2話:罪の告白
「そういうわけで、つまり、私はあなたを利用したのです」
「……でも、私はあなたに助けられたわ」
いつの間にか、丁寧な言葉は抜け落ちていた。
どこか、リュンガー伯爵には納得した様子があった。やり切った、というか、達成感のようなものすら感じたのだ。
おそらく彼は、このまま本気で、聖職者になろうとしている。伯爵の立場を捨て、社交界を去ろうとしている。
それが、彼のやりたいことなら私も止めはしない。
だけどきっと、彼は──
まだ、やりたいことが残っているはずだ、と思った。
こんな形で聖職者の道を進むことは彼だって望んでいないはず。
私は、ため息を吐くと、王城での王との会話を思い出した。
「……陛下は、あなたと共謀しているかのような言い方をしていたわ。あなたが私を助けたのは、私の好意を得るためだった、というようなことを」
「──」
リュンガー伯爵が薄緑の瞳を見開くので、私は彼が何か言うより早く、彼に言った。
「一瞬、あなたを疑った。裏切られた、とも思ってしまった。……だけど、思ったの。私の知るあなたはそんな人ではない、と。……いいえ、ごめんなさい。実は、そんな感情的なな理由からではないの。もっと、現実的なものだわ」
私は苦笑を浮かべて、肩を竦めた。
戸惑いを見せるリュンガー伯爵に、答える。
「あなたの行動が全て陛下の指示によるものだとしたら……おかしいのよ。陛下の、行動が」
「どういうことですか?」
尋ねるリュンガー伯爵に、私は人差し指を立てて答えた。
「まず一つ目。あなたが私を保護した時に陛下が報告を受けていたなら、ローガンの処刑を発表する必要はなかった。魔法使いの存在を明るみにするのは、リスクが高いもの。それなのに、彼はそれを選択した。まずおかしいのはこの点よ」
リュンガー伯爵は答えなかった。
ただ、難しい顔をしている。
続けて私は、二本目の指を立てた。
「それから、二つ目。陛下は私の魔力封じが外されたことを知らないようだったわ。そして、その後の発言──彼の『なるほど』が、あなたの存在を察したことによるものなら……納得がいくわ」
陛下なら、リュンガー伯爵が聖職者の道に進んだことも当然、知っている。
関係が悪いなら、魔法使いの魔力封じを外す可能性も考えられる、と思ったことだろう。
すぐに、陛下はリュンガー伯爵の存在に行き着いたはずだ。
「総合的に考えて、あなたと陛下が共謀しているとは考えられなかったの。……リュンガー伯爵。私の目的は、陛下の退位だった。それが叶えられた以上、私はほかに求めることは無いわ」
「…………」
尚も、リュンガー伯爵は答えない。
だから私は笑って言った。
「あなたには感謝しているの。グレースを連れて帰るかあなたが尋ねた時、すごく嬉しかったわ。リディアに会わせてくれて、ありがとう」
「それは」
「それに私、あなたの依頼をまだこなしていないわ。手編みコースター、作っている途中なの」
言外に、今リュンガー伯爵が居なくなったら困る、と伝える。予想通り、彼は困惑した様子だった。
それから、彼は視線を彷徨わせ──諦めたようにまつ毛を伏せた。
「……嘘をつきました」
「えっ?」
「あなたの存在のことは……もっと前。あのの夜の前から、気にしていた。あなたが、魔法使いであったから」
彼の告白に、私は目を瞬いた。
「魔法使いの存在は、早くから聞いてたんだ。前代の魔法使いが自死だと知った時から……おそらく私は、あなたと母を重ねてみるようになったのだと思う」
いつの間にか、リュンガー伯爵の敬語も、取れていた。
互いに、自然に、言葉を交わしていた。
(前代の魔法使いが……自死?)
それは知らないことだった。
私と、亡くなったお母様を重ねて──それで、心配していた、ということなのだろうか。
「あなたがしていた魔力封じには、自死防止の呪いがかけられています」
「な……」
死ぬつもりは無い。
だけど、それを防止する呪い──とは。
想像以上の管理体制に、もはや何を言っていいのか分からない。
絶句する私に、リュンガー伯爵は淡々と言った。まるで、罪を告白するように。
「母のこともそうだ。非人道的なことをなんとも思わずに行う陛下を軽蔑したし、あんな血が私にも流れていることに絶望した」
「……リュンガー伯爵」
私の声に、リュンガー伯爵は顔を上げた。
そして、何かを訴えかけるように、強い眼差しで私を見た。
「婚約は、断ってください。あなたを、不幸にするだけだ」




