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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
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3-20 大地震が来た日(その5)~ただいま~

 俺は駄目だったけど、姉ちゃんはなんとか座れた。俺は姉ちゃんの前に立って、壁ドン状態になりそうになりながら、ラッシュに耐える事になった。1時を過ぎていた。結局俺達は3時間近くも行列に並んでいた事になる。最後尾は分からなかったが、もしそこに並んでいたら、もう2、3時間は余分にかかったかも知れない。

「翔ちゃん、荷物持つわ。」

「うん。ありがとう。」

俺がザックを渡すと、姉ちゃんはそれを自分のショルダーと一緒に膝の上で抱えた。そして俺を見上げた。俺も姉ちゃんを見下した。なんかちょっと可愛く思えた。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。でも、倒れたらゴメン。」

「いいよ、そん時は支えてあげるから安心して。」

「ありがとう。頼む。」

その時また無理に乗り込んできた人が居たみたいで、俺は押されて早速姉ちゃんに倒れ掛かりそうになった。姉ちゃんは両手で俺を受け止めようとしたが、俺は吊革に必死でしがみ付いて耐えることが出来た。

「あぶねー。背中を痛めそうになった。」

「翔ちゃん、しんどそうだわ!、私の膝の間に足を入れても良いわよ。」

「うん。ありがとう。そうしてみる。」

俺は姉ちゃんの膝の間に右足を入れてみた。足が踏ん張れるようになって、後ろから押される圧力に耐えるのがかなり楽になった。

「ああ、ほんと、楽になった。」

「そうでしょ。・・・じゃあ、こうしたらどうかしら。」

そう言うと、姉ちゃんは両足で俺の右足をぎゅっと挟んだ。確かに俺の足が安定した。

「ああ、ありがとう。なんか、かなり安定した。」

「そうでしょ。そんな気がしたの。」

姉ちゃんの太腿の感触と暖かさが俺の右膝に伝わって来た。俺はなんか物凄くハズくなった。

「で、でも、このままじゃ姉ちゃんの足が凝っちゃうから、そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。」

「そお?」

「うん」

「じゃあ、ひどく揺れた時だけにしようかしら。」

「そうだね。そん時は頼む。」

姉ちゃんと俺は見詰め合って微笑んだ。なんか、姉ちゃんがまた可愛く見えた。


電車は超満員の状態でゆっくり発車した。隣の神仙駅のホームにも人が大勢溢れていたが、ほとんど乗れなかったと思う。神仙駅を出た所で車内アナウンスがあった。

『ご乗車のお客様にご案内いたします。この電車は各駅停車吉祥寺行きです。途中下北沢で小田急線、明大前で京王線と接続いたしますが、現在両線共安全確認のため運転を見合わせているという連絡が入っております。また、吉祥寺まで行かれましても、JR中央線、中央快速線、総武線各駅停車、すべて安全確認のため運転を見合わせているという事でございます。あらかじめご承知置き下さいますよう、お願い申し上げます。運転開始予定などの詳細は駅係員にお尋ねください。』


 その後電車はいつもよりかなりゆっくり走った。下北で少し楽になって、明大前でかなり楽になったが座れるほどではなかった。そして、浜田山でかなりの人が降りて座席がちらほら空いた。でも、姉ちゃんの両側は空かなかったので俺は立ったままでいた。すると、姉ちゃんの右横に座っていた小父さんが1つ右横にずれてくれた。

「あ、どうも有り難うございます。」

俺がそうお礼を言い、姉ちゃんもお辞儀をした。そして俺が座ると、その小父さんが、

「2人共大変だったね、こんな遅い時間まで。」

と言った。その言い方は明らかに俺達を知っているみたいだった。そしてその声には確かに何処かで聴き覚えがあった。姉ちゃんと俺はびっくりしてその人を見た。

「あ、サッちゃんのお父さん!」

俺は思わずそう言ってしまった。

「覚えてくれてたんだね。」

「はい、それはもう。あの時はありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそありがとう。あの後、佐知子から江ノ島の話をたくさん聞きました。佐知子の方から話してくれたんです。」

小父さんはなんか良い事を思い出したみたいで嬉しそうだ。

「そうですか。あの日はサッちゃんにも楽しんで貰えて、計画した僕等も嬉しくて、良かったと思います。」

「そうだね。君たちのおかげで・・・」

と小父さんが何か言いかけた時、小父さんの携帯が鳴った。小父さんはコートの内ポケットから携帯を取り出して開いた。

「ごめん、中西君、佐知子からメールが来たみたいだ。」

「あ、はい。」

小父さんはなんか嬉しそうに、たぶんメールの返事を打ち始めた。俺も姉ちゃんからザックを受け取って、スマホを取り出した。姉ちゃんもショルダーを開けてメールのチェックを始めた。

「あら、お母さんからメールが来てる。『今何処?って』・・・返事するね。もうすぐ帰れるって。」

「うん。頼んだ。俺のスマホ駄目だ。10%切った。」

「10%切ったらすぐに止まるわ!」

「へ?、なんで知ってんの?」

「充電忘れて学校に行くことが良くあるから。」

「なんだ。俺と一緒じゃん。」

「こまめに切れば良いのよ。ほら見て。」

「なに?」

「私のはまだ25あるよ」

「本当だ。・・・あーあ俺の『充電しろ』警告出っぱになった。」

俺は仕方なくスマホを切ってザックに戻した。すると小父さんが携帯をコートに仕舞いながら、

「佐知子にはできれば内緒にして欲しいんだが、いいかい?」

「あ、はい。」

「あの頃は佐知子と私の関係が悪くなりかけていてね。」

「えぇー、そうだったんですか。そんな感じには思えませんでした。」

「お互い接し方が判らなくなって来て、困っていたんだと思います。でも、君達のおかげでちゃんと話が出来るようになって助かりました。」

「そうですか、それは良かった。」

「それで、いつかお礼を言いたいと思っていたのです。・・・今日は色々大変な日になりましたけど、最後に中西キョウダイに会えて、良い事がありました。」

「そんな、お礼だなんて。・・・実を言うと、お父さんは怖い人かと思ってたんですが、そんなことは無くて、俺みたいな子供の話をちゃんと聞いて下さって、お礼を言わなければいけないのはむしろ僕等の方です。」

「やっぱり君は男の子だね。また少し大きくなったんじゃないか?」

「はい。あれから12センチ程。」

「おお、それは凄い。」

「翔ちゃん、お父様が仰ってるのは身長の事じゃないわ!」

「ははは、どちらでも同じ様なものです。」

「そうなんですか?」

「うん。男はね、体と一緒に色んなものが大人になるものなんです。」

「翔ちゃんそうなの?」

「え?、ま、そう?・・・かも知れない。」

「ははは、そのうち判るさ。・・・君達は高校はどこに行くの?」

「2人共、久我山です。」

「おお、すごいね。やっぱり遺伝子が優秀なのかね?」

「いえ、たぶん姉も俺もギリギリの綱渡りだったと思います。」

「そんな事は無いだろう。佐知子が中西君達は優秀だって言ってました。」

「サッちゃんがそんな事を?」と姉ちゃん。

「ええ・・・佐知子と高校は違ってしまいますけど、これからも仲良くしてやってください。」

「はい。こちらこそです。」と姉ちゃん。

電車は1時45分頃に三鷹台に着いた。サチの家は1つ先の井の頭公園の方が近い。姉ちゃんと俺はサチのお父さんに別れを告げて電車を降りた。


 俺も、たぶん姉ちゃんもこんな深夜に外を歩いた事は無かったと思う。駅を離れると人通りが無くなって、静かで、寒かった。月が出ていたのか街路灯が点いていたのかよく覚えてないが、道は明るかったと思う。

「翔ちゃん、ちょっとゆっくり歩かない?」

姉ちゃんが俺の右腕に左腕を組んで引き留めるようにそう言った。

「なんで?」

「なんか、もったいないような。」

「何が?」

「・・・何でも無いわ!」

「変なの!」

とは言ったが、実は俺も同じ気持ちだった。姉ちゃんと俺は腕を組んだまま少しゆっくり歩いた。そして、結局2時直前に家に帰り着いた。家には玄関灯が点いていて、なんかすごく安心した。ドアを開けて玄関に入ると、母さんと親父がリビングから出てきて迎えてくれた。

「ただいま」と俺。

「ようやく、帰れましたー。」と姉ちゃん。

「お帰りー。大変だったね。」

母さんが微笑んでそう言ってくれた。姉ちゃんもそうだと思うが、俺はものすごくホッとした。姉ちゃんが本当に安心してホッとした高めの声で、

「地震、すごく怖かったー。」

と言いながら上り口に座ってムートンを脱ぐと、それを嬉しそうに見ていた母さんが、

「そうね。びっくりしたわね。」

と言った。親父は何も言わず、姉ちゃんと俺の様子をただ眺めていた。俺は姉ちゃんの後に続いてスニーカーを脱いでリビングに入った。姉ちゃんはショルダーをソファーに置いてトイレに行った。テレビが点いていた。昼間あった地震と津波の被害や原発近くからの避難について繰り返し放送している。俺はまたしばらくそれに見入った。無言で。親父が正面に座ったのにも気が付かなかった。

姉ちゃんがトイレから出てきて、ソファーに座った。

「2人共大変だったね。」

ダイニングの母さんがそう言った。

「うん。でも電車が動いて良かった。長く歩かなくてすんだから。」

「渋谷まではどうだったの?」

「銀座線が動いたってレストランで教えてもらったの。」

「銀座線?良く知ってたわね。」

「翔ちゃんが知ってた。行く時も銀座線で行ったの。」

「地震の時は美術館だったんでしょ?」

「あ、それが、臨時休館だったの。」

「地震で?」

「ううん。明日からの特別展示の準備だって。」

「じゃあ『睡蓮』は見られなかったの?」

「そうなの。」

俺は母さんと姉ちゃんのこんな会話を半分放心状態で聞きながら、トイレに立った。トイレから帰って来ると、ローテーブルにお茶が出ていた。俺はそれをとって1口飲んだ。母さんと姉ちゃんの会話がまだ続いていた。

「どの駅も人が大勢並んでいたみたいだけど、渋谷も凄かったんじゃない?」

「そうなの。凄い人で、渋谷の乗り換えが結局一番時間がかかったわ!」

「その頃ね、メールくれたの」

「ううん、最初は上野のレストランよ、それから銀座線の電車の中でも出したわ」

「あら、そうだったの?」

「今日はメールが届くのにすごく時間がかかってたわ!」

その時、無言でテレビに見入っている俺に親父が言った。

「翔太」

「・・・・・」

「翔太、聴こえないのか?」

「あ、ごめん。なに?」

「お前からは何の連絡も無かったな。」

「なんの?」

「だから、安否の連絡。メールとか電話とか。」

「それは、俺がワンセグで情報収集してたからさ。」

「メールくらいしても良いんじゃないか?」

「だって、姉ちゃんと一緒だからメールの事は姉ちゃんに任せてたんだ。」

「そうなのお父さん。2人共同じ事でスマホを使うと、電池が勿体ない気がして。」

「そうか、それならまあ良いんだが。」

「ごめんなさい。私の説明が足りなかったんだわ。」

「いや、いいんだ。2人がちゃんと役割分担してたんならそれで良い。」

「お父さんは2人の事をとても心配してたのよ。だから翔ちゃんからもメールが欲しかったのよね。」

と、母さんが親父をフォローした。

「翔太がハルちゃん頼みで何もしてなかったんじゃないかという気がして。」

「頼ってたの私の方です。それに、ごめんなさい。私が美術館に行きたいって誘ったから。」

「それは良いんだ。」

俺は親父の威圧的な言い方になんか腹が立った。

「なあ親父、心配してくれたのは有り難いし嬉しい。けど、長時間かかってやっと帰って来たのにそういう言い方は無いんじゃないか?」

「ああ、父さんが悪かった。まずは労うべきだったな。」

案外素直に謝られると拍子抜けだ。ってか、上手くかわされたのかも知れない。

「うん。分かってくれて有難う。俺達も結構不安だったよ。夜が明ける前に帰って来られて良かったと思う。」

「そうだな。」

「俺も実は不満があるんだけど。」

「なんだ?」

「サヤの事がさっぱり判らなくて。」

「彩香はさすがにもう寝たよ。12時過ぎまではお前達を心配して待っていたみたいだったが。」

「そっか。」

「翔ちゃんは彩ちゃんの事が心配で心配で仕方が無かったのよね。」

と姉ちゃんが暴露した。

「まあ、そう言われればそうなんだけど。」

母さんはにっこり微笑んでお茶を湯呑に注いだ。

「はい、お茶。」

「ありがとう、母さん。」

「もう遅いから、それ飲んだら2人共お風呂に入って早く寝なさい!」

「わかった。」

「翔ちゃん先に入って!」

「いや、俺、明日の朝で良いから、姉ちゃん先に入ってくれ!」

「え、でも冷えたでしょ!」

「大丈夫だから。」

「じゃあ、一緒に入る?」

「あのねぇ、姉ちゃん・・・」

「えへへ、じゃあ、わたし入るね。」

姉ちゃんと俺は2階に上がって、俺はパジャマに着替えてベッドに倒れこんだ。姉ちゃんはたぶん風呂に入ったと思う。俺は電気を点けっぱで眠ってしまったようだ。誰かが部屋に入って来た気配がしたけど起きれなかった。その気配は電気を消してくれた様だった。


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