4-19 学校で朝を迎えた日(その5)~サプライズ~
午後のサプライズコンサートは有名なアコースティック・デュオ『琥珀露』が来る。事前に知ってた訳ではない。12時半頃それが判った。琥珀露のスタッフが3人やって来て、マイクのセッティングとコンソールの調整をした。もちろん、この人達はプロだ。
「おはようございます。『琥珀露』のスタッフでミキサーの真辺と言います。」
「お疲れ様です。放送部の中西です。よろしくお願いします。」
「これからは基本的に私共が全てオペしますので、特に何もせずそこで見ていてください。」
「はい。分かりました。お任せします。ただ、学園祭の記録と言う事で録音したいのですが?」
「ネットに配信したり、データを配布したりしないですよね。」
「もちろんです。」
「学校の中で使用すると言う事で録音OKです。メディアは何ですか?」
「SDカードです。既にコンソール右のスロットにセットしてあります。」
「解りました。RECスイッチは・・・これだね。ベタで入れますが良いですね。」
「はい。構いません。」
つまり、俺達生徒は録音もその人達に任せて後ろで見学だ。録音と言ってもベタだから何もする必要はない。ただ、姉ちゃんは『記録・報道』の腕章をしているので堂々と赤いミラーレスを構えて撮りまくっている。真鍋さんたちは愛想良く笑顔でスナップに納まってくれている。まあ、カメラマンがJKだからかも知れない。
「凄いね、何にも相談しないでどんどんセッティングして行くのね。」
「うん。この人達に比べると俺達は口数が多いね。」
「でも、私から見たら翔ちゃん達も凄いよ!」
「それはどうも、ありがとう。」
琥珀露のサプライズコンサートは当然だが超満員になった。久我高の普段優秀?で物静か?な女子達が甲高い声を出すから凄い人達だ。まあ、男子も妙な奇声を上げていたから、大差は無いのだが・・・。
凸「皆さんこんにちは、琥珀露です。久我高祭に呼んで頂いて有難うございます。」
〈拍手と歓声〉
凹「久我高って偏差値高いんだってね。」
凸「そう聞いたから、さっきから聴衆の皆さんを見渡しているのですが・・・」
凹「他の学校とあまり変わった感じはしませんよね。」
凸「特に、その左前に居る君たちは何処にでも居る乗りの良い人達だよね。」
〈笑、拍手&歓声〉
凸「たぶん、きっとたぶん必要無いとは思いますが、勉強ばっかりしていて、僕達を知らない人が居るかも知れませんので、一応自己紹介をします。」
凹「何処に行っても、1人位は居るもんです。」
〈えぇー、笑〉
凸「えーと、皆さんから向かって右側の僕がボーカルを担当する凸です。」
〈『知ってるー』、拍手〉
凸「ありがとう。そして、左ががギター担当の凹です。」
〈『知らなーい』、笑〉
凹「えぇー、それは無いよ!」
〈『うそー』、拍手&歓声〉
凸「2人合わせて・・・『琥珀露』です。」
凹「『デコボコ』って言うと思った人! 残念でした。テレビの見すぎです!」
〈笑、拍手〉
凸「僕等、吉祥寺には良く行くんですが、久我山に来たのは初めてです。」
〈『いらっしゃーい』、拍手〉
凹「吉祥寺の次に止まる駅ですよね。」
〈???〉
凸「え?」
凹「急行ですが、何か?」
凸「ああ、驚いた。」
〈笑・拍手〉
凹「時間的には、5分位ですよね。」
〈『そうでーす』・・・間・沈黙・・・〉
凸「・・・久我山の感想とか、何か喋って下さいよ!」
凹「何も無い所ですね。」
〈笑〉
凸「と言いながら、1ヶ月もすると久我山をテーマにした歌が出来ていたりしてね。」
凹「期待してください。」
〈歓声と拍手〉
琥珀露はこんな具合に、会場の特に女子を巻き込んで、軽快なトークを挟みながら、皆が知っているヒット曲8曲とアンコール2曲を演奏してくれた。
姉ちゃんと俺は調整室のコンソールの後ろで出来るだけ静かに聴いた。
「翔ちゃん、良い歌だね。」
「うん。この歌、親父も好きなの知ってる?」
「うん。時々鼻歌してるもの。」
「そう言えばそうだね。」
姉ちゃんと俺は顔を見合わせて苦笑した。
「でもね、M先輩はあんまり好きじゃないって言ってた事があるわ。」
「なんでだろうね。」
「説教臭いんだって。」
「確かにそう感じるところもあるね。」
「男子って、変に突っ張って素直じゃないわ!」
「まあね。ヲタだからかも。」
「ヲタクは説教臭いのはだめなの?」
「自由な人達だからね。」
「そっか。」
曲が始まったので、また暫く聴き入った。
「歌詞には味わいがあるんだ。」
「味わい?・・・また翔ちゃんの禅問答ね。」
「まあね。・・・禅問答、聞く?」
「うん。」
「味が無い歌詞には感動も無いのサ。」
「・・・?・・・解らないわ!」
「例えば、初恋をイメージするなら、甘酸っぱい『ハニーレモン』とか。」
「なんだ、そう言うのね。」
「うん。歌詞の感動は何か普遍的かつ具体的なイメージに添えられて伝わるらしいんだ。」
「へー、そうなんだ。」
「その中でも味のイメージが1番伝わり易いんだ。」
「それって、結局、比喩表現だわ!」
「その通り! なんだ、もう説明の必要無いじゃん。」
少し沈黙が流れた。調整室のモニターから静かに聴こえてくる曲に聴き入った。ミキサーの真辺さんはヘッドホンを被っているからモニターの音は必要無いはずだが、たぶん俺達のために親切に流してくれているのだと思う。
「だから?」
「何が?」
「味の比喩の話。」
「そうだね。琥珀露の歌詞は、苦かったり、塩っぱかったり、酸っぱかったり、鼻にツンと抜けたり。」
「そっかー!」
「うん。だから説教臭いって言う奴も出てくるって訳サ。」
「なるほどね。解るような気がするわ!」
「翔ちゃんは歌をそういう風に聴いているのね。」
「聴いてんじゃなくて、分類してるんだと思う。」
「そっか、算数頭だものね。」
「そんなんじゃ無いと思うけど。」
1曲毎に大歓声と拍手が続いた。そして、アンコールの最後は琥珀露らしいシットリしたバラードだった。静かに曲が終わると、数秒間その余韻を楽しんだ後、割れるような拍手と歓声が体育館に充満した。3時半を少し過ぎていた。
3時50分から始まった『ミスコン』はもうグチャグチャだった。本来のミスコンの理想は何処かへ吹っ飛んでしまっていた。流行のアニメのコスプレがメインで、麦わら帽子のガキと、何処となく『イカ』に似せた白いセーラー服が走り回っていた。白いセーラー服は女子ならまだ『可愛い感』があるかも知れないが、ヲタの典型みたいな男子がその恰好をすると明らかにアスペクト比が狂っているように見える。だがそれも受け狙いだし、良くできている。審査の結果、結局、2年C組の『爪弾き者達』が演じた兄妹アニメのツンデレの妹がグランプリを射止めた。
「2Cの彼女、先輩だけど可愛いわね。」
「撮った?」
「もちろん。」
「できれば後で頂戴。」
「ダメよ! 信用問題になるわ。」
「へいへい。」
「だけど、俺的にはゴスロリの彼女も良いと思うんだけど。」
「ええー、 翔ちゃんの好みって・・・」
「ファンタジーって言うジャンルで言うなら、人見知りのナイトメアーって良いじゃん。」
「あら、翔ちゃんはサキュバス好みかと思ってたわ!」
「ひでー、俺はストイック派だから。」
「嘘よ!」
「はい。嘘です。妄想癖有りです。」
「だね!」
6時過ぎ、会場係によって体育館に並べられた椅子が全て撤去された。体育館がライブホールになった。舞台の上には、奥に雛壇が、左右にアレテックのPAスピーカーがロープで厳重に固定された。吹部の有志が後ろの雛壇で軽音の有志が前で演奏する。だが、この設定は雨天モードだ。本来の予定ではアレテックのPAは校庭にやぐらを組んで設置するはずだ。
そして、6時半、約30分押しでフェアウエル・コンサートが始まろうとしていた。会場は超満員になりつつあった。俺が体育館の2階を巡るキャットウオークに出る扉を少し開けて、隙間から会場の後ろの方を見て、順平とナッちゃんを探していた時、調整室に立川先輩が入って来た。
「すみません。実行委員会です。」
俺はちょっと驚いて振り返って、思わずこう名乗った。
「はい。音坦です。」
立川先輩は俺を見て微笑んだ。
「中西君、ここから体育館に場内放送できる?」
「もちろん。先輩のためなら、お望みのままに。」
立川先輩は苦笑しながら、
「ありがとう。じゃあ、マイクを貸して!」
「はい。これをどうぞ。」
俺は先輩にチャンネル5のワイヤレスを渡して、それをセンターに乗せた。
「調整室の皆さん静かにしてください。」
俺はRECをスタートし、立川先輩に向かって、右手の指を3本立てて、『3、2、1、Q』を出して、Qと同時に音量を上げた。
「会場の皆さん、久我高祭実行委員の立川です。お知らせがありますので、静かに聴いてください。」
体育館のざわめきが遠退いた。舞台の奏者達はいよいよだと思って、スタンバイした。
「東京地方の天候は下り坂で、明日未明から雨になると言う事です。そのせいか、現在外は少し風が強くなって来ています。先程、杉並消防署から連絡がありまして、本日予定されていたファイヤーストームの自粛要請がありました。従いまして、残念ですが本日は校庭での火祭りはありません。ファイヤーストーム担当の一般実行委員の任を現在を持って解除します。」
体育館から半分落胆したどよめきが起こった。立川先輩はそれも想定済みと言う感じで続けた。
「その代り、ここでこれから8時半までの約2時間たっぷりとフェアウエル・コンサートをお楽しみください。なお、遠方の方は交通機関が無くなる前に、各自の判断で帰宅してください。門限のある、特に女子はそれぞれのご家庭の門限に従ってください。久我高祭を門限破りの言い訳に使う事はご遠慮ください。」
会場から笑い声が沸いた。
「それでは、進行担当の方よろしくお願いします。」
立川先輩がマイクを口元から離したので、俺はミュートした。会場から司会の声がした。PA経由だ。
「お待たせしましたー。それでは『オクラホマミキサー』からスタートでーす。」
ブーイングが巻き起こった。フォークダンスできるような場所など無いからだ。だが、演奏が始まって暫くすると、4重の長細い輪が自然に出来た。1番中の数人の輪はたぶん社交ダンス研究会だ。その人達が気を利かせて交通整理したみたいだった。皆、1番中の輪のダンス見ながらも、踊り方を思い出すまでに少し時間がかかって、まごついていた。立川先輩はその様子を見て安心したみたいに微笑んだ。
「中西君、ありがとう。」
「いえ、どういたしまして。」
「音響担当の皆さん。勝手に事を進めて申し訳ありません。帰りが少し遅くなりますが、ご協力お願いします。」
『了解しました。』
と一般実行委員が応答した。ただ、俺は撤収作業が気になったので、
「先輩、撤収作業が終わる時間が遅くなる可能性がありますので、校内泊の許可をお願いします。」
「判りました。校内泊する人が決まりましたら、本部に連絡してください。」
「本部は何時頃まで開いてますか?」
「実行委員会は徹夜の覚悟です。」
「判りました。お疲れ様です。」
「そちらこそ、お疲れ様ですが、よろしくお願いします。」
「了解しました。」
立川先輩は姉ちゃんを見て微笑んだ。
「春香さん、良い写真撮れましたか?」
「はい。たくさん。」
「それは良かった。いつか見せてください。」
「はい。報告書作ります。」
「楽しみにしてます。」
立川先輩はさっきまで俺が覗いていた調整室の左の小さい出入り口から体育館を巡るキャットウオークに出て行った。おそらく、両サイドの照明スポット担当に詫びを入れに行くのだろう。何かとソツなく気が回る人だ。まあ、立川先輩は何となく生徒会のアイドルっぽい所があるから、男子は文句を言う事は無いと思う。そう思って目で見送っていて、ふと気が付くと、姉ちゃんが俺を睨んでいる。ドキッとした。
「ずいぶん仲が良いのね。翔ちゃん。」
「へ?」
「なんか気心知れた2人って感じだったわ。」
「立川先輩と?」
「うん。」
「そ、そうかなあ?」
「あれからなんかあったの?」
「そうだね。あの後、生徒会訪問という番組を作った。ニュースだけど。」
「翔ちゃんはきっと年上に好かれるんだわ!」
「ま、まさか。」
「ニブイのね。」
「立川先輩・・・えっ、そうなの?」
「お姉さん心配だわ!」
なんか姉ちゃんが嫉妬してるみたいで、当然怖いのだが、一方で少し可愛くも感じた。
7時過ぎ、順平からメールが来た。
『コンサートを後ろの方で見ている。タイミングを見てナッちゃんを送って戻ってくる。』
だそうだ。俺は例の小さい扉の隙間から会場の後ろの方を見たが、暗くなっていてさっぱり判らなかった。まあ、明るくても超満員だから見つけられないだろう。順平とナッちゃんは普段仲良く出来る時間が少ないだろうから、今日くらいは一緒にしておいてやらねばと思った。
『夜食は貰った。こっちはもう良いから、最後までナッちゃんをエスコートすべし!』
と返信した。
『ありがとう。この恩は仇で返す。』
という応答が来た。それを読み終わる頃、夜食のおにぎりとパンと牛乳とお茶が届いた。皆交代で食べた。順平の分は当然皆で分けた。




