表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
59/125

4-18 学校で朝を迎えた日(その4)~早く行けよ~

 放送室にはやはり誰も居なかった。ヨッコ先輩も順平も名札は校内になっている。順平は体育館で奮闘しているだろう。コンソールのリモートサテライトのインジケーターが点灯していて、池内先輩やヨッコ先輩の声が時々スピーカーから聴こえるから、予定通り大会本部のサテライトブースでアナウンサーをしているのだと思う。3年生の先輩2人も巡回中の様だ。俺は室内に異変が無いかどうか見渡して、再び講堂の調整室に戻ることにした。戻る途中、売店でペットボトルのお茶と黒いミントのガムを3個買った。


 調整室に戻って暫くした9時50分、講堂入口が閉まってブサーが鳴った。弁論大会開始の合図だ。天井灯が暗くなって、演壇だけが明るくなった。俺は調整室の照明を暗くして手元灯を点け、

  「先輩、オペレーション、スタートです。よろしくお願いします。」

  「了解。」

  「わかったわ!」

と先輩に確認を取って司会者にQを出した。

「みなさん、おはようございます。私は本日司会を務めます、弁論部2年の薪下雄三です。今日は久我高祭弁論大会ということで、伝統的に『自由題目フリースタイル』で論じていただきます。もちろん衣装も言語も自由ですが、審査員が理解できる言語で無い場合は翻訳をお願いします。」

薪下先輩はおそらくジョークのつもりだったと思うが、全校生徒が座れる講堂に押し掛けた高々20人強の聴衆からは何のリアクションも得られなかった。

「えー、持ち時間は15分。スライドは1面使用できます。10分経過したところで予鈴を鳴らします。」

そう言うと、突出しテーブル上のベルを短く2回鳴らした。『リン・リン』

「15分経過した終了時点で終了のベルを鳴らします。」

同様に長めのベルを2回鳴らした。『リーン・リーン』

「それでも終了しない場合は、私の判断で」

そう言うと、ボクシング部から借りて来たと思われる古いゴングを連打した。

『カン・カン・カン・カン・・・・・』・・・かなりヤカマシイ。

  「篠原先輩! VUインジケータがレッドです。」と俺。

  「わっ、どうしよう!」

山中先輩がチャンネル2の音量を3に下げた。

  「流石です。OKです。」

  「シノ、慌てたね。」

  「ありがとう。」

ゴングが止んで薪下さんが槌を置くのを見た篠原先輩が音量を元に戻した。俺はこの様子を見て、あぁ、もう何が起こってもたぶん大丈夫だと思った。

「判りましたか? 論者の皆さんはこれが鳴らない様に時間厳守で論じてください。」

薪下先輩はメモノートを開いて、

「それでは審査員を紹介します。皆様から向かって1番右端が審査員長の弁論部部長、岩本博です。」

岩本先輩はマイクを手前に引き寄せて何か喋った様だがスピーカーに出ない。咄嗟に俺が山中先輩に声を掛けようとした時、篠原先輩の手が先に動いた。チャンネル6を4.2にした。

  「あ、ありがとう。」

  「これでお相子だわ!」

「みなさん、おはようございます、岩本です。色々なハプニングに上手く対処するのも弁論を成す者の度量です。今日は良い弁論が展開されることを期待します。よろしくお願いします。」

「岩本部長有難うございました。そうは言っても、音響担当さん、頼みますよ!」

と薪下さんが突っ込んだ。俺は大げさに手を振ってから合掌して申し訳ないの意思を送った。

「えー、岩本の隣は今日の来賓の・・・」

こんな調子で、山中先輩と篠原先輩の緊張感も適度に上がり、弁論大会が始まった。その後は特に問題は無く、平和そのものだった。その結果、当然ながら眠気が襲ってくる。まあ、自然な事だ。

「先輩、ガムあります。」

そう言って、黒いミントのガムを両先輩に配った。先輩達はそれを開けて噛み始めた。

「うわー、辛いねこれ。」

「食べた事無かったのか?」

「うん。女子はこんなの食べないわ! カワイくないもの。」

「す、すみません。もう少しマイルドでお洒落なのを買って来ます。」

「ううん、そんなつもりで言ったんじゃないわ。今日はこれで良いわ!」

「そうですか?」

「色々気を遣ってくれてありがとう。中西君。」

「いえ、ミッションですから。」

「そうかしら?」

「え?」

篠原先輩は演壇と司会者を監視する視線を逸らすことなく、

「あんまり気を遣わない人も居るもの。」

山中先輩はコンソール上の篠原先輩の手先をぼんやり見ている。

「・・・ん?・・・それ僕の事?」

「さて、どうかしら。」

「時々こうやって話をした方が眠気が襲って来ませんね。」と俺。

「そうだな。そうするよ。」

「まあ、そう言う事なら仕方が無いわね。」

「仕方が無いって、それどう言う事?」

「さあ。」

この先輩達はなんか結構仲良しなんだと思った。


 11時半少し前、司会の薪下先輩による成績発表に続いて岩本審査員長による講評が始まった頃、俺のスマホが振動した。『調整室の外に来ている』という姉ちゃんからのメールだ。俺は両先輩に後を任せて外に出る事にした。

「山中先輩、篠原先輩。これから体育館の助っ人に行きますので、後をお任せして良いですか?」

「ああ、判った。もう慣れたから、ここは任せてもらって問題ない。」

「ご苦労様ね。頑張ってね。」

「では、すみませんが、よろしくお願いします。何か問題が生じたら、総合進行に言えば放送部員に連絡が来る事になっていますので、すぐに来ます。」

「わかった。」

「では失礼します。」


 調整室の外に出ると姉ちゃんとナッちゃんが立っていた。俺はナッちゃんを久しぶりに見た。真っ黒黒助だ。

「あ、翔ちゃんごめんね。」

「いや、何とも無い。実行委員の先輩は優秀だから任せても充分OKだよ。」

「こんにちは、中西君。久しぶり!」

「やあナッちゃん。やめてよそんな畏まった言い方は。翔太で良いから。」

「そう?」

「でも、久しぶりだね。元気・・・すごく元気そうだね。」

「翔太も変わってないな。・・・けど、また大きくなった?」

「うん、なんだかね。175を超えたみたいだ。」

「すごいね。初めて見たときはこんな小さかったのに。」

「いつか婆ちゃんが言ってたけど、遺伝らしい。」

「そうなんだ。」

俺はもう1度ナッちゃんを見た。

「だけど、可愛いね。」

「なによ藪から棒に! 大きくなったからって、上から目線にならないで!」

「武蔵野の女子の制服はほんと可愛い。久我山男子の憧れだから。」

「つまり制服なのね。」

「もちろん、ナッちゃんもだよ。とにかく、順平が羨ましいよ。」

「まあ、お礼を言っとくわ! ありがとう。」

「じゃあ、体育館に行こうか。」

「あ、ちょっと待って、写真撮るわ!」

姉ちゃんは首に掛けていた赤いミラーレスを持ち上げて構えた。俺はナッちゃんの左に立って、右手をナッちゃんの肩に回そうとした。本当に無意識だった。それを見た姉ちゃんが怒った。

「ダメよ!」

俺はハッとした。

「そうだね。」

「どうしたの?」

「翔ちゃんがドサクサに紛れて悪い事しようとしたの。」

「いやいや・・・してないから。」

「?」

こうして、ナッちゃんと俺の再会記念は、講堂の調整室の裏で並んで立ったスナップになった。


 講堂のある校舎の外に出て、体育館の方に歩きながら、

「ナッちゃん、もう何回も聞かれたと思うけど、どう? 武蔵野は。」

「うん、楽しくて忙しいわ! いつもこの答えは一緒よ!」

「悪い奴は居ないか?」

「居ないわ! みんな良い人達よ!」

「そっか、それ聞いて安心した。」

「でも、どうして?」

「うん。ちょっと順平の気持ちになっただけ。」

「ふうーん。ありがとう。翔太。」

姉ちゃんは先に行ったり戻ったり、後ろに回ったりして俺達や周りの風景を撮っている。

「テニスも頑張ってんだね。」

「そうね、インター杯に行きたいわ!」

「す、すごいね。」

「あ、目標よ!」

「持てるんなら、目標は高い程良いよ。」

「翔太達はもう完全に止めたの?」

「ああ、時々遊びでやる程度。」

「残念だわ!」

突然後ろから姉ちゃんが割り込んだ。

「最初はテニス部からずいぶん声が掛かったのよ!」

「じゃあ、やればよかったのに。」

「翔ちゃん結構強情だから。」

「姉ちゃんも誘われてたでしょ!」

「そうだったかしら。」

「まあ、俺の限界は俺が一番判ってるから。」

「あらそうかしら?」

「もう止そう、その手の話は。」

「そうね。」


 俺達3人は体育館の裏にある非常口から入って、舞台右横の調整室の下に来た。調整室は舞台の右上で時計が掛かっている所の後ろになる。緞帳幕の隙間からステージを見ると、吹部全員が緊張して指揮者を見ている。たぶん、アンコールの2曲目の『ラデツキー行進曲』が始まるのだろう。客席はほぼ満席で後ろの方は立ち見になっている。

「ナッちゃん、姉ちゃん、階段狭くて急だから気を付けて上がって!」

「翔ちゃん、まさか後から上がる気じゃないよね。」

「え、そのつもりだけど?」

「ダメでしょ!」

「・・・?・・・」

「私達、制服なのよ!」

「あ、そっか。上見ないから。」

「もう、そう言う問題じゃないわ!」

「へいへい。じゃあお先に!」

階段を3分の2位上がった所で演奏が始まった。流石に吹部の演奏を間近で聴くと、すごい迫力だ。思わず振り向いて舞台の方向を見た。

「翔ちゃんどうしたの?」

「あ、いや、凄いと思って。」

「そうね。1枚撮るわね。」

姉ちゃんも振り返って階段に座った状態で幕の隙間にレンズを向けた。姉ちゃん越しにナッちゃんの様子を見るとナッちゃんも振り返って舞台の方を見ていた。

「マサちゃんも吹部頑張ってんだろうね。」と俺。

「そうね。浜田山はこれより凄いって聞くけど、どんなのか想像つかないわ!」と姉ちゃん。

「いつか演奏会に行ってみたいわね。」とナッちゃん。

俺達3人はまた梯子の様に急な狭い階段を上って、調整室の前の狭いスペースに立った。

「開けるよ!」

「うん。」

俺が調整室のドアを開けると、音が流れ込んだのか、順平がこちらを見た。

「やあ、順平。助っ人に来た。」

「ありがとう。でも、もう終わりだし、助っ人無しでもOKみたいだ。」

「これが最後?」

「うん。」

「こんにちは、順平君。」

「あ、ハルちゃんも来てくれたの?」

「うん。裏方さん達の様子の記録よ!」

「それは、お疲れ様。」

「それに、私だけじゃないの。」

「どう言う事?」

「こんにちは、私邪魔かしら?」

「ワッ!、な、ナッちゃん・・・どうして?」

「順平君が忙しいって言って構ってくれないから、押し掛けちゃった!」

「ウッ、そ、そうなのか?」

「順平、スイッチ!」

「えっ?」

「いいから、ナッちゃんを案内して来いよ!」

「だけど、ここは・・・」

俺はコンソールの上のディスプレイを確認して、

「大丈夫。Qシートがしっかり書いてある。」

「あ、ありがとう翔太。じゃあ昼休みの間頼む。」

「ごめんね、私のせいで!」

「なあに、どうって事無いよ!」

その時、流れ込む演奏の音が止んだ。吹部の演奏が終わったのだ。次の瞬間、体育館が拍手で包まれた。その音が調整室に流れ込んできた。総合推進の案内が始まった。

『これにて、吹奏楽部の久我高祭演奏発表会を終了します。皆さん、楽しんでいただけましたでしょうか?』

また拍手が沸き起こった。

『ありがとうございました。これにて午前の部を終了いたします。午後は1時半からサプライズコンサートを予定しておりますので、楽しみにしてください。どうもありがとうございました。』

「ねえ、記念写真撮るよ!」

姉ちゃんはそう言ってミラーレスを構えた。俺達はコンソールの前に並んで立った。

「あ、僕がシャッター押します。もうオペレーションは終わりましたので。」

一般実行委員の1人がそう言って姉ちゃんに手を出した。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、お願いします。」

姉ちゃんはミラーレスをなんか『ためらい』がちに渡した。それを見た俺はスタイルKのスタジオを思いだした。初めてモデルをした頃だ。俺が山内さんにカメラを貸してもらうの断られたとき、吉岡さんが自分のカメラを貸してくれた。その時の事だ。

『大切なカメラをトウシロウに触らせたくないという意識が無きゃプロじゃ無い。』

と吉岡さんに山内さんが言った事がある。姉ちゃんの今の『ためらい』はその意識なんじゃないかと思った。ともかく、こうして、仲良し4人は体育館の調整室のコンソールをバックにして、赤いミラーレスのスナップに納まった。

「じゃあ、行って来る。みんな、ありがとう。」

「翔ちゃん、ハルちゃん、ありがとう。」

「ナッちゃん、久我高祭、楽しんでね!」

そう言って姉ちゃんも嬉しそうに微笑んでいる。もちろん俺もだ。

「じゃあ!」

「あ、午後は俺がやるから、無理に帰って来なくて良いから!」

「本当に良いのか?」

「ああ、大丈夫だ。」

「私も手伝うから。」と姉ちゃん。

「あ、それは僕等も大歓迎です。」と一般実行委員。

「どういう意味だよ!」

「まあ良いから、早く行けよ!」

「ああ、じゃあ」

順平とナッちゃんは急な階段を降りて行った。いつもの様に良い感じの2人だ。姉ちゃんも俺も微笑んで2人を見送った。2人が見えなくなるとすぐ、姉ちゃんが言った。

「お昼どうする?」

「誰か1人は居ないとね。」

「僕等が居ようか?」

「いや、先に食事してきてくれ。」

「いいのか?」

「ああ。」

「私お弁当買って来るわ!」

「そうだね。頼むわ!」

「じゃあ、僕たちは1時過ぎに帰って来る。」

「了解。」

 こうして久我高祭の午前中が終わった。俺達裏方は学園祭の展示や催し物を見て楽しむ事は出来ないが、大好きな裏方の仕事を楽しむ事が出来る。大差はないのだが、一般の生徒とは少し違った経験が出来ると言うのがなんか優越感だったりする。

 俺は姉ちゃんが買って来てくれたコンビニのハンバーグ弁当と模擬店の焼きそばを食べ、500ccの牛乳を飲んだ。そして・・・いつもの事だが、

「翔ちゃん、口の周り!」

「え?」

姉ちゃんはポケットティッシュでおれの口の周りにいつの間にか付着したソースを拭きとる。まあ、いくつになっても姉ちゃんはいつまでも姉ちゃんで、かなわないと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ