから。お姉さんとディーバちゃんの分も。」と横山先輩。

「有難うございます。」

「お前等、1年、かなり評判良かったぞ!」と村井部長。

「なんの評判ですか?」

「僕達先輩のサ!」

「あ、有難うございます。」

「なんだ、あんま嬉しそうじゃ無いな!」

「いえ、そんな事無いす。」

俺はスタジオの1番奥に置いたギターの横に座った。ふと左横を見るとピンクのスーツケースがまだ置いてあった。俺は加代の可愛い姿を思い出した。

「中西、僕も推薦しといたからな。」と松森副部長。

俺はまた何かに巻き込まれそうな気がした。

「な、何の推薦ですか?」

「実行委員会のMWPさ!」

「・・?・・」

「あ、知らんのか?」

「Most Worked Personよ!」と池内先輩。

「裏方で良く働いた奴が3年生の推薦で表彰されるんだ。」

「そうなんですか! それは有難うございます。」

「まあ、全校対象だから期待せずに待っとれや!」

「はい。」

そう言えば、去年の日誌の11月位に横山先輩がMWPという記述が有ったのを思い出した。『MVPの間違いじゃないかなあ』と思ったので記憶している。

「ヨッコ先輩は去年表彰されたんですか?」

「あ、いや、惜しい所で逃したんじゃなかったっけ?」

と松森副部長が慌てたように言った。

「何故ですか?」

「うーん、どう説明すべきか。」

「辞退したんだ。」と横山先輩。

「何でですか?」

「まあ、色々あってな。」

「中西、それ位にしとけ!」と村井部長。

納得できないが、先輩にそう言われると仕方が無い。

「はい。判りました。色々ですね。」

「うん。」

横山先輩は珍しく元気なくそう言った。俺はまた空気が読めなかったんだと思った。


 しばらく先輩達と談笑した。いつしか受験勉強の話になった。先輩達は今は難問奇問より基礎問題を解く事に専念しているそうだ。年明けまではじっくり基礎力を固めるらしい。ただ、俺にはまだ実感が無かった。そこへ姉ちゃんが入って来た。姉ちゃんはそっと覗き見るようにスタジオのドアを開けた。

「翔ちゃん・・・居る?」

「お。瑠璃姫様だ!」と松森副部長。

姉ちゃんは怪訝な顔で副部長を見た。

「終わった? 姉ちゃん。」

「うん。教室は。とりあえず今日は解散して来たの。」

「まあ、立ってないで入ってよ!」と横山先輩。

姉ちゃんは俺と村井部長の間に座った。

「松森先輩、『瑠璃姫様』って何ですか?」

「あれ? 本人は知らんのか。」

「知りません。」

「情処研の裏ミスコンで、君が『瑠璃姫』っていうエントリー名で準グランプリだ。」

「そんな事してたんですか?」

「非公認はあいつ等の得意技だからな。」

「だから本名じゃないんだ。」と俺。

「そう言う事。」

「URL教えてください。」

「もう消えた。9時バルスだった。」

「そうですか。知りませんでした。」

「なんか嫌だわ!」

「そうよね。裏でコソコソそんな事するなんて。」と池内先輩。

「ちなみに、グランプリは?」

「おお、弟としては気になるか!」

「まあ。」

「グランプリは『歌姫様』だよ。」

「って事は、田中加代ですね。」

「ああ、8時前にチェックした時は瑠璃姫様がダントツのトップで歌姫様はトップ10以下だったけどな。」

「なるほど。判ります。」

「これ、スクリーンキャプチャ!」

「ああぁ、カヨちゃんと私だわ!」

「だね。」

「肖像権の侵害だわ!」

「その通り。だから非公認。」

「ともかく。『ハルカちゃん』って言っていいか?」

「はい。」

「カヨちゃんとハルカちゃんは、裏でも久我高のワン・ツーだ。」

「今年の1年はレベルが高い。」と村井部長。

「悪かったですね。どうせ私は2年です。」

横山先輩が村井部長を睨んで苦笑した。村井部長は予想外の反撃に驚いて引いた。それにしても横山先輩にしては珍しく拗ねた発言だ。

「僕的にはヨッコぜんぜんOK。」と松森副部長。

「3年の私はどうなのよ!」

「おいおい、あんま男を追い詰めるもんじゃない。」

「あら、降参?」

「初めから勝負してないし!」

「あ、中西さん、適当に食べて飲んでね。」と池内先輩。

「はい。有難うございます。」


 加代がスタジオのドアを開けた。あの衣装のままだ。ドアを半分開けて半身を見せた状態がなんか眩しい位可愛い。

「こんばんは。」

「おぉー、『歌姫様』じゃないか!」と松森副部長。

「そんなぁ! 初めまして、田中加代です。」

おそらく加代は裏ミスコンの事は知らない。

「まあ、入ってくれ!」

「はい。」

「僕は部長の村井です。」

「僕は副部長の松森です。」

「わたし、アナウンサーの池内です。」

「すみません、私、部外者なんですけど。」

「ぜんぜんOK!」と松森副部長。

「田中さんなら大大大歓迎です。」と村井部長。

「あ、ありがとうございます。」

「カヨちゃん、コンサートのトリ、凄かったね。それに可愛いねそれ。」

「ありがとう、ハルちゃん。」

加代は俺の左に座った。そしてショールを取った。ペタンと横座りした足と胸元が艶めかしくて気になった。姉ちゃんが目ざとく俺を睨んで、俺の太腿をつまんだ。

「イテッ!」

「どうした?」

「いや、何でも無い。」

横山先輩が微笑んでいる。時計は10時15分を回っていた。

「軽音の打ち上げは終わったのか?」

「居場所が無いから出て来たの。」

「そっか。」

「ここなら、いつまででもOKよ!」とヨッコ先輩。

「はい、有難うございます。」

「えっと、何か演奏しましょうか?」と俺。

「おお、早速久我高ディーバの歌が聴けるのか!」と松森副部長。

「伴奏下手ですから、あらかじめ謝っておきます。」

俺はギターを出してストラップを肩に掛けた。そして、ドミソを鳴らした。それから、アルペジオを1番練習した『神様のいたずら』を弾いた。加代と姉ちゃんは微妙にハモって歌った。先輩達は拍手喝采だった。

「いい歌なので。」と松森副部長。

「アニソン最高だね。」と村井部長。

「みんなもうすぐ嫌でも大人になるのよね!」と池内先輩。

「僕等は神様に散々いたずらされてると思う。」と松森副部長。

「やや滑りだね。」と池内先輩。

お茶を一口飲んでふと左を見ると、加代がスーツケースを開けている。

「着替えるのか?」

「いや、飲み物。」

そう言って加代が取り出したのは柑橘系のソーダの酒の缶だった。

「おい、それダメだろ!」

「皆さんどうぞ。もうすぐ大人ですもの!」

俺の意見をスルーして、加代は紙コップに注いで分けて、それを配った。1本しか無いから、7人だとほんの少しだ。だから良いって訳じゃないが、皆飲んだ。俺はスコアブックをめくって曲を選んだ。

「じゃあ次は『届かない恋』かな?」

「それはコンサートで歌ったから。」

「じゃあその前のページの『愛する心』どう?」

「いいけど、むずいんじゃない?」

俺はコードを見た。カポがあれば良さそうだが、歌詞が明らかに加代の好みじゃないと思えた。

「やっぱ、『おかえりなさい』で。」

「うん。じゃあそれで。」

それを歌い終わると、3年の先輩3人が立ち上がった。

「どうしたんすか?」

「おぉ、そろそろ帰るよ。今の歌で尻がムズムズしだした。」と村井部長。

「それにそろそろ吉祥寺からのバスが無くなる。」と松森副部長。

「今日は校内泊じゃないんですか?」

「明日は練習試合がある。」

「何の試合ですか?」

「入試サ!」

「ああ、模試ですね。」

「そう言う事。」

「大変ですね。」

「もう慣れたよ。」

「そう、今は成績より慣れる時期なの。」

「へぇー。」

「じゃあな!・・・サダ、送るよ。」と村井部長。

「あら、ありがとうオオカミ君。」

「2人でサ!」

「え、僕を巻き込むんかい!」と松森副部長。

「当然。」

「仕方ない。」

「じゃあおやすみ。」

「おやすみなさい。」

3年生の先輩3人はなんか仲良く談笑しながら放送室を出て行った。放送室は急に静かで寂しくなったような感じになった。俺は手持無沙汰の間をつなぐように、コードを何となくポロンポロンと弾いた。

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