表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
49/125

4-8 雑誌デビューした日(その2)~対策会議~

 職員室の前の廊下には何人か女子が居て、入り口の引き戸の隙間を覗いては何かひそひそ話をしているようだった。俺が近付くと彼女達は道を開けてくれたが、視線は俺に向けられた。俺はそのまとわりつくような視線を全身に感じて不安になりながら、職員室の引き戸を開けた。もちろんノックしてから。

「お、来たな! 中西、こっち!」

黒田先生の弾んだ声が聞こえた。先生は正面奥のパーティションの上から顔を出している。そのパーティションの中には応接セットがある。俺は黒田先生の手招きに従ってそこへ行った。窓側に黒田先生、隣に姉ちゃんの担任の田村仁美先生、黒田先生の正面に学年主任の守屋博史先生が座っている。そして、手前のベンチ椅子に姉ちゃんが座っている。俺は姉ちゃんの後ろに立って、応接セットのローテーブルを見下ろした。そこには『スタイルK』が置いてある。もう何を言っても仕方がない。

「えーっと、その件ですよね。」と俺。

「まあ座れ。」

と黒田先生が左手で守屋先生の横を示した。俺は姉ちゃんの後ろを抜けて守屋先生の隣に座った。田村先生と目線があったのでぺこりとお辞儀した。

「大騒ぎになったな。」と黒田先生。

「翔ちゃん、どうしよう?」と姉ちゃん。

「騒ぎになったのが問題なんですね。俺達の事でご迷惑をおかけします。」

「校外活動の届が出ているし、その件の決裁も完了している。よって、君達が責任を感じるような特段の問題はない。」と守屋先生。

「つまり、問題にしてるんじゃないんだ。どう収拾するかを話し合いたい。」と黒田先生。

「もうみんな知ってますよね。」と俺。

「トイッターやレインとかいうのであっという間だ。」

「あなた達もう有名人よ! しかも、うちの生徒だっていうのが他校にも伝わってるみたいなんです。」

「そうですか。便利と言うか、厄介な時代になったものだ。」と守屋先生。

先生たちは腕組みをして考え込んでしまった。しばらくして、守屋先生が口を開いた。

「大騒ぎの原因はまあこの雑誌なんですが、騒ぎの本質はと言うと・・・」

「ネット上に流れている情報が本当かどうか本校の生徒に問い合わせが殺到してるんです。」

「2年や3年にも授業中に携帯をいじる者が出ているそうです。」と黒田先生。

「勉強に集中できないという訳ですね。」

「それより、私は中西さん達のプライバシーが危険に曝されるのが心配ですわ。」

「つまりそれはストーカーとか?」

「最悪の場合はそうですわね。」

「それは危険ですね。」

「実は先程、スタイルKの営業の吉村さんという方と電話で話をしました。」と田村先生。

「その人は中西君が提出した校外活動届のスタイルKの?」と守屋先生。

「はい。連絡担当だそうです。」

「そうですか。で、何と?」

「中西姉弟はなるべく表に立たせないようにして欲しいそうです。」

「それはどう言う事だ?」と黒田先生。

「良く理解できないのですが、宣伝効果とモデルのプライバシー保護のために、あらゆる質問疑問、叱咤激励はスタイルKの問い合わせ先に誘導して欲しいそうなんです。」

「あのー、俺達は専属契約なんです。で、俺達に関する情報はスタイルKが管理するんだそうです。だから、俺達自身がネットなんかで直接勝手に返事やコメントしない様に言われてます。」

「雑誌に登場した中西姉弟は雑誌の中にしか存在しない虚像という事ですか。なるほど、一理あるな。」と守屋先生。

「本校の生徒にもそれに従った行動をしてもらった方がいいって事だな。」と黒田先生。

「できれば。」と俺。

「じゃあ、そういう指示文書を出しますか。」

「文書を出すとそれがまたネットに転載されて・・・」と田村先生。

「じゃあ明日の朝一で校内放送しましょう。」と守屋先生

「金曜朝と言えばニュースですよね。」

「そうか、そうですね。」

「中西お前、放送部だったな。」と黒田先生。

「はい。」

「明日の朝のニュースに割り込めるか?」

割り込むだなんて・・・メインネタだ。ヨッコ先輩の喜ぶ顔が俺の脳裏に浮かんだ。

「はい大丈夫です。」

「翔ちゃん、確認しなくて大丈夫?」

「ゼンゼンOK!」

「それじゃあ、誰にしましょうか?」

そう言って、黒田先生は守屋先生を見た。

「こう云う時に限って真っ先に(主任という)肩書が出て来るんでね。」

「ということで、守屋先生よろしくお願いします。」

「喜んでとは言いませんが、任務ですから。」

「あのー、先生方はたぶん朝は忙しいので、今日これから録音しませんか?」と俺。

「そうだな。そうしよう。」と守屋先生。

「校長先生か教頭先生に立ち会ってもらいましょう。決裁回してる時間無いし。」と黒田先生。

「それじゃあ俺は放送室に戻って録音の準備をします。」

俺が立ち上がると、姉ちゃんが不安そうに、

「翔ちゃん、私は何をすればいいの?」

「うーん。・・・一緒に帰るから、いつもの様に写真部が終わったら放送室に来てよ!」

「みんなに迷惑かかるから、しばらく写真部には行かない方が良いと思ってるわ。」

「中西さん、そんなに気にしなくていいわよ! いつも通りにしてなさい。顧問の四方先生には私から言っておくわ。」

「はい。分かりました。有難うございます。・・・じゃあ翔ちゃん、後で行くね。」

「うん。」

「聞いてはいたけど、中西姉弟は本当に仲が良いのですね。」

「そうなんですよ。姉弟じゃなかったら、ちょっと指導を入れなきゃと思うくらいです。」

「先生、指導って、まさか、その・・・変な妄想は勘弁してくださいよ!」

「ははは、わかてるって。お前達は何でもオープンで良い生徒だ。」

「あ、有難うございます。」

「それでは、5時半頃を目途に校長先生か教頭先生と一緒に放送室に行くから、中西君よろしく頼む。」と、守屋先生。

「あ、はい、わかりました。」

「そうだわ、生徒会は誰か残ってるかしら。生徒会にも言っておかないとね。」と田村先生。

「そうか、・・・そうだな、生徒会からも誰か1人同席してもらえると良いな。」と守屋先生。

「あ、それ、私が伝えます。5時半に放送室ですね。」と姉ちゃん。

「そうね。じゃあ中西さん、伝令お願いするわ。」

「わかりました。」


姉ちゃんと俺は職員室を出た。職員室前の廊下にはさっきより増えて、10人くらいの女子が待っていた。姉ちゃんのクラスメートの様だ。

「ハルカ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だったよ! 怒られたんじゃなかったの。」

「そっか、よかった。」

「みんな、心配かけて、ごめん。」

「へー、やっぱり、この人が弟さんだったんだ。・・・てか、デカ!」

「すみません。俺は化け物じゃありませんから。それにまだ180弱ですから。」

「翔ちゃん、急がないと。」

「そうだね。」

「みんな、ごめんね。これからちょっとやらなきゃいけないことが出来て。」

「うん、いいって。私たち安心したわ!」

「手伝えることがあったら言ってね!」

「うん。有難うみんな。」

俺達は姉ちゃんのクラスメートに小さく手を振って別れ、中央階段を上がった。俺は2階で右の放送室に、姉ちゃんは4階の生徒会室に向かった。

「生徒会の人に聞かれて判らないことがあったら電話するからね。」

「うん、わかった。」


 俺は放送室に戻って調整室に入った。そこには先輩のペースに合わせるのに苦心して少しやつれた順平と、普段逃げてなかなか捕まらない順平を存分にいじって満足そうな先輩が居た。2人共俺を見た。順平の表情がホッとしたのが感じられた。

「おお、いい子だ。約束通り戻って来たか。」

「先輩、明日のニュースですが、先生の話を流す事できますよね。」

「藪から棒だね! どう言う事か説明して頂戴。」

「当事者の俺が言うのも変ですが、その雑誌の件が他校も巻き込んで大騒ぎになっているので、朝のニュースで全校指示するそうです。」

「そうか。まあ、そう云う状況だと急ぎだし、それが良いだろうな。」

「先生は誰?」

「守屋先生。校長先生か教頭先生に同席してもらうそうです。それから、生徒会にも。」

「校長が同席?」

「例によって黒田先生のワル知恵です。」

「どういう事?」

「決済とるのが面倒なのでは?」と順平。

「高野君、さっきも言ったんだが、良い方に解釈してあげる優しさも男には必要だよ!」

「へい。決済を取る時間が省ける?」

「いやいや、急ぎなので先行既成事実を提示して手続きを省略すると云う事だ。」

「なるほど。」

順平はあっさり納得したが、先輩は同じ事を難しく言ってるだけの様な気がした。

「あまり変わらない様な?」

ヨッコ先輩はこの俺の突っ込みをスルーして、

「つまり、明日の朝はお偉いさんが大勢ここに来るという事だな。」

「いえ、朝じゃなくて、この後5時半から録音するそうです。」

「なに! あと15分じゃないか!」

「す、すみません。」

「そうか、わかった。じゃあ収録準備始め!」

先輩の号令で順平と俺の頭がグダグダモードからミッションモードに切り替わった。もちろん先輩もだ。

「SDカード有ったよな。」と、順平。

「右の木箱の中にあるはず。」と俺。

「じゃあ、守屋先生に似合いそうなマイクはっと・・・『ベロ』を出しておこう。」と先輩。

「そんな骨董品で良いんすか?」と俺。

「何を言う! 高級品だ。守屋先生の甘い声はこれで録るのが1番だ。」

俺は機材棚の端にあるその高級マイクのハードケースを取り出しながら、

「そうですか。先輩も結構オタクすね。」

「セミプロと称賛してくれ!」

「へい!」

順平は箱の中に散乱したSDカードを物色しながら、

「お、このSD、32ギガじゃん。マイクがベロだけどDSDハイレゾで保存すっか。」

「いやいや、フルオケじゃないからMP3かせいぜいWAVで良くないか?」

「だな。じゃあSDはこっちの2ギガで。」

「ベロ置いてくる。」と俺。

「確か、Lは2デシ落ちだから。」と先輩。

「位置で調整しますか?」

「いや、コンソールでする。等距離45度にしてセンターにダミーのFMを置いてくれ。」

「了解す。」


**********

 会話が専門的なので少し解説する。最近のマイクは大抵コンデンサマイクだ。ピンマイクもそれだ。小さいのにクッキリはっきりメリハリのあるクリアな音が録れる。俺的にはJKのトークはこれが良いと思う。可愛い声は可愛く、色っぽい声はドッキリする位セクシーにもなるのだ。ひと昔前はダイナミックマイクというのが全盛だったらしい。その中でも高級品が『ベロ』(ベロシティーマイク、別名リボンマイク)だ。放送部になんでこの様な平気で両手を超えるような高級品が存在するのかわからないが、寄贈品に違いない。ともかく、柔らかくて暖かい、先輩に言わせると『心地良い』音が録れる。1本のマイクに向かい合って2人で会話する時や、遠くから録りたくない低い騒音が聞こえるような時に使う。今回はこのベロシティーマイクを2本使ってステレオ録音する。そこで、振動面が話をする先生に対して等距離で45度になるように置く。ただし、もう古いマイクなので左側(Lチャンネル)の相対音量感度が2デシベル程低下している。それをコンソールのボリュームツマミで補正するのだ。

 マイクが2本離して置いてあると、先生はたぶん何処に向かって喋っていいかわからない。そこで、ダミーのワイヤレスマイクを中央に置いておく。すると心理的にたぶんそのマイクに向かって喋る事になる。しないとは思うが、指で叩いたり、口を近付けて喋る事があっても、ダミーだから問題ない。録音の記録媒体はカメラなどにも使われているSDカードだ。音質を良くするほど必要なメモリ量が増えるが、人の話声程度なので過剰に音質を良くする必要はない。

**********


 そこへ姉ちゃんと生徒会副会長の立川さんが入って来た。

「立川です。なんだかよく判らないのですが、とりあえず来ました。」

「ごめん、翔ちゃん。わたし、上手く説明できなかったの。」

「わかった。・・・姉ちゃんは調整室の隅で良い?」

「いいよ。」

「じゃあ、横山先輩の右後ろの隅で。」

姉ちゃんが調整室に入ったので、俺は立川先輩にぺこりとお辞儀して、

「放送部の中西です。えーっと、本校の生徒が雑誌にモデルとして出演しまして、今、ネットなどで他校も含めて騒ぎになっております。その事で、明日の朝のニュースの時間に先生から指示放送があります。その内容について事前に生徒会にも了承して欲しいという事です。」

「それと、5時半にここに来る事となんの関係があるのかしら?」

「はい。これからここで明朝の指示放送を収録します。その内容について生徒会と確認を取り交わす時間が無いので、収録に同席していただいて、内容を確認して欲しいという事だと思います。」

「解りました。今日は既に会長が帰宅しましたので、私が同席させていただきます。」

「有難うございます。では、奥のスタジオに入って、壁際の椅子でお待ちください。」

「解りました。ありがとう。」

立川先輩はスタジオに入って入口に一番近い椅子に座った。俺達放送部員は録音の準備を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ