6-10 国際電話があった日(その1)~間違い電話だよ~
梅雨が明ける頃から、俺の周辺についてはこれと言って語るべき事が無くなった。毎日が同じ様に明けて暮れ、7日分をまとめると、同じ様な1週間が当たり前のように繰り返すルーチンワークだった。できるだけ謙虚に反省し勉強して、模試で実力を確認すると言うルーチンだ。『受験生』というブルーなフラグで殆どの煩わしい雑用から開放してもらえる。本人が感じる不安やストレスは別として、ある意味幸せな時期だと思う。もっとも、俺に関して言えば、姉ちゃんと時間と空間を共有する楽しみがあり、それが幸福であり救いだった。だから、要するにこれから語る、部活を引退してから入試が終わるまでの時間経過については読み飛ばしてもらって構わない。
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帰宅部を除いて、部活を引退した久我高の3年生は、1日の殆どの時間を大学受験に向けての勉強と入試突破のための実力向上に費やす事になる。これが進学校と言われる学校に通う生徒の宿命でありプライドでもある。入試が終わるまでは俺達にそれ以外の選択支は無いし、その事に疑問を差し挟む余地も無い。この現実にどんなに理屈や感情を捏ねて逆らってみても結果的に自分だけが消耗劣化する事になるからだ。この宿命に身を任せるのは決して楽ではないが、辛いと嘆く程でも無い。皆、たぶん勉強して実力を高めるってのが案外好きだからだと思う。偏差値向上と言う御褒美の味もかなり甘い。強引で失礼な比較かも知れないが、池越学園の芸能科に通う生徒の多くはタレントとしてブレークする為にパフォーマーとしての基礎練習を怠らない。それは決して楽な道ではないはずだ。しかし彼等は決して辛いとは思って無いと思う。きっとそういう努力も含めてタレント業が好きだからだと思う。要するに自分が好きで得意な土俵で努力できて戦えるってのが一番幸せなのだと思う。
夏休み、午前中は学校の補講を受けて午後は吉祥寺の予備校の個別指導を受けた。週末はなるべく模試を受けた。もちろん姉ちゃんも同じペースだ。姉ちゃんは語学歴史系が得意だし、俺は数物地理系が得意だから、お互いに教え合えるのが成績向上のためのアドバンテージだった。何より姉ちゃんと行動を共に出来るのがすごく安心だった。思えば、保育園の時から冒険や探検をする時はいつも姉ちゃんと一緒だった。
夏休みの中盤には合宿補習があって、希望者と半ば強制的な教員推薦者とが伊豆高原で10日間寝泊りを共にする。前日の講習内容の確認テストが毎日あるから、男子はもちろん、女子達の目もかなり血走っていて、女子力を発揮する暇は無い。要するに、伊豆ではノーベル文学賞受賞作家が語った様な胸がキュンとする展開は俺達には起こり得ないのだ。ただ、大浴場に行くと、隣の女風呂の音が気になるのは男の性だが、順平と顔を見合わせて妄想するのもなんか情け無かった。ちなみに、緑ちゃんと姉ちゃんと順平と俺は本人希望参加者だ。この合宿では姉ちゃんと時間と空間を共にするチャンスが殆ど無かったので、当然の事だが、合宿から帰った日は姉ちゃんの部屋で合宿の延長をした。
受験生は淡々かつ黙々と目標クリアを目指した努力をするのみなのだが、勉強だけしていれば成績が向上するかと言うと、どうもそうでもないみたいだ。どういう事かと言うと、模試を受け始めた頃はケアレスミスが多くて、良い結果がゲットできなくて不安だったが、それでも9月の中頃からは少しずつ合格偏差値が高い大学に照準を移動しながらその大学の仮想の門に掲げられた最上位の合否判定フラグを打ち落とすのが楽しみになった。つまり、試験慣れして、大抵の事態には動じなくなったと言う事だ。その結果、取りこぼしが徐々に減って、努力が報われるようになると言う訳だ。まあ、ダンスのステップや楽器の演奏と同じで、練習すればしただけミスが減ると言う事だ。そうなると、大学の過去問を分析して、突破口を開けると言うのがRPGっぽくて面白くなる。そして、丁度時期を見計らった様に、志望校を選択するための2者および3者面談がこの頃から本格化する。1年でこの時期だけ談話室が予約制になる。幸いな事に、姉ちゃんと俺は学力不足で志望校を変えさせられるという残念な調整指導を受けることは無かった。目標進路が何となく決まった頃に、久我高祭があって、オブザーバーとして数日間部活に復活参加する。後輩の活躍を見守るだけだが、これによって原因不明の焦燥感が少し和らぎ、情緒が安定するのが不思議だった。
2014年が明けた。元旦だけオフにして例年通り吉祥寺の神社に初詣した。今年は合格祈願1本だ。それから、吉祥寺で順平とナッちゃん、マサちゃんとユミちゃんの6人で会って情報とエールの交換をした。そう言えば、加代ちゃんは朝方までテレビ出演があって、元旦は自宅で爆睡だそうだ。本当かどうかは知らないが、加代ちゃんは高田馬場の大学をAO受験するそうだ。それがもし本当で合格したら快挙だ。
2日からは予備校でセンター試験直前追い込み講習を受けて、18日と19日の2日間センター試験を受けた。情処研の傾向予測が案外当たっていて助かった。姉ちゃんも俺も『頑張った甲斐があった』と納得の結果だった。なので、1月27日に国立前期日程の入試を出願した。そして、2月13日に第2次試験つまり入試の受験票が簡易書留で届いた。つまり、2月25日と26日の2日間、前期日程の入試を受験した。
入試が終わった2月26日の夜は久しぶりに姉ちゃんと深夜まで話し込んで、互いの健闘をたたえ合った。ってつまり、朝までベッドを共にしたって事になる。そして昨日は午前中は自室で2度寝を堪能して、それから姉ちゃんと2人で吉祥寺の予備校のサーバーに入って、2日間の自己採点をして、姉ちゃんも俺も『頭を取った手応え』とまでは言えないが、まあまあの得点を確認した。つまり、第1志望の入試が終わったって事を実感して・・・いつもの儀式をして・・・爆睡した。ちなみに、加代ちゃんはAO突破と言う快挙を達成したそうだ。4月になってからだが、皆で祝いの会を計画している。
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2月28日(金曜日)の朝7時前、3年になってからではあるが、いつもの習慣で、新聞を取りに1階のリビングに行った。普段1番に新聞を読むのは親父だが、この日は出張で居なかった。仕方なく郵便受けに取りに行くべく玄関に降りようとした時、突然電話が鳴った。びっくりした。そして、思わず親機の受話器を取った。
「もしもし。中西です。」
「・・・・・」
「もしもし、聴こえますか?」
「・・・おはよう。で、良いのかな?」
年配の女の人の声だった。
「はい。おはようございます。」
少しの沈黙があった。電話からかすかに英語のテレビかラジオの音が聞こえた。」
「もしかしたら・・・翔ちゃん?」
俺はこの声に聞き覚えは無いが心当たりがあった。でも自信はない。重要なことは、この声の女の人と親しく会話していいのか判断がつかないって事だ。
「翔ちゃん・・・だよね。」
「・・・・・」
「翔ちゃん! 何か言って!」
「・・・翔子母さん・・・ですか?」
「そうよ! 母さんよ! 私の声忘れちゃった?」
俺は翔子母さんの声はもうとっくに忘れてしまって、覚えてない。だが、思わずこう答えた。
「完全には忘れてません。けど、はっきり覚えてもいません。」
「そうね。私も大きくなった翔ちゃんは想像できないわ!」
「ご用件はなんでしょうか?」
「ずいぶんなご挨拶ね。・・・まあいいわ・・・私ね、もうすぐ日本にちょっとだけ帰るから、その時また連絡する。」
「・・・・・」
「ごめん。時間が無いから、今日はこれで。」
電話が切れた。そこへ姉ちゃんが階段を下りてきた。
「こんな朝早く家電鳴るのめずらしいね。翔ちゃんが出たんだ。お父さんから?」
俺は受話器を持ったまま放心状態だった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫。」
「誰から?」
「・・・間違い電話だよ。」
「ほんと? でも何かあったんじゃない?」
「いや、何でもない。」
俺は受話器を戻して自分の部屋に戻ろうとした。すれ違いざまに姉ちゃんが俺の肩をつかんで、
「翔ちゃん、なんかやっぱり変だよ!」
心配そうに見つめる姉ちゃんの視線を感じながら、俺は姉ちゃんから目を逸らした。その状態で2人の動作が一瞬止まったと思う。そして、俺が言葉をつないだ。
「うん。変かも知れない。でも今は何が何だか解らないんだ。」
「私じゃどうにもならない事かなあ?」
「そうだね。俺にもどうにもならない事かも知れない。」
よく解らないが、何か良くないことが起りそうな予感ってか胸騒ぎがした。
「今日の撮影延ばしてもらう?」
「いや、その必要は無いよ。」
「そう? ほんとに大丈夫?」
「うん。大丈夫。ありがとう姉ちゃん。」
俺は自分自身でもどうして良いか解らなくて、話を切り上げて2階へ逃げようとした。
「待って翔ちゃん。」
「なに?」
姉ちゃんは振り返った俺を抱き締めた。
「翔ちゃん、秘密は無しだよ! 私、味方だからね。」
「うん。わかった。ありがとう。」
姉ちゃんを見ると、心配そうに俺を見詰めていた。俺は少し笑顔を作って心配無い事をアピールした。もっとも俺自身もまだ何が起ころうとしているのか分って無かった。そして・・・新聞の事を忘れた。
8時過ぎ、姉ちゃんが俺の部屋をノックした。
「翔ちゃん良い?」
「うん。」
ドアを開けた姉ちゃんを見ると、お出掛けの格好だった。
「何処か行くの?」
「うん。吉祥寺でナッちゃんと。」
「順平の事?」
「そうみたい。」
「同じ大学に行くべしと俺が言ってたって伝えて!」
「うん。わかった。」
「ナッちゃんから『一緒に行こ』って言ってやれば変なプライドから解放されるから。」
「そうね。なんか見えるみたいだわ!」
姉ちゃんと俺は顔を見合わせて微笑んだ。まだ合否結果は出て無いが、自己採点の結果、順平は第1志望の国立を逃した様だ。昨日、かなり凹んで電話して来て、浪人するかもとか言っていたが、第2志望はしっかりナッちゃんと同じ井の頭線沿線の有名私立に合格している。姉ちゃんも俺も順平とナッちゃんはそこへ行くべきだと思っている。てか、順平はその大学に行くための、ある意味贅沢な理由を求めて彷徨っているに違いない。
「じゃあ行ってくる。」
「うん。よろしく。」
「時間が無くなったら渋谷には急行で行くから、メールするね。」
「わかった。」
俺は姉ちゃんを見送って、久しぶりにギターを出してポロリンポロリンと弾いてみたりした。高校があと数日で終わるのかと、なんか変な感傷に浸ったりした。
「お兄ちゃん居る?」
『うん、居るよ!』と言う前にドアを開けて彩香が入って来た。
「どうした?」
「お兄ちゃん泣いてるの?」
「うんにゃ! 泣いてない。」
「サヤ出掛けるけど、寂しく無い?」
「そいつぁー寂しいけど・・・何処に行くんだ?」
「学校だよ!」
「そっか、それなら仕方ないな。我慢する。」
「今日は午前中で終わるから、なるべく早く帰って来てあげる。」
「あ、お兄ちゃんは午後から渋谷で撮影だから、慌てて帰って来なくていいよ。」
「そっか、撮影かぁ、わかった。」
「行ってらっしゃい。」
「じゃあ、いってきまーす。」
こうして、彩香も出掛けてしまって、家には母さんと俺だけになった。またしばらくギターを鳴らした。暫くしてインターホンが鳴った。
「コーヒー飲む?」
「わかった。すぐ行く。」
俺はギターをケースに入れて壁に立て掛けて1階に下りた。そして、ダイニングのいつもの俺の席に座って、デカンタのコーヒーをマグカップに移して砂糖を入れた。母さんが対面式のキッチンから俺に声を掛けた。
「カステラもあるけど食べる?」
「うん。食べる。」
母さんは皿にカステラを2切れ乗せて差し出した。俺はそれを受け取って、1切れを寝かせて、フォークで切り取って食べた。母さんはゆっくりキッチンからダイニングに出てきて、いつもの母さんの席に座った。そして、母さんもコーヒーをデカンタから移して砂糖を入れ、1口飲んだ。そしてそのカップをゆっくりテーブルに置いた。
「翔ちゃん、お昼はどうする?」
「たぶん渋谷で姉ちゃんと食べる事になると思う。」
「そう。じゃあ用意しなくていいね。」
「うん、ありがとう。」
「もう入試は終わったのよね。」
「うん。とりあえず。」
「じゃあ、楽しんでらっしゃい。」
「うん。ありがとう。」
「ねえ、翔ちゃん、聞いても良いかしら。」
「なに?」
「・・・今朝の電話誰からだったの?」
「う、うん。」
「言いたくなかっら言わなくていいけど。」
俺は、母さんに俺の電話の受け答えが聴こえてたんだと思った。それに、隠しても仕方ない事だとも思った。
「たぶん翔子母さん。だけど、俺には解らないんだ。何がどうなってんだか、なんて言ったら良いか。」
「どんなご用件だったの?」
「近い内にちょっと日本に帰って来るって事と、時間が無いからまた連絡するって。なんか、俺が出たのが意外だったみたいだった。」
「そう。また連絡があるのね。」
「うん。らしいけど、急に会いたいって言われても、今はどうすべきか判らない。」
「そうね。会っても良いんじゃないかしら。本当のお母さんなんだから。」
「俺は綾香母さんが本当の母さんだと思ってるから。」
「・・・ありがとう翔ちゃん。でも、なにか困った事があったら相談してね。」
「うん。わかった。ありがとう母さん。」
綾香母さんには翔子母さんの電話になんとなく心当たりが有る様な感じがしたが、その時の俺にはそれを確かめる程の情報と確信と・・・つまり勇気が無かった。
11時頃姉ちゃんからメールが来た。渋谷の井の頭線の切符売り場で1時に待ち合わせて割り勘デートだそうだ。3時に道玄坂のスタジオ入りだからまあいいかとOKした。スタイルKの定期的な仕事は、姉ちゃんも俺も情緒不安定の絶頂期だった、1月25日に御殿山スタジオで終了している。今日の撮影は4月号(3月発売)付録の別冊のための飛び込み仕事だ。話は本筋から逸れるが、スタイルKとナタプロのコラボ契約が締結されたそうだ。その結果、ナタプロにモデル派遣課が出来て、4月からはナタプロからスタイルKにモデルが派遣されるようになるらしい。実を言うと、西田社長から姉ちゃんと俺にモデルの登録要請が来ているが、入試の結果が出るまで返事を保留している。
渋谷の井の頭線の切符売り場は改札出口の左側にある。その先にはハチ公広場に降りるエスカレータがある。高校生くらいになると、もうそんなことは何も考えずに体が勝手にその方向に向かうようになっている。この街にはどこの学校だかわからないが、JKだと強く主張する恰好をした女子がたくさん居る。可愛いと思うし、そういう友達が居てもいいかなと思う。しかし、同年代かも知れないが、いまいち素性が分からないから、何となく接近しないように体が動いてしまうのが小市民っぽくて情けない。俺はそういう女子をなんとなく目でチェックしながら、左寄りの自動改札を通った。通路にある太くて邪魔な柱の左側を通って10メートルほど歩いたところで、可愛い女性に声をかけられて立ち止まった。
「あっ、翔ちゃん、ここ!」
声をかけられなかったら、1度通り過ぎようと思っていたのだが、俺の企みはたいてい成功しない。姉ちゃんはモデルをするようになってから、ちょっとセンスが良くなったと思う。今日はポニーテールにブルーのシュシュでサンドグレーのオーバーコートだ。たぶんコートの下は白い手編み風のセーターだろう。俺達が街で制服を着なくなったのには訳がある。俺達姉弟は同年代の連中に比べると、二人とも頭一つ大きい。なので、同世代のみんなと同じ格好で並ぶと、妙にキモさが目立ってしまう。スカウトされたとき、スタイリストの木下さんから、
『目立ちたくなかったら、ちゃんとコーデしなさい。』
と言われたのだ。それから少しだが街に出るときは意識するようになった。
「待った?」
「なんか台詞が逆ね。」
「どうせ電車ひとつ分だよね。」
「あああ、ムード壊れちゃった。」
「どちらへエスコート申し上げればよろしいでしょうか?」
「まずはヒカリエね。」
「下道は混んでるから、JRを超えて行きますか。」
「そうね。」
姉ちゃんが歩き出そうとしたとき、俺は姉ちゃんの肩を掴んでそれを止めた。これ以上放置すると問題が大きくなるからだ。
「電話するからちょっと待って。」
「ええ?どこへ?」
「シルキーホームズ。」
俺はスマホを出して電話帳でその番号を選んでタップした。
「なんの事?」
「姉ちゃん、実は俺、尾行されてんだ。」
「エッ?誰に?・・・そういうことか。」
俺は振り返って、柱の陰に居る幼女を睨んだ。その幼い探偵さんは、ポーチからキッズ携帯を取り出そうとしている。
「そこの幼女、姿を見せろ!」
「てへへ!バレたか!・・・てか、サヤに内緒でデートは許さないから。」
「サヤちゃんパスモ持ってたっけ?」
「この前お父さんに買ってもらった。」
「迷子になったらどうするの?」
「平気。1人で帰れる。それに、携帯は家族登録してあるから、タダでしょ?」
「そういう問題じゃないだろ!・・・まあいいや。一緒に行こう。」
俺達姉弟妹は彩香を中にして、山手線の改札方向に歩き出した。
「翔ちゃん、いつごろから気付いてたの?」
「三鷹台のホーム。」
「じゃあそこで声をかければ良いのに。」
「せっかくだから、しばらく泳いでもらおうかと。」
「サヤちゃん、最初から見つかってたみたいだよ!」
「し、知らなかった。大成功のはずだったのにぃ!」
「彩香はすごいよ。お兄ちゃんが彩香くらいの頃はこんなこと出来なかったよ。」
「えへへ! すごいでしょ!」
「あの頃はパスモ無かったからね、切符が買えないと電車乗れなかったんだよ。」
「私、切符くらい買えるよ!」
「でも、危ないから、1人で電車に乗ったりしないでね!」
「うん。」
右手に岡本太郎の大きな壁画がある広い通路をその壁画に沿ってなるべく右寄りのコースを辿る。短いエスカレータがある階段を下りてしばらく直進し、右に曲がって、甘いクレープの香りがする所で、今度は左に曲がって、すり減った花崗岩の階段を上る。その階段は下から見て、右が上り専用、左が下り専用になっていて、それが判るように階段に矢印が書いてある。のだが、それに従う人はとても少ない。階段を上がってすぐ右にJR山手線の改札口があるから、人の流れはそこへ繋がっている。だが、俺達はそこを通り越して山手線を超えなければならないので、山手線の改札に吸い込まれない様に左側の下り階段の右端を登った。
「彩香、何食べたい?」
「ハンバーグ」
「渋谷deハンバーグか!」
「私、さっき待ってる間においしそうなお店探してたの。」
「ハンバーグあった?」
「あったよ! グリル何とか。」
「じゃあまずその『グリル何とか』に行こう! 7階かなあ?」
「たぶん。」
俺達はハンバーグランチをかなりオープンな雰囲気の中で食べた。こういう食事風景が吉祥寺よりお洒落なのかも知れない。少し値が張るが結構美味いハンバーグだった。そして食後、姉ちゃんのアクセと彩香のシートブックを捜して歩いた。いつもの事だが、俺はカロリー消費のつもりで付き合う事にしている。道玄坂で、買ったばかりの彩香のピンクの表紙のシートブックに貼るプリクラを3人で撮った。




