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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-7 雑誌デビューした日(その1)~ニュース~

 9月中頃の木曜日の放課後の事だ。俺と順平はいつもの様に放送室に居て、コンソールの椅子に座って毎週金曜の朝、つまり翌朝の定期ニュースの原稿を作ろうとしていた。放送部の部員は全部で7人。その内3人が3年生で村井要部長と松森純一副部長とアナウンサーの池内貞子先輩なのだが、さすがに夏休み前から滅多に姿を現わさない。過去の日誌の記録者欄から察すると、2年は2人居るはずで、1人は橋本智佳子先輩だが幽霊部員なのか転校したのか退学したのか、とにかく会ったことが無い。会ったことが無いからもちろん顔も知らない。横山ヨッコ先輩もこれまでその人について語ったことが無い。なので結局、横山先輩と順平と俺の3人で放送部を切り盛りしている。部員がもっと居れば、色々なコンクールにも参戦可能だが、さすがにこの3人だけでは無理がある。なので、少なくとも『校内報道番組だけは定期的に続ける』ってのが横山先輩のご意志だ。俺もそれで充分だと思う。その結果、ほぼ帰宅部になるってのも嬉しい。


 先週は夏休み明けや防災関連で結構な話題ネタがあったのだが、今週は校外・校内を問わずトピックが無い。来週は教科毎に恒例の『休み明けテスト』があるからかも知れないが、この土日も行事が無い。生徒会からも『連絡事項および注意喚起特になし』という連絡だ。

「なあ順平、明日の朝のニュース、パスにせんか?」

「そうしたいが、『女傑様』が何と言うか。」

「どうすんだよ?」

「今週のニュースは無いが、来週有りそうな予定のお知らせってのはどうだ?」

「なんだそれ? 第一『有りそうな予定』の情報あんのか?」

「皆無!」

「駄目じゃん。・・・平和すぎるぜ!」

「これからHW研究会に取材に行くか?」

「『夏休み後始末談』ね。だけどそれは最後の手段だ。」

「なんで?」

「俺もその線狙いで情処研の山崎ヤマに聞いたんだけど、アクセスの質と量は10月に集計するそうだ。」

「つまり、まだ進行形と言う事か。」

「たぶん。」


 HW研究会と言うのは、その存在そのものが公然の秘密組織で、教科教員別に宿題の過去事例と解答を大量に集めている。情報処理研究部(情処研)が表向きの看板ではないかと言われているが、その通りだ。HWをわざわざ『ハードウエア』と読むのは、データベース実行環境を数台の自作パソコンで構築しているからだそうだ。入学した時ちらっと説明をして貰ったが、安い小容量ハードディスクを沢山組み合わせてRAIDシステムと言う巨大な情報記録装置を実現しているのが自慢だそうだ。さらに、データを管理している(RDB)リレーショナルデータベースのバックエンド検索コマンド(SQL)もサクサク動く。何よりそのシステムに記録された宿題情報は、

 ☆☆☆ 秘密結社の支援会員になりますか? (はい)(いいえ) ☆☆☆

に(はい)をクリックして、生徒番号を入力した登録者であれば誰でも簡単に検索閲覧できる。支援と言っても金銭を要求されることは無い。心情的な支援だ。質問フォームもあって、難問には優秀な先輩がなるべく解り易く『女子には懇切丁寧に、男子にはかなりなげやりに』回答してくれる。普段は忘れられているが、長期休みが終わってからの1週間、つまり春、夏、冬の年間3週間は、全校生徒から最も頼られ慕われる存在になるのだ。

*****

『宿題程度の小事で青春アオハルを台無しにするな!』というのがスローガンで、

『宿題をするのが本分ではなく、学力を獲得するのが本分である。』というのが精神で、

『宿題の提出が必須なら、その官僚主義を満たすのは容易たやすい。』というのが具体的活動だ。

*****

彼らの活動を批判する先生も居るが、歓迎している先生も多い。HW研究会が原因で生徒の学力が低下したという事実はないし、むしろ学年という垣根を超えた生徒相互による問題の自己解決が教職員の一助にもなっている。そのためか、宿題は何の遠慮もなく出されるが、提出を強制されることは少ない。本校の伝統になりつつある。言うまでも無い事だが、一部の教員と生徒の中にはHWを『ホームワーク』と読む人が居るが誤りである。

 情報処理研究部の名誉のために付け加えるが、彼らが好んで扱っているのは、女子のためのPCのメンテナンス、ゲーム関連のバトル、RPG、ネトゲ、恋愛シミュやエロゲの攻略およびルートやフラグ情報の提供ばかりではない。本分である学業に関して、難関大学の入試やセンター試験の過去問の傾向と対策、無責任と言いつつも次年度の予測が結構すごい。的中した事もあるそうだ。そして特に頼りになるのが、HW研究会の活動に分類される、定期試験の傾向と対策で、教員別の出題傾向の分析『予想ヤマかけ』が確率的に表示されるなど、良くできている。そう言えば、誰が考えたのか知らないが、『対策なしにトップは狙えない。対策してもトップは獲れない。』というのがウェルカムサインに続いて表示される検索フロントエンドアプリケーションのバナーだ。確かに的を射ている。要するに『実力を磨け』と言う事だ。


その時、順平の携帯が鳴った。

「お、メール来た。」

「誰からか聞いていいか?」

「もち、ナッちゃん。」

「そう言えば、うまくいってんの?」

「当然。明後日逢う。」

「へー、それ密着取材していいか?」

「アホか!」

「いやいや、他校との交流事例って感じで。」

「止めてくれ! お前ら姉弟に逆密着すっど!」

「ははは、残念だけど、俺達姉弟は話題性に欠ける。」

「そうだ。話題で思い出した。お前達バンド組むんだって?」

「いや、バンドじゃなくて、セッショングループってとこかな!」

「どう違うんだ?」

「基本アンプラ。」

「へー」

「なあ順平、今パーカッション担当を探してんだが、やってくんない?」

「それって、タンバリンとか?」

「まあそうだが、俺としては『カホン』がいい。」

「なにそれ?」

「ボンゴってか、木製の四角い太鼓みたいな。」

「そんな楽器あんの?」

「あるんだ、それが。両足で挟んで叩くんだ。結構いい音出るんだぜ!」

「ふーん。で、メンバーはどんな感じなんだ?」

「姉ちゃんがピアニカかキーボード。俺がアコギでお前がカホン。あ、できればハイハットとシャラも頼む。で、ヴォーカルが加代。・・・ああぁーいい感じだ。」

「えっ! 加代って、エコサの怪人と言われてる、あの超絶変人の『田中加代』か?」

「そこまで言う?」

「僕が言ってるんじゃない。近隣で一般的にそう言われてるんだ。」

「1度その加代ちゃんの生歌聞いてみ! 感動感涙ものだぜ!」

「へー・・・てか、『ちゃん』付け?」

「うん。話してみると普通。」

「なあ、順平、パーカッションどうよ!」

「とりあえず、遠慮しとくよ。」

「え?なんで?」

「同じ『ちゃん』ならさ、ナッちゃんとの時間を削りたくないから。」

「そっか。毎度ご馳だな。」

「なんの!」


そこへ順平が『女傑』と呼ぶ横山頼子先輩が入って来た。左手にスタイルKを持っている。この人は感が鋭いだけに、嫌な予感がする。

「あら、2とも居たの?」

「はい。ニュースの素を作ってました。」と俺。

「で、出来たの?」

「なんかいいネタないすか?」と順平。

「毎年の事だが、この時期は無いんだ。」

「どうしますか? とりあえず明日の朝だけ乗り越えねば。」と俺。

「お悩み相談コーナーってのはどう?」と順平。

「なんか悩みあんの?」と俺。

「無い!だからこれから作る。」と順平。

「ヨッコ先輩は?・・・無いですよね。」と俺。

「失礼な! ・・・悩み程ではないが、疑問はある。」

「疑問?」

今思い返せばこれは地雷だった。先輩の意味ありげな視線に気付くべきだった。

「おい、馬鹿にすんなよ中西。一応私は紛れもないお年頃のJKなんだけどな。」

「はあ、間違いなく。」

「翔太、順平、これを視ろ!」

そう言うと先輩は丸めたスタイルKを両手で持って、それを頭の上にあげて胸を張った。俺と順平は訳が分らず先輩を見詰めた。

『・・・?・・・』

「最近一段と大きくなったと思わんか?」

「・・・こ、コメントできません。」と順平。

「それはどう言う事だ?」

「どう答えても・・・それ、セクハラ誘導では?」

「まあ、ギリギリの線だな!」

「それと先輩の『疑問』との共通点は?」と俺。

「グラビアに出てきそうな美人JKだって事だ。」

「いや、まあ・・・それにはとりあえず異論はありませんけど、質問の答えとしては不適切なような。」

「翔太、わりい、僕、急用を思い出しそうだ。」

「逃げんなよ! 頼むから俺を1人にしないでくれ!」


 先輩はいつもならこの掛け合いに突っ込みを入れるはずだが、今日は違っていた。

「でだ。『これはお前達じゃないだろうか?』ってのが今最大の疑問だ。」

先輩は『スタイルK』を開いて見せた。順平がそれを覗き込んだ。

「ああぁー! これ、ハルちゃんと翔太じゃん!」

「だろ! メイクしてるから『絶対か?』と言われると確信は無いが、そうに違いない。」

俺は咄嗟に黙した。

「・・・・・」

「翔太! な、なんだよこれ?」

「良く似た人も居るもんだ。」

「いやいやいや。別人じゃないだろ!」

うーん。逃げ切れないのは明白だ。いつかはこうなるだろうと思っていた。

「すまん。ノーコメで頼む。」

「なんで?」

「だから、簡単には言えんのよ! そういう約束なんで。」

「そうか。よく解らんがなんか事情があるんだな!」

事情って程じゃ無い。そういう契約なのだ。だがもう知られたのか。て事は、今頃は姉ちゃんのところにもこの手の疑問や確認の連中が殺到してるに違いない。スタイルKは女子の方が圧倒的に多く買う雑誌だから。ガラス越しにぼんやりとスタジオを見ながらそう考えていると、後ろからヨッコ先輩の腕が俺の首に巻き着いた。背中に最近成長したという先輩自慢の物の感触が伝わって俺の緊張感を増大した。そして、左耳に先輩の息がかかった。

「中西君、私にはそのなんだかよく判らない事情を押して教えてくれるんだよな!」

「いや、それがなかなか。・・・てか、若干苦しいっす。」

「今でなくてもいいからサ!」

「ぜ、善処します。」

その時、俺のスマホが鳴った。

「せ、先輩、スマホ鳴りました。」

「運のいい奴だ!」

先輩の拘束が解けた。俺はスマホにログインした。

「お、メール来ました。」

「誰からか聞いていい?」と順平。

「だめ。」

「な、なんだよそれ!」

「・・・姉ちゃんから。残念でした!」

「内容聞いていい?」

「やめてくれ!・・・てか、『職員室に来い』って?・・・なんか悪い事したっけ?」

「したんじゃね!・・・この雑誌の件だぜきっと。」

「そうだな。中西君、後で独占取材。隠しても無駄よ!」

「おおー、明日のニュースこれで決まりだ!」

「勘弁してくださいよ! とにかく行ってきます。」

「僕も一緒に行こうか?」

「いや、これはたぶん俺達の問題だから。」

「翔太、僕をここに放置する気か!」

「これは逃げてんじゃないから。」

「順平君、私と大人しく待ってましょうね。」

「は、はい。」

「愛しい中西君! 遅くなっても待ってるから、ここに帰って来いよ!」

「ええー、約束できませんよ!」

俺がスクールバックを持とうとすると、

「おっと中西君、それは私が預かろう。」

「ええぇー」

俺は仕方無くバックを人質に置いて放送室を出た。調整室のドアを閉めようとした時、後ろから『待ってるからねー』というヨッコ先輩の声が駄目押ししていた。それを振り切るように、俺は急いで1階西側の職員室に向かった。

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