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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
111/125

5-38 チョコをもらった日(その7)~お疲れ様でした~

 スワイプ・イン・ドリームが入って来た。俺は3人を見て驚いた。なんとあの時の、吉祥寺駅北口のプレクリコンの時の制服を着ていたからだ。可愛い。

「サヤちゃん、お待たせー!」と明莉。

「お姉ちゃん達、カッコ良い。」

「ありがとー、彩ちゃん。」と円。

「その制服!」と俺。

「うん。制服屋さんにスポンサーになって貰ったらしいの。」と加代。

「へえー、良かったじゃん。」

「うん。スカート短くてハズいんだけど。3人共同じ学校のイメージだから仕方がない。」

「そんな言い訳しなくても、可愛いから良いじゃん!」

「お前なあ!」

3人に続いて小泉さん、振付師の先生、社長、が入って来た。姉ちゃんと俺は立ち上がって迎えた。彩香も立ち上がった。

「3人共、1番奥のホワイトボードの前に行って!」と小泉さん。

『はい。』

スワイプ・イン・ドリームの3人がホワイトボードの前に並び、その左側の2人掛けのソファーの奥側に西田社長、社長の隣に振付師の先生、対面の3人掛けのソファーに小泉さんがスタンバイした。そこへ田代さんと樋口さんが入って来た。田代さんはビールの箱を両手で抱えていたが、ひとまず花瓶台の前に置いた。社長が皆を見渡して、

「えーと、皆揃いましたね。じゃあ、小泉君。」

「はい。」

小泉さんも1度皆を見渡して、

「懸案だったスワイプ・イン・ドリームの振付が完成しました。先生有り難うございました。」

「あら、どぉいたしまして、お仕事ですから。」

小泉さんは嬉しそうにスワイプ・イン・ドリームの3人を見渡した。スワイプ・イン・ドリームの3人も満面の笑顔だ。

「これで今月中に次の段階であります、プロモーション・ビデオの撮影とデビュー曲のレコーディングに進めます。これも皆様のおかげです。今日はささやかですが、この区切りを、お礼を兼ねてお祝いしたいと思います。」

拍手が巻き起こった。と言ってもスワイプ・イン・ドリームの3人を除くから全員で8人の拍手だ。

「社長!」と小泉さんが社長に振った。

「えー、スワイプ・イン・ドリームは、我が社が初めてプロデュースする女子高校生ユニットです。都心の電気街や門前街に強力なグループが既にありまして、同じ土俵に上がる事が出来るかどうか不安でもあり楽しみでもあります。・・・ですが、今日のレッスンを見て、それも夢ではないと感じました。我社の全力をかけて売り出したいと思います。そのスタートラインに、ここに居る皆様に立ち会って頂く事が出来て有難く存じます。これからも何かとお世話になる事と思いますが、スワイプ・イン・ドリームをどうかお引き立ての程、宜しくお願い申し上げます。」

社長が深くお辞儀をすると同時に大きな拍手が沸いた。もちろんスワイプ・イン・ドリームの3人も深々とお辞儀をした。

 この後、大人達は缶ビールで、未成年はジュースとお茶でお寿司を食べた。美味い寿司だった。外に出さないという条件で、姉ちゃんの赤いミラーレスが大活躍していた。スワイプ・イン・ドリームの3人は大人たちの間で少し窮屈そうに祝われていた。特に振付師の先生にはかなりいじられていた。まあ、お祝いだから満更でもない様子ではあった。姉ちゃんと俺と彩香はナタプロとは直接関係ないので入り口側のソファーで静かに、だが遠慮なく食べて飲んだ。飲んだのはもちろんノンアルだ。

「ねえ、お兄ちゃんは加代姉ちゃん達にお祝いしないの?」

「後でな。今は会社の人がお祝いしてるからな。」

「そっか。」

「翔ちゃんも大人になったね。」

「KYじゃなくなったって言ってくれ。」

「まだ時々KYだね。」

「おい。」


宴がひとしきり進んだ4時過ぎ、樋口さんが俺の肩を叩いた。

「サプライズの時間よ!」

「はい。わかりました。」

俺はそっとA-1の外に出た。出て直ぐ左手にワゴンがあり、その上に50センチ角のケーキが準備されていた。樋口さんと俺はローソクを4本4列並べて火を点けた。そしてハッピーバースデイを歌いながらワゴンを押してA-1に入った。円ちゃんはそれが何かすぐに気付いた。

『ハッピーバースディ、マドカ!』

俺はビックリ目で口の前で合掌している円ちゃんに呼び掛けた。

「ショウさん、本当ですかぁ?」

「さあ、1息で吹き消してください。」

円ちゃんはゆっくりワゴンに近付いてロウソクの火を吹き消した。1息でなく3息で。円ちゃんは暫らくケーキを見詰めていた。やがてケーキから目を離して顔を上げた。だが、可愛い笑顔の両頬に涙が伝っていた。

『おめでとう、円ちゃん』

「有難うございますぅ、嬉しいですぅ。私こんなの初めてですぅ!」

姉ちゃんがそっとハンカチを渡した。円ちゃんは涙を拭きながら俺を見詰めた。

「ちょっと早いけど、今俺と円ちゃんは同い年になりました。」

「あ、本当ですぅ!」

「来月にはまた1つ離れるけどね。」

「残念ですぅ!、あ、マドカって言ってください。」

「うん。じゃあ、マドカ!」

「はい、師匠!」

「アイドルとしてタレントとして、頑張ってください。」

「はい。がんばりますぅ~」

泣き声だった。皆拍手した。そして、加代ちゃんと明莉ちゃんと姉ちゃんと彩香が円ちゃんを取り囲んで祝った。それから女子達がケーキを取り分けてA-1の全員と、通りかかった社員さんたちもおすそ分けを堪能した。スワイプ・イン・ドリームの3人はこの時ようやく大人達のいじりから解放されて、緊張が解けて、屈託のない笑顔になっていた。もちろん俺もだ。後から思えば、この時、西田社長がA-1から出て行った事に気が付かなかった。


 しばらくして、また樋口さんに肩を叩かれた。俺はA-1会議コーナーを出て樋口さんと社長室に向かった。樋口さんと俺は社長室の前に立った。樋口さんはにこやかに俺に微笑みかけて、それから1呼吸置いてノックした。

「どうぞ。」

西田社長の声がした。樋口さんは入り口のドアを開け、俺を先に通して、

「中西君をお連れしました。」

「ありがとう。」

社長は俺を例の笑顔で見て、左手で俺から見て社長のデスクの右横の応接セットを指さして、

「そちらのソファーに掛けてください。」

「はい。失礼します。」

俺がソファーに腰掛け、それを見届けて樋口さんが出て行くのと同時に、30代ほぼ終了と思える秘書の女の人がコーヒーを2つトレイに載せて来た。女の人はローテーブルにコーヒーを置いて、社長席から見て入り口右側の秘書席に移動して座った。そして西田社長が俺の対面に座った。

「小泉君から報告を聞きました。」

「えっと、それは特訓の事ですか?」

「はい。私には半分も理解できませんでしたが、ありがとうございました。」

「はあ。」

俺は語尾を下げた返事をするしか無かった。

「中西君はやはり魔法が使えるようですね。」

「はぁ?」

今度は語尾を上げた。

「最初は加代ちゃんの歌唱力のアピール、次は明莉ちゃんの家庭教師、それからスワイプ・イン・ドリームの名前、そして今回の円ちゃんの特訓。」

「・・・はあ。」

「全部中西君のおかげです。中西君が居なかったら、彼女達はデビューできなかったかも知れません。」

「そんな大袈裟な!」

「そんな事はありません。ちっとも大袈裟ではありません。」

「そうですか?」

少し沈黙が流れた。

「コーヒー、冷めないうちにお上がり下さい。」

「はい。」

俺はコーヒーに角砂糖を入れて混ぜながら西田社長を見た。そこにはいつもの笑顔ではなく、少し険しい顔があった。言い難い事も言わなければならないって感じの表情だ。社長はブラックで1口コーヒーをすすった。

「中西君に頼り過ぎてちょっと困った事になりましたね。」

「えっと、つまり俺が出しゃばり過ぎたって事ですよね。」

「そうではありません。私達スタッフの関わり方が悪かったのです。」

「すみません。具体的に何が困るのか教えてください。」

「信頼関係です。彼女達と私共のスタッフの。」

「えっと、それと俺の関係は?」

「スワイプ・イン・ドリームの3人は1番深い所で中西君を信頼してしまったと言う事です。」

「そんな事は無いと思いますが、もしそうだとして、それが困るんですか?」

「私共より君の方を信頼するとなると、後々何かと火種を抱える事になりかねません。」

「あの3人がナタプロの言う事を聞かなくなるって事ですか?」

「感情をこじらす元になるかも知れないと言う事です。」

「杞憂ではありませんか?」

「長年の経験です。」

「そうですか。」

「忙しい。文字通り心を亡くす程の忙しさに襲われる時期が有るかも知れません。それはタレントにとって願っても無い状況の筈なのですが、自分が保てなくなると言いますか。」

「その時に俺への信頼がナタプロが望む制御コントロールの邪魔をするって事ですね。」

「中西君には何の落ち度もありません。ですが、ある程度離れて頂かなくてはなりません。」

俺はスッキリと納得した訳ではないが、西田社長が抱く不安の種が何となく理解できた。

「辛い事ですが、スワイプ・イン・ドリームのためなら仕方ありませんね。」

「分ってくれて有難う。大人の都合の良い勝手な言いぶんです。」

「俺にはプロデュースできませんから。」

「ですが、一気には離れないでください。」

「お別れはするなと?」

「はい。徐々に私共に信頼を引き戻しますので。」

「そうですか。では俺は具体的には何をすれば?」

「友達でいてください。」

「それならこれまでと同じです。」

「ですが、気に留めてください。」

「深入りしない事ですね。」

「はい。できるだけお願いします。」

「何かあったら、これからは、ご相談させて頂きたいと思います。」

「ありがとう。君は本当に賢明で優秀な人ですね。」

「それは、褒めすぎです。」

しばらく沈黙が流れた。俺は何度かコーヒーをすすった。

「中西君、ナタプロに来ませんか?」

「えぇ~?」

「君の才能は凄いと思います。」

「俺がタレントすか?」

「いえ、プロデューサとしての才能です。」

「すみません。いきなり過ぎて何とも言えません。」

「人を良い方向に導く事が出来るのがプロデューサに必要な資質なんです。」

「俺にはそんな力ありません。」

「君は自分の魔力にまだ気が付いてないみたいだね。」

「魔力ですか?」

「そうです。今のところ『魅力』です。ですが、それを本格的に社会で磨けば『魔力』になります。」

「そうですか?」

「卒業して、することが見つからなかったり、行き詰まったらここに来てください。」

「えっと・・・有難うございます。けど、お約束はできません。」

「そうですか。・・・これは今日のコンサルの成功報酬です。源泉徴収票も入っています。」

そう言って社長は大きめの封筒を差し出した。

「有難うございます。」

俺はそれを受け取って中を見た。小切手と源泉徴収票が入っていた。俺は小切手の金額を見て驚愕した。

「社長、こんなに貰えません。」

「その金額の大まかな内訳は、まずスワイプ・イン・ドリームの価値向上に対する謝礼、次に業務迅速化に対する評価、そして、中西君の将来を未必とはいえキープさせていただく私共の気持ちです。」

「でも、しかしこの額は・・・」

「是非受け取ってください。」

また少し沈黙が流れた。

「姉に釘を刺されています。俺達の『親切』を通せと。」

「賢いお姉さんですね。ハルさんにも我社に来てもらいたい位です。」

「今度の事は俺のお節介って事になりませんか?」

「それでは私共の気が済みませんし、先ほどの信頼関係のことも有ります。」

「どういう事ですか?」

「中西君に報酬を前提にお願いしたという事にできませんか?」

「俺に悪者になれと?」

「場合によってはお願いする事になるかも知れません。」

「そうですか。わかりました。ひとまず有難く受け取ります。けど、親がどう判断するか。」

「その時は私がご説明します。」

「よろしくお願いします。」

「本橋君!」

「はい。」

さっきの秘書さんが領収書を持って来た。俺は金額を確認してそれにサインした。

「さあ、もう1度お祝いに行きましょうか!」

「はい。」


・・・・・・・・・・


 その日の夜9時前から10時過ぎまで親父と俺は話し合いをした。論点は2つあった。1つは、姉ちゃんが言うように、円ちゃんへの支援は親しい友達としての善意の行いであったはずで、成功報酬を受け取る事によってその精神がけがされるのではないかという事。もう1つは、成功報酬が高校生が数日の、しかも放課後の活動に対する額としては破格の80万円で、何をもってそれを妥当と判断すべきかだった。

「西田社長はたぶんスワイプ・イン・ドリームの3人とナタプロのスタッフの信頼関係を盤石なものにしたいんだと思う。」

「それと成功報酬とどう言う関係があるんだ?」

「俺が成功報酬を受け取る事で、スワイプ・イン・ドリームの3人と俺との信頼関係という相互意識を薄める効果を期待しているのだと思う。一部、金銭授受という事務的な関係で置き換えて。」

「かなり哲学的だな。まあそれで社長さんの気が済むのなら受け取るか。」

「うん。」

「だけど、80万円は多過ぎないか?」

「俺も額は多すぎると思う。親父の扶養親族って事もあるし。」

「継続的な収入じゃないから、扶養云々についての心配はないが、一時所得として確定申告は必要かも知れないな。総務に確認してみる。」

「ありがとう。だけど、金額については、なんか色々社長の期待が入ってるみたなんだ。」

「気に入られたもんだな。まあ、親として悪い気はせんが・・・」

「なら受け取る?」

「こういう事は曖昧にしておくと後々良くないから、機会を見て私から社長さんに連絡して聞いてみる。」

「うん。西田社長も説明するって言ってた。」

「そうか。じゃあそれまでこの小切手と源泉徴収票は預かっておくけど良いな。」

「うん。頼んだ。」


 親父との話し合いが終わって、部屋に帰ると、姉ちゃんが例によって部屋の真ん中でクッションを抱えて待っていた。俺はベッドに腰掛けた。

「どうだった?」

「うん、西田社長と話をしてくれるそうだ。」

「そう。良かった。流石はお父さんね。」

「そうだね。」

見ると、姉ちゃんはホッとした表情で、両手を上げて背伸びをしていた。背伸びをしながら俺を見詰める瞳がたまらなく可愛かった。

「なんか疲れたね。」

「うん。昨日あんまり寝れてないしね。」

「ねえ、西田社長に何か言われたの?」

「まあね。お節介も程々にってとこかな。」

「そっか。ナタプロからすれば迷惑なんだね。」

「そこまでじゃないみたいだけど、気に留めて欲しいそうだ。」

「ふうーん。大人の世界って面倒だね。」

「そこがまた面白いのかもね。」

「えぇ~、嫌だよ翔ちゃんがキモイ大人になるの!」

「そうだね。やっぱり真っ直ぐが良いよね。」

「そうだよ!」

そう言うと姉ちゃんは立ち上がって俺の左隣に座った。そして俺を抱き締めた。俺も姉ちゃんの腰に手を回した。

「翔ちゃん、お疲れ様でした。」

「ありがとう姉ちゃん。いっぱい助けてもらった。」

「そう?」

「うん。やっぱり姉ちゃんは俺の・・・」

「なあに?」

「・・・姉ちゃんだ!」

「そうよ!」

姉ちゃんと俺は約束の儀式をした。そしてベッドに入って手を繋いだ。まだ11時前だったが、2人共すぐに眠ってしまったらしい。なんか色々あったヴァレンタインだったが、こうして幸せな気持ちで眠れるのが幸せな気がした。明日からまた受験勉強を頑張れる気がした。もちろん残ったチョコレートを食べながらだ。

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