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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
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3-19 大地震が来た日(その4)~帰宅難民~

 上野の森のレストランを出てJR公園口に向かって歩いたが、JR公園口に近付くと物凄い人の列で、あと30メートルがなかなか進まなかった。俺達は公園口を通り過ぎて銀座線に行きたいのに、JRに乗りたい人が溢れていて、その人達の列に並ばないと公園口方向に行けないのだ。姉ちゃんと俺はそれでも西洋美術館の前辺りまでは仕方なくその列に並んではいたが、そのまま並んでたらJRが動き始めるまで上野駅を超えられないような気がした。なので、行列を抜け出してメインの舗道から逸れて、文化会館の裏をすり抜けてJR上野駅の上を越える広いこ線橋の手前に出た。こ線橋の下にある、上野ここに来た時に通った坂道もびっしりと人の行列で埋まっていて、しかもその人達はJRに向かって上って来る人達だった。

「姉ちゃん、このままだと俺達銀座線に辿り着けないような気がする。」

「戻って、不忍池から回って行く?」

「なるほど、最後はその手があるね。」

「戻るんなら早い方が良いわ!」

「待って、右手の道からこ線橋に入ってしまえば、上野駅の向こう側に行けるかも知れない。」

「そうなの?」

「そんな気がする。」

「大丈夫なの?」

「たぶん。」

「じゃあ、行ってみましょ!」

俺達はこ線橋を超えて上野駅のたぶん東口に向かう事にした。こ線橋の上にも人が溢れていたが、その人達もJR上野駅に入ろうとする人達の列だった。こ線橋は広い橋なので、西側の端っこを何とかすり抜けて通ることができた。この時くらい姉ちゃんの手をしっかり握った事は無かった。


 こ線橋を超えて地下に降りて銀座線の改札に行くと、殆ど人が居なかった。拍子抜けした。でも、レストランを出てからここまで来るのに40分位かかった。本当に入って良いのかどうか半信半疑で改札を通って、ホームに降りると、既に渋谷行きの電車が止まっていて、ドアが開いていた。どう言う訳かほとんど人が乗ってない。

「姉ちゃん、これに乗っていいのかなあ?」

「乗ってる人も居るから、良いんじゃない?」

「じゃあ乗ろう。」

姉ちゃんと俺は渋谷方向に向かって一番前の車両の後ろの端の席で、姉ちゃんを一番左端にして俺が姉ちゃんの右横に座った。ホームが見える方向だ。

「これで帰れるね。」

「うん。」

俺はザックからスマホを出して点けた。

「ワ!電池が30%切った。」

「私はまだ45%あるよ。」

「じゃあ、俺はもう切るよ。」

「そうね。メールは私の所に来るから。」

「ワンセグは見ないで。あっという間だから。それからGPSも。地下だし。」

「わかったわ。」

俺が電源を切ろうとした時、メールが来た。

「お、メール来た。誰からだ?」

「お父さん?」

「違う。順平だ。おっと、発信時刻は30分も前だ。」

「大丈夫だったのかしら?」

「うん。大丈夫みたいだ。ナッちゃんも。」

「あ、それは良かったわ!、私もナッちゃんにメールしよ!」

「それにしてもなかなか動かないね。」

「大丈夫よ。降りろって言われないから、いつか動くわ!」

「姉ちゃんは楽観主義者だったっけ?」

「そうよ、翔ちゃん程じゃないけど。」

「あらら。俺ってそうなんですか?」

その時『まもなく1番線の渋谷行きが発車すします。』という構内アナウンスに続いてブザーが鳴った。

「ほらね。動くでしょ!」

「へいへい、確かに。」


 ドアが閉まり、電車が動き出した。上野駅のホームの明かりを抜けるとすぐ車掌さんの車内アナウンスが始まった。

『東京メトロ銀座線をご利用いただきまして有難うございます。この電車は渋谷行きです。本日は大きな地震の影響で定時運行が出来ませんことを深くお詫び申し上げます。余震が続いており、通常より速度を落として安全を期して運行いたしますので、予定時間通りに到着しない事が予想されます。お急ぎの所、誠に申し訳ございません。次は上野広小路です。』

俺は順平に返信した。『無事で、姉ちゃんと銀座線に乗っている』と。

 電車は途中駅で時間調整か安全点検か何かわからないが、たぶん普段よりかなり長時間止まったりしながら、結局10時頃、渋谷のひとつ前の表参道に到着した。ここで姉ちゃんと俺は殺人ラッシュと云うのを初体験する事になった。ものすごく大勢の人が一気に乗って来たのだ。『もう乗れない!絶対無理!』と座っている俺の冷静な頭脳が判断しているのに、その判断を容赦なく簡単に踏み超えて人が乗って来るのだ。目の前に立っていたOLさんが押されて俺の膝の間に割り込んだ。なんかとてもまずい状況になったと思った。横を見ると、姉ちゃんの上にサラリーマン風の男の人が『壁ドン』みたいに窓枠に片手をついて、さらにつり革が掛けてある横向きのパイプを鉄棒の様に握って、倒れ掛かるのを必死に耐えている。それもなんだかまずい状況だが、俺達というかこの電車に乗っている人はみんなどうする事も出来ない普通じゃない状況だった。ドアが閉まって電車が動き出すと、すし詰めの乗客が更に片寄って、それはもう苦しい位になる。俺は目の前のOLさんを支えてあげたいのだが、どこを支えても痴漢だと思われそうな気がしてどうする事も出来ない。姉ちゃんはと言えば、顔を上げるとサラリーマン風の人の顔と近過ぎる。全身を硬直させてじっと下を向いている。そうしているうちに渋谷にゆっくり到着してブレーキがかかって、乗客が前に片寄って少し楽になったような気がした。


 姉ちゃんと俺は立っている人が殆ど降りるまでゆっくりのんびり待って降りた。少しゆっくりし過ぎたかも知れない。駅員さんに睨まれた。終点だから『とっとと降りろ』と言う事だったのだろう。

「凄かったわね。」

「うん。凄かったね。」

「翔ちゃんは・・・なんか恥ずかしそうだったよ!」

「あれれ!、姉ちゃんこそ!」

「なんだ、気が付いてたのね。」

「ああ、大変だったね。」

「どうする事も出来ないわ、あんなの!」

「だね。声も出ないね。」

「なんか、肩こっちゃった。」

「そうだね。後ろの席が失敗だったのかも。」

「きっと、前も一緒だと思うわ。」


 駅の案内板に従って東急デパート方向の改札から井の頭線方向に進んで階段を下りると、井の頭線に向かって少し先に岡本太郎の壁画がある広い通路が人の海になっていた。自由に歩ける場所が無い。不思議な事に、その人たちが右往左往しているのではなく、整然と横6人位の行列を作って、くねくねと大蛇がくねった様になって、通路を埋め尽くしている。

「姉ちゃん、この列の最後尾は何処だろうね?」

「わからないわ!」

「最後尾って言うプラ持ってる人居ないかなあ。」

「コミケじゃ無いのよ、そんな人居ないわ。・・・居てもこれじゃ見えないわ、きっと。」

「だね。・・・そうだ、この状況を記録しておくか。」

おれはザックからスマホを取り出した。

「止めなさいよ!」

「え、いいじゃん。せっかくスマホ起動したし。」

「不謹慎だわ。」

「そうかなあ?」

 俺達だけじゃなく、銀座線から出て来た人たちはみんなどうしていいのか判らず、しばらく階段下に立ち尽くしていた。すると、次の電車が到着したのか、押し出されるように通路の列の中に進んで、いつの間にか並んでしまった。

「姉ちゃん、俺達なんか・・・並べたみたいだ。」

「そうね。後ろに行くこともできないわね。」

こうして、姉ちゃんと俺は時々進む6人くらいが横になった列に従ってしばらく進んだ。その列は岡本太郎の大きな壁画の横を通って、一度は井の頭線の改札にかなり近づいた。俺は案外早く乗れそうだと思った。しかし、そう甘くは無い。列はぐるりと180度曲がって、JR方向に進みだして、改札口からどんどん離れた。11時前だった。これだけ人が溢れているのに、それでも誰一人として文句を言わず、殆どの人が静かに携帯やスマホの画面を見ている。皆の顔が白く照らされている。結構静かで、広くて高い天井の通路には、足音や衣服の擦れる音などのざわめきと、不安に押しつぶされそうな緊張感と、どうしようもない諦めのような重い空気が充満していた。時々意味が聞き取れない外国人の声を除けば、遠くから、井の頭線の改札が入場制限しているので、しばらく並んで待っていろというハンドマイクの音が響いているだけだった。

「こう言う時って、外国人は不安だろうね。」

「そうね。勝手が違うって言うのかしらね。でも、日本人はこう言う時ってなんか行儀が良いから、怖くは無いんじゃない?」

「確かに。怖いとは思わないだろうね。でも、周囲の日本人が静かすぎて、不気味かも。」

「そんな事無いわよ。話し掛ければ普通に話せると思うわ。」

「そうかなあ。俺でさえ、こんな人混みなのに静かってのが不思議に思えるから。」

「私達って、危機になればなる程、冷静になれる民族なのかも。」

「あ、冷静じゃなくて、単に『静か』なだけかも。」

「そうね。」

「本当の事言うと、俺はこの状況が物凄く不安なんだけど、周りの皆は全然みたく見える。」

「翔ちゃんもそうなの?私だけかと思ってたわ!でもどうして良いか判らないの。だから、皆のする通りしてるの。」

こんな会話をしながら、姉ちゃんと俺は列に並んでまた暫く進んだ。行列は何度か蛇行して、動いたり止まったりして、それでも少しずつ確実に進んだ。

「姉ちゃん、寒くない?」

「うん。大丈夫。翔ちゃんは?」

「大丈夫。姉ちゃん、ちょっとこれ持ってくれない?」

「うんいいよ。」

俺は姉ちゃんにザックを持ってもらってスマホを取り出した。

「あ、順平からメール来てる。」

「なんて?」

「ちょっと待って・・・田無から歩いて帰って来たんだって。」

「田無から?何しに行ったのかしら?」

「ナッちゃんも無事だって書いてあるから、ナッちゃんとデートだと思うけど。・・・姉ちゃんにはナッちゃん情報来てないの?」

「うん。来てない。無事を確認しただけ。」

「じゃあ何しに行ったんだろう?」

「わからないわ!」

「今度追及してやろう。」

「今聞いたら?」

「電池が無い。」

「そっか。」


 そうしているうちに、行列はやがて井の頭線の改札に向かって進みだした。

『電車が入って来ましたら、順にお客様をホームにご案内いたします。走ったり押し合ったりすると大変危険です。どうか順にお静かにご乗車ください。』

ハンドマイクの駅員さんがマイク部分を斜に口に着けたまま、スピーカーホーンを斜め上に向けて大声を出していた。それ以外の駅員さんもずらりと改札口に並んで、黄色と黒の縞のロープを張って入場制限をしていた。行列はその様子が見えるようになってからもう一度蛇行して、目の前で電車が1台出て行った。すぐに次の電車が入って来て、そして、姉ちゃんと俺はついにその電車に乗ることが出来た。前から2両目の真ん中あたりだった。三鷹台の階段の事を思うと、まあまあのポジションだと思う。

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