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奪ってくれてありがとう。結果的に、感謝しています。  作者: ごろごろみかん。
3.どちらに転んでも

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5話:恩返し

「…………はい?」


「キャロライン。あなたも知っているとは思うが、私はもう子供を残せない体になってしまった。随分昔にかかった熱病が原因だ」


まさか、陛下自らその話を持ち出してくるとは思わなかった。


(何を考えているの……?)


私が警戒していると、陛下は楽しげに私を見つめてくる。まるで、その視線は蛇を思わせた。


「王妃との間に、子は生まれなかった……というのが、社交界の認識だ。あなたもそう思っているだろう?」


「……まさか」


陛下の言葉では、まるで。

私の言葉を引き継ぐように、彼は頷いて答えた。


「そのまさかだ。私は、思慮深い人間でね。念には念を入れておきたい性質(たち)なんだ。第二王子……王妃との子は生まれていた。ただ、私はそれを念入りに隠してきたがね」


このタイミングで持ち出すとは、一体何を考えているのだろう。


まさかその、第二王子との婚約を命じるつもり?

でも、誰が相手でも私の答えは変わらなかった。

場を引っ掻き回そうとしている陛下の思惑に乗ってはならない。

動揺したら、相手の思うつぼだ。


そう思った直後、陛下はまるでなぞなぞを仕掛けるかのように、私に尋ねてきた。


「その相手とは、誰だと思う?あなたも知っている人物だ。随分、仲良くなったようだね」


思わせぶりな言い方に、ピンときた。

まさか、と思った。

息を呑み、目を見開く。


私のその反応に、彼はいたく満足したようだ。

にっこりと笑い、彼は言った。


「リュミエール・リュンガー。今はリュンガー伯爵を名乗っているね。あれが、私の本当の息子だ」


「…………嘘」


ぽつり、呟くように言葉が零れる。

空気に溶けてしまいそうなほど小さな声だったのに、陛下はハッキリと聞いたらしい。

さらに笑みをふかめ、彼は言った。


「嘘なものか。本人に聞いてみるといい。あれの母親は王妃で、父親は私だ。リュミエールが随分嫌がるから、他所に託したはいいが……やはり、愛しい女の忘れ形見だ。手元に置いておきたいだろう?」


「──」


視界が、ぶれるかのようだった。

呼吸が浅くなる。

信じたくない、とおもった。


(リュンガー伯爵が……陛下の実子?)


嘘だ。嘘よ。そんなの。

だって彼は、とても私に協力してくれた。


今だって、城への侵入経路や、その対策を立ててくれたのは彼だった。長年かけて足場を固めたと言う彼がみせてくれたのは、先程の声明文だった。

頭がガンガンする。

何を信じればいいか、分からない。


目の前が真っ暗になる私に、陛下はさらに言った。


「キャロライン。私はね、王太子でも、リュミエールでも、どちらでも構わないのだよ。あなたの相手が、国を総べる王となる。そういう意味では、リュミエールは実に上手くやったな。さすが、私の息子だ」


もはや、私はなんて言えばいいか分からなかった。

動揺してはいけない。

でもリュンガー伯爵が、陛下の息子……つまり、王子だったなんて。


「さて、魔法契約書、だったかな?どうする?キャロライン。この条件を呑まないのであれば、私はあなたと取引はしない。この取引は不成立!そうなったら、あなたと私で総力戦といこうではないか」


「……………」


「そうなったら、民の多くが死ぬだろうな。魔法使いがいる以上、私の負けは必至だが──こちらもタダでは負けられない。粘って粘って、往生際悪く足掻き、あらゆる小細工を使ってやろうじゃないか。諸外国も巻き込んで……」


「心底、くだらないですね」


口からこぼれたのは、自分のものとは思えないほど酷く、冷たい声だった。


「あなたの詭弁にはうんざりです。それ以上、無駄口を叩いていないで早く署名していただけません?どうせ、本気では無いのでしょう」


「……………ふむ」


私の言葉に、陛下は虚をつかれた様子だった。

私は、文字を描くために指を持ち上げると、魔法契約書に署名した。


「良くも悪くも、あなたは合理主義な人間です。意味の無いことはしない」


「……つまり?」


「自身の感情に引きずられ、みっともない真似はしない、と言いたいのです。あなたは、私を国に縛り付けたいのでしょう。そのためなら、手段を選ばない」


「…………」


彼は僅かに不愉快そうにした。

それは、図星だったからなのか、それとも小娘が一人前の口の利き方をしたからなのか──いやそれは、今に始まった話ではない。

だとすると、やはり前者だ。


鼻白んだ様子の彼は、何も言わなかった。それが、答えだ。


「……理解しました。リュンガー伯爵が、あなたを毛嫌いしている理由が」


「さて。そこまで嫌われるようなことをした覚えは無いのだけどね」


「そういうところだと思いますわよ」


陛下が宣言したのだ。

リュンガー伯爵の素性は、明日には広く知られる。

社交界の人間の誰もが知ることになるだろう。


もう、彼は無関係ではいられなくなった。

それなら──。


「検討します。今すぐ拒否することはありませんが、承諾することもできません。それは、陛下……あなたに言われて決めることではありません」


「……つまり、あなたは私に妥協しろ、と?そういうのかい」


「これでも、かなり譲歩していますわ。ただし陛下、それはあなたのためではありません。私は彼に、個人的な恩があるからです」


陛下のことは心底軽蔑しているし、人としてもどうかとも思う。

彼の利己的な考え方も、強欲なところは大嫌いだ。

彼の言葉を全て切り捨てることは可能だ。


糾弾し、もう知らないから!と他国に逃げ出すことも、出来なくもない。


私はリヒトゥルスを離れ、ただのキャロラインとして、自由を満喫出来るのかもしれない。


だけど、リュンガー伯爵は、その逆だ。


陛下が宣言した以上、彼はリヒトゥルスを離れられないし、逃げられない。


魔法使い(わたし)を逃がした咎を、彼は陛下から背負わされる。

私に伝わることの無い贖罪の日々を過ごすことになるのだ。


親身にしてくれた彼に、それは恩を仇で返すことになる。


それに──。


「……では、署名してくださいますね?陛下。これ以上ゴネるのは、時間の無駄かと思います」


私の言葉に、陛下も納得したのだろう。

これ以上、強く出ても、脅迫しても、私は決して、陛下の言葉に頷かない。

彼は機敏にそれを感じとったらしかった。



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