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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-17 学校で朝を迎えた日(その3)~久我高祭~

 学園祭当日の朝、姉ちゃんと俺はいつもより少し早く7時半頃学校に行った。姉ちゃんは写真部が展示をしている2Bの教室の入口に置いた机の周囲の飾りつけをするらしい。俺は講堂に行ってインカム(スタッフ連絡用のワイヤレスヘッドセット)とワイヤレスマイクの電池を新品に交換して最終動作テストをする必要がある。いつもの様に久我山駅前の坂道を上って生垣の道に来た。今日はさすがに朝練は無いみたいで、静かそのものだ。学校がすっぽりと穏やかな空気に包まれている様な気がした。『嵐の前の静けさ』ってやつかも知れない。

「良い天気で良かったね。」

「うん。今日も空が青い。」

「レイリー散乱だね。」

「うん。」

「お昼前に行くから、お願いね翔ちゃん。」

「うん、了解。」

「あ、見てみて! ゲートが出来てるわ!」

「おおぉ、すごい。」

校門の内側に大きな看板のゲートが出来ている。『久我高祭』と書いて、その周りを無数の紅白の紙の花と七色の風船が飾っている。さっそく姉ちゃんは赤いミラーレスを取り出して構えた。ゲートを数枚撮ってから、俺を振り返って、

「翔ちゃん、そこへ行って!」

「あ、ああ。」

俺はゲートの前に行って両手を広げてポーズをとった。『ピッ、ピッ、ピッ』と3回くらいシャッター音がした。俺は体を翻して姉ちゃんに背中を向けて背負ったアコギのソフトケースを見せて、それから振り返ってカメラ目線を繰り出した。『ピッ、ピッ』と今度は2回ストロボが光った。

「デフ板があるといいのにね。」

「おぉー、なんか姉ちゃん最近発言が山内プロみたいになったね。」

「そうよ!」

そこへ緑ちゃんが管理棟の玄関から出て来た。

「ハルちゃーん、おはよー。」

「あ、緑ちゃん、おはよー。」

小走りに近付いて来る緑ちゃんもカノンのミラーレス1眼を提げている。そして、白いブラウスの袖に目立つワインレッドの『記録・報道』の腕章をしている。

「宮内さんカッコいいね。女流カメラマンだね。つまり、カメラウーマンだね。」

姉ちゃんは苦笑しながら、

「なに言ってんの翔ちゃん!」

「中西君、昨日は手伝ってくれてありがとう。おかげさまで今日は朝からこうして外回りできるわ。」

「どういたしまして。」

「ねえ、2人共、ゲートの前に行ってみて!」

「うん。良いよ!」

緑ちゃんは普通に姉ちゃんと俺のスナップを撮るつもりだったと思うが、姉ちゃんと俺は目配せをして少し驚かせようと思った。

「あ、緑ちゃん、私のカメラ持って。」

「うん、わかった。」

姉ちゃんが赤いミラーレスを緑ちゃんに渡すと、緑ちゃんはそれを首に掛けた。姉ちゃんと俺はゲートの少し左側に行って最初のポーズをとった。姉ちゃんが前で、俺が後ろから姉ちゃんの肩に手を置く。そして半カメラ目線、つまりレンズの少し右上を見詰めて微笑む。つまり、カメラを意識してない感じの自然な視線だ。緑ちゃんは興奮気味にシャッターを数回押した。

「あんた達、流石モデルね。」

「そう?」

姉ちゃんのこの返事は俺にはかなりワザトらしく聞こえた。

「普通の姉弟はそんな事しないもの!」

「そうかね?」

俺の返事もワザトらしい。

「なんか別のある?」

「ああ。いくらでも。売る程ある。」

「ほんと! じゃあお願い。してみて!」

「それではちょっとドキッとするのを。」

俺は背負っていたアコギのソフトケースを降ろして、左足を隠すように体の左側に置いて、左手で支えた。そして、右腕を少し張って姉ちゃんに合図を出した。姉ちゃんは俺の右腕を取って深く腕を組んだ。姉ちゃんの胸の感触が俺の右腕に伝わった所でポーズを固定して、1度優しい半カメラ目線を作った後、姉ちゃんと俺は顔を見合わせて視線を重ねて互いに優しく微笑む。

「す、凄い! なんか恋人同士じゃん!」

緑ちゃんはかなり興奮気味にシャッターを押した。この時おそらく、緑ちゃんはディスプレイを見てドキドキしたと思う。山内さんに教えてもらったテクと言うか、山内さんが好きなポーズ進行だ。山内さんならこの十数秒の間に数十回シャッターを押す。そして、次のポーズだ。俺は姉ちゃんの肩を右手で抱き寄せて首をかしげ、2人寄り添うようにして半カメラ目線で微笑む。姉ちゃんはたぶんウットリとろける視線を投掛けた事だろう。

「キャー! すごーい!」

「宮内さん、ローアングルでゲートを全部入れてみたら?」

「こうかなあ?」

緑ちゃんは片膝をついてローアングルを作る。

「どう?」

姉ちゃんと俺は同じポーズのまま微笑みながら半カメラ目線で緑ちゃんを追っかけて見詰める。

「うわー! なんかエロい!」

「嫌か? ちょっと刺激が強かった?」

「ううん。良い! すごーい!」

俺は姉ちゃんの肩を抱いた手を放して、ソフトケースを体の正面に出してネック部分に両手を添える。そして、両腕の肘で腰をたたいて姉ちゃんに合図を出す。すると姉ちゃんは流石だ。俺の腰を両手で掴んで持つようにして、1度俺の背中にくっついてから、俺の後ろからはにかんで覗き見るように左に顔を出す。そして2人共半カメラ目線で微笑む。

「うわ、うわ、うわー!」

緑ちゃんは興奮気味に何度もシャッターを押した。いつのまにか人だかりが出来ている。流石にこの状況はちょっとマズイ。携帯やスマホで撮られたら拡散する。

「宮内さん、そろそろ良いか?」

「う、うん。こんなの初めて撮ったわ!」

「なんの、なんの。ギャラの請求、後程で!」

「ええぇー!」

「嘘よ! 請求なんかしないから。」

「良かったー! こんなポーズされたら冗談に聴こえないわ!」

「ごめん、ごめん。」

「あ、中西君、私の事『緑』で良いよ、私も『翔太君』って言いたいから。」

「了解、緑ちゃん。」

「やっぱこの方が良いね、翔太君!」

「やったね、翔ちゃん!」

「うん。」

緑ちゃんは今撮った写真を再生しながら、少し顔を赤くして近付いて来た。満足げだ。

「ありがと、翔太君、ハルちゃん。」

「?」

「こんな写真撮れるんなら。モデルさんを撮るカメラマンも良いと思うわ。」

「緑ちゃん有り難う。そう言って貰えると私も嬉しい。」

「これって、緑ちゃんの新スキル開眼だね。」

「そうか、そうなるわね。」

緑ちゃんも姉ちゃんも嬉しそうだ。

「じゃあ姉ちゃん、また後で!」

「うん。」

姉ちゃん達と俺はギャラリーのどよめきを掻き分けてそれぞれの持ち場に向かった。


 放送室を覗くと、まだ誰も来た気配が無かった。俺はアコギをスタジオの隅に立て掛けて置いて、俺が来た事を知らせるため、名札の位置を校内にして講堂に向かった。講堂には既に数人の実行委員が居て、スポットライトの練習か確認をしていた。俺はその様子を見ている総合進行の腕章をした実行委員に声を掛けた。

「おはようございます。音担(音響担当)です。」

「おはよう、総進(総合進行)です。」

「すみません、乾電池は配給されましたか?」

総進担当はチェックシートを数ページめくって配給品のリストを確認した。

「放送部の要求ですね?」

「はい。」

「ああ、それなら既に調整室です。入って左の物品棚に置いてあると思います。」

「わかりました。有難うございます。」

「今日はよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

俺は調整室に入って、左横の物品棚の箱から単三6本と単四4本を取り出して、使用目的と個数をノートに書いて、インカム3セットの単三、ワイヤレスマイク2本の単四を入れ替えた。古い電池は一応中古の電池箱に放り込んだ。そこへ篠原先輩が入って来た。

「おはよう中西君。」

「おはようございます。篠原先輩。」

「早いね。」

「ミッションですから。」

「えらいね。」

「有難うございます。」

「山中君はまだなの?」

「その様です。」

「まあ、まだ時間は有るわね。」

「そうでもありません。」

「まだ8時過ぎなのに?」

「すみません、マイクの最終動作確認をしたいので、コンソールでスタンバイしてください。」

「そっか、分かったわ。」

俺はコンソールのキースイッチをオンにして、それからメインPCを起動してQシートのテストページを表示した。ここまではすべて異常なしだ。

「Qシートに従ってテストしますのでよろしくお願いします。」

「山中先輩が来られたら、ひとつ渡してください。電池は交換してあります。」

俺はインカムを2つ篠原先輩に渡して、もう1つを被って、ワイヤレスマイク2本を持ってステージに向かった。


 ステージには既に設営班によって弁論大会の演壇が置かれ、マイクと水差しが置いてある。俺はワイヤレスマイクをひとまず横に置いて、演壇に置かれたマイクの番号を確認した。確かに整理番号1が白マジックで書いてある。そしてそれが演壇下の舞台にあるマイクのコネクタに接続されているのを確認し、インカムを被ってオンにした。

「篠原先輩、聴こえますか?」

「はい、聴こえます。問題ありません。」

「では、Qシート0番のチェック手順1を実行します。」

「はい、指示通りチャンネル1を4.2にセットしました。」

「録音のテストも連続して実行します。」

「わかりました。REC(録音)開始します。Q!」

俺はいきなりのQでちょっと驚いたが、まあ仕方が無い。

「マイクテスト。マイクナンバー1番、収容チャンネル1。本日は晴天です。」

「OKです。RECオフ、消音ミュートしました。」

「了解です。」

「プレイバックします。」

「はい。インカムオンのままでお願いします。」

「わかりました。」

『マイクテスト。マイクナンバー1番、収容チャンネル1。本日は晴天です。』

「正常です。」

「了解です。次は司会者席です。」

俺は舞台左端の司会者席に移動する。司会者席と言っても、突出しテーブルが付いた椅子とその前にマイクスタンドに取り付けたマイクが置いてあるだけだ。俺はマイクの整理番号が2番と書いてあるのと舞台のコネクタに接続されているのを確認して、

「篠原先輩、聴こえますか?」

「はい。」

「では、Qシート0番のチェック手順2を実行します。」

「はい、指示通りチャンネル2を4.0にセットしました。」

「了解です。」

「REC開始します。Q!」

「マイクテスト。マイクナンバー2番、収容チャンネル2。本日は晴天です。」

「OKです。RECオフ、ミュートしました。」

「了解です。」

「プレイバックします。」

「お願いします。」

『マイクテスト。マイクナンバー2番、収容チャンネル2。本日は晴天です。』

「正常です。」

「了解です。次は審査員席です。」

俺は舞台の右端の審査員者席に移動する。途中で演壇に置いたワイヤレスを2本取って。審査員はどうやら4人で、会議用の折りたたみテーブルが舞台の右奥に2つ並べてあり、折りたたみのパイプ椅子が4つ置いてあるだけだ。俺はマイクの整理番号が3番のワイヤレスのスイッチを入れて、

「篠原先輩、聴こえますか?」

「あぁ、山中です。遅てれすまん。」

「おはようございます山中先輩。今日はよろしくお願いします。」

「おお。よろしく。ワイヤレスは僕が担当する。」

「了解です。では、Qシート0番のチェック手順3を実行します。」

「了解。チャンネル5を4.6にセットした。」

「了解です。」

「REC開始する。3、2、1、Q!」

「マイクテスト。マイクナンバー3番、収容チャンネル5、ワイヤレス。本日は晴天です。」

「OK。RECオフ、ミュート。」

「了解です。」

「インカムオンのままプレイバックする。確認してくれ。」

「お願いします。」

『マイクテスト。マイクナンバー3番、収容チャンネル5、ワイヤレス。本日は晴天です。』

「正常確認。でいいか?」

「了解です。では、Qシート0番のチェック手順4を実行します。」

「了解。チャンネル6を4.6にセットした。」

「了解です。」

「REC開始する。3、2、1、Q!」

「マイクテスト。マイクナンバー4番、収容チャンネル6、ワイヤレス。本日は晴天です。」

「OK。RECオフ、ミュート。」

「了解です。」

「プレイバックする。」

「お願いします。」

『マイクテスト。マイクナンバー4番、収容チャンネル6、ワイヤレス。本日は晴天です。』

「正常確認。」

「以上です。有難うございました。」

「お疲れ!」

俺は調整室に戻った。


「山中先輩、篠原先輩、午前中は基本的にマイクのボリュームコントロールだけです。」

「ああ、そのようだね。」

「午後の演劇は演劇部の効果音担当に任せてください。」

「わかったわ。」

「演劇部は効果音をチャンネル3と4を使ってステレオで流すと言ってます。」

「3がLで4がRだな!」

「そうです。」

「了解した。」

「昨日の段階でコンテンツが届いてませんでしたので、レベルはチェックしてません。」

「開演前にテストするか?」

「いいえ、演劇部のマターで実行するそうです。」

「了解した。」

「最後の漫才は今の司会者席と演壇をマイクスタンドに換えるだけです。」

「なるほど。」

「どれもQシートにポイントを記入しましたのでよろしくお願いします。」

「了解。中西君は指示が判り易くて助かるよ。」

「有難うございます。ではワタクシは一度放送室に帰ります。」

「わかった。」

『ワタクシ』って言いなれてない俺は噛みそうになった。そして、調整室の出口を出た。ドアを閉めた時、一度深い深呼吸をした。溜息ではないと思う。

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